お伽石の入手法
突然、後ろから声をかけられた。それまで何の気配もなかったので、身構えながら振り返る。
「え……リーリエ? あ……じゃないよな」
グレイヴァはついその名前を口にし、それからすぐに否定した。この場にリーリエがいるはずはないのだから。
彼女が自分で来られるなら、最初からグレイヴァ達に頼んだりはしない。
だが、グレイヴァが本当に「つい」その名前を口にしてしまう程に、そこに立っている人物はリーリエにそっくりだった。
真っ直ぐな黒髪。白い肌に黒の瞳。リーリエが身に付けていたのと同じ、黒い服。顔立ちも背格好も、リーリエの双子ではないかと思える程によく似ている。
ただ、そこに立つ誰かは、顔立ちこそ中性的かやや女性的なのだが、男性のようだ。さっきの声の主なら、その低さからしても女性とは思えない。
他にも違いがある。額の石が、リーリエは赤だったが、彼は紫だ。
さらに驚いたのは、リーリエが人間のひざ程の身長しかなかったのに、彼はグレイヴァ達と変わらない。
つまり、普通の人間の大きさだったことだ。長身のアルテより、さらに高い。
「人間……か?」
相手はすぐに、グレイヴァ達が人間だと見抜いた。
「なぜ人間がここにいる。この世界は、人間には入れぬはずだ」
表情が険しくなる。来るはずのない人間がいることで、警戒しているようだ。
こちらは、目の前の相手が見知ったリーリエによく似ているせいか、警戒する気になれないでいるのだが。
「あれ、誰でもよかったんじゃないのか」
「普通であれば、人間は入れないということでしょう。ちゃんと説明した方がよさそうですね」
「簡潔にな」
「……努力はします」
アルテは苦笑いしながら、リーリエそっくりさんにここへ来ることになった理由を説明した。
「リーリエが?」
カメリオと名乗ったその相手は、リーリエの名前を聞いて少し警戒を解いた。
最初に彼を見た時、グレイヴァが思わず彼女の名前を口にしたことも、結果的にはよかったようだ。
「彼女は、私と親しい仲間だ。しばらく姿を見せぬと思っていたが、そのようなことが起きていたのか」
カメリオはリーリエとの関係を話さなかったが、これだけ似た顔立ちなのだから、人間で言う血縁関係みたいなものがあると思われた。
もちろん、カメリオもお伽の妖精だ。リーリエと同じく、彼も小さな村でお伽石の力をふりまいている。
ロテアの村とさほど変わらない範囲なので、彼女と石を交換に来る時期がよく重なるらしい。
それなのに、ここしばらく彼女の姿を見ないので、気にはなっていたという。
ちなみに、カメリオも人間のいる世界では、リーリエと同じように小さくなるらしい。
「これが、彼女から預かって来た、お伽石のかけらです」
アルテが魔法で自分の服に溶け込ませていた石のかけらを取り出し、それをカメリオの方へ差し出す。
「なるほど。人間がここに来られた理由はわかった」
アルテの説明と石を見せたおかげで、カメリオはちゃんと納得してくれたらしい。
「さっきも似たようなこと言ってたけど、普通は来られないのか? リーリエは村の人間じゃなきゃ、誰でもいいような言い方をしてたけど」
「お伽の泉を通ってここへ来ることができるのは、お伽石を持った者のみだ。そうでなければ、用のない人間や動物が迷い込むことになる」
「持つ者のみって……石を持ってたのはアルテで、フィノと俺は持ってないぜ」
「ねこに石を入れるようなポケットなんて、ないもの」
リーリエから預かった石は一つ。それがあまりにも小さいから、失ってはいけないと思ったグレイヴァは、アルテに託した。
ここへ来られるのが石を持つ者のみなら、石を持っているアルテだけしか来られなかったはず。
「目的を同じくする者だから、だろう。もしくは、妖精自らが頼んだから、ということもある」
「そっか。ま、ここに来られてよかった……って言いたいところなんだけど」
「ぼく達、肝心な石の交換の仕方を聞いていないんです。教えてもらえませんか」
本当のことだから仕方ないが、ひどく間抜けな話である。
「お伽の木の花を取ればいい」
人間であるグレイヴァ達がここへ来た理由もわかり、カメリオはすぐに教えてくれた。
「木の花? あそこに見えてる白い奴だよな。花なんて取って、どうするんだ」
「あの花が、お伽石になる」
「花が……石になるってのか?」
カメリオの言葉に、グレイヴァの頭の中で「?」が無数に飛び交う。
「つまり……名前に石とはついているけれど、石じゃないということですね。種か実のようなもの、ですか?」
「そうだな。私もうまく説明する言葉を持たない。それで理解できるなら、そういうことにしておこう」
細かいことはこの際、置いておくことにする。とりあえず、交換方法はわかった。
「それにしても……あの花、ずいぶん高い所にあるぜ」
「じゃ、あたしがアルテを乗せて飛ぶわ。そうすれば、取れるでしょ」
「木に登れば済む話だろ。石を貸してくれれば、俺が取って来るぞ」
「せっかくフィノが言ってくれていますから。それに、高い所から落ちたりでもしたら、危ないですよ」
幼い頃、グレイヴァは木から落ちたことがある。そんなに高い所からではなかったので、ケガはしなかった。
だが、怖かったと、いうことは鮮明に覚えている。
そのことがあって木登りが苦手になった訳ではないのだが、そう言われてしまうとグレイヴァとしても弱い。
花がある場所はかなり高いし、そんな所から落ちたら……あまり考えたくない。ここはまかせておくことにする。
フィノが身体の大きさを変え、背中に翼を現す。アルテは、フィノの背にまたがった。
わずかに風を起こし、魔法使いを乗せた翼のあるねこの身体が浮かんでゆく。
「こういう時、飛べるのっていいよなぁ」
下から魔法使い達を眺めつつ、グレイヴァがつぶやいた。アルテは開いていた花を手に取り、戻って来る。
お伽の木の花は、白バラのような花びらをしていた。その幾重にもある花の中に、黒いものが見える。
「その黒い奴か?」
「そのようですね」
アルテは重なる花びらをていねいに押し開き、お伽石らしいものを取り出そうとした。
が、次の瞬間、アルテの手の中から花がふっと消えたのだ。
「え……」
誰もが目を丸くして、何もないアルテの手をじっと見詰める。
「ど、どういうことだよ、これ。アルテが取って来たのに、どうして花が消えちまうんだ」
「その花は、まだお伽石となるには時期尚早だった、ということだ」
アルテが取って来た花は、お伽石としての力が未熟なため、また木へ戻ったのだ。
「それって……要するに、間違った花だったってことか?」
「ああ」
「ああって、じゃあ、俺達が取れる石ってのは決まってるのかよ」
「そうだ」
カメリオがうなずく。
「これだけ花があるんだぞ。それじゃ、どれがお伽石になる花なんだ」
「それは、私にもわからない」
「もう一度やるしかないですね」
「花が取れるのは、一度だけ」
「え……」
非情にも聞こえる、カメリオの言葉。
一人に一度しか、チャンスはないらしい。また取りたければ、一度ここから出なければいけないのだ。
しかし、今晩はもう戻って来られない。一日に一度しか、泉には入れないのだ。
つまり、今日失敗すれば、明日までできない、ということ。
「一人一回なら、まだ俺もできるよな」
「あたしだっているわよ。空は飛んでたけど、花に手を出してないもん。人間よりは妖精に近いから、うまくいくかもよ」
「獣の姿で取った者はいないが」
「あら、人の姿じゃないとだめなの?」
「前例がないので、私にはわからない」
妖精以外の存在が入った時点で、何がどこまで適用されるのか、誰にも言えないのだ。
「いいわよ。人の姿になればいいんでしょ」
「いいんでしょって……フィノ、どうするつもりなんだよ」
「ふふん、見てなさい」
何をするつもりなのかとグレイヴァが見ていると、フィノの姿が次第に変わり、ねこの形が崩れてゆく。
目を丸くしているうちに、フィノは人間の姿になった。
「フィ……フィノ?」
黒く長い髪は、軽くウェーブがかかって胸まで伸びて。少しつり目がちの大きな緑色の瞳はどこか神秘的に、でも力強く輝く。白い肌は、傷一つない。
顔立ちからすれば、二十歳前後というところか。間違いなく、美人の部類。
「んふ、どう?」
「何てねこだよ、ったく……」
人間の言葉を話したり、翼を持っていたり、身体の大きさが変わるというのは旅の初めの頃に知ったが、人間に姿を変えられる、というのは聞いていなかった。
アルテを見ても驚いていないので、当然彼は知っていたのだろう。
「女は化けるって……本当だったんだ」
「ちょっと意味が違うと思いますが」
「前に言ったでしょ。あたしに見とれない男の方が少ないって。純粋な人間より、あたしの方がずーっときれいなんだから」
フィノは胸を張る。その胸も、出る所はしっかり出ていた。スタイルも理想的。ただ、裸足なのはご愛敬だろうか。
「それにしてもフィノ、いつも突然ですね。少しくらい前置きしないと。ぼくは知っているからいいですけれど、グレイヴァが驚くでしょう?」
「あら、今更グレイヴァに木を遣わなくたっていいじゃない。ちょっとやそっちのことじゃ、平気な顔してるもん」
「平気じゃないっ。俺だって、これでも驚いてるんだ。まだ他にも何かあるのかよ」
「んー、今のところ、思い付かないわ」
「何かあっても、俺が相手なら大丈夫と思って、わざと言わないだけなんだろ」
「そうかもね。とりあえず、今はそれどころじゃないでしょ。花を取って来るわ」
女性の姿になったフィノは、身軽に木をするすると登って行く。人間の姿でも、やはり彼女はねこだ。いや、今は少しサルに近いか。
しかし、花に手が届く所まで行くと、動きが止まった。どの花を取ればいいか、迷っているのだ。
「どれでもいいからって訳にはいかないもんなぁ」
「見た限り、全てが同じ大きさで、同じ色なんです。見分けるのは、まず無理でしょう」
フィノは動物的勘でどれにするかを決めたらしく、一つの花を手に取った。その花を手に戻って来たが、さっきまでとは違い、自信がなさそうな顔だ。
「取って来たのはいいけど、これも違うような気がするわ」
さっきと同じように、しばらくすると花はふっと消えてしまった。これも違ったようだ。
「あーあ。やっぱりね。探してた時はこれって思ったんだけど、取った途端に違うかなって気がしたのよ」
フィノはグチりながら、人間の姿からねこの姿に戻った。
「なぁ、カメリオ。あんた達はお伽石を手に入れる時、どうやってるんだ?」
グレイヴァがカメリオの方に向き直り、そう尋ねた。
「どうして俺達って、こう間抜けなんだろうな。あの花がお伽石だって聞いただけで、取り方も聞かないでいるんだから」
カメリオは、どうやってお伽石を手に入れるつもりなんだろう。リーリエはいつも、どうやって石を手に入れてきたんだろう。
考えてみれば、あの花がお伽石になるとは聞いたが、カメリオはそれ以上のことを話していない。グレイヴァ達も聞いていなかった。
聞かなかったから、答えてもらえなかったのだ。





