死に至る病if
>ところで、死に至る病のifとしては、お姉さんルートも…
ということで書きました。
死に至る病見てない人は相変わらず、意味不明。
私は奪われるよりも、奪った方が幸福だと気づいただけなんですよ。
大好きな人が私の知る前から、ぐちゃぐちゃで、ボロボロで、怖気が立つような醜いことをされていて、ショックでした。私の言葉や、行動や、気持ちじゃ絶対に埋まらないって分かって、ショックでした。私のやっていることはまるで、奈落の底に砂を一生懸命、落としているようなものじゃないですか。それでも奇跡を信じました。それでも回復を祈りました。それでも幸せな未来を見れると思いました。
それなのにそれなのにそれなのにそれなのに、あなたは簡単に私のことを忘れて、私のしてあげたことを忘れて、柳川月を頼った。さも彼女が初めて自分を気遣ってくれたかのように喜んだ。
私は叫びたくなった。
『あなたはもっと重い症状だった。辛いことがあると消えるだけじゃなくて、感情が高ぶるだけで気を失ったり、記憶が消えたり、過去のことを思い出して暴れたりした。それを私は! 私が、ここまで軽くしたというのに』
近所の変質者に襲われているのを助けてあげました。カウンセリングにも連れて行ってあげた。御飯を作ってあげた。家を掃除してあげた。うなされて寝れない時は一緒に寝てあげた。全て、あなたを愛していたからなのに。
それなのにそれなのにそれなのにそれなのにそれなのにそれなのに……お払い箱なんですか?
私じゃダメですか? 私じゃ嫌なんですか? そうですか。柳川さんがダメになったら次はあの人に頼るんですか。
「優一、無事でよかった。さあ、ここから出よう」
「あれ、あなた……は?」
「あたしだよ、瑞樹だよ。忘れたのか?」
それならそれでいい。それならそれでもいい。
「……ご、ごめんなさい。僕、分からないです。でも、なんかぼんやりと覚えてるかも」
私が好まれないのなら、好まれる形に私がなりましょう。
ショートの髪が好きなのなら、この長い髪を落とそう。男勝りの言葉が好きなのなら、敬語を捨てよう。服も変え、行動も変え、ポリシーも変えよう。
必要であるならば、顔だって変えてみせる。
全ては愛の為だ。
「あ、あ、あ、あ、あ! ち、血がいっぱいついてる! 怪我してるんですか? それに床にも!」
「ああ、これは」
彼は私の服がどす黒く変色していることに驚いたようだった。確かに上半身はべっとりとしているし、首周りなんて特に酷い。彼女の首を引き千切って、その服を着ているのだから、当然といえば当然。
「敵の返り血だ。だから、気にしなくていいよ」
「あの、金髪の子」
「あれが事件の首謀者だ。あいつは、死んで当然なんだよ。あいつが、上にいる人達を殺したんだ」
「そう……かな。どうして、あの子、そんなこと、したんでしょう?」
「さあ」
彼女が何を考えていて、何をしようとしていて、それがどういう結果を持ったとしても、そこに興味はない。死んだ人間の意思や思いなんてものに、もはや意味はない。大切なのは今だと私は思う。この一瞬じゃないかと思う。優一さんと手を繋いで、優一さんの信頼をこの手に感じて、ただ歩く。それ以外に何を感じる必要があるというのだろう? それ以外に意味があるとでもいうのだろうか? いや、そんなものはない。
なくなったものにもはや意味はない。消えてしまったものに意味はない。私の思いも、行いも、全て消えて、意味がなかったと分かった時に私はそう悟った。
なくなったものはどうにもならない。なら、あるものを掻き集めようとするのが人間の本質だと私は思う。なら、あるものを欲するのが人間の特性なのだと私は思う。
「さあ、家に帰ろう」
だから私は掻き集め、奪い続けることに決めた。
よく晴れた日だった。その日、亡霊を見た。傘を差した亡霊を。
「柳川月……」
駅前を彼と歩いていたのだ。新しく作り直されて綺麗になったという、駅前のショッピングモールを見に。
雑踏の中、彼女はいた。川の流れに逆らう大きな岩のように、そこにじっと立って私達と対面していた。彼は呑気にこんなところで事件があったなんて信じられないと私に笑う。そんな場合じゃない。
「迎えに来たよ」
私は確かに彼女の死亡記事を新聞で、ニュースで見た。幽霊? いや、違う。幽霊なら、怨念なら、私の前に出てくるべき相手は彼女じゃない。もしくは彼女だけというのはおかしい。つまり、これは人間だ。生きていたということだ。
「迎えに来たよ、優一」
彼女はもう一度、いう。そこで、彼も目の前の少女が自分たちに話しかけているのだと理解した。
待て、その傘。ビニールじゃない。固い何か……両手で持ってるということは鉄? ステンレス? どの道、金属で、いや何故金属なのか。
私はその理由に気づく。もっとも残酷であろうものを想像して気づく。気づいて、彼を地面に押し倒して、覆いかぶさる。私達を通り過ぎる人たちが何事かと足を止めた。
「早いンだよ」
ドンという音がして、キラキラと地面が光る。歩道が光る。ガシャンと音がして、周囲の音が止まった。続けて、それが演奏が始まる。悲鳴という演奏が。
「お前、お前っ! 柳川月……あなたという人は!」
ガラスだ。高層ビルの分厚いガラスを爆破させて、降らしているのだ。ガラスの矢をたくさんの人がいるこの場所に、この周辺に。
誰かの腕が落ちる。誰かの首が落ちる。誰かが倒れて、泣き叫ぶ声が聞こえて、逃げ惑う声が聞こえて。
「大丈夫だ、優一。大丈夫だよ、大丈夫だから心配しないで」
私の体にガラスの刃が突き刺さる。腹部がじんわりと熱い。ああ、これは死んでしまう。
「優一、帰ろう。迎えに来たンだよ」
「……あなたがこんなことをしてるんですか?」
「うン」
「どうして、どうしてこんな酷いことをするんですか!!」
彼は震えた。私の腹から生えた奇妙な異物を見て、震えた。
「どうして? どうしてだろうね、優一。……うン、幸せそうな優一が許せなかったのかもしれない。そこの横の偽者が、いつも通り獣みたいに狂ったことしてたら、こんな気持ちにならなかったンだよ。でも、優一すごく幸せそうだった」
「偽者?」
「本物の瑞樹は死んでる。そいつが殺したンだよ」
「本当?」
私は答えない。答えられない。
贖罪のつもりはなかった。そんな殊勝な感情はとっくに捨てている。ただ彼女に準じ、彼女であっただけだ。それでいいと、それでも良いと妥協しただけだ。
結果的にそれは良かったのかもしれない。彼がまた笑えるようになったのだから。また彼の側にいられたのだから。
「分からないけど、でも、それでも、僕は許すよ。許すなんて言い方はおこがましいかもしれないけど」
「優一は知らないから、そんなこと言えるンだよ」
そう、知らないから。きっと知っていたら、そんな言葉は出ない。私がどんなに邪悪で、醜悪で、下劣で、卑怯な人間か、あなたは知らないから。
だから、泣きながらも笑えるんだわ。だから、そんなにも優しいんだわ。
あなたの大切な人を殺したのは私で、そいつになり変わっているのが私で、あなたを強姦したのが私だと知ったらきっと正気ではいられない。嫌悪し、拒絶し、否定する。
「それでも僕は、僕に優しくしてくれた今日、僕に優しくしてくれた昨日を忘れることなんてできないよ」
「それ、皮肉なンだよ」
ざくざくと、ドスドスと私の背中にガラスの刃が突き立てられる。血が雨となって彼を汚す。
「酷いな、優一。酷いですよ、優一さん。最後の言葉がそれって。なんでそんな、死にたくなくなるようなこと、言うんですか。そんなこと言われたら、生きたいと思っちゃいますよ。死にそうなのに、生きたいって思っちゃいます。あなたをまた守りたいって心の底から思っちゃいますよ。また信じたいって。酷いですよ本当に」
唾液の鉄臭さは恐らく内蔵を傷つけた結果なのだろう。優しい彼は神様が最後に与えた私への罰なのだろう。ここしばらくの幸福さはきっと今の虚しさを知るための罰なのだろう。
犯し、殺し、辱めた私にふさわしい、残酷な罰。私がもっとも恐怖し、私をもっとも悲しい気持ちにさせる罰。
こんなにも彼が死なないでと励ましてくれる。こんなにも彼が私のために、泣いて、悲鳴を上げて、首を振るって、何かを感じてくれている。
きっと終わった後、私のことなんて忘れて、柳川月に手を引かれるんだわ。これっぽっちも思い出さずに、笑って暮らすんだわ。そう思うと、凄く虚しい。
でも。
でも、暖かかっ――。




