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少年とねこと魔法使い ~フェアリーストーン~  作者: 碧衣 奈美
2の石 ~お伽石~

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お伽話

「妖精でも人間でも、石を手に入れる方法は同じだろ? リーリエは魔法使いでなくてもいいって言ってたから、人間にも可能な方法だよな?」

「ああ」

 カメリオは静かにうなずく。

「どうやるんだ?」

 この中では、もうグレイヴァしかチャンスは残っていない。失敗はできないのだ。

「お(とぎ)話をする」

「……それで?」

「それだけだ。お伽石(とぎいし)になる花が、手元へ落ちてくる。それを取ればいい」

「あたしが空飛んだの、バカみたいじゃない」

 簡単と言えばあまりの簡単さに、脱力感で座り込みたくなる。

「もうグレイヴァだけですから。お願いしますね」

 プレッシャーだが、事実だ。グレイヴァしか残っていない。

「お伽話をするなら、簡単でしょ。昨日ジェイクにしてあげてたんだし」

「けど、子どもと木じゃ違うぞ」

「することは同じよ。ほら、リーリエのためにもがんばりなさい」

 フィノにせっつかれ、グレイヴァは木のそばへ寄った。

「もう失敗するのはいやだからな。どこで話せばいいんだ? 木に触れてなきゃいけないのか? どういう話でもいいのか? お伽石を手に入れる方法で、まだ他にもカメリオが知ってること、全部教えてくれ」

「あら、グレイヴァったら、珍しく慎重じゃない」

「これまで色々と、聞き漏らしたことがありましたからね。ぼくが取ろうとした時点で、それをしっかりやるべきでした」

 カメリオは表情のない顔でグレイヴァを見ていたが、彼の問いには答えてくれた。

 お伽の木に手を添え、静かに語りかける。子どもを眠らせる時のように。

 話はどんな内容でも構わない。一つの話が終われば、新しくお伽石になる花が落ちてくる。

 その花の中心に交換するお伽石を置けば、新しい石を残して花は再び木へ戻る。

 これで、交換は済むのだ。

「無理に取っても、仕方なかったんですね」

「お伽の妖精もみんな、そんな風にして交換するの?」

「ああ。我々がお伽の妖精と呼ばれるのは、お伽石の力を人間にふりまくからだけではなく、こうして木に語りかけるからだ」

「へぇ、石を扱うだけでそう呼ばれるんじゃないのか。ま、それはともかく。本当にもうないな? これをしないと石が手に入らないってこと、黙ってないよな?」

 グレイヴァはカメリオに何度か念を押し、今度こそお伽石を手に入れられるのかを確認してから、木に手を添えて話を始めた。

 子どもの頃に聞いた、小さな少年が小さな冒険へ向かう話だ。

 不思議な雰囲気に包まれながら、言葉をつむぐ。こうして木に手を触れていると、木に言葉がゆっくりと吸収されてゆくのを感じた。

 ああ、そうか。さっきこの木の中から聞こえたのは、他のお伽の妖精達がこの木にしていたお伽話だったんだ。吸収された言葉があの花になって、それが石になって……。

 そんなことを考えるうちに、グレイヴァの話は終わった。

「あ……」

 アルテの声で、グレイヴァが上を向く。花が一輪、ふわふわと漂うようにして落ちてきたのだ。

 グレイヴァが手を差し出すと、花はその手の中に落ちる。

「やった……んだよな?」

「ええ。さ、グレイヴァ」

 アルテが、リーリエから預かったお伽石のかけらをグレイヴァに渡す。受け取ったグレイヴァは、カメリオにさっき教えられた通り、石を花の中心に置いた。その途端、花は急激にしぼみ始める。

「え……おい、どうなってるんだ」

「案ずるな。すぐに新しい石が現れる」

 カメリオの言葉で、グレイヴァはそうなのかと安心する。

 そのまま見ていると、お伽の花は閉じた花びらの先から白いものを吐き出した。

 グレイヴァがそれを受け取ると、花は落ちてきた時と同じようにふわふわと枝の方へと戻って行く。

「お、おい、ちょっと待てよ。何だよ、これ。お伽石は?」

 グレイヴァの呼び掛けに応えることもなく、花は枝へ戻り、まばたきしたらもうどの花だったかわからなくなってしまった。

「何を驚いている?」

「だって、お伽石をくれるはずなんだろう? なのに、この白いのは何だよ」

 グレイヴァの手に残ったのは、半透明の白い種のようなもの。小指の爪程の大きさで、楕円形をしている。

「おかしなことを言う。それがお伽石ではないか」

「しかし、ぼく達がリーリエから渡された石は、黒でしたが」

「そうだ。古い石は黒くなる」

 石から妖精達の手によってその力がふりまかれるが、その力は人間達の言葉を吸収して石へ戻って来るのだ。

 子ども達を寝かしつけるために大人達がしたお話が、真っ白なノートに文字が書き記されるように。

 その回数が重なると、石はたくさんの言葉をためて、次第に黒へと色が変わる。石が言葉を抱えきれなくなった時、妖精達は石の交換に来るのだ。

「それじゃ、間違いなくこれがお伽石なんだな」

 グレイヴァの手の中にある白い石。リーリエが求めていた、新しいお伽石だ。

「本当に種みたいね。石に見えないわ」

「文字通り、実になってここへ戻ってくるんですね」

「やっぱりこの木から声が聞こえてたの、聞き間違いじゃなかったんだ。こうしてさ、耳を押し当てると聞こえるんだぜ」

 さっきやったように、グレイヴァが耳を押し当てた。アルテとフィノも、もう一度やってみる。

 木の中から、温かい声が聞こえた。優しく、ゆったりした口調で。

 自然に目を閉じていた。ここへ来てからずっと軽いと感じていた身体が、さらに軽くなる。

 意識はそれ以上に軽くなって……。

☆☆☆

 目を開けると、森の中だった。

 グレイヴァとアルテ、そしてフィノは、あの大穴のすぐそばに立っている木の根にもたれるようにして眠っていたのだ。

「あれ……ここ……」

 グレイヴァが身を起こすと、少し離れた所で様子を見ていたらしいうさきが逃げて行くのが見えた。

「戻って来たようですね」

「どうやって戻るのか、なんてこと、やっぱり心配しなくてよかったんじゃない」

「石も手に入って、どうやら今回も無事に済みましたね」

 グレイヴァの手には、お伽の泉の中で手に入れた白いお伽石が握られていた。

「おっし。あとはこれをリーリエに渡すだけだ。行こうぜ」

 泉には一晩いたらしく、暖かな木漏れ日があちこちに差し込んでいる。もう朝なのだ。

 グレイヴァ達は森を出ると、リーリエに教えられた洞窟を探しに、ロテアの村の南へ向かった。

「洞窟なんて、どこにもないぞ」

 村の南には、小高い丘があった。でも、洞窟らしき穴が見当たらない。

「あれじゃない?」

 フィノが差す方を見ると、丘の少し切り立った所にうさぎの巣程度の穴がある。

「あれのどこが、洞窟なんだよ」

「……ああ、そうか。グレイヴァ、あれかも知れませんよ」

「アルテまで何だよ」

「リーリエの大きさから見れば、洞窟にもなりえませんか?」

「……あ、そっか。人間を基準にするなってことだな」

 人間にとっては小さな穴も、小さな妖精にとっては洞窟レベルの穴になりえる。

 その穴のすぐそばまで行くと、腰を落としたグレイヴァがリーリエの名を呼んだ。

「リーリエ、いるか? アルテとグレイヴァだ」

「あたしもいるわよ」

「……それとフィノもいる」

 付け足しみたいな言い方に、フィノが不機嫌な顔をしていると、リーリエの声がした。

「グレイヴァ?」

「ああ、そうだ。そこにいるんだな?」

「ええ。……あなた達には見えるかどうか、わからないけれど」

 穴の入口付近で、柔らかな白い光の玉のようなものが浮かんでいる。

「そうか。リーリエは昼間は透けてしまう、と話していましたっけ」

 見る角度を少しずらしてみる。はっきりとはならないが、リーリエのおぼろげな輪郭が見えた。

「交換して来たぜ、リーリエ。新しいお伽石だ」

 グレイヴァが、持っていた白いお伽石を差し出した。

「ああ……」

 リーリエが石を取り、感嘆の声を上げる。

「本当に、新しい石を持ってきてくれたのね。何てお礼を言っていいか……」

 その表情は見えないが、彼女の声の調子から、涙ぐんでいるようだ。

「いいですよ、お礼なんて。ぼく達はリーリエのように、困っている妖精を助けるために動いているんですから」

「こんな悲しい想いを、他の妖精達には味わってほしくないけれど……」

「ぼく達もそう願っていますが、ウィンデの不安は当たってしまったようですね。彼女も最初はもしかしたら、と考えていたようですが、こうして困っていたリーリエに会いましたし。数はわかりませんが、同じ目に遭っている妖精は他にもいそうですね」

「やっぱり、しばらく続きそうだな、この旅」

 ウィンデに頼まれた時点で、予想はできたことではある。

「リーリエ、石を割った魔物のことについて、何か知りませんか?」

「この前、少しだけ話したけれど、あの時は逃げるのに精一杯だったから。はっきりと覚えてないんだけど、あれは私の知らない魔物だったわ。でも……見たことがある気がするの。あ、ごめんなさい。こんな言い方をしたら、ややこしくなってしまうわね」

「けど、ウィンデも同じようなこと、言ってたぜ」

 こんな魔物は知らない。でも、どこかで見たような気がする。見たことがあるなら知っているはず。なのに、やっぱりわからない。

 自分の中で、矛盾が生じる。だが、どちらも本当なのだ。

「とても怖くて……悲しかった気がする。あ、私が悲しかった訳じゃないのよ。もちろん、石が割れて失ってしまったことは悲しかったけれど、その前に悲しいと感じたの。魔物はとても怖かったんだけど」

「魔物って、だいたい怖いもんだろ?」

「あたしみたいに、とーってもかわいいのだっているわよ。あたしの場合、魔物って呼ばれることに納得できないけど」

「でも、魔物だろ」

「魔獣って呼びなさいよ」

 緊張感のそげる会話だ。

「その魔物の顔ね、歪んでいたように思うの」

「歪んでいた?」

「それって、不細工ってことか?」

「いえ、そうじゃなくて……どう言えばいいかしら。強い感情を持った時に、顔が歪む時があるでしょう? 怒りや悲しみが強すぎたりしたら」

「その魔物の顔もそうだったと?」

「断定はできないわ。私がそう感じただけのことだから。顔だって、はっきりとは覚えてないの。ただ……その魔物は、あまりの怒りと悲しみで、ああいう形相になったんじゃないかしら」

「つまり、自分の感情に振り回されてるんだな、そいつ」

 だとしたら、妖精にとっては迷惑もはなはだしい話だ。そうだと決まった訳ではないが、目撃証言がまるっきりはずれているとは思えない。

「私がわかるのはそれくらいよ。ごめんなさいね。妖精のことを、人間であるあなた達に頼んでしまって」

「人間も、妖精に力を借りることがありますから、困った時はお互い様、という奴です」

 アルテの言葉に、リーリエが微笑んだ……ように思われた。

「この村の人達をよろしくお願いしますね、リーリエ」

「ええ」

「あ、そうだ。あの泉の中で、カメリオに会ったんだ」

「まぁ、カメリオに?」

「しばらくリーリエの姿を見ないんで、気にしてたぞ。大丈夫だってこと、ちゃんと伝えてやれよな」

「ええ。ありがとう」

 リーリエの姿がわからないがために、まるで宙を浮いているように見えていたお伽石が消えた。石を持っていたリーリエが、本当に姿を消したのだろう。

「さてと、それじゃぼく達も行きましょうか」

「そうだな。で、どこへ行く?」

「適当でいいじゃない。まだ次の目的地は決まってないんだし」

「じゃ、足の向くまま気の向くまま、でいいか」

「おや、珍しくふたりの意見が一致しましたね」

「えー、やなこと言わないでよ、アルテ」

「どうして、いやなんだよ。これくらい一致したって……こら、逃げるな、フィノ」

 グレイヴァが、さっさと逃げるフィノを追い掛ける。

「余計なことを言ってしまいましたかね」

 アルテは苦笑しながら、ゆっくりと彼らの後を追いかけた。

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