シノンを捜しに
クリュの村からさらに南にある、ネビオロの村。およそ半日はかかる距離だ。往復だけで一日かかってしまう。
しかも、与えられた時間は二日だけ。シノンを捜すのは一日しかない、ということになる。
ティグは遠回しに、許可したくない、と言っているのだ。
いくら形見がどうこうと言われても、結局のところは「最初に話していた妖精を迎えに行く」ということに変わりはない。
ティグは妖精の存在は信じているものの、それが自分達のそばにいるとは信じていないのだ。
だから、エンヌに妖精が見えているということも、信じられない。舞いの妖精が見えて、それでエンヌが踊りにやる気を出してくれればそれでいい、という程度。
だから、エンヌが一座を離れるのは別の理由があるのではないか、と疑っているのだ。
かと言って、あからさまに反対すると、きっとまた形見がどうこうと言われるだろう。先祖を大切にするよう教え込まれてきた彼にとっては、とても痛い言葉だ。
許可はするが、これだけの日数のみ。こんな短い期間では行って帰るだけ、となれば、エンヌもあきらめるかも知れない。
そう思ったのだが……。
「クリュを出発するまでに、戻って来ればいいんだな。よし、エンヌ、行くぞ」
「え、行くって……」
「出発するんだよ、ネビオロ、だっけ? 時間は限られてるんだから、こうしてる時間ももったいないだろ。さ、行こうぜ」
グレイヴァはエンヌの手を掴むと、さっさと走り出した。
「え……ええっ?」
驚きながらも、手を引っ張られてエンヌも走り出す。
「ありがと、親方。舞いの妖精も、戻って来たらきっとあんたに感謝すると思うぜ」
グレイヴァは走りながらそう言って、ティグに手を振った。
アルテはティグに会釈すると、フィノと一緒にグレイヴァ達の後を追う。
後には、呆然となった一座の親方が残された。
☆☆☆
宿のおばさんには、すぐに出掛けなければならなくなったと言い、朝食分のパンなどを弁当用に包んでもらった。
エンヌの分も追加してもらい、それを持つとグレイヴァ達はクリュの村を後にして、南へ向かった。
「グレイヴァも、やる時はやるのねぇ」
「どういう意味だよ、それ……」
エンヌが一緒という都合上、人間の姿のままで歩いているフィノ。
相変わらず、周りに誰がいようと遠慮はない。
「だって、エンヌに話をして連れて行くかどうするかって時は、どっちかと言えば渋ってたじゃない。それが、いきなり本当の駆け落ちみたいに手をつないで、走り出すんだもん」
「駆け落ちみたいってのは、余計だっ」
赤面しながら、むすっと言い返す。横でエンヌが、くすくすと笑っていた。
「でも、ぼくも正直言って少し驚いたんですよ、グレイヴァ。親方のあの口調では、許可できないとしか取れなさそうなのに、すぐに出発するなんて言い出すんですから」
「逃げるが勝ちって言うだろ? 口調では確かに渋ってたけど、言葉では期限付きで許可が出てるんだから。きっぱりだめだって言われる前に、あの場から逃げた方がいいと思ったんだ。ケチくさい期限だけど、ないよりましだからな」
「団体の長ですからね。まとめ役として、すぐにいい顔はできないんですよ」
「ありがとう。みんなに助けてもらわなきゃ、私だけじゃ絶対に出してもらえなかったわ」
エンヌは自分でシノンを迎えに行けることに、素直に喜んでいた。
「それにしても、妖精を助ける旅だなんて……大変なことをしてるのね」
エンヌも旅をしているが、そんな目的で旅をする人がいるなんて、考えたこともなかった。
「んー、ほとんどなりゆきみたいな形でやってるんだけど」
「女の子に弱いもんねぇ、グレイヴァは」
「あのなぁ……誤解を招くような言い方するなってんだ」
「だって、ウィンデの泣き落としで、この旅をすることになったようなものでしょ。男は女の涙に弱いじゃない」
「何だよ、女だってそれをわかってて武器に使うじゃないか……って、ちょっと待てよ。ウィンデはあの時、泣いてなんかいなかったぞ」
あやうく、スルーしてしまうところだった。
「あら、そう? でも、ずっとグレイヴァが拒否し続けてたら、泣いたかもよ。あ、それともほめておだてて、その気にさせるって手もあるわね」
「フィノがウィンデの立場なら、ほめるってことは絶対しないだろ。逆に相手をバカにして、そんなこともできないのか、とか何とか言ってさ。そこまで言われて黙ってられっか、なんて言わせるんじゃないのか?」
「そうねぇ。グレイヴァが相手ならするかも」
「どうして俺だったら、なんだよ」
「やぁねぇ。あたしだって、相手を見て方法を考えるわよ。あんたに頼むなら、逆上させて勢いでやらせちゃう。途中でやめる、なんて言い出したら、約束もまともに守れないのって言い返すの。これってグレイヴァには効きそうでしょ。それとも……弱みを握って、それをネタにするとかね」
「素直じゃない方法ばっかだな。だいたい、相手を見て、なんて言ってるけど、俺は怒ったらさっさと帰るタイプだぞ。フィノの手になんか乗るかよ」
「そうかしら。あたしに何か言われてすぐに突っ掛かってくるのは、どこの誰かしらね」
「あ、あの……アルテ。私、何か悪い話題を出しちゃったのかしら」
次第に口ゲンカのような会話になってきたので、エンヌがアルテに助けを求める。
「気にしなくていいですよ。いつもこうですから」
「い、いつも?」
横でまだ言い争っている( ようにしか見えない )ふたりを、エンヌは目を丸くしながら見ていた。
「でも、そうやって姉弟ゲンカができるのっていいなぁ。私、一人っ子だったから。周りには仲間もいるし、きょうだいみたいなものだけど……やっぱり違うもの」
エンヌもあの宿のおばさんと同じで、フィノとグレイヴァの髪や瞳の色で血が繋がっている、と判断したらしい。
姉弟じゃないっ、と言いたかったが、宿では結局「姉弟」ということで通してしまったので、もやもやしながらもグレイヴァは反論を控えた。
「あら、あたし達、姉弟じゃないわよ」
グレイヴァが黙っていたのに、フィノがあっさりとばらしてしまう。
「フィノ……昨日は自分から姉弟って言い出して、今日は否定すんのかよ」
「バカねぇ。相手や状況が違うんだから、答えが違って当然でしょ。あたしはね、グレイヴァと違ってもう少し訳ありなの。アルテと一緒にいて、そこにグレイヴァがくつついて来たのよ。お互いがたまたまこういう姿で、グレイヴァと姉弟みたいに言われちゃう時があるけどね。あたしとしては、こーんなひねくれた弟なんてほしくないわ」
「その言葉、そっくり返すぜ。俺だって姉貴ができるんなら、もっと穏やかで弟に手を出さない、酒グセの悪くない姉貴がいいもんな」
「あーら、そんなことを言うのはこの口かしら」
フィノの手が伸びてきたが、かろうじてグレイヴァはその手から逃れる。
「エンヌ、よければシノンのことを話してもらえませんか?」
放っておくといつまでも「姉弟ゲンカ」が終わりそうにないので、アルテはさっさと話題を変えてしまう。
「え、ええ……。話すと言っても、そんなにたくさんはないんだけど。シノンのことが見えるようになってから、まだ半年くらいしか経っていないの」
それまでにもエンヌは、人間ではない、何かの気配を感じることはよくあったらしい。ただ、その存在をはっきり目で見ることはできなかった。
それが約半年近く前、舞いの妖精シノンの姿を見付けたのだ。
ちょうど新しい舞いをすることになって、でもエンヌにはどうしてもうまく舞えずに悩んでいた時のこと。
自分の母は、祖母は、もっとうまく舞うことができたのに、と落ち込みながらエンヌは舞踊石を一人で眺めていた。
そこに、自分のものではない顔が映ったのだ。
長い銀色の髪に、赤い瞳の少女。
え……誰? 私じゃない。
ぽかんと見ている間に、石に映った少女は実際に石から抜けてエンヌの前に立っていた。
立っていた、とは言っても彼女の身体は手の平に乗る程で、エンヌのひざにちょんと乗っていたような形だ。
「それから、私は彼女から舞踊石の本当のことを聞いたの。ほら、グレイヴァに昨夜話したでしょ」
「妖精の加護がなきゃ、石を持つ意味がない……とかだろ」
「ええ。私には見えても、他の人には見えないらしくって。彼女と話をしていたら、何を独り言しゃべってるんだって聞かれたりしたわ。その時は気にしなかったんだけど、考えると妙な感じね。他の人には見えないなんて」
「本当はそういうものなんですよ」
「え、そうなの? たまにシノンの姿が見えない時があって、後で聞いたら石の中で休んでるからよって言われたわ。そういう時なら、他の人にも見えないのはわかるけど。彼女が私のすぐそばに現れて話をしていても見えないなんて、とても不思議な気がするわ」
「自分には見えているのに、と思えば、妙な気になるのはわかります。でも、普通の人が妖精を見るには方法があって……」
昨夜と同じ話になりそうな気配。
「……俺、先に行くからな」
同じように聞いていると話が延々と続きそうなので、グレイヴァはさっさと前を歩く。
こんなふうにアルテの臨時妖精講義があったりもしたが、考えていたよりも早く目的地に到着できた。
エンヌの「早く迎えに行きたい」という気持ちが、歩く速度にも現れたのだろう。
クリュの村より南にある、ネビオロの村。だが、村の中までは入らない。
ティグの一座は、ネビオロの村外れにテントを張っていた。そこがグレイヴァ達の目的地だ。
村へと続く道から少し外れた所に細い川が流れ、火を焚いた跡があった。エンヌに聞くと、その辺りがテントを張った場所らしい。
「エンヌが寝てた所が、この辺り? じゃ、ここを中心にして捜すか。けど……どうやって捜せばいいんだ?」
「ある程度、自分達の目で捜すしかないですね。この近くにいるはずだ、という手掛かりしかありませんし」
夢の妖精にも、はっきりわからなかったのだ。あとはひたすら、原始的に捜すしかない。
「私にも見えるかしら。今までは、シノンから姿を現してくれてたけど……」
「大丈夫よ、心配しなくっても。向こうから意図して消えた訳じゃないんだから。エンヌにも見えるわよ」





