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3/3

護衛隊長は過保護です


 セドリックが近衛騎士となってしばらく経った頃。

「殿下、この私にせめて情けを与えてくださいませんか」

 時々、こういう騎士がいるのである。

 フランシーヌと結婚すれば王冠が転がり込んでくる、と勘違いしている騎士が。


 彼もその一人のようで、伯爵家三男というフェルナンは特にしつこかった。

「離してください、フェルナン卿。

 刑法の教授を待たせてしまっているのです」

 赤毛に垂れ目のフェンルナンは、たらりと垂れ下がる前髪をファサッとかき上げながら微笑んだ。


「それならば是非、この私めを罰してください、愛しい方」

 セドリックが非番の時を狙って口説いてくるフェルナンに、苦いものを感じる。

 たとえばここでフランシーヌがフェルナンと恋に落ちたところで、その恋が成就することはないだろう。

 たとえ純潔を彼に捧げたとしても、引き裂かれる運命に決まっている。

 そしてそれは辺境伯の嫡男であるセドリックにしても同じことだ。


 いつか彼はフランシーヌに告げるのだろう。

『殿下、婚姻のためにお側を離れることをお許しください』

 と。

 いつか彼は言うかもしれない。

『殿下、オリオール辺境伯家を継ぐことになりました。

 遠くから殿下のご多幸をお祈りしております』

 と。


 そのいずれの言葉にも、フランシーヌには笑顔で是という答えしか許されていない。

『これまで大儀でした、セドリック卿』

 にこりと微笑んで、彼の前途に幸多からんことを祈る。

 それしかフランシーヌが、彼にしてあげられることはない。

 誰とも結婚しないで、と願う言葉は、彼にとって呪いになるだけだ。


 心は目の前のフェルナンからセドリックに寄せられていた。

 それを隙と見たらしいフェルナンが、フランシーヌの手をさらにギュッと掴む。

 少し痛くて視線を戻すと、フェルナンはフランシーヌの手の甲に唇を寄せようとしていた。

 許しもなく手の甲に触れようとしている、そのことにフランシーヌの体が拒絶反応を示した。


「離し……っ」

 無理やり手をもぎ離そうとするのに、しっかりと掴まれた手首は微動だにしない。

 日頃、こういった無遠慮な行為から丁寧に遠ざけられているフランシーヌは、背筋を泡立たせた。

 お前など簡単に屈服させられるのだ、と言わんばかりに寄せられる唇。

 手首に食い込む男の力。


 フランシーヌは目を逸らした。

 舞踏会で抱き寄せてくる男性や、お茶会で親しげに身を寄せてくる男性はこれまでにも何人もいた。

 王女らしく淑やかに、けれど決然と躱す。

 そう教えられていても、それを実行できるかどうかは別の問題で。


 王女として育っていないのに、王女として誇り高く振る舞わなければならない。

 張りぼてだと皆が分かっていても、通さなければならない筋はある。

「誰がそれを許しました、フェルナン卿」

 冷たく響くように、顔を背けながらいかにも不快そうに告げる。


 王族の不興をお前は買ったのだと、本当にそれでいいのかと、睨めつける。

 ドレスの下の足は震えていたけれど、声はどうにか冷たく響いた。

 フェルナンは躊躇ったようだ。

 その隙にさらりと、()は入り込んできた。


「無礼だぞフェルナン」

 跪くフェルナンの肩に手を置いたのは、心のどこかで求めていたセドリックだった。

「――セドリック卿……」

 思わず縋るように呼ばわれば、セドリックはにこりと微笑んだ。


 そのままフランシーヌの手を掴んでいたフェルナンの腕を掴んだ。

 なんだかギリギリと音が聞こえそうなほどの勢いだった。

「くっ、離せっ」

 フェルナンがいかにも痛そうに顔を歪めて叫んだ。


 セドリックはフランシーヌとフェルナンの間に入り込んだ。

 フランシーヌの目にはセドリックの背中しか見えない。

 だが見る見るうちに青ざめるフェルナンの顔はよく見えた。


「礼儀を弁えよ、フェルナン卿。

 殿下に対するいかなる非礼も、私は許しはしない」

 そう言ってフェルナンの手を離したセドリックは、穏やかな顔で振り返った。

「殿下、お怪我は」


 慌てふためいて転がるように立ち去るフェルナンの姿が、少し滑稽に思えるほどの穏やかさだった。

「いえ……礼を言います、セドリック卿」

 掴まれていた手首をそっと覆うと、それを見咎めたセドリックが柔らかな仕草でフランシーヌの手首を捧げ持った。


「あぁ……赤くなっておられる。

 ……やはりやつには極刑を……」

 口の中で呟かれた言葉を上手く聞き取れなくて首を傾げれば、セドリックは穏やかに微笑った。

「……後で薬をお塗りしましょう」

 大げさな対応に、ふふ、と笑みが洩れた。


「非番でしたのに、そこまでの心配りは不要です。

 すぐに治りますわ」

 義兄が側にいて、守ってくれる。

 そのことがどれほど心強いことか、きっと彼は知らない。


 だから、もう少し。

 もう少しだけ、側にいて。

 少し切なく微笑んだフランシーヌは、セドリックのエスコートで刑法の教授の待つ部屋へ向かった。

 その日からセドリックが非番を取らなくなってしまったことには難儀したが、しばらくするとセドリックは晴れ晴れとした顔で報告に来たのだった。


「殿下、私が殿下の近衛騎士隊長に着任することになりました。

 ゴミは一掃しましたので、どうぞご安心を」

 ゴミ? と首を傾げたフランシーヌだったが、隊長となって忙しくなった方が休養を取れると聞いて喜んだ。

 もちろん理屈はよく分かっていない。


 だが、セドリックが近衛隊長に着任してから、部屋に不躾な人間が押し通ることも、茶会で親密すぎる距離を取られることもなくなったため、フランシーヌは心から彼に感謝したのだった。





 今夜は舞踏会である。

 フランシーヌの婿を探すための舞踏会では、これまで何人もの男性と踊ってきた。

 のだが。


「陛下、殿下はお疲れのご様子。

 つまらぬ男の我が儘につき合う必要はございますまい」

 というセドリックの一声で、なんと父国王とのファーストダンス以外は二人と踊るだけですんだのだった。


「ぐぬぅ……そなたばっかり好感度を稼ぎおって……」

 父国王がなにやらぼやいていたが、その呟きは舞踏会の喧噪に紛れて消えていった。

 いつか、一度でいいからセドリックと踊りたい。

 そう密やかに願うフランシーヌは知らない。

 当のセドリックが着々と周囲を固め、結婚に動いていることを……。


 辺境伯セドリックがフランシーヌ女王の王配となり、共に国を支えることになるまで、後もう少し。





侍女A「殿下の婚約者候補をまたセドリック卿が蹴散らしたそうよ?」

侍女B「浮気性なのを陛下に密告して取り消させたそうで……」

侍女C「陛下も愛妾様によく似た殿下と仲良くしたいらしくて……」

侍女D「そこをセドリック卿に上手く突かれて……」

侍女長「あなた方。いいですか、これまで以上に殿下の部屋の警備は厳重にするように」

侍女ズ「「「「はぁい」」」」

侍女長「セドリック卿に既成事実を先に作られてしまっては、殿下があまりにお気の毒ですから」

侍女ズ「「「「も、もうそこまで切羽詰まって!?」」」」

侍女長「……あなた方、よく覚えておきなさい……殿方はみんなケダモノですよ」

侍女ズ「「「「侍女長様……いったい何が……」」」」

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