お伽の妖精
農作業から戻って来た、カチュー家の主人ジード。
客人が珍しい子どものように、喜んでグレイヴァとアルテを歓迎してくれた。
グレイヴァが窓を直したことも、歓迎された要因の一つになっているらしい。
そんなつもりはなかったのだが、夕食までごちそうになり、フィノはアルテの足下でミルクをもらっている。
「ほーお、魔法使いか。とてもそんな風には見えないが」
グレイヴァのように、ここの村の人も魔法とはあまり縁がないようだ。アルテが魔法使いだということを知ると、驚きと関心の目を彼に向ける。
「魔法使いってのは、何でもできるのかい?」
「いえ、それは物語の中のことだけですよ。できることには限りがあります。どうしても、過大評価されがちですけれどね」
「そうか。いや、その今言った物語なんだが……この村の大人が」
「聞きました。子どもを眠らせる時にお話ができない、と」
「そうそう、それなんだ。魔法で何とかならないか? うちの子はなだめすかして寝かし付けてるんだが、そんな子ばかりじゃない。夜中までぐずって、泣き疲れてようやく眠るって子もいるんだ。毎日がそんなじゃ、親だってたまらんしなぁ」
オーリに聞いた時より、小さな子どもがいる家庭の事情は結構深刻そうだ。
朝が早い農夫の彼らにとって、床に着く時間が遅くなってしまうのはつらいだろう。それがずっと続くのであれば。
アルテとしても、自分の魔法で助けてあげられるのならそうしたい。
「原因がわからなければ……。それに、村単位でそうなっているのであれば、ぼく一人では力が足りません」
「あら、グレイヴァも魔法使いじゃないの?」
「え? お、俺は違うよ。アルテに会うまで、魔法なんて見たことなかったんだから」
「じゃあ、どうして二人で旅をしているの?」
まさか、困ってる妖精を探して助けてあげるため、とは言えない。そんなことを言ったら、話が長ーくなってしまう。
「グレイヴァは、見聞を広めるため。ぼくはたくさんの魔法使いに会って、魔法の腕を上げるために旅をしています。どちらも特にはっきりした目的地がなかったので、しばらく一緒に行こうか、ということになったんですよ」
オーリの言葉に詰まったグレイヴァの横から、アルテがフォローする。
「まぁ、そうなの。あなた達くらいの年で親元を離れて旅をするなんて、すごいわ。私がその年頃の時なんて、そういうことは考えもしなかったもの」
それ以上、突っ込まれることもなく、話は「物語ができない」というところに戻った。
「原因って言われてもなぁ。気付いたらできないって感じだったし。もしかしたら、誰かがお伽の妖精を怒らせたのかもな」
「へぇ、この辺りじゃ、そういう妖精がいるのか」
「聞いたことがあります。夜の眠りを司る妖精の種族には、お伽話を大人にさせて子どもを眠らせる妖精と、子守歌を歌って眠らせる妖精がいる、と」
「子守歌って手があるなら、さっき言ったぐずる子の親も歌ってやればいいのに」
「残念ながら、そこのご夫婦は歌があまり上手じゃないの。余計に泣いてしまうそうよ」
どうやらこの村に、子守歌の妖精は存在しないらしい。
それはともかく。
妖精という言葉が出て、グレイヴァとアルテはさりげなくお互いの目を見た。この村も、位置的には情報を得た場所から見れば南西にある。
つまり……はちの妖精が教えてくれた場所は、この村かも知れない。
こんな話をしている横で、ジェイクがぐずりだした。おねむの時間がきたようだ。
「俺が寝かしつけてやるよ。俺は影響を受けてないみたいだから、さっきもお伽話ができたしさ」
ジードが帰って来る前、グレイヴァは自分が小さい時に聞いた物語をジェイクにしてやったのだ。
オーリは不安そうだったが、この村にとってのよそ者であるグレイヴァには影響がなかったらしい。
引っ掛かることなく、ジェイクに物語を聞かせられたのだ。
「ありがとう、グレイヴァ。お願いするわ」
グレイヴァは大きなあくびをするジェイクを連れて、寝室へと入った。
☆☆☆
カチュー家の小さな長男も無事に眠り、夫妻に挨拶をしてグレイヴァとアルテは納屋へと入った。ここが、今夜の宿だ。
新しいわらの山があり、いい匂いがする。
「オーリにどうして旅してるのかって聞かれた時は、ちょっと焦ったな。まさか本当のことなんて言えないし。アルテがうまくごまかしてくれて、助かった」
「隠さなければならない訳ではありませんが、全てを打ち明けると時間がかかりますからね。だけど、半分は真実でしょう? グレイヴァとしては、旅をするつもりなんてなかったかも知れませんが、ぼくは魔法使いとしての技術を上げたい。それに、ぼく達に目的地がないのは、本当のことですから」
「それはそうなんだけどさ。妖精の件に触れないで、ああもさらっと言えるのって、やっぱ年の功かな」
「そんな言い方をされる程、まだ年は取ってませんよ」
アルテは困ったような笑みを浮かべる。
「なぁ、アルテ。ここ……なのかな、やっぱり」
わらのベッドに身体を沈ませながら、グレイヴァがアルテの方を見た。
「断定はできませんが、可能性はかなり高いですね。これまでにお伽話ができないなんて話は聞いたことがありませんし、この村の人達がお伽の妖精の力で物語の言葉をつむいでいたとすれば……お伽の妖精に何かあった、と考えるのが妥当でしょう」
「んじゃ、それが俺達の探す妖精だとして、どうやって見付ける? ウインデみたいに封じられてたりしたら、見付け出すのはやっかいだぞ。向こうから呼んでくれればいいけど、そう都合よくはいかないだろうし」
「ねぇ、何もその妖精そのものを探さなくても、別の妖精を探してみたら?」
フィノが外に人がいないことを確認して、声を出した。
家の中ではずっと普通のねこのフリをしてしゃべることができなかったので、何か言いたくてうずうずしていたのだ。
「別の妖精って?」
「この村周辺にいるのが、そのお伽の妖精だけってはずないでしょ。もし魔物に襲われて全部逃げたのなら、話は別だけど。何もされていない、普通の状態でいる妖精を見付けて、こんな妖精は知らないかって聞いてみればいいじゃない」
「ああ、なるほど。当の妖精じゃなく、その妖精のことを知っている誰かを、ですか」
「妖精のことは、妖精に聞くのが一番だよな。それに、動けなくなってるって可能性はあるんだし、確かに動いてる奴から聞く方が話は早いや」
「もっとも、動いてる妖精を見付けるのも大変でしょうけどね。それでも、あたし達が闇雲に動いて探すより、情報を手に入れながら動く方がいいでしょ」
目的地はこの村の周辺だ、と決まった訳ではない。実はここではないのに、探し回っても時間の無駄になるだけ。
時間の無駄だけで済めばいいが、本当に困っている妖精を助けるのが遅れてしまい、手遅れになる方がずっとまずい。
「フィノ、居眠りしてた割に、いいこと言うな」
「ちょっとっ。本当に眠ってたと思ってるなら、怒るわよ。ただのねこと一緒にしないでよね。あれは演技よ。相手に警戒心を抱かせないようにしてるんじゃない」
フィノはねこらしく、柔らかなソファの上で眠ったフリをしていた。それから、適当にあちこち歩いたりして、どこにでもいるねこのような顔をしていたのだ。
本当のフィノはあまり普通ではないから、彼女にすれば演技のようなもの。
「へぇー、俺はてっきり疲れて眠ってるんだと。俺がジェイクにしてやった話を聞いて、あいつと同じようにさ」
「なぁんですってぇ」
「あの……」
聞き慣れない、か細い声が聞こえた。
フィノは思わず外の方を向き、グレイヴァとアルテは納屋の中を見回した。
でも、誰もいない。
女性の声のように聞こえたので、オーリかとも思ったが、納屋の外に彼女の姿はないし、フィノが足音を聞きつけるはずだ。
「確かに声がしたと思いましたが……」
「外には誰もいないわよ」
「アルテ……」
グレイヴァが、アルテの腕を掴んだ。
アルテと、それに気付いたフィノがグレイヴァを見て、それからグレイヴァの指差す方に目を向けた。
納屋はランプの灯りが一つだけで、薄暗い。その納屋の奥の方に、ぼんやりした白い光がある。
それがランプの色でないのは、明らかだ。
その光の中に、人影がある。光の大きさは、フィノが座った時の格好がすっぽりと入るくらいだろうか。
その中にある影だから、あまり大きくない。
「アルテ、もしかして……」
「グレイヴァ、ここで待っていてください」
そう言うと、アルテはその光の方へ近付く。
光は地面に近い所でわずかに浮いているので、アルテはその位置に合わせて腰を曲げた。
「今、声を出したのはあなたですか?」
「はい……」
光が小さくなり、やがて全て消えると人影だけが残る。
そこには、真っ直ぐな黒髪の女性が立っていた。足下まで隠した黒いドレスのような服を着ているので、その色に髪が溶け込み、どこまでの長さか定かではない。
白い肌に、黒の瞳。うっすらとした桜色のくちびる。顔立ちは、二十歳前後に見える。額には、小さな赤い石がはめ込まれていた。
「私はリーリエ。お伽の妖精です」
自分の存在に気付いてもらったせいか、光の中から出てきたためか。リーリエの口調は、さっきよりもずっとしっかりしたものになった。
たんぽぽの妖精ウインデと、大きさは同じくらい。だが、彼女に羽はなかった。
「探す手間が省けたわね」
見張りのつもりか、フィノは納屋の戸口から離れない。アルテは立ち上がると、呪文を口にした。
「フィノ、こちらへいらっしゃい。納屋の周りに結界を張りました。話を立ち聞きされることはありませんから」
「……何? 結界って」
「魔法で作った、壁のようなものですよ。目には見えませんけれどね。今は普通の人がここへ近付けなくなるような、そういう魔法をかけました。……これでいいですか?」
アルテの最後の言葉は、リーリエの方へ向けられた。
「ええ、ありがとう。私は人に見られても構わないのだけれど、相手が騒いだりしたらやっかいですものね。……あなたは、魔法使いなのね。そちらのあなたは、違うの?」
リーリエの視線が、グレイヴァへ向けられる。
「え? 俺? 違うよ。俺はただの人間」
「そ。魔法のことなんて、なーんにも知らない田舎者」
横から、フィノが茶々を入れる。
「うるっせぇな。余計なこと、言うなよ」
「あら、あたしは本当のことしか言ってないわ」
「それが余計だっての」
「変に誤解されて、後であたふたするよりいいでしょ」
「ただの人間が、妖精にどう誤解されんだよ」
寄ると触ると、このふたりは口ゲンカをする。
「このふたりのことは、気にしないでください」
今ではこの状態にすっかり慣れたアルテは構わず、さっさと話を進めた。





