魔法使いは……
「あーん、よかった。街へ戻る前にアルテが来てくれて」
アルテの登場で、フィノは全ての問題が解決した気分になる。
「フィノ、どこもケガはありませんか?」
「うん、平気。何ともないわ」
心配してもらって嬉しいのか、フィノは自分をなでてくれるアルテの手に顔をすりすりさせる。
「グレイヴァは? グレイヴァはどこです?」
「この先にある、大っきな屋敷よ。グレイヴァより少し年下らしい女の子が、使用人に馬車で運ばせたの。今その子が医者を呼んで、グレイヴァは診察されてるわ。その間にアルテに知らせようと思って、そこから走って来たのよ」
フィノはねこの手を、今自分が来た方へ向けた。
「本当に、フォーレン家へ連れて行かれていたんですか」
「フォーレン家? 何、それ?」
フィノの方が、きょとんとした顔で聞き返した。アルテに教えられ、納得する。
「あ、あの家、そんな名前なんだぁ。名前までは……あ、その家の娘はわかるわ」
「マルサラ、ですか」
「わかるの? すっごぉーい、アルテってば。さっすが」
「街で聞いて来たんですよ。グレイヴァが立派な馬車で連れて行かれたところを見ていた人がいて、その人がフォーレン家だろうと教えてくださったんです」
あの老人の言葉は、当たっていた訳だ。本人は少し自信がなさそうだったが、正しい情報に感謝である。
「それで、フィノ。そのマルサラという少女がなぜグレイヴァを連れて行ったか、わかりますか?」
「んー、わかんない」
フィノは軽く肩をすくめる。
「様子はずっと見てたけど。これといった情報はなかったわねぇ」
アルテは街で仕入れた情報を、フィノに話した。
つまり、マルサラが心身共に成長を止めているらしい、ということや、フォーレン家は少しばかり家庭内がうまくいってないらしい、など。
「そう親しくもない人からの情報ですから、家庭内の本当のことはわかりませんけれど、マルサラが成長を止めている、というのは事実のようですね」
フィノはさっき、グレイヴァより年下らしい女の子、と言った。それがマルサラなら、話の通りだ。
マルサラは、本当なら十七歳。いくら幼い容貌をしていても、十五歳のグレイヴァより年下には見えないはず。
「うん、確かに十二、三歳って感じね。背だって小さいし、ちょっとぼやーっとした表情をしてた。どこか現実離れしたような。あ、そうだ。一つ、思い出したわ。あの子がグレイヴァを連れて行く前、この人の助けが必要なのって言ってた」
最初に得た情報なのに、アルテと再会できたことで頭から転がり落ちていた。
「助け、ですか?」
「うん。何の助けかはまだわかんないけど。あと、魔法使いって言葉も出たわ」
「妖精……でしょうか。マルサラを介して助けを……。でも、それならグレイヴァだけを連れて行く理由にはなりませんね」
「屋敷の中に、妖精の気配はなかったと思う。もっとも、グレイヴァをどうにかされちゃまずいと思って、あまりうろうろしてないからなぁ。あの屋敷、かなり大きいわよ」
いくらフィノでも、何枚もの扉や壁に隔てられた所にいる妖精の存在をキャッチすることは無理だ。
神経を張り詰めていければ、どうにかわかることもあるだろう。しかし、屋敷内でのフィノの意識は、グレイヴァとその周辺に向けられていた。
まして、助けを求める妖精の力は半減、悪ければそれ以下の状態。それを感じ取れ、と言ってはかわいそうだ。
「とにかく、フォーレン家へ行ってみましょう。フィノがこうして出て来ている間に、事情が変わっているかも知れません」
「そうね。あ、ちょっと待って」
フィノはアルテの手から降りると、周りに人の気配がないことを確認してから人の姿になった。
「今度は、その格好で行くんですか?」
「うん。これならあたしも、一緒に話ができるしね。グレイヴァが連れて行かれる時、人間だったらその娘に何をするつもりか聞けたのに。それができなかったから、今度はそんなことがないようにね。ねこの姿が必要になった時は、アルテがごまかしてね」
大きな緑の瞳でウインク。
「わかりました」
アルテも心得たもので、にっこりとうなずき、ふたりはフォーレン家へ向かって歩き出した。
☆☆☆
「休めばすぐによくなる。心配しなくていいよ、マルサラ」
「ありがとう、レトル」
アイレトルはマルサラの言葉に小さくうなずき、それからマルサラに向き直る。
「マルサラ。彼が何者か、聞かせてもらいたいな」
「……」
「見掛けない顔だね。ぼくはきみと長い付き合いだけど、彼の存在は知らない。マルサラととても親しいなら、ぼくも知っていそうなものだけど……。何にしろ、お父上が留守の時に、子どもであっても男を家に入れる、というのはあまり感心しないな。きみが子どもでも大人でも、女性であることに違いないんだから」
「魔法使いよ」
マルサラが口を開いた。
「え? 何だって?」
しっかり聞き取れず、アイレトルは聞き返した。
「魔法使い。彼の助けがほしいの。あ、本当に助けてもらいたいのは、あたしじゃないけど」
マルサラの言葉に、アイレトルは頭を抱える。
「マルサラ、きみの言うことはよくわからないよ。彼が魔法使いだって言うのかい?」
「そうよ」
「で、助けてもらう? それは、魔法使いでなきゃいけないのかい? 言ってくれれば、ぼくが何とかしてあげるよ」
「ありがとう、レトル。でも……魔法使いでなきゃ」
「一体、誰を助けるんだい?」
アイレトルが問い掛けた時、扉がノックされた。おずおずと言った顔で、若い女の使用人がマルサラに告げる。
「あの……アルテとおっしゃる方がいらっしゃって……お嬢様が連れて戻られた方のお連れ様とおっしゃっているのですが、いかがいたしましょう」
使用人の言葉に、マルサラはびっくりした顔をしていたが、この部屋へ通すように言い付けた。
連れだという人を、追い返す訳にはいかない。ここへ来たということは、少年がここにいるとわかっているのだから、なおさら。
「そのアルテっていうのも、魔法使いなのかい?」
「さぁ……」
「さぁって、マルサラ。きみは彼のことを知っていて、ここへ連れて来たんじゃないのか?」
マルサラは黙っている。どうやら、それが答えらしい。
アイレトルは、ため息をついた。
「マルサラ、ちゃんと話してくれないか? きみをよく知らない人は、きみのことをおかしいだとかよくないように言うけど、ぼくはそうは思わない。だけど、こんなことをするなんて、きみがわからなくなってくる。どんな状況になっているのか知らないけど、一歩間違えばこれは人さらいだよ」
マルサラは悲しそうな瞳で、アイレトルを見る。でも、黙ったままだ。
そうしているうちにまたノックの音がして、開かれた扉から銀の髪を持つ長身の少年と、緩やかなウェーブの黒髪にねこのようなきらきら光る緑の瞳の女性が現れた。
部屋へ入ったアルテは、フィノから部屋の内部を聞いていたので、まずグレイヴァの姿をベッドの上に確認する。
それから、マルサラとアイレトルを交互に見た。
「初めまして。ぼくはアルテと言います。こちらはフィノ。そこにいるグレイヴァと一緒に、旅をしている者です」
「あたしは……マルサラです」
かろうじて聞こえる程度の小声で、マルサラも挨拶をした。
フィノや街の人が言ったように、その表情はどこか遠くに意識を置いてきたように思える。そこにいるはずなのに、心はここにないような。
彼女が本当に十七歳だとしたら……とてもそうは見えませんね。どういう理由でか、自分の成長を止めてこうなった……。普通なら、そんなことは人間には無理なはずですが……特に魔法の気配はないようですね。
「ぼくはアイレトル。マルサラの友人で、医者です。きみの相棒は、少し休めばすぐに回復するよ。その……」
アイレトルは、マルサラの代わりにグレイヴァをここへ連れて来た理由を言い訳したい。だが、彼自身もその理由を知らないので、口ごもってしまう。
だが、このまま黙ってしまったら、なぜこの少年を連れて来たのか、と責められるだろう。どうやらマルサラは、アルテに黙って少年を連れて来たようだから。
こんなことをしたのはマルサラだが、アイレトルはマルサラをつらい目に遭わせたくない。
「ぼく達がここへ来たのは、彼が馬車に乗せられたらしい、と聞いたからです。その馬車がフォーレン家のものだろう、とも」
アイレトルが口ごもっている間に、アルテはさっさとここへ来た経過を話す。
グレイヴァが起きていれば「今日はスムーズに説明できてんじゃん」などと茶々を入れただろう。
相手はアルテが説明下手なのを知らないので、そういう横ヤリも入らない。
フィノは言わずもがな、である。
「教えて頂けますか。グレイヴァを連れて来た理由を。ぼくは恐らく、あなたの助けになれると思います」
アルテは「助け」という部分を、少しばかり強調して言ってみた。
「あたしは……」
アルテの言葉が効いたのか、少しためらいながらもマルサラが口を開いた。
「彼の助けがほしいの。黒髪の魔法使いの助けが」
「なぜです? なぜ魔法使いの助けが必要なんですか? それに……なぜ彼が魔法使いだと?」
マルサラは少しだけアイレトルを見て、もう一度アルテに顔を向けた。
「妖精が、助けをほしがっているの。その妖精が、黒髪の魔法使いが来るはずだから、彼らが助けてくれるって」
「ちょっと待った、マルサラ。彼らってことは、複数だろ? じゃあ、きみも?」
アイレトルの目が、アルテの横に立っているフィノに向けられる。
「あたし? ざぁんねんでした。黒髪だけど、魔法使いじゃないわ。魔法は使えなくもないけどね。お嬢さん、魔法使いはあたしでも、そこで眠りこけてるグレイヴァでもなく、ここにいるアルテよ」
「え……」
マルサラは目を大きく開き、絶句する。
「でも……」
「どういう状態でそう聞いたのかは知らないけど、グレイヴァは魔法なんて使えないわよ。旅を始める前なんて、まともに魔法を見たことすらなかったんだから」
言いながら、フィノは眠っているグレイヴァのそばへつかつかと歩み寄った。





