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聴罪士ファナ~何かと事件に巻き込まれていますが、先輩が過保護なのでなんとかなりそうです~  作者: 有沢真尋
【第二章】 廃駅ロマネスク

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翼ある者の血脈(1)

 昼のガレリアは、高いガラス天井から柔らかな陽光が注いでいる。


 にぎやかに人の行き交う中、場違いなほど急いで走り込んでくる相手にガリレオは気づいた。

 床一面に十二星座がモザイクタイルで埋め込まれた広場の中央にて、待つ。

 スケッチブックを片手に、神官服姿で銀髪をなびかせたアルベルトは、ガリレオを見てようやく歩調をゆるめた。

 柄にもなく息を乱し、肩で呼吸しながら正面に立つと、スケッチブックを差し出してくる。


「真ん中あたり。一番新しい絵」


 必要最小限の言葉に、ガリレオはぱらりと紙を繰る。言われた通り、最新の一枚と思われるページで手を止めて、そこに描かれた絵を見た。

 光を浴びている人物の横顔は、見覚えがある。優しげなまなざし、黒髪の艶やかさ、陶器のような肌の質感や柔らかそうな唇までが丁寧な筆致で描き出されていた。どこかに座っているようで、全身は簡単な線で描かれていたが、ひときわ目を引くのは、その背。

 あまり時間をかけることができなかったようだが、そこには翼の輪郭が見て取れる。

 それは、見た者すべてが同じタイトルを想起するであろう絵。


 ――翼ある乙女。


「モデルは、ファナだよね?」

「描いたのは、この間カフェで知り合った絵描きだ。『見えているまま描いている』と……。ほんの少し目を離した隙に、ファナと消えた。何者か調べておくべきだった。うまく接触して『能力』を使う場面に持ち込めなくて」

「アルベルトの場合、肌に直に触れることが必須だからね……。自然に能力を発現させるとすれば、色仕掛けが一番っていう。痛い」


 ガリレオの肩に手をおいたアルベルトが、指に力を込めてめりこませていた。笑いながらガリレオは眉を寄せ、もう一度「痛いから」と言って、アルベルトの手に黒の革手袋をはめた手をかける。


「俺はこれまで『色』を使った覚えは無いが」

「はい、俺が悪かった。その話はここまで。それで、ファナの行き先に心当たりは?」

「……絵描きが悪党の一味なら、地下だろう。捜査は進んでいるのか」


 険しい顔をしたアルベルトに、ガリレオもまた笑みを消して答えた。


「駅側の入口から事前調査のため中に入った人間が戻らない。並行して、当時の設計図をあたってみたけど、線路に沿って地上にいくつも蒸気逃しの穴が開けられていることがわかった。手分けしてそれを確認しているところ。俺はこの近くの穴を確認しに来た。戻らないのは俺の部下だ。安否がかかっている。四の五の言わずに突入したいところだったよ、気持ちの上では」

「どこだ。お前は俺に場所を伝えるだけで良い。言う気が無いなら心を覗く」


 嘘や冗談ではないとばかりに、アルベルトは手を伸ばして、ガリレオの頬に指先で触れた。

 ガリレオは悩ましげに吐息をもらして「使わなくて良いよ。無駄に疲れている場合じゃない」と言うと、軽く首を振ってアルベルトの指先から逃れる。


「状況が状況だ。ファナの確保を優先したいのは俺も同じだよ。二人で別行動を取るより、一緒に行った方が何かと都合が良い」


 視線を絡ませて、逸らす。ガリレオが足早に歩き始めると、アルベルトが横に並んだ。


「あの絵描き、そこまで悪い人間にも見えなかったんだが」

「何者かは、知らない以上憶測でしか話せない。そのひとがファナと一緒にいるのがどういう意味を持つのか。良い方に転ぶのを願うしか無いね」


 小声で言い合いながら、二人はガレリアの中を足早に通り過ぎた。


 * * *


「ようこそ」


 音楽的な響きを持つ声。

 第一声は非常に友好的。通路の先、暗がりから姿を現したのは、黒衣の男。ぐったりとした子どもを抱えていたが、興味を失ったように身をかがめて足元に置くと、背を伸ばす。

 帽子はなく、目元だけに装飾性のないつるりとした白い仮面をつけており、素顔は判然としない。しかし背格好には見覚えがあり、数度(まみ)えた相手で間違いない、とファナはあたりをつける。何より、その声。あの夜に聞いた。そして先日、聴罪室にて。その後カフェでも。おそらくすべて同じ、今目の前にいる人物。


「あなたが財宝列車を盗み出した悪党か。噂を流して僕をここまで呼んだ」


 ロザリオはごく落ち着いた声で男に向かって問いかけた。男の口元には微笑が浮かんだ。


「あの噂につられて来るのは夢見がちなトレジャーハンターか……、そうでなければ関係者くらいだ。さてあなたは、後者か。お待ちしていましたよ、今は亡き国の正統なる王家の血を引く方」


 背にかばわれたファナから、ロザリオの表情は見えない。それでも、張り詰めた空気が動いた気配を肌で感じた。笑ったようだった。


「ラザロ・フォルテ・アルマトゥーラ。いかにも僕は王家の生き残りだ。かつて持ち去られた王家の証を取り返しに来た。あれはお前たちが持っていて良いものじゃない。渡してもらえるかな」


 ――地図上から消えたある国の王家が、王室に伝わる財宝を戦火から逃すために、根こそぎ積み込んだ列車があると


(事情に詳しいはずだ。ロザリオさんは「面白い噂」どころか、明確な理由があって財宝列車を探していたんだ……!)


 地下への入り口を見つけたときにのぞかせた、絶対にひかないという意志の強さ。目指すものがその先にあるのを知っていたから。

 仮面の男が「さてさて」と楽しげに相槌を打つ。まるで優美な調べにのせて歌うかのように。


「『あれ』とは一体積荷のうちの『何』を示しているのか。そしてそれを渡すかどうかは、あなた次第であるのですが……。約束通り、『黒髪の神官』を連れてきてくれた、と」


 ファナは、ロザリオの背を見上げながら、一歩後ずさった。仕組まれた出会いを、今更ながらに悟った。

 この場には敵しかいないと思い知りながら、石床に倒れ伏せて動かぬ子どもへと目を向ける。できることなら連れて帰りたい。そのために来たというのに。

 勝算など皆目浮かばぬファナをよそに、ロザリオは先程と変わらぬ口調で仮面の男に答えた。


「僕が聞いたのは『鍵は黒髪の神官が握っている』という情報だった。その確認をしている中で、結果的にここまで連れて来ることにはなったが、悪党の手に委ねるつもりはない。僕はこのひとに対して、守ると約束をした。それを果たすよ」

「よほど腕に覚えがあると?」

「どうだろう。試してみる?」


 暴力に訴えると匂わせた相手に対し、ロザリオは不敵に応じる。

 肩越しにちらりとファナを振り返り、唇に笑みを浮かべて頷いた。「子どもを人質に取られると動きにくい」ごく小さな声で囁いてから、仮面の男に向き直る。


「はじめようか」


 言葉と同時に、距離を詰めるように駆け出した。


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