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泉の中へ

「そう言われりゃ……そうだっけ」

「細かい所まで、ちゃんと教えてもらっていませんでしたね」

 水面を眺めていても、これという変化はなく、回りを見回しても他の妖精が来そうな気配はない。

「せっかく見付けたのに、今からリーリエの所へ聞きに帰れないよな。次に来た時、泉の位置が変わってまた探す、なんて面倒だし」

「ここに立っていても仕方がありませんし、中へ入るしかなさそうですね」

「中って……この泉の中に、か?」

「あんな弱い月の光でこれだけ輝いているんですから、普通の水ではないでしょう。この泉が現れたこと自体を考えれば、普通ではありえませんが。周りは特に大きな変化がないようですから、やはり中にあると考えた方がいいと思います」

「んー、そうだよな。んじゃ、アルテ。リーリエから預かった石、出してくれ」

「え、今ですか」

「ああ、行って来るから」

 早く出せと言わんばかりに、グレイヴァが手を差し出す。

「行くって、グレイヴァが一人で行くつもりですか?」

「ああ。何かあったら、魔法で外へ引き出してくれよ。俺が外で待ってたって、何もできないしさ」

「何かあったらって……何かあってからでは遅いでしょう。これは普通の泉ではないんですよ。グレイヴァだけで対応できないようなことがあったら、どうするつもりですか」

「だから、その時はアルテが外へ引き出してくれればいいだろ。二人で行って、二人してやっかいなことに巻き込まれたら、誰が助けてくれんだよ。それにさ、昼間見て、この穴の深さは知ってるだろ? 引き上げてもらわなきゃ、上がれないんだぞ」

「やっかいに巻き込まれたとしても、一緒にいればどうとでも切り抜けられますよ。これでもぼくは、魔法使いです。それに、ここから見ていても中の様子はわかりません。グレイヴァがどうなっているかなんて恐らく見えないし、危ない時に引き上げれば、なんて簡単にはいかないと思います。もし見えたとしても、確実に引き上げられるかどうか、誰にも保証はできませんよ」

 魔法に関しては、グレイヴァも強く言えない。

「危険はないと思うけど、グレイヴァ一人っていうのが心配なのよね。何をしでかすか、わかんないもん」

「どういう意味だよ」

「そういう意味よ」

 しゃらっとフィノは答える。

「けどさ、俺達が来なきゃ、リーリエは別の誰かに頼んでいた訳だろ。そいつが魔法使いだって可能性は低いと思うぞ。だったら、俺だけでも大丈夫じゃないか?」

 リーリエは魔法使いでなくてもいい、と言った。つまり、ただの人間であるグレイヴァだけでもいいはず。

「さぁ、どうかしら。リーリエは、この泉が安全だってことを言わなかったわよ。怖がって誰も行ってくれないと困るから、黙っていただけかも知れないわ」

「妖精は人間みたく汚くないって言ったのは、フィノだろーが」

「嘘は言わないわ。黙っていることはあるみたいだけど」

「……冗談だろ」

「まぁ、とにかく。みんなでここまで来たんです。最後まで一緒に行きましょう」

 アルテに(うなが)され、結局二人と一匹で泉の中へ飛び込んだ。

☆☆☆

 泉の中なのに、呼吸ができる。

 きっとまともじゃない、とは想像していた。だが、現実にそうだと、やっぱり不思議な気がする。

 妙な感触だった。水のように見えたのに、水のような感触がしない。それに、水圧を全く感じないのだ。

 と言って、外にいる時のような感覚でもない。ふわふわと空を飛んでいるような気がする。

 もちろん、本当に空を飛んだことはないが、飛べたらきっとこんな気分だろう。身体が軽いのだ。でも、足は地面に着いている。

 さらに不思議なのは……そこが泉の中ではなく、なぜか草原だということ。

 見渡す限り、足首までの高さしかない黄緑色の草が生えている草原なのだ。地平線の向こうには、緑の山が連なっている。

 月夜のように暗くはなく、昼間のような明るさではない。曇り空のまま、夕暮れになった、というところか。

 気付けば、グレイヴァとアルテ、フィノはそんな所に立っていた。

 そして、目の前には大きな木が一本、空へと伸びている。

「ここって……あの泉の中、だよな?」

 自分の感覚に、自信がないグレイヴァ。半分、夢を見せられているような気がしている。目の前の風景が信じられない。

「ええ、そのようですよ」

 声だけを聞いているとアルテは落ち着いているようだが、表情は間違いなく面食らっている。

 彼もグレイヴァと同じく、まさかこういう風景が広がっているとは思わなかったのだ。

「泉が現れるまでは、ただのでっかい穴でしかなかったのに……。こんなだだっ広い草原も、枝を思いっ切り広げた木もなかったぞ」

「泉の中が、単なる穴のままのはずないでしょ。飛び込んだ時点で、お伽の妖精が行くべき世界へ入ってるのよ」

「あ、なるほど」

 やはり魔法が関わると、色々と不思議な状態になるのだ。

「石の交換は、どこでするんでしょうか」

 何度見回しても、草原が広がっているだけ。

 目に付くのは、すぐ前にある木だけ。

「こういう状態で考えれば、この木に何かあるんでしょうけれど。泉の次はこの木の中へ入る、なんてことになるんですかね」

 木はグレイヴァとアルテが両手を伸ばして回っても、お互いの手が届かない程に太い。どこかにうろなどがあれば、人間くらい簡単に入れるだろう。

「けど、リーリエは木に入る、なんて言わなかったぞ」

「言わなかっただけかもよ。どっちにしろ、詳しい交換の仕方を聞いてないんだし……誰か来て教えてくれないかしら」

 また見回してみるが、やはり草原に誰かの影らしいものは見えない。

 アルテやフィノが四方を見回している間、グレイヴァは木の下へ行き、力強く広がる枝を見上げていた。

 あの森の中にも、こんな立派な木はなかったよな。どういう力が働いてるのか知らないけど、これだけ幹や枝が伸びるのにどれだけの時間がかかったんだろう。

 枝には青々とした葉がつき、所々に白いものが見えるのは花だろうか。位置が高いのと葉で隠されて、よく見えない。

 グレイヴァは何気なく木へ近付くと、その太い幹に触れてみた。

 木の温かさを感じる。その感触は、森の木と変わらない。自然の優しさがそこにあった。枝が広がり、その枝が大きな手のようにグレイヴァを包み込んでいるように感じられる。

 いつの間にか、グレイヴァはその幹に自分の耳を押し当てていた。

 こうしよう、と考えてやった訳ではない。自分でも知らないうちに、そんなことをしていたのだ。

「…………」

「え?」

 何か聞こえたような気がする。驚いて木を見上げ、それからもう一度、グレイヴァは耳を当てた。


 ……むかし…………ました……おひめ……は……

 そこに……のです……ところが……りゅうは……されまし……

 いつ……も……しあわ……でし……


 誰かの声のような、言葉のようなものが聞こえた。

 かすれてしっかり聞き取れないし、所々しか理解できないので、何を言っているのかよくわからない。どうやら、お(とぎ)話をしているみたいだ。

 幼い頃に両親が枕元でしてくれたように、優しい口調で。

「グレイヴァ、何をやってるの」

 フィノの声でグレイヴァは、自分が目を閉じて声を聞いていたのだ、と知った。目を閉じた覚えがないのに。

 でも、それは何かの術にかけられて強制的な催眠状態になっていた訳ではない。とても自然に、まるで眠りに落ちる寸前のような心地よさだった。

「あ……えっと……」

 何も後ろめたいことはしていないのに、グレイヴァは一瞬言葉に詰まってしまった。こんな所で眠りかけてたなんて、フィノにどんなことを言われるかわからない。

「声がしたんだ、この木の中から」

「木の中から?」

 フィノが耳を押し当て、その様子に気付いたアルテがこちらへ来た。

「何も聞こえないわよ。木が水を吸い上げる音が、声に聞こえたんでしょ」

「んー……」

 そうだろうか。途切れ途切れではあったが、確かに言葉として聞こえたと思ったのに。

 グレイヴァの話を聞いて、同じように耳を押し当てていたアルテも、首を横に振った。

「ぼくにも聞こえませんね。こちらで声がしたので、警戒されてしまったのかも知れません」

「単なる木じゃないだろうから、声が聞こえるっていうのもありえないことではないわよね」

「やはり、木の中へ入って行くことになるんでしょうか」

「うろみたいなものは……なさそうだぜ」

 ざっと見た限り、木の中へ入れそうな穴は存在していない。

「何でもありなら、この木がしゃべりだして石の交換の仕方を教えてくれないかな」

「ありがたいけど、あまり植物にしゃべってほしくないわぁ」

「どうしてだよ。これだけ立派で、しかも妖精の世界の木だろ。お伽話の中でも、森の木がしゃべったりするシーンがあるしさ」

「でも、残念ながら、この木はしゃべるつもりがなさそうですよ」

 グレイヴァ達が話をやめると、静寂だけが辺りを支配する。木が言葉を発する様子は……ない。

「そううまくはいかないか。けど、この木以外に、周囲にめぼしいものはないぞ。どうする?」

「弱りましたねぇ」

 せっかく泉を見付けられたのに、その先へ進めない。

「アルテ、俺……今、やなこと思ったんだけどさ」

「何ですか?」

「ここから帰る時、どうやって帰るんだ?」

「さぁ」

 アルテの答えに、グレイヴァは思いっ切り拍子抜けする。

「さぁ、じゃないだろ。泉へ飛び込んで、気付いたらここにいたんだ。言ってみたら、来るまでの途中経過って奴がないんだぜ」

「飛び下りてここへ来たのなら、飛び上がればいいんじゃないの」

 フィノの予想は、単純明快だ。

「そんな簡単なものかよ」

「自分から複雑にしなくたっていいじゃない。この世界があたし達のことをうっとうしくなってきたら、勝手に放り出してくれるわよ」

「……もしかして、アルテもそう思ってる?」

「ぼくはするべきことをすれば、自然に戻れると思ってます」

 石を交換するために来たのだから、それが済めば戻れる。

 アルテはそう考えているらしい。

「そんなもの、かな」

「ぼくの考えてることが正しいかどうか、わかりませんよ。とにかく、石を探しましょう。グレイヴァの言う通り、帰り方がわからないんですから。しなければならないことを先に済ませて、それからゆっくり考えればいいんですよ」

 穏やかにそう言われると、焦った自分がバカみたいだ。

「見掛けぬ顔だな。誰だ、お前達は」

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