戻らない妖精
長い金の髪を持つ妖精が飛んで来て、アルテに確認した。人間なら、二十代半ばくらいの女性に見える。
「残念だけど、達じゃないわよ。この子はただの人間」
フィノが否定・訂正する。
「何だよ、偉そうに。そういうフィノだって、魔法使いじゃないだろ」
「あら、あたしだって必要に応じて、それなりに魔法は使えるわよ」
「どうしてそういう些細なことで、口論するんですか。すみません。妖精を助けるように頼まれたのは、確かにぼく達です」
グレイヴァの隣りにいたフィノを自分の方へ抱き寄せ、つまらない口ゲンカを謝りながらアルテは妖精の言葉を肯定した。
「ぼく達はまだ、あなた達がどういう状況で困っているのかわかりません。詳細を話してもらえますか」
問われた金の髪の妖精は、小さくうなずいた。どうやらこの妖精達の中では、彼女が長にあたる立場であるらしい。
アルテ達にしても、誰かが代表者として出てくれる方が話もしやすいというもの。
彼女は、フレーラと名乗った。
「私達に起きた問題は、二つあるの」
フレーラの言葉に、今までと少し違うな、とグレイヴァは思った。
「まず、仲間がひとり、行方不明になっています。ずいぶん時間が経っているので、危険な状態にあるかも知れません。もう一つは……私達がすむ世界の大部分が壊れさてしまった、ということ」
フレーラやここに集まった妖精達は、全て夢の妖精。みんな、同じ世界にすむ仲間で、人間や動物に夢を見せるのが仕事だ。
フレーラ達がすむ世界は、人間の言葉で説明するなら、夢と現実の狭間にある。
そこは夢の妖精だけが存在する世界で、現実の世界とは比べものにならない程に広い。
無限に、夢限に。夢がある限り、広がる場所だ。
そこから夢の世界へ入り、人間達に夢を見せる。それが終われば、妖精の世界へ帰るのだ。
その妖精の世界に、黒い魔物が現れた。
どうやって入り込んだのか、わからない。気付いた時には、そこに存在していたのだ。
それは夢の産物などではなく、現実の魔物。
過去に魔物が現れたことなど、なかった。あるはずがないのだ。
ここは夢の妖精の世界で、夢の妖精以外に入れる存在などないのだから。
悪夢で生まれてしまった魔物ならともかく、フレーラ達は現実の魔物を相手にするような力など、持っていなかった。
抵抗も空しく、魔物は夢の妖精の世界を吹き飛ばしてしまう。
世界が吹き飛んだ時、妖精達はみんな現実の世界へ飛ばされた。つまり、グレイヴァ達のいる、この現実世界だ。
幸い、命を失った妖精はなかった。ひとり、ふたりと仲間の気配を感じて集まってゆく。
やがて、一つの場所で妖精達は、再び顔を合わすことができた。
だが、全員ではない。
「アージュという子が、戻って来ないのです」
「つまり……こちらの世界で彼女に何かあったのでは、と?」
「私達は、夢の世界ではどんな力でも使えるわ。だけど、この現実の世界では、私達の力はとても弱いものになってしまう。こちらの世界で彼女が魔物などに遭遇していたら、無事ではいられないかも知れません。どこかに閉じ込められていたとしても、恐らく彼女の力だけで出ることは無理でしょう」
世界が吹き飛ばされて妖精が再び集まるまでの時間は、決して短いものではなかった。
いくら力が弱くなってしまうとは言え、移動することは可能だ。どんなに遠くまで飛ばされたとしても、そこは妖精の力で戻れる。
それなのに。全員が戻っても、まだ姿を見せない仲間の妖精。
現れないということは……よくない状況に陥っている、としか考えられない。
「今回は、行方不明の妖精捜しか。けど、俺達で捜せるのかな。現実の世界にいるって言っても、相手は妖精だぜ。仲間が見付けられないのに、人間の俺達にわかるのか?」
「妖精だって完璧じゃないもの、見落としてる部分はあるかもよ。逆に、人間の目の方が見付けやすいってこともありえるし」
「そんなものかな」
「とにかく、やってみるしかないでしょ」
「手掛かりだけでも手に入れば、何とかなるでしょう。名前はアージュ、でしたね。どのような姿の妖精ですか?」
「年格好は、人間で言えばあなたくらいかしら。女の子よ」
フレーラは、グレイヴァを指差しながら言った。
「夢の中ならどうとでも姿は変えられるけれど、こちらの世界ではそれぞれが本来持つ姿になっているから。髪はプラチナブロンドで、長さは肩のあたり。瞳は青よ」
「背中には、あなた達のように羽があるんですね。他に何かありませんか? これという特徴のようなものは」
「そうね……あ、そうだわ。アージュはペンダントをしているの。髪と同じ色のペンダントよ」
「……」
銀の髪に、青い瞳。銀色のペンダントを持つ少女。
フレーラの説明を聞いて、グレイヴァはどこかでそういう姿の少女を見たような気がした。それも、ごくごく最近。
どこでだっただろう。妖精を見たのなら、簡単に忘れるはずはないと思うのだが。
「グレイヴァ、どうかしましたか?」
急に考え込むグレイヴァに気付き、アルテが声をかける。
「え……いや……」
「何でもないって顔じゃないわよ」
グレイヴァが口にしようとした言葉を、フィノが先に言ってしまう。
「その……どこかで見たような気がする」
「あら、オクテそうにしてても、割と女の子のチェックはしてるのね」
「そ、そういうのじゃないっ」
グレイヴァが顔を赤くして怒鳴る。
「フィノ、からかうのはよしなさい。でも、グレイヴァ。見たのなら、どこで見たのか思い出してください。捜す糸口になるかも知れませんから」
「そんなこと言われたって、気がするだけだし……」
言いながら、グレイヴァは視線を泳がせる。
その視線の先に、つるの絡まる木があった。
その木を見て、グレイヴァの記憶の泡が弾ける。
「あ……夢だ」
「え?」
「俺の夢にいたんだ。そうだよなー。現実に妖精を見てたら、忘れるはずないんだから。予知夢ってやつかな」
思い出せてすっきりしたような、夢とわかってがっかりしたような。
「私が話したような姿の女の子だったの?」
「ああ。しずくの形をしたペンダントをつけてたし、銀の髪でアルテよりも濃い青の瞳で。背中に羽があって、妖精だったんだって驚いたの、覚えてるしさ」
「アージュだわ」
フレーラの言葉に、グレイヴァはきょとんとなる。
「けど、夢の中だぞ?」
「何言ってるの。彼女は夢の妖精なのよ。夢に現れたって、なーんにもおかしくないじゃない」
「それは……そうだろうけど。現実の世界に飛ばされたんだろ?」
「私達がここへ集まったのは、あなた達のことを聞いたから、ということもあるけれど、アージュのわずかな気配を感じたからなの」
フレーラ達は自分以外の夢の妖精の気配を感じ取り、やがて自然に一つの場所へみんなが集まった。
そうしてアージュがいないことを知り、彼女の気配を求めてこの周辺へ来たのだ。
「彼女はやっぱりこの近くにいて、ちょうどあなた達も来て……恐らく、一番近くだったあなたの夢の中へ入り込んだのよ」
「え、じゃ……あれって本物?」
彼女がグレイヴァに倒れかかってきた時、空気みたいに軽かった。
あの少女が夢であり、妖精だというのなら納得もするが、今思えばやけにリアリティがあった……ような気もする。
「夢だけれど本物、というのも妙な感じですね。グレイヴァの夢に入り込んだのが彼女だとして、それでは本当の彼女はどこに存在していることになるんですか?」
「それは、グレイヴァの見た夢の内容によります。アージュはあなたの夢の中で、どういう状態だったの?」
「えーと……」
あまりいい状態ではなかっただけに、グレイヴァは少しちゅうちょする。だが、黙っていても話が進まない。
覚えている限り、夢の説明をする。
「つるに絡まれていた、ですか。閉じ込められた状態に近いですね。でも、グレイヴァがそれを切ったのなら、解放されているのでは」
「それなら、アージュの気配がもっと強くなるわ。まだ現実に解放されていなくても、私達を呼ぶ力が戻るはずだもの」
「グレイヴァ、本当に全部のつるを切ったの?」
「ちゃんと切ったよ。全部が切れた途端、支えるものがなくなって俺の方へ倒れ込んできたんだから」
「その後は?」
「え?」
一瞬、フレーラの質問の意味がわからなかった。
「あなたがアージュを助けた後、彼女は自分の名前を言った?」
「いや、大丈夫かって聞いて……何か話す前に目が覚めた」
「ああ……何てこと……」
フレーラが、がっくりと肩を落とした。
「な、何だよ。俺、何か悪いことしたのか?」
「アージュは今、あなたの夢の中に閉じ込められてるの」
フレーラの言葉に、グレイヴァはもちろん、アルテやフィノも目を丸くする。
「アージュはあなたが信じる信じないに関わらず、本当の自分の身体を解放してほしい、と頼むつもりだったはずよ。でも、それがなされる前に、グレイヴァは夢から覚めてしまった。つまり、夢が途切れた。今の彼女に、途切れた夢から出るだけの力は残っていないの」
アージュは、たんぽぽの妖精ウィンデがアルテにしたように夢で助けを求め、本当の自分を解放してもらおうとした。でも、全てを話す前に夢が終わった。
アージュは、グレイヴァの夢の中に取り残されてしまったのだ。
「それでは、今のアージュは心と体が別々になっている、ということですか?」
「彼の話を聞く限り、その可能性は高いわね」
「夢の中ったって、どうやって助けりゃいいんだよ」
「グレイヴァが眠って、また夢を見ればいいんじゃない? で、話が最後までいけば、彼女も夢から出られるでしょうし」
「そんなにうまく、同じ夢が見られるかよ」
「あんた、バカねぇ。見てみなさい。ここには、夢の妖精がこんなに大勢いるのよ。それに何て言ったって、腕のいい魔法使いがいるんだから」
アルテの魔法で眠り、夢の妖精が夢を送る。
そうすれば、さっき見た夢と同じ状況にするのはそう難しいことではない。
「その前に、彼女の身体を見付けましょう。心が戻っても、身体がなければ意味がないわ。先に身体を捜さないと」
「夢と同じ状況なら、この周辺でつるに絡まれた状態でいるはずですね」
「ここ、森の中だぜ。つるって……」
「文句言ってる間に、捜しなさいっ」
フィノがハッパをかけ、その声で周りにいた妖精達が散らばった。





