表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/381

次の目的地

伽石とぎいし

全八回です

 五月に入り、春というには少し暑い日が続くようになってきた。緑の色は濃くなり、川の水も前より冷たくなくなって。

 歩き続けると、汗ばむようになってきた。これから向かう季節は、旅人にとっては少しつらくなりそうだ。

「本当にこっちの方でいいのかな」

 黒髪の少年グレイヴァが、不安げにつぶやいた。

「方角的には、正しいはずですよ。ただ、具体的な場所の名前まではしっかり聞けませんでしたからね」

 アルテが応えた。もっとも、彼もちゃんとした答えを持っている訳ではない。

「うー、これからもそんなじゃ、探し当てるまでに時間がかかりすぎるぜ。いくらかかってもいいってんなら俺は構わないけど、相手によっちゃやばい時だってありえるんだろ」

「そういう場合は緊急事態ということで、もっと正確な情報が送られると思いますよ」

「ニャン!」

 二人の足下を歩いていた黒ねこのフィノが、文句を言うな、とでも言うように一声鳴いた。

「何だよ。文句じゃなく、本当のことだろーが」

 まるで黒ねこの言葉がわかるかのように、グレイヴァが言い返す。

「まぁまぁ、グレイヴァ。こんな所でフィノとケンカなんてしないでください」

「……わかってるよ。アルテと違って俺が言ったら、後で何を言い返されるかわからないもんな」

「ニャ~ン?」

 今度の鳴き方は、言い返されるのが怖いの? とでも言ってるようだった。

 この光景を誰かが見れば、ねこの方がずっと優位に立っているように思えただろう。

 実際のところ、グレイヴァは「フィノに勝てた」と思えたことはない。相手がねこでも、グレイヴァより年上で「女性」なので、たぶん勝てる日が来ることはないと思われる。

 彼らはネイバーの街で出会い、魔物に襲われた妖精を助けるための旅をすることになった。

 アルテに助けを求めたたんぽぽの妖精ウインデを助けた後、同じ目に遭っているかも知れない妖精を助けてほしい、と頼まれたからだ。

 が、現在のところ、目的地は不明である。

 アルテは魔法使いだ。しかし、魔物によって被害を(こうむ)った妖精がどこに存在するか、なんてことまではわからない。

 それはウインデが、仲間を通じて彼らへ知らせることになっていた。

 そして、ようやく昨日。

 ウィンデからの伝言を、はちの妖精が知らせてくれたのだ。

 しかし、詳しくはまだ彼女の方でもわからないらしく、現在グレイヴァ達のいる所から南西の方へ、というあいまいな情報しか来なかった。

 さっきグレイヴァがグチっていたのは、このことだったのだ。

 彼らは妖精から情報を聞いた地点から、とりあえず南西へ向かって歩いた。が、どこまで歩けばいいのやら。

 気ままな旅なら、このまま南西へ向かってのんびり行こうか、なんてこともできるが、助けを待つ誰かがいるなら気楽に行けない。

 かと言って、本当に助けを待つ誰かがいるのかどうかも怪しい。たぶん、いるだろう、と予測はしているが、どこまで助けを必要としているだろう。

 そんなこんなで今日、グレイヴァ達はロテアという村へ入った。

 特に何があるということもなく、農作物が植えられた畑が広がり、家が並んでいるだけだ。どこにでもありそうな村である。

「見た限り、大きい村じゃないし、目的地の途中にある村ってだけだよな」

「断言はできません。でも、確かに妖精の声らしいものは何も聞こえてきませんし、まだ先かも知れませんね」

 妖精が助けを求めていれば、魔法使いのアルテが、もしくはフィノがそれに気付きそうなもの。

 まったく普通の人間であるグレイヴァは、聞くことができるかどうかもまだはっきりしていない。

「どちらにしろ、今日はもう太陽が傾いていますし、宿を探しましょう」

「ニャー」

 賛成、とばかりにフィノが鳴いた。

 フィノは普段の生活では、あくまでも普通のねこで通している。なので、人がいそうな場所では絶対にしゃべらない。アルテとグレイヴァしかいない時だけだ。

 もっとも、彼女の口調はアルテの時とグレイヴァ相手の時では、ずいぶん違う。

「けど、こんな小さな村に宿屋なんてあるかなぁ。きっと、俺がいた村よりも狭いぜ」

 グレイヴァはオタウの村出身。そこもまた、どこにでもありそうな村だ。規模はこちらの方がやや小さいかも、という程度。

「聞くだけ聞いてみましょう。先へ進むには少し時間が遅いですし、宿がなければ納屋にでも置いてもらえればいいですから。野宿するよりは、屋根がある方がいいでしょう?」

「そりゃ、まぁ……な」

 グレイヴァもそれには反対しない。

 ちょうど通り掛かった家の扉を、アルテが叩いた。

 中から女性が現れる。二十代後半くらいの、若奥さんといった感じだ。奥から、彼女に似た金髪の小さな男の子が顔を出す。

 アルテが宿屋の有無を尋ね、彼女は首を横に振った。やはりこの村にそんな施設はないようだ。

 自分がいた村より小さい、と思った時点で、グレイヴァはあまり期待していなかった。ずっと野宿ばかりだったので、たまにはベッドがいいな、と思っていたが、あきらめるしかない。

 だが、アルテはうまく交渉したようで、笑顔で振り向いた。

「今夜はわらのベッドで休めそうですよ」

☆☆☆

 お世話になることになったのは、カチュー家。

 お茶でもどうぞ、と家に入れてもらえたのは、少年二人だからだろう。

 グレイヴァは本当に十五歳だが、実年齢三十三歳のアルテは見た目年齢が十代半ば。今はこの姿で得をした、と思っておく。

 少年の姿なのに、実はオーリのように子どもがいてもおかしくない年齢だと言えば、彼女のような素朴な村人はひっくり返ってしまいかねない。

「ん?」

 グレイヴァは、奥の部屋の窓枠が傷んでいることに気付いた。蝶番(ちょうつがい)の部分が外れかけている。窓を開閉したら、完全に取れてしまいそうだ。

 それがわかっているのか、開ければ家の中の風通しがよくなるだろうに、その窓はしっかり閉じられたまま。

「これ、よかったら、直そうか?」

「あら、お願いしていいかしら。うちの人に言っても、そのうちになって言って、なかなか修理してくれないのよ」

 (こころよ)くグレイヴァ達を入れてくれたオーリは、グレイヴァの申し出に嬉しそうに応えた。

 簡単な工具を借りるとグレイヴァは器用に直してゆき、すぐに窓は危なげなく開閉するようになる。

「器用ですねぇ、グレイヴァ」

 横で見ていたアルテが、真面目に感心している。

「まぁ、この窓が開いたの、何日ぶりかしら」

 オーリは何度も窓を開けたり閉めたりして、嬉しそうだ。もちろん、窓が外れそうになることはない。

「これぐらい、楽勝だよ」

 グレイヴァは何でもないような顔をしているが、喜ばれてまんざらでもなさそうな様子だ。

「ねぇねぇ」

 オーリの後ろを、彼女の息子のェイクがとことこ歩いていた。そこからグレイヴァのそばへ行くと、彼の服をくいくいと引っ張る。

「グレーヴァ、なにかおはなしして」

「おはなし?」

「うん」

 三歳だというジェイクは、金色の髪を踊らせながら首を何度も縦に振る。

「あ、ジェイクったら。そんなわがまま、言わないの」

 オーリが慌てて、ジェイクを抱き上げた。

「わがままって……何かお(とぎ)話をしてくれって言ってるだけなんだろ」

「ええ、それはそうなんだけど」

 オーリは困ったように視線を外す。

「……何か事情でもあるんですか? お伽話をしてはいけない理由があるとか」

 オーリの妙な表情に、アルテが尋ねてみる。

「え……いえ、そんなことはないのよ。いつもそう言ってこの子をたしなめてるから、ついくせで」

 ジェイクは遊び相手を見付けた、と思ったのに母親に抱き上げられ、少しご機嫌ななめになっている。ほほをふくらませた顔が赤い。

「実はね、夜眠る前に今までしていたお伽話を……ここ一ヶ月くらいかしら、してあげられなくなっているの」

「どうしてだよ。俺にだってガキの時にしてもらった話くらい、できるぞ」

「それがわからないから、私達も困っているの」

 オーリはすねてしまった息子を、静かに床へ降ろした。

 ジェイクはアルテの足下にいるフィノを見付け、そちらへ歩き出す。フィノは捕まらないように子どもと少し距離をあけ、適当にあしらうような形で遊んでやっている。

 子どもは遠慮なく触ってくるから、あまり得意ではない。だが、一宿の恩があるので、子守を引き受けた形だ。

「言葉が……出て来ないの。以前なら、何でもないようにお話をしてあげられたのに」

 オーリの話では、いつもジェイクが眠る時にベッドでお伽話をしてあげていた。彼女の母や祖母から聞いた、妖精や魔法使いが出てくるようなものだ。

 幼い頃から何度も聞かされたものばかり。言葉尻は変わっても、お話の内容は忘れることなく息子にもしてあげていたのに。

 それが、一ヶ月くらい前からそのお話ができなくなってしまった、という。

 話はちゃんと覚えている。彼女の頭の中に、内容はちゃんとあるのだ。

 お姫様がさらわれたり、勇者が活躍したり、妖精が手助けしてくれたり、悪い魔物が退治されたり。

 それなのに、それを口にできない。

 会話は普通にできる。それなのに、息子にお話をしてあげようとすると、うまくできなくなってしまう。

 オーリはあきらめて、夫のジードに頼んだ。これまでもオーリが調子の悪い時は、彼が息子を寝かし付けてくれていたから。

 しかし、彼もやはりできなかったのだ。

 オーリは、村の親しい者に相談してみた。ジェイクと同じ年頃の子どもを持つ母親や、経験豊富な老人などに。

 だが、不思議なことにこの村の誰もが「子どもを寝かしつけようとして、昔自分が聞いた物語を語ろうとして、でもできない」と言うのだ。

「つまり、この村の大人達はみんな、子ども達にお話ができなくなった……ということですか?」

「ばかげているように聞こえるでしょうけど……本当なのよ」

 よその人が聞けば「そんなおかしなことは聞いたことがない」と言うだろう。

 しかし、誰もお伽話をできなくなっている。大人だけではなく、子守をする子ども達も。

「あ、話ができないってんならさ、本を読んでやるとかは?」

「こんな田舎の村じゃ、なかなか本を手に入れようというのは難しいのよ」

 オーリは、小さくため息をつく。

 彼女が言うように、気軽に街へ行って物を調達しようとしても、この村からでは半日単位で時間がかかる。

 それに本があっても、問題解決とはいかなかった。

 一応の音読はできるものの、棒読みになってしまうのだ。そこに感情は全く入らない。抑揚(よくよう)のない読み方で昔話を語られても、子どもは満足できないままだ。

「ふーん。よし、ジェイク、俺が覚えてるお伽話をしてやる」

 フィノを追い掛けていたジェイクが、グレイヴァの声に振り返る。

「ほんとー? グレーヴァ」

「あの、でもグレイヴァ」

「俺、こう見えても自分の村じゃ、ガキの扱いはうまかったんだ。それに、俺はこの村の人間じゃないし、ダメならその時だって」

 言いながら、グレイヴァは駆け寄って来たジェイクを軽々と抱き上げた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ