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少年とねこと魔法使い ~フェアリーストーン~  作者: 碧衣 奈美
4の石 ~舞踊石~

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舞台の踊り子

 グレイヴァは慌てて滝に自分の手を突っ込み、血を洗い流す。水が冷たくて感覚がマヒしているのか、傷みは感じない。

 また血がついてしまわないように注意しつつ、素早く手首に巻いていたチェーンを外し、無事な方の左手に持ち替えた。

「これで……大丈夫かな」

「ええ、十分ですよ。早く上がってください」

 アルテが差し出した手に掴まり、グレイヴァは水の中から出た。

「グレイヴァ、大丈夫? すごく痛そう……」

「俺よりも、シノンの方が大変だろ。ほら、石」

 グレイヴァからまだ水のしたたる舞踊石を受け取ると、エンヌはシノンのそばへ近付ける。

「シノン、これでいい? これで元に戻れる?」

「ええ……」

 小さな返事の後、シノンの姿が消えた。それを見たエンヌは、真っ青になる。

「シ、シノン? どこに行ったの? ねぇ、シノン!」

「落ち着いてください、エンヌ。シノンは消えた訳ではありませんから」

「え……」

「前に彼女から聞いたことがあるでしょう? シノンは石の中で休んでいるんです。もう心配することはありませんよ」

 言われて、エンヌは改めて舞踊石を見る。

 気のせいか、これまでと微妙に石の色が変わっているような。

「どうにかこうにか、今日中にカタがついたな。これでクリュの村へ戻れるぜ」

「ここへ来るまでに時間を使ってますけれど……遅くても真夜中には着くでしょう」

「真夜中でもいーじゃない。明日の出発までに戻ればいいんでしょ?」

「でも、親方は私がなかなか戻って来ないから、きっとやきもきして待ってるわね」

 そう言って、エンヌはくすくす笑い、グレイヴァのすりむいた手に布を巻いてくれた。

「あ、エンヌ、やっと笑ったな」

「え……? 私、今までそんなに怖い顔してた?」

「シノンがいなかったから仕方がないんだろうけど、ずっと暗い顔してたぜ。その方がずっといい」

 シノンのことが、ずっと心に引っ掛かっていたせいだろう。時々、笑みを浮かべることはあったが、表情に硬さがあった。

 今は全てが解決して、心から笑みを浮かべられる。

「そ、そう? あ……ありがとう」

 エンヌの頬が赤く染まる。

「一件落着したからって、いきなり口説くことないじゃない」

「なっ……べ、別に口説いてるんじゃねぇよっ。変な言い方、するな」

「そぉぉお? だって、人をほめるなんてしないグレイヴァがほめるんだもん、そう思っちゃうわよ」

「フィノ! お前……」

 グレイヴァがアルテの肩にいるフィノを掴まえようとするが、フィノはさっさと逃げてしまう。

「こら、待ちやがれっ」

 その後を追い掛けるグレイヴァ。

「いつもながら、本当に元気ですねぇ」

 フィノの言葉に、ますます赤くなってしまっているエンヌ。

 アルテは隣にいるそんなエンヌの方を向くと、彼女の背を押して歩くように(うなが)した。

「ぼく達も行きましょう。ぼやぼやしていたら、本当に置いて行かれますからね」

☆☆☆

 山の中でシノンを捜す時間は、思った程の時間は経っていなかった。

 ティータイムより少し早い時間に山を降りたグレイヴァ達は、そのままクリュの村へと向かう。

 問題が片付いた、という解放感のためか、戻る足取りは軽く、クリュの祭りがフィナーレを迎える頃に到着した。

「そっかぁ……ここって、まだ祭りをしてたんだな」

 村の中は三日前と変わらず、とてもにぎやかだった。祭りでも、三日も続けばかなり疲れそうなものだが、村人はまだまだ元気そうだ。

「三日間ある、という話でしたからね。ぼく達の三日間は短かったんだか長かったんだか、よくわかりませんが」

 泉の広場では三日前と同じように、舞台の上で踊り子達が舞っていた。

 ただ、三日前と違い、人数が少ないせいか少し物足りない。

 足りないのは、エンヌだ。

「舞ってらっしゃい。エンヌが一番生き生きできる場所なんだから」

「ええ。ありがとうっ。……フィノ、ずっとねこのままだったわね」

 言われて、はっと気付く。

 エンヌの前では、一応人間ということになっていたのだ。

 それがいつまでもねこのままだし、さらには村の中へ入って言葉まで口にしてしまった。

 不覚、と思ってももう遅い。

「そ、そうでしたね。あまりにもこの姿がしっくりきていたので、忘れていました。すぐに元に戻しますから、心配しないでください」

「ねこがしゃべったって、こういう所じゃ腹話術の人形程度に見られるよな」

「……誰が人形よ」

 フィノが横目で睨む。

「さぁ、行かないと音楽が終わってしまいますよ」

「ええ、それじゃ」

「エンヌ」

 舞台の方へと行きかけたエンヌをグレイヴァが呼び止め、そちらへと歩いて行く。

「こんな言い方したら、怒るかも知れないけどさ。エンヌはシノンがいなくても、やっていけると思う」

「え?」

「もしこの先、今回とは違って本当にシノンがいなくなっても、昨夜みたいに落ち込むことはないからな。俺が最初に見たエンヌは、シノンがいない状態で踊ってて……その、十分にきれいだったから……だから、もっと自信持てよな」

 エンヌは赤くなっているグレイヴァをしばらく見詰めていたが、大きくうなずいた。

「うん……グレイヴァ、本当にありがとう」

 エンヌの赤い髪がふわりと揺れたかと思った瞬間、彼女のくちびるがグレイヴァの頬に触れていた。

 グレイヴァが呆然と立っている間に、エンヌは舞台の方へと駆けて行く。衣装も何も着けないままだが、エンヌはそのまま舞台へと上がった。

 たった一人。

 そこに踊り子が加わっただけで、舞台の雰囲気は一気に変わったようだ。

「舞いの妖精が見込んだだけはありますね。やはり彼女には、天賦(てんぷ)の才能があるんでしょう」

「グレイヴァ、エンヌに何を言ってたの?」

 周りが騒がしいためか、フィノがいる所まではグレイヴァのセリフもよく聞こえなかったのだ。

「彼女、喜んでたみたいだし。あんた、また口説いたんでしょ」

「そんなこと、してないっ。だいたい、またって何だよ」

「赤くなって否定したって、信憑性ないのよねぇ」

 これ以上、何を言っても無駄だと思ったのか、グレイヴァは話を変えた。

「なぁ、聞きそびれたけど、シノンはどうしてあんな所まで移動してたんだ? アージュ達ですら居場所がわからない程、弱ってたんだろ?」

「ああいう場所まで自力では行けないだろうし、鳥にでも掴まえられたんじゃないかしらね」

「そんなこと、ありえるのか?」

「ないとは言えないわよ。目の悪い鳥がネズミや何かと間違えた、とかね。大きさなんか近いでしょ。人間と違って、動物には妖精の姿が見えることも多いし」

「へぇ、そんなもんか」

「アージュに会った時にでも、聞けるんじゃないですか?」

 シノンの様子を尋ねた時に一緒に聞けば、アージュも教えてくれるだろう。

「そろそろ、ここの祭りもフィナーレですね」

「……なぁ、今夜はまたこの村で泊まるのか?」

 一昨日のダンスのことが頭に浮かび、顔が暗くなるグレイヴァ。

「だって、今から他の所へなんか行けないでしょ。疲れちゃったもん。野宿なんて、あたしはいやだからね」

「わがままな奴……」

「ふーんだ。さてと、さすがにここで姿を変えちゃ、まずいわよね。どこかの陰に入らないと。グレイヴァ、またあんたのお姉ちゃん役、やってあげるわ」

 フィノはアルテの肩から飛び下りると、近くの建物の陰へ入って行った。

「アルテ……」

「はい?」

「魔法であいつを俺より小さくできないか? ……妹になっても、大して変わりはないかな」

 こまっしゃくれたガキに言い込められる、というのもまた腹が立つ。

 グレイヴァが心底から言っているようなので、アルテは思わず笑みをもらした。吹き出した、という方が正しいかも知れない。

「子どもにすることは可能でしょうけれど、グレイヴァが言うように、フィノは何になってもフィノのままだと思いますよ」

「……だよなー」

 がっくりと肩を落とすグレイヴァ。

「お待たせ-。あら、グレイヴァ。どうしたの? エンヌと別れるの、淋しいとか?」

「あのなぁ」

「せっかく問題が一つ片付いたのよ。そんなしんきくさい顔してないで。そーだ。特別にこのあたしが踊ってあげるから」

「はぁ? 何だってそんな方向に話がいくんだ」

「ほらほら、祭りのフィナーレよ。せっかくこの場にいるんなら、参加しなきゃ」

「だ、だから……俺はダンスはいいって。ア、アルテ、助けてくれよ」

「ゆっくりしてらっしゃい。ぼくは宿の方を確保しておきますから」

 アルテは手を振り、グレイヴァはフィノに引っ張られ、村人達がダンスに興じている中へと連れて行かれる。

「何よ。このあたしじゃ、どこか不満だっての?」

 人間のフィノはけっこう美人なだけに、間近にせまられると迫力がある。

「いや、そ、そうじゃなくて」

「さぁ、踊り明かすわよっ」

「じ、冗談じゃねぇっ!」

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