死に至る病if
死に至る病のifの話しです。読んでない人は多分、意味不明。
というか当時の自分の書癖まねるのめんどくさ!
壁に手をついて、粘ついた泥を踏んだ辺りであたしはこけた。はは、力が上手く入らねえ。
そんな風に笑うあたしの背後を何かがかすった。もう一度、何かがかすり、続けて、刺さる。大丈夫だ、浅い。
痛みで弛緩した体に力が漲る。反射的に銃を持った手が持ちあがる。相手はそれにビビって後ろへと飛び跳ねた。
「ああ、そうか…………クソ、そうだったな。そうだったよ。忘れてた。……あー、クソ。お前がいたんだったな」
「大丈夫ですか? 助けに来ました」
姫野薫だった。にっこりと微笑んだ顔には血の跡がついていて、後ろに回した手に握った刃物が隠しきれてない。あからさまだった。
「しらじらしいな」
「まあ、そうなりますよね。ええ、そうですよ。あなたを殺そうとしました。どうします? その背中に刺さったナイフ。今ならまだ助かるかもしれませんよ」
「そうだな」
本当にそうだと思う。致命傷ではない。でも、このままコイツと遊んでいたら、あたしは死ぬだろう。そういう確かな手応えがある。
じゃあ、さっさとトンズラしてこの女に優一を渡すのが得策なのか? 違うね、違うだろ、考えるまでもないだろそれ。優位なのは変わらないそうじゃないそういうことじゃないんだ足りてないあたしには圧倒的に足りてないあいつらにはあるものが圧倒的にたりないんだそれはなんだああ痛ぇなくそふざけんなよこの色情狂薬のせかいか頭がなんか違う違うえっとそう足りてないものは。
「覚悟かなあ……」
「はい? どうしたんですか?」
「あたしにはさ、覚悟が足りてねえんだと思うんだ。柳川は自分の命を失う覚悟があって、自分以外の罪のない人間を殺す覚悟があって、優一を助けた。お前は自分以外をぶっ殺して、全部投げ捨てて、優一を求めた。そりゃ勝てねえよ。覚悟が違うもんな。だから、お前らに見透かされて、ここまで下手こいてるわけだ」
「何ですか、あなた。え、ちょっと」
背中のナイフを剥ぎ取る。体の半分くらいの中身が一緒に出て行ったような感覚。だけど、あまり痛みを感じない。
「お前がそこまであたしを舐めてるのだって、殺す覚悟があたしにはないからだ。きっとお前は優一を確保したあと、あたしを殺しに来る。全力で探しに来るって分かってるもんな。それにアイツの顔、キレーだから目立つしな、逃げるのは難しいよな、はははは」
それ以前にあたしは殺す覚悟がないから、きっと殺すのは簡単だ。甘い考えの奴なんてどうにでもなるだろ。そりゃそうだ。
「だからさ、あたしはその甘えを捨てようと思うんだ。覚悟して、それで甘えを捨てて、お前を、殺す」
薫の表情から笑みが消えた。落ちかけてた拳銃を再度、持ち上げる。傷と薬のせいで動きは緩慢だ。当然、そんなの見過ごすはずねえよな。ほら、蹴り飛ばされる。
蹴り飛ばされて、ぐさりと刺さる。あたしに。
勝ち誇った顔。勝ち誇った悪魔の顔。
それが。
歪んだ。
「あ、あ、あ、あああああああ!」
「ばーか、そんな分かってんだよ。覚悟してるんだよ、とっくに。普通なら痛みで、反撃なんてできねえよな。普通なら刺し返すなんて思わねえよな。でもな、薬のおかげかな、痛みを全然感じねえんだよ」
薫の服が血で滲む。どんどん滲む。あたしの服も同じように。
「はなっせえええええ! あがっあああ!」
何度も何度も薫はあたしの髪を引っ張ったり、殴ったりする。でも、あたしの手からは逃げられない。逃がしゃしねえよバカ女。
あいつは虫みたいにバタバタして光を仰ぐ。痛みに仰ぐ。
「優一さん、助け、助けて! 血が、いた、おなかっがああ!」
「死ぬ覚悟はできてなかったのかよ、残念だったな」
倒れて、床の上でひいひいと叫ぶ。血の池を作って、もがき苦しみ。声を上げ、おとなしくなっていった。
「ふふふふふふふふ! あははは!」
そして息も絶え絶えに薫は笑った。狂気の笑いだ。憎悪の笑いだ。
ナイフを首に向かって振り上げるあたしにこいつは叫ぶ。
「…………じだ」
「あ?」
「同じなん、ですよ、あなた。あなたはもう、私と同じだ! 瑞樹、あなたも私と同じように……死ぬ! ろくな、死に方……はしない! 鬼を刺せば、鬼に刺される! あはは」
「分かってる」
あたしはもう戻れない位置にいる。姫野薫と柳川月と同じ場所に立ってる。もう普通じゃない。狂人なんだ。
手を洗っても、手を拭っても、血の匂いが消えない人間になってしまったんだ。ろくな死に方なんて期待できない。
だけど。
「まつだ、い……までのろ、われろ! のろ……の」
「覚悟はできてる」
あたしは死にかけた薫の首を切った。倒れる。ああ、もう力が入らない。さっきから視界が狭い。音が遠い。
血の匂いしかしねえ。幻覚が見えやがる。柳川月の幻覚が。ああ、じゃああたしは地獄行きか。はは、神がいる地獄ね。
「Congratulations」
-○-
復学できるのだろうかと内心ビビりまくりの僕を快く受け入れてくれた理由は、生徒数の著しい減少が原因だったということを後から聞いて少し、ゲンナリした。まあ、廃校になった学校もあるらしいからしょうがないともいえる。
復学といっても僕自身に記憶はない。事件のせいなのか、事故のせいなのか、僕の記憶は僕から離れ、遠い世界へと旅立っていったらしい。お土産よろしくね!
つまり今日という日は僕にとって初めての登校日となるわけだ。嬉し恥ずかしの席決めと自己紹介と友達作りが待っている一大イベント。友達百人できるかな!
「なのに僕はどうして、屋上にいるのでしょう」
別に飛び降りに来たわけでも、未確認飛行物体を呼ぼうと思ったわけでも、ましてや告白されるために来たわけでもない。
「はあ……」
紙パックのジュースが吸い過ぎでちょっとへこんでる。僕はこの紙パックのジュースのようなもので、べこべこなのでございます。
先生、一年休学してるとかさあ、記憶喪失とかさあ、両親不在とか、軽々しくいわないでください。教室に居づらいです。
「お、先客……ちっ」
そういって同じクラスの長身の女性は身をひるがえ、あれ、同じクラスだっけ? あれえ、でもあんな人いたかな。
気がついたら、気づいたら、僕は駆け出していた。彼女の元へ。
手首を握る。汗ばんだ手で。
「あの、えっと、僕の名前は」
「興味ねえ、失せろ」
「あなたの名前は?」
「知るか馬鹿」
「何で避けるんですか? 僕、あの、分からないことがいっぱいあるんです。学費とか生活費とかが勝手に振り込まれてて、治療費とかも誰かが払ってくれてて」
「親父とかじゃねえの?」
「父さん、ここ一年の間に死んじゃって。だから、誰が。あ、そうだ。僕の家、犬がいるんです。その犬の名前がフェンリルっていって凄い厨二臭い名前なんですけど」
「う、うるせえ!」
がつんと殴られた。痛い。
「あれ、何で泣いてるんですか?」
「て、手がいてえん……だよ。つか、お前だって泣いてるだろ」
手に顔を当てる。温かい。涙が温かい。
あれ、本当だ。どうしてだろう。
「あっ」
彼女は僕を見捨てて走る。走ろうとするけど、扉が硬くてなかなか開かないみたいだった。
ガンガン蹴り上げるて、がっくり肩を落とした。
「あー! くっそ! このおんぼろ! 誰か油差しとけよ! もう、いやなんだよ! こんなこと繰り返すの!」
「どうして僕を避けるんですか、ナナシさん」
涙が止まらない。悲しくて、悔しくて、鼻水と涙が溢れて止まらない。
記憶ではなくて、思い出でもなくて、何故か体に染み付いた感情が僕に言葉を出させる。
それを見て、彼女は背中を見せたまま、泣いた。
「もう、ダメなんだ。もう普通じゃない。殺して、何かを得てしまった。殺して、幸福を勝ち取ろうとしてしまった。それは異常なことだろ? 普通じゃない奴はもう、まともに暮らせない。生きられない。どんなに普通を装っても、何かが違う。周りに普通じゃない影響を与えてしまうんだ。どんなに注意しても、どんなに気をつけても。……お前にはまともな生き方をしてほしい。そんな影響を受けてほしくない。これからも陰で守るから気にすんな。それくらいしかあたしにはできないから。だから――」
「それでも……それでも僕はナナシさんといたい! ナナシさんと一緒に歩いて、声を出して、カレーを食べて、映画を見て、それでそれで」
「ばっか、やろ、う……ホント、お前は、ばか、だ。馬鹿だよ、馬鹿で卑怯だ! でも、そんなお前が死ぬほど好きだ」
だから、と彼女は言った。泣いた顔で僕に言った。僕の頬に温かい手を当てて、にっこりと笑いながら言った。
「忘れよう。……ごめんな、優一。柳川と決めたんだ」
「え?」
「お前は……お前は昔、実の姉に強姦されていた。その姉はもういない。あたしが殺したからな。その後釜に姫野薫という女が――――」
ぐちゃ。
「それから、お前は地下室で――」
ぐちゃぐちゃぐちゃ。
「あれ、どうして僕、屋上に……」
チャイムが鳴る。パタンと屋上の扉が閉まる。青空は高い。どこまでも高い。じっとりとした汗に僕は季節の変わり目を感じた。
「ああ、早く授業にいかないと」




