すり抜けるグレイヴァ
「あの人に聞いてみよっと」
アージュは、とことこと老人に近付く。
「ねぇ、ここに夢見石はある?」
老人はじろりとアージュを見る。
「うちでは駄目だ。よそをあたれ」
こういうこと、言われたっけな。
同じセリフを言うあたり、いやになるくらい現実に近い夢だ。
「ダメって、つまり……ここにはないってこと?」
「しつこい子だな。うちでは駄目だと言ってるだろう」
老人の言葉の後に、突然店の中で吹雪がグレイヴァ達を襲った。冷たい雪と風が、一行に吹き付けてくる。
「な、なんだぁ?」
「夢の中なのに、寒ーい」
「と、とにかく店を出ましょう。アージュ、こちらへ」
あまりに急な環境の変化に戸惑いつつ、全員が急いで店の外へ出る。
中は雪山の嵐のようだったのに、外はさっきと何も変わりはなかった。いい天気だ。
「グレイヴァの、あの人に対するイメージね」
風で少し乱れた髪を手で整えながら、アージュが言った。
「イメージって、あの親父は現実でもあんな感じだったぜ」
「さっきの吹雪よ。グレイヴァはあの人に対して『冷たい』ってイメージを持ってるの。それが『吹雪』という形で現れてたのよ」
「本当に冷たい待遇だったんですね」
少し大袈裟な気もするが、優しい対応でなかったのは事実だ。
「そんなの、どうでもいいよ。アージュ、あの店に夢見石はあったのか?」
「波動は感じるけど、特定できなかったわ。感じると言えば、あの店だけじゃなく、この街全体からも感じるの」
「おいおい……。ここがどれだけの広さか知らないけど、街中探すってのか」
「ううん。別の夢へ行くわ。特定できないなら、どこを歩いても同じだもん」
「……まかせる。好きにしてくれ」
本当に見付かるんだろうな、夢見石。
グレイヴァは、だんだんと不安になってきた。
☆☆☆
街を出ると、海になった。
「俺、海は行ったことがないぞ」
自分の生まれた村と、隣り街のネイバー。村の近くにある山や川、草原に湖。
そういう所が現れるのならわかるが、グレイヴァは海というものを見たことがない。
幼い頃、グルドが街で海の絵が描かれた本を二、三冊買って来てくれたことがあるくらいだ。
「でも、どういうものかは知ってるでしょ。それに、夢は知識や記憶だけで見るものじゃないもの。さっきも言ったでしょ。行ったことのない場所を夢に見ることがあるってね。ここがそうよ」
「へぇ、まともな海じゃない。知らなくても、夢なら見られるのね」
白い砂浜が広がり、その向こうに青い大きな水たまり。海だ。
視界におさまりきらない広さ。音までちゃんと聞こえてくる。海からの穏やかな風が、顔をなでた。
水平線の上に、海とは違う青。晴れた空があり、白い雲が浮かび、かもめらしい鳥が飛んでいる。
「穏やかな風景ですね」
「心が穏やかな時に見た夢よ。同じ海でも、心が荒れてたりすると、海も荒れるの」
「何事もなく、のほほんとしてたのね」
「そんな頻繁に、ごたごたがあってたまるかっての」
言いながら、グレイヴァは周りを見回した。見た覚えがないのに、知っている気がする。
夢なのだから何があっても変じゃない、とは思うのだが、不思議な気分だ。
「アージュ、ここでも石の力は感じてるのか?」
「うん。相変わらず、的は絞れないけど」
予想していた答えが返ってくる。
「それじゃ、どこを探しますか? ここに立っていても、仕方がないですし」
「海の中へ入ってみましょ。砂浜を歩くのって、ちょっと大変そうだし」
「おい、水の中だぞ。砂浜を歩くより大変じゃないか」
「平気よぉ。本当の水じゃないんだから」
「夢の水なら大丈夫よね。……ちょっと待って。さっき、店の中の吹雪、ちゃんと冷たかったわよ」
冷たい風に吹かれて「寒い」と感じた。この海も、冷たいと感じるかも知れない。
「心配しないで。ちゃんと息はできるから。窒息しそうになったら言って。呼吸ができるようにしてあげるわ」
「それって、息ができないかもってことか?」
「さ、入ってみましょ」
グレイヴァの質問には答えず、アージュはさっさと海へ向かって走り出す。
「おい、アルテ。俺、ちゃんと目を覚ませる時が来るのか?」
先を走るアージュを追いながら、グレイヴァがため息混じりに聞く。
もっとも、ちゃんとした答えがもらえるとは思っていない。
「覚めない夢はありませんよ、グレイヴァ」
「アージュみたく、閉じ込められたりはするかもね」
横からフィノが茶々を入れる。
「フィノ……」
「自分で自分の夢に閉じ込められるなんて、間抜けすぎるぞ」
「グレイヴァなら、ありえそうよ。……ねぇ、本当に水の中に入るの?」
「何だよ、水が怖いのか?」
この時とばかりに、グレイヴァがからかう。
「バカなこと、言わないでよね。ねこは水が好きじゃないだけ」
「普通のねこじゃないくせに、かわいこぶるなよなー。アルテに甘えたいだけなんだろ」
「なぁんですって」
フィノがグレイヴァに飛び掛かった。ねこキックの一つでもお見舞いするつもりだったのだが、フィノの身体はグレイヴァの身体をすり抜ける。
「……あら?」
「今のグレイヴァは、本体じゃないからですよ。ぼく達は現実世界の存在で、グレイヴァは夢の中の登場人物だから、通り抜けてしまったんでしょう」
「ここじゃ、俺が一番ってことか。へっへっへっ」
グレイヴァの夢なのだから、環境がどうであれ、グレイヴァが主役の世界だ。
「つまんないっ。いいわよ、夢の外でおとしまえつけてやるんだから」
「へん、受けて立ってやらあ。……あれ、フィノの身体は突き抜けたけど、アージュの手はさっきちゃんと掴んだぞ」
最初にアージュを見付けた時、グレイヴァは彼女の肩を揺すって起こした。
夢見石を探し始めた時、彼女の言葉に納得できなくて、思わず腕を掴んだ。
その時、現実と同じように彼女に触れられたし、掴むことだってできた。
「夢の妖精とぼく達とでは、存在の仕方が違うんですよ、きっと。その話は、後にしましょう。アージュに置いて行かれます」
アルテに言われ、急いで海の中へ入る。
アージュが言った通り、呼吸が苦しくなることもなく、水の中を進んで行けた。浜辺から少し海に入っただけでかなりの深さがあるのは、夢故にだろう。
昔買ってもらった絵本の海も、こんな感じだっけ。一面が真っ青で、あちこちに魚が泳いでて。
アージュの姿が見えて、グレイヴァ達はそちらへと泳いだ。フィノは泳ぐのがいやなのか、アルテの肩にしっかりしがみついている。
「どうだ、わかりそうか?」
「少し力が弱まったような気がしたんだけど、またさっきまでと同じ状態になったわ」
「弱まった? ということは、一時的に石から少し離れた訳ですか」
「そうなるのかしらね。だけど、今はまた同じよ」
「今が同じ気配だとしても、一度は離れたらしい。ってことなら、海の中は違うんじゃないのか。だったら、他を探そうぜ」
「賛成!」
珍しく、フィノがグレイヴァの意見に同調した。夢の中とは言え、やはり水の中はフィノにとって気持ちのいいものではないらしい。
「そうね。せっかくの静かな海だし、どうせなら、もう少し泳いでいたかったんだけど。そうも言ってられないわね」
アージュがそんなことを言っているそばから、海の青が薄れてゆく。
気付けば、周りにあったはずの海水はなくなり、足下には白いふわふわしたものが現れていた。
「……今度は、どういう夢に来たんだ?」
「空の上よ」
「そっ、そらぁ?」
「グレイヴァだって、空を飛ぶ夢を見てるでしょ。そのうちの一つよ」
確かに、空を飛ぶ夢は何度か見ている……気がする。うまく飛べる日もあれば、飛べない日もあった。
アージュが言うには、そういった飛んでいる夢のどれかなのだ。
「待てよ。俺は夢を見てるだけだし、アージュは羽があるからいいだろうけど、アルテは生身の人間だぞ。こんな所へ来て大丈夫なのか?」
「あ、そうだったわね。ま、何とかなるわよ」
アージュは軽く言う。
「何とかって……」
「大丈夫よぉ。夢の中で死んだりしないから」
「そんなことになってたまるかっ」
人が死ぬ夢なんて、冗談じゃない。ここは、グレイヴァの夢でありながらアルテの現実でもあるのだ。
「グレイヴァ、あんたってほーんとにアルテの腕を信用してないわねぇ」
やれやれ、といった表情でフィノはグレイヴァを見た。
「アルテの腕って……」
「今更だけど、あんた、アルテが何かわかってるの? 魔法使いなのよ。そう簡単に落ちるはずないじゃない」
「え、アルテって空を飛べるのか?」
そんなことは初耳だ。グレイヴァが聞かなかったから、アルテも言わなかっただけかも知れないが。
そもそもグレイヴァはアルテが魔法でどんなことができるのか、ということをちゃんと聞いたことがなかった。
「飛ぶと言うよりは、浮くという感じが近いでしょうね。鳥のように自由に飛び回れる、ということではないんですよ。高い所から落下しても、地面に叩き付けられないように浮く、という程度で」
「わかった? それに、心配なんかしなくっても、あたしがそばにいるじゃない」
「だから?」
「あんた、あたしが何かも忘れたのっ」
フィノが、かみ付きそうな顔で怒鳴る。大きな声で言われてから、グレイヴァもフィノの正体を思い出した。
「そう言えば、フィノって空を飛べるんだっけ。まだ二度しか見てないから、すっかり忘れてた」
フィノは普段、どこにでもいるような黒ねこのフリをしているが、実は身体の大きさを自由に変えられる、翼のあるねこだ。
もしアルテが魔法を使えずに空から落ちるようなことがあっても、その時はフィノがちゃんと彼を助けに飛ぶだろう。
「じゃ、ここにいても、どうってことはないのか。けどなぁ……見渡す限り、雲しかないぜ。こんな所にあるとも思えないけど」
「でも、ないという確証もありませんからね。ぼくにもその石の存在がわかれば、一緒に探すことができるんですけれど」
グレイヴァ達は、アージュが行く所について行くしかできないのだ。ちょっともどかしかった。





