現実の魔物
夢を見ると言うことは、夢の妖精にとってはその人の記憶や精神状態を見るのと同じ。
だから、今会った二人がもうこの世にいないことを、アージュは知っている。
あの二人と引き合わすことは、グレイヴァにとってつらいものになったのでは、と遅まきながら気付いたのだ。
「え? あ、いや、そんなことない。アルテもさっき言ってたんだけど、気恥ずかしくなっちまっただけ。あの二人、仲がよすぎて、息子の俺の方が照れちまうんだよな。親父のあのセリフで、わかるだろ。夢の中でもそんなだと、いる場所に困るって言うか……」
言いながら、すでに照れているようなグレイヴァ。アージュはその表情を見て、少しほっとする。
「グレイヴァのお母さん、あたしが想像してたよりきれいだったわね」
「へへっ、まーな」
フィノに言われ、グレイヴァは自慢げに笑う。
「人間は、男の子は女親に似るって言うんでしょ。ってことは、グレイヴァは失敗だったのかしら」
「それ、どういう意味だっ、フィノ」
グレイヴァが逃げるフィノを追い掛ける。
「彼はぼく達が思っているより、強いですよ」
「そうみたいね。ふふ、好きだなぁ、ああいう真っ直ぐな子」
「やっぱりわかりますか?」
「もちろん。さてと、ここにも石はないみたいだから、別の夢へ行きましょうか」
☆☆☆
それから、グレイヴァ達はいくつもの夢に入った。
湖や別の森や山。洞窟の中。空想の城や、人間が隠れる程に大きく実った穀物畑。火山や氷の森、小さな無人島……。
しかし、どこを歩いても、夢見石はなかった。
グレイヴァ達の目には見えないし、アージュはどこへ行っても力は感じるのに、やはり出所がわからないと言う。
「何か別の力と勘違いしてる……とかってことはないのか」
「夢の妖精が、夢見石の力を間違えるはずないわ。これは間違いなく、あの石の力なの」
「アージュは、実際に自分で石を見付けたことはない、と話していましたね。もしかしたら、特別な見付け方があるんじゃないですか?」
「どうかしら。それなら、仲間から聞いていそうな気もするけど。そうね、一度戻って、他の仲間に来てもらう方がいいかも」
「……また来るなら、俺はまた眠るってことか」
眠らなければ、夢は見られない。
グレイヴァの夢で動き回るのなら、グレイヴァは眠らなければならないのだ。
「身体がなまっちまいそうだな」
「大丈夫よ。そんなに長い時間じゃないんだから。夢だと長く感じるでしょうけど、起きてみたらそうでもないってこと、あったでしょ。それと一緒。どんなに長くても、現実では一日がいいところよ」
十分に長い気がするが、関わった以上は仕方がない。
「戻る前に、もう一度。これでダメなら、ちゃんと戻るわ」
「あきらめが悪いぞ」
「だってぇ、そんなものも見付けられないのかって言われるの、悔しいじゃない」
いくら悔しくても、眠らされたままの俺のことも考えてくれよなー。
「では、最後ですよ、アージュ」
アージュがうなずいてグレイヴァ達が足を踏み入れたその夢は、何もない草原だった。
空はどんよりと灰色の雲がたちこめ、今にも雨が降りそうだ。草原は緑の草が生えているのだが、空がそんな色のせいか、枯れてしまう手前のようにも見える。
ここには、それだけしかない。ひどく殺風景な夢だ。
「これは……ずいぶんと淋しい雰囲気の夢ですね」
「覚えてる、この夢。俺、ここに一人で立ってたんだ」
この夢を見たのは、家族が誰もいなくなった次の日だった。
ただここに立っているだけの夢だったのに、起きてみると枕がぬれていて。
「どうしてこんな夢へ来たの?」
「案外、淋しい夢にあるんじゃないかしらって思ったの。今まで、こういう夢には来なかったでしょ」
「そっか。いい夢にあるとは限らないもんね。だけど……何もなさそうよ」
ぐるっと一回転しても、ほとんど代わり映えのしない景色。薄暗い空と、元気のない草原が広がるだけ。
「力は今までと同じように感じるんだけどなぁ」
感じるだけで、やはり掴み切れない。
「やっぱり、戻った方がよさそうね」
アージュがあきらめ、夢から出るべく歩き出そうとした時。
気味の悪い、悲鳴のような笑い声が聞こえた。
「何だ、今の声」
グレイヴァの言葉が終わった直後、空の一部に黒いうず巻きのようなものが現れた。
「きゃあっ」
アージュはそれを見た途端、グレイヴァの後ろへ隠れた。様子が変だ。
「どうしたんだよ、アージュ」
「私達の世界を壊した魔物と……同じなの」
「あのうず巻きが? あれも俺の夢の一部じゃないのか?」
「違う。あたしにも、気配が感じられるわ。グレイヴァ、あいつは外から来たアルテやあたしみたいに本物よ」
フィノの言葉に触発されたのか、黒いうず巻きは高速で回転を始め、やがてその本性を現した。
黒いもやでできたような身体。背中には黒い翼。裂けた赤い口。鈍い黄色の光を放つ、つり上がった目。ねじれた二本の角が頭から突き出ている。
形としては人間の男に近いようだが、その姿は完全に魔物だ。
「魔物は、集団で現れたわ。あいつは、そのうちのひとりよ」
グレイヴァの背中に隠れたアージュの震えが、はっきり伝わってくる。彼女はどうしようもなく恐れているのだ。
単体であろうと、魔物には変わりない。対抗しよう、などという意識すら持てないでいる。
アージュをかばうグレイヴァをさらにかばうように、アルテが前へ出た。
「ここへ来た目的や手段はともかく、このまま無事に帰してくれそうにありませんね」
「アルテ、気を付けてよ」
言いながら、フィノも身体を大きくし、翼を現した。
「あの魔物は……きっとあたし達と同じように、夢見石を探しに来たんだわ。どうやってかグレイヴァの夢にあるってわかって、ここへ来たのよ」
「じゃ、あいつにも夢見石の気配がわかるのか。先にあいつが見付けたら……」
きっと夢の妖精の世界でしたように、魔物は石を破壊するだろう。
なぜかは知らない。でも、あの魔物は、妖精を不幸にしようとしているのだ。
そして、夢の妖精の不幸は、夢見石がなくなること。まだ気配だけとは言え、せっかくアージュが見付けた石を魔物が先に見付けて壊してしまえば、妖精の世界の復興はさらに遅れるのだ。
「そんなの、ダメよ。私……私には夢見石を守るだけの力なんてない……」
妖精がたくさんいて、それでも魔物に手も足も出なかった。たとえあの魔物の力が弱くても、アージュだけでは何も守れない。
「心配すんなって。アルテもフィノもいるんだから」
魔物は魔法を使ったのか、草原の一部に火がついた。火は一気に燃え上がることはないが、それでも広がりつつある。
アルテが呪文を唱えた。火の上に、土砂降りの雨が降る。おかげで、草原はすぐに消火された。
アルテが水の魔法を使っている隙に、フィノが魔物へ飛び掛かる。
鋭い爪を出し、魔物の身体を狙って引っ掻いた。もやのような身体は、フィノの爪で霧散する。
「おっし、やったぞ、フィノ」
それを見て、グレイヴァが歓喜の声を上げる。
が、喜ぶのはまだ早かった。
散ったと思ったもやは、すぐに集まって再び元に戻ってしまったのだ。
魔物もかぎ爪を出して、フィノに反撃した。空を飛んでいても、さすがにねこというところか。フィノは危なげなくかわす。
少し離れた所へ移動したフィノは、その翼を使って風を起こした。強風にあおられ、魔物の身体はまた散り散りになる。
「あーん、もうっ。うっとうしいわね」
さっきと同じように、魔物は元に戻ってしまった。風や通常攻撃では、効果がないらしい。
「フィノ、離れて」
アルテの声に、フィノがさらに魔物から離れる。魔物が何かしようとする前に、アルテは素早く呪文を唱え、魔物を中心にして地面から火柱が上がった。
「すっげぇ……」
まるで、火山の噴火を目の前で見ているみたいだ。熱い空気が頬をなでる。
魔物からはもちろん、アルテからも離れているグレイヴァにまでこんな熱い風が来るくらいだ。あの火柱の中心は、一瞬にして全ての物を焼き尽くしてしまっているだろう。
不思議なことに、その火柱が上がった付近は草が燃えてしまうこともなく、何事もなかったかのようにそこにある。狙った物しか焼かない炎なのだ。
わずかな時間の後、火柱がおさまる。すっと火が消えた。
「なっ……魔法が効かない?」
火柱が消えた後、そこには傷一つない魔物の姿があった。まるで応えていない。
アルテが呆然としているのを見て、魔物はバカにしたような声を出した。あれは笑っているのだろうか。
「何だよ、あいつ。魔法が効かないのか」
「そんな……魔法使いの力も通じないの?」
消火されたはずの草原に、また火がついた。今度はさっきより勢いが強い。
そして、魔物はその翼で、さっきのフィノのように風を起こした。
フィノの翼は、例えるなら烏の濡れ羽色のような、美しい黒の大きな翼。
魔物の翼は、細い骨組に爬虫類の皮を張り付けたような、見た目も貧相な翼だ。
同じ黒の翼でも、大違い。
しかし、その翼から起こる風は、さっきフィノが起こした風よりもずっと強かった。
アルテは、そしてグレイヴァやアージュも立っていられず、地面に伏せる。空にいたフィノも、ほとんど叩き付けられるような形で降りた。
風にあおられ、火の勢いはどんどん強くなる。魔物は風を起こすのをやめたが、火は燃え続け、ここへ来た時はどんよりと暗い草原が広がっていただけの夢が、今ではほとんど火の海に変わりつつある。
「まずいわよ。ここはひとまず退却しないと、みんなグレイヴァの夢の中で、黒コゲにされるわ」
「でも、これは魔物の火です。このまま放って逃げる訳には」
「そんなこと、言ってる場合じゃないだろ。早くアージュを連れて逃げろっ」
グレイヴァの後ろに隠れていたアージュは、顔が真っ青になっている。
だが、グレイヴァの言葉に、首を横に振った。
「ダメよ。魔物を残したままなんて……グレイヴァが」
妖精の世界を壊した魔物なのだ。アルテ達がこの夢から逃げられても、この魔物が夢に残れば大きな影響を及ぼすはず。
そうなった時、グレイヴァの本体にどんなことが起こるか、想像もできない。
「このままじゃ、お前らが焼け死ぬぞ。少なくとも、今の俺なら死ぬことはないだろ」





