夢見石のある場所
「今はよくても……その後がわからないわ」
「けど、アルテの魔法も効かないんじゃ、どうしようもないだろ」
「口論してる場合じゃないわ。アージュだって、この火に焼かれたら無事じゃいられないんでしょ。せめて、別の夢へ逃げるとかできないの」
「そうしたら、今度はその逃げた夢にまで被害が及ぶわ。そこに人がいれば、私達よりも先に死ぬことだって……」
もしそこに、グレイヴァの両親がいたら。仲のよかった村人が、友達がいたら、彼らが先に……。
夢の中の人物でも、そんなことになるのはいやだ。本当に死ぬ訳ではなくても。
ついさっき、夢ではあるが、両親の顔を見た。その彼らが……冗談じゃない。
自分達の周りに、じわじわと火がせまる。さっきアルテが魔法で出した炎のように、熱気が伝わってくる。夢の映像とは違い、本物の炎だ。
「そうだ、グレイヴァ。あんたが何とかできないの? ここじゃ、あんたが一番だって喜んでたじゃない」
「いくら一番でも、俺に魔法なんか使えるはずないだろ。アルテ、さっきみたいに雨を降らせられないのかよっ」
言われるまでもなく、アルテはすでに水魔法を使っていた。しかし、範囲が広いうえに、火の回るスピードが速すぎる。魔物の力のせいか、夢の中という特殊な環境のためか。
「ぼくの力では、これ以上は……」
アルテは息を切らしている。いくら腕がよくても、長引けば魔力を消耗するし、同時に体力も消耗してしまうのだ。自分達の周りの火から先に消すが、とても追い付かない。
宙では、さっきから魔物が笑っているかのような声を出している。表情こそ見えないが、こちらが困っている様子を楽しんでいるのだ。
時々、口から炎を出して、アルテが消した所を再燃させている。神経を逆撫でする相手だ。
「きゃっ」
アージュが悲鳴を上げた。
グレイヴァ達を囲む火がどんどんせばまり、後ろから迫ってきた炎が妖精の羽を焦がしたのだ。透明な美しい羽の片方に、黒い焦げ跡ができる。
「アージュッ。……くっそぉー。いい加減にしろよ、てめぇっ」
アージュを腕の中にかばいながら、グレイヴァは頭上に浮かぶ魔物に向かって怒鳴った。
「俺の夢の中で、誰も殺させやしないからなっ」
グレイヴァの身体が、薄い桃色の光を帯びた。
水の魔法を使っていたアルテも、炎から少しでも逃れるべく元の大きさに戻っていたフィノも、そして何よりグレイヴァにかばわれるようにして彼の腕の中にいたアージュも、その気配に目を見張る。
グレイヴァ本人は自分の異変に気付いていないのか、魔物を睨んだままだ。
「ふざけんなっ。今すぐ俺の夢から出て行けーっ」
叫んだ途端、グレイヴァを覆っていた光が魔物へ向かって飛んだ。さっきアルテが出した火柱よりも太い光が、魔物の身体を覆う。その向こうから、魔物の悲鳴が聞こえてきた。
アルテの出した炎に焼かれても悲鳴を上げなかった魔物が、声を上げているのだ。
どれだけの時間が経っただろう。
ひどく長いような、とても短いような時間。文字通り、夢のような気がする。
ゆっくりと光は薄れてゆき、そこにいたはずの魔物の姿は消えていた。
「消えた……? 消滅したんでしょうか、あの魔物は」
何もなくなった空を見上げて、アルテがつぶやいた。
「うん。もう気配は感じないわよ。隠れていたって、それなら気配でわかりそうだもん。それに、あの声の感じからして、無傷ではすまないでしょうし。……あの様子だと、消滅したと考えてもいいみたい」
「い、今の……何だったんだ? 俺、頭の中がこんがらがって」
光が消える頃、ようやくグレイヴァは冷静になって自分の行動を把握した。
だが、信じられない、わからない、というのが今の正直な感想だ。
「何だったのかなんて、こっちが聞きたいくらいだわ。魔法が使えないなんて言ってたくせに、ちゃっかり使ってるじゃない。この夢の中だけは、あんたが一番だって認めてあげるわ」
「フィノの言い方って、どうも素直に喜べないんだよな」
何となく引っ掛かる言い方。もっとも、フィノはいつもこんな調子だ。
「……グレイヴァ」
「え? うわっ、ご、ごめん、アージュ!」
魔物の炎に羽を焼かれたアージュを、グレイヴァは自分の腕の中にかばって少しでも炎から遠ざけようとした。
結果的に抱き締めるような形になったのだが、光を放つ間も消えてからも、ずっとそのままだったのだ。
アージュの声でやっとそのことに気付いたグレイヴァは、慌ててアージュから離れた。
「……」
解放されたアージュは、黙ってグレイヴァを見詰めている。
「ごめんっ。悪気はなかったんだっ」
「グレイヴァに下心を隠して女の子を抱き締める、なんてできっこないわよねー」
真っ赤になっているグレイヴァを、フィノがからかう。でも、本当だからグレイヴァは何も言えない。
「アージュ、どうかしましたか?」
横でグレイヴァの慌てる様子を、笑みを浮かべながら見ていたアルテ。だが、アージュがまだ呆然とした表情で目の前の少年を見詰めたままなのに気付き、声をかけた。
「みつけた……」
力のこもらない声で、アージュはつぶやいた。
「見付けたって、何をですか? あ、まさか夢見石が? どこです」
「え、石のある場所がわかったのか?」
「ええ……ここに……」
「ここ? この夢ってこと? だけど、ここって何もないわよ」
アージュは、すっとグレイヴァを指差す。
最初はみんな、グレイヴァの真後ろの方向に石の気配を感じると言いたいんだ、と思った。
だから、全員がそちらを向いたが、それらしい物は見当たらない。
アージュはそのままグレイヴァへ近付くと、彼の胸に手をそえる。
「夢見石はあなたよ、グレイヴァ」
全員が目を丸くする。アージュの言葉が、誰もすぐには理解できなかった。
「俺が……石って、どういう……」
「どの夢へ行っても、石の気配がするばかりで場所がわからなかったはずよ。夢見石は、ずっとそばにあったの。私達は、石と行動していたようなものなんだわ。グレイヴァの中に、石があるのよ」
「えー、グレイヴァって人間じゃなくて石だったの? そっか、だから頭がよくないのね」
「お前なぁ……」
この場のシリアスさを消してしまうフィノを、グレイヴァが睨む。
「あ、もちろん、彼は人間よ。ただ、この夢のグレイヴァの身体の中に石があるの。さっきのあの光は、夢見石の力が放たれたものなのよ」
石の力の使い方など、グレイヴァはもちろん知らない。ただ、自分の夢を、夢の中にいる人達を守りたいと思った。
その心が、石と反応してあんな力が出たのだ。
夢見石の力は、他にも及んでいる。
アージュの焦げた羽が、治っているのだ。元の透明な羽に。
それだけではない。あれだけ魔物に焼かれていたはずの草原が、全くの無傷な状態に戻っている。
いや、それどころか来た時よりも鮮やかな緑色が広がっていた。美しい青空と一緒に。
「グレイヴァのそばにいたのに、ちっともわからなかったわ。私、それまでにも彼に触れたりしていたはずなのにね。グレイヴァがかばってくれながら石の力を使ったから、やっと力の源を見付けられたの。あの魔物が来なければ、ずっとわからないままだったかも」
「ケガの功名、というところですか。しかし、グレイヴァの中にある石を、どうやって取り出すんです?」
「このまま、外へ連れてったらいいじゃない」
「そうすれば簡単だけど、本当にグレイヴァが目を覚まさなくなっちゃうわ。私達の前にいるグレイヴァは、意識が形になっているだけ。意識を外へ連れて行っちゃうと、身体は意識がない状態のままになるでしょ」
「あたしは別に構わないけど」
「……フィノッ」
言いたい放題のフィノ。捕まえたいところだが、今のグレイヴァではすり抜けるのでそれもできない。
「グレイヴァ、そこに立って。石を取り出すわ」
「え……あ、ああ」
言われた通りグレイヴァが立ち、アージュが彼の胸に手をかざす。その口から音楽のような呪文を流れた。
それは、アルテも聞いたことのない、妖精の魔法だ。
アージュの言葉が終わると、グレイヴァの胸元から光る球体が現れた。
「げっ……」
「動かないで、グレイヴァ」
動くな、と言われても、自分の身体から石が現れるのを見て、落ち着いてなんかいられない。思わず後ずさってしまうのは、仕方がなかった。
球体は音もなくグレイヴァの身体から出ると、アージュが差し出した手の平にふわりと乗った。
グレイヴァは石が自分の身体から出てしまっても力が抜ける訳でもなく、何ということもなかったのだが、精神的にほっとする。
「すごい……」
そうつぶやいたのは、アージュだった。
この光景を見て、そういうつぶやきをもらすのはアルテかフィノだろうに。
夢見石を見慣れているはずのアージュが、そうつぶやいたのだ。
「すごいって、何がそんなにすごいの?」
「だって……私、こんなに大きな夢見石、見たことがないわ」
アージュの手元にある石は、人間の頭くらいの大きさだった。
満月のように、滑らかな球体。虹色に、淡い桃色のヴェールがかけられたような色。形はともかく、色は捜し始めた時にアージュから教えられた色をしている。
「妖精の世界では、もっと小さな石しかなかったんですか? でも、世界を支えるのに、小さな石では不安定になるのでは」
「ううん。もちろん、ある程度の大きさがあるのよ。でもそれは、夢の妖精達が時間をかけて、たくさんの夢から拾って来た石を集めて、魔法で一つにしてゆくの。だから、一つ一つは小さいものなの。私の手の平に収まるような物がほとんど。でも、たった一人の夢から、こんなに大きな夢見石が現れるなんて。私が元気になれるはずよね」
アージュは嬉しそうに、夢見石に頬擦りをする。
「つまり、グレイヴァは非常にまれなケースなんですね」
「やっぱりあんた、あたし以上に普通じゃないわね」
「べ、別に俺が作ったとかって訳じゃないぞ」
「ううん。石の大きさや形は、その人の心によって違うのよ。これはグレイヴァの心の形。球体っていうのは、どこから見ても変わらない。つまり裏表がないってことね。それに、これを見ればわかるけれど、大きくてきれいで」
「だーっ! もういいっ。それ以上、言うなっ」





