源水石のある所
「妖精の力の源だという、石を探さなくてはいけないでしょう。ただ……それだけの力を持つ石となると」
「探すの、大変だな。そこいらに転がってる石じゃないし、掘って出て来る貴石でもないし。どうして俺達、こういうのばっかりにぶつかるんだ?」
「相手が人間じゃなく、妖精だからよ。人間だったらもっと楽で、ついでに言えばあたし達でなくてもできるわよ」
フィノがもっともなことを言う。
「ねぇ、マルサラ。妖精と話をした時、どこに石がある、なんて言わなかった?」
「言う訳ないだろ。わかってたら、自分で取りに行けばいいんだし」
「言いました」
マルサラの言葉に、マルサラ以外の全員の目が点になる。
「シューレが、石のある所を話したんですか?」
「何だ、そりゃ。だったら、別に魔法使いが来るのを待たなくても、マルサラや他の奴が行ったって」
「バカ」
フィノがグレイヴァの頭を平手で叩く。
「何するんだよ」
「マルサラが行けたり、シューレ達が自分で取りに行けるようなら、とっくに行ってるわよ。できない所にあるから、魔法使いが必要なんじゃないの」
「魔法使いが必要な所ねぇ……。ソロア半島やその周辺に、火の山や氷の海なんてものはなかったはずだけど。マルサラ、その妖精はどこにその……力の源になる石があるって言ったんだい?」
信じているかはともかく、アイレトルが何だか話にのってきたようだ。
「湖のそばの、洞窟」
マルサラがぽつりと答えた。
「……なるほど。確かに……魔法使いの力が必要だろうね」
「どういう意味だよ」
マルサラの言葉で少し鼻白んだアイレトルに、グレイヴァが問い掛ける。
「ぼくは実際に見たことはないが……その洞窟には化け物が棲んでいるらしいんだ」
「ふぅん。だから、魔法使いの力でその化け物を倒して、石を手に入れろっていう訳? まるで勇者の話ね」
「よくある話だよな。でも、いるのかどうかなんてわかんないんだろ? 怖がるだけ、バカらしいよな」
「グレイヴァ、きみは魔法使いじゃないって言ってたろ? いくら噂でも、それが嘘だとは限らないんだ。無茶はしないほうがいいぞ」
嘘だと言いながら、アイレトルは化け物の存在を信じているような口調だ。
妖精は信じなくても、化け物は信じる、ということか。人は悪いことの方に心を奪われるらしい。
「そんなつもりはないよ。無茶できるような技も魔法もないし」
「あら、よくわかってるじゃない」
「茶々を入れるなよなー」
「まぁ……きみ達は今まで色々なものを見たり、経験したりしているんだろうけど……マルサラはそんな危ない所へ行くんじゃないぞ」
「あたし……」
戸惑ったように、マルサラは言いよどむ。
「マルサラ、きみは妖精のために、魔法使いをこうして連れて来た。マルサラのできることは、ここまでだ。これ以上のことをして、ケガをしたりしたらどうするんだ」
「……」
マルサラは何か言いたげだったが、言葉が出ないらしい。
ふいにノックの音がして、使用人が顔を出した。
「アイレトル先生。診療所から、使いの方がお見えです。トーベさんの所の奥様が産気づかれたので、すぐに戻ってください、と」
「何だって? 予定より一週間早いな……。わかった、すぐに戻ると伝えてくれ」
アイレトルは言いながら、手早く戻る用意を始めた。
「いいかい、マルサラ。くれぐれも危ないことはするんじゃないよ」
アイレトルはしつこいくらい念入りに言い含め、仕事に戻って行った。
「……あいつ、親父みたいだな」
グレイヴァがアイレトルの出て行った扉を見詰めながら、つぶやいた。
「親父って……せめて兄あたりにしてあげないと」
「兄貴? 見えなくもないけど、結構年が離れてそうだし」
「グレイヴァ、あんた、この二人の年を誤解してるでしょ。マルサラ、アイレトルとはいくつ離れてるの?」
「いつつ、です」
「五歳? え……あいつ、何歳なんだ?」
「あんたねぇ、人の話をちゃんと聞いてた? マルサラは成長が止まってんのよ。実際は、あんたより年上なんだから」
「年上?」
きょとんとした顔で、グレイヴァがマルサラを見る。
「マルサラ、あなたの年、この子に教えてやって」
「……十七です」
「じ、じゅう……」
グレイヴァはそのまま絶句する。
「さ、こんなお間抜けさんは放っといて、さっきの洞窟の話をしましょ」
「湖のそば、ということでしたね。ということは、この屋敷の近くにあるんですか?」
湖のそばに建つ屋敷。洞窟も湖のそばにあるのなら、屋敷からもそう遠くない、ということになる。
「この家を出て東へ行くと小高い丘があって、その洞窟はそこにあるわ。丘、と言っても丘には上がらないけど」
「絵で言えば、小さな山に横穴があいてる、という状態ですね」
マルサラの話によると、その穴の奥に小さな泉があり、その中に石があるらしい。
石は源水石と呼ばれるもので、薄い水色の透明な石ということだった。
「で、洞窟にはどんな化け物がいるんだ?」
「わからない。あたしも見たことはないし」
「じゃ、いないのかもね」
フィノがあっさり言う。
「どうしてそうなるんだ」
「マルサラが妖精を感じることができるなら、魔物だって感じることができるはずだからですよ。気配で妖精のいるいないを感じるのなら、魔物の時でも同じことが起きるはずです。魔の気配、という意味では同じですから」
「つまりマルサラが感じないのなら、化け物もいない……とは言い切れないけど」
フィノが否定をさらに否定する。
「どっちなんだよ」
話をしているうちに、調子が戻ってきたらしいグレイヴァは、ベッドの上に起き上がった。
「気配を隠している魔物までは、マルサラだってわかんないでしょ。そういう意味よ」
「ややこしいな」
「いてもいなくても、ぼく達が行かなければならない、という点は変わりませんよ。そこに石がある、とシューレが言うのなら」
「そりゃ、そうだ。それじゃ、とりあえず行ってみるか」
「行ってって……あの、グレイヴァ、身体の方は大丈夫なの?」
グレイヴァが立ち上がるのを見て、マルサラが心配そうな顔をする。
「ん? ああ、平気。ゆっくり休ませてもらったからな。ありがと」
「たかが船酔いだもんねぇ。グレイヴァみたいな健康優良児が、いつまでも寝てらんないわよねぇ」
「俺には健康しか取り柄がない、みたいに言うなよ」
「あら、違った?」
言いながら、フィノはけたけた笑う。
「あの、でも、今日はもうやめた方が……」
「どうして……ああ、じき陽が暮れるんですね」
いつの間にか、窓から見える空は昼から夜の顔へと近付きつつあった。
グレイヴァを捜したり、マルサラの話を聞いたりしているうちにかなりの時間が経っていたのだ。
「どうせ暗い所へ行くんだし、いいんじゃないのか?」
「魔物がいない。そう言い切れない場所へ夜に向かうというのは、あまりよくありません」
前にもそういうことを言われたのを、グレイヴァは思い出した。太陽の光を嫌う低級な魔物が、夜になって現れるのだ、と。
マルサラはただ純粋に暗くなるから言ったのだろうが、現実問題としてそういうことがあるのだ。
「いくら船酔いと言っても、グレイヴァが本調子でない、という点でも、やめておいた方がいいですね。付け入られる隙を与えかねませんから」
「……脅かすなよ」
アルテは特に意識せず、やめた方がいい理由を言っているだけだが、グレイヴァにとってはその中身が怖い。
「そうよね。目の前でグレイヴァが喰われるのを見たら、食欲なくなっちゃいそうだし。今日はやめときましょ」
「……変な理由を付けるな」
フィノの場合は、絶対にわざとだ。
「あの、それならうちで休んでください。ここには使用人以外、誰もいないから」
マルサラ一人では、この屋敷は広すぎる。
さっきの話だと、父親は留守がちということだった。母親はおらず、幼馴染みのアイレトルは一緒に住んでいる訳ではない。
使用人が何人いても、彼女は独りだ。
「では、ありがたくお言葉に甘えましようか」
旅人にとっても、屋根の下でゆっくり休めることはありがたい。
アルテの言葉に、マルサラの顔が明るくなった。
☆☆☆
次の日も、よく晴れていた。
昨日も暑くてよく晴れていたが、今日も雲一つない。
「んー、今日も暑くなりそうだな。マルサラは、そこの湖で泳いだりするのか?」
「ええ。子どもの頃は、レトルと一緒によく水遊びをしていたわ。あたし達が遊んでいる所から少し離れて、同じ様に妖精達も遊んでいるのをよく見たのよ。それを話しても、レトルは信じなかったけど」
マルサラが子どもの頃、と言っても、グレイヴァには今ひとつピンとこない。今も子どもじゃないか、などとどうしても思ってしまうのだ。
「おぼれたくらいで、成長が止まってしまうものか?」
昨夜、あてがわれた部屋でグレイヴァがそんな質問を口にしたのも、マルサラが自分より年上だとは信じられない気持ちからだった。
「心の成長が何らかの原因で止まることはあっても、身体の方は例が少ないでしょうね。特に彼女程にもなると」
心の場合、成長と言うよりも、心の扉を閉ざしてしまう、と言う方が正しいだろうか。
でも、身体の成長は自分でどうにかできるものではない。いくら家庭内に問題があったとしても、ずっと幼い姿でいるのはかなり不思議な状態と言えるだろう。
栄養不良だとしてもマルサラの場合はあまりにも極端だし、昨夜はちゃんと食事をしているのを見ているから、栄養の問題ではない。
「おぼれたその時、別の要因があったのかも知れません。マルサラ自身が覚えていない、もしくは知らないうちに何かが起きたのでは」
「アルテみたく、魔法使いってことはないのか? 成長が止まることもあるんだろ?」
「……止まるのではなく、ひどくゆっくりになるんです。彼女がもし魔法使いなら、ぼく達の助けなんて必要ないでしょう。どういうことをするのかわかりませんが、グレイヴァを捜しに行くより自分が洞窟へ行く方が、妖精も早く助かるんですから」
単に「黒髪の魔法使い」と言われても、黒い髪の人間はたくさんいる。
まして港のそばなら、色々な所から来た色々な人間がいるのだ。
今回はすぐに見付かったものの(正確には、人違いのようなものだが)グレイヴァの意識があって、自分は魔法使いではない、と言ったら。
お互いの事情を話さなければ、すれ違いになってしまっていたのだ。
もしくは、グレイヴァに気付かず、別の黒髪の人間に魔法使いかと尋ねて回っていたら、マルサラはずっと魔法使いを見付けることはできないままだっただろう。
でも、マルサラ自身が魔法使いなら、そんな面倒なことをせずに自分の手で源水石を手に入れればいいのだ。





