第31話 瑠璃の目的
瑠璃の退院はそれから二ヵ月ほどかかった。
体力的な問題はもっと早く解決していたのだが、筋力が戻るのに思った以上に時間を要したからだ。
僕も手伝って、積極的にリハビリをしてようやくここまで回復した。
「普段からもっと運動しておくべきだったかな。あの島にいた時も終盤は一輝に頼り切りだったし」
「先生もそう言ってたね。10代とは思えない弱り方だって……」
「船に乗る前はシンポジウムに備えてこもりっきりだったから、余計に弱ったんだと思う」
どうやら瑠璃はあまり健康的な生活を送っていないようだ。
これからは定期的にジムにでも通おうかしら、と呟いていた。
……瑠璃のトレーニングウェアをつい想像してしまう。
普通に生活していれば問題ないと思うのだが、生活そのものを変えるつもりはないらしい。
「瑠璃も退院したし、日本に戻らなきゃね」
「思ったより退院に時間がかかったから、事故のことも世間から関心が薄れてきてるわ。丁度良かったかもしれない」
頻繁に来ていた大使館からの連絡も、今では月に一度に落ち着いている。
ニュースも別のことばかりだ。
きっと事故のことは皆もう忘れたのだろう。
ほとんどの人は当事者ではないのだから、そこまで向き合えないのだ。
「というよりは、ニュースになるような色々なことが起きすぎなのよ。だから古いニュースは押し出されるように忘れられていくの。世界でこれだけ人がいれば当然なのだけど……。それでもあのクルーズ船ほどの事故は珍しいでしょうけど」
「そういうものなのかな」
「それで日本に戻ることなんだけど、少し時間はあるかしら?」
「どうかな……。聞いてみないと分からないけど、少しくらいなら平気かも」
大使館には瑠璃が退院したら帰国すると伝えてある。
ただ当初に比べると帰国に関して切迫した状況じゃない。
僕たちが大怪我をしたわけじゃないというのも大きかったのだろう。
いずれ帰らなければならないが、多少の調整くらいはできるはずだ。
「でも何かやることがあるの? 瑠璃の用事も無人島で漂流してる間に終わっちゃったんだよね」
「残念ながら。論文を読んでもらおうと思っていた人たちはとっくに帰国してるわね。だからそれとは別の用事。一輝はあの島のこと、気にならない?」
「そりゃあ気になるけど」
不思議な体験をしたあの島。
僕と瑠璃しかあの島が存在したことを知らない。
誰に聞いても、そんな島はなかったという返事が返ってくるだけだ。
そもそも、どうしてか僕たちはあの島ではなく救命ボートの上で発見されている。
死を覚悟して眠りに就いた時には確実に島の上だったはずなのに。
そして、あの白い虎の夢も色々と気になる。
「病院生活が長引いて暇だったから、空き時間に色々と調べてみたの。そうしたら面白いことが分かったわ」
「面白いこと?」
そういえば僕が退院してから、彼女は病室で何やら忙しそうにしていた。
なんだろうとは思っていたのだが。
「詳しいことは家に着いてから……。ここが一輝が借りているゲストハウス?」
「そうだよ。歩いて病院に通える位置にあるんだ」
「結構広いのね」
瑠璃が退院した後、一旦僕が借りているゲストハウスに移動しているところだ。
拠点にするには都合がいいし、新しく借りるのは色々と面倒だからと。
一応管理人には相談したのだが、何を思ったのかニコニコとした顔で承諾してくれた。
大使館の方にはうまく説明しておくからと。
多分僕と瑠璃が恋人同士だと勘違いしたんじゃないだろうか。
若い……それも未成年のカップルが同棲すると思われたに違いない。
僕としてはそうなったらいいなという感情があったのだが、瑠璃からはそんな素振りは一切無い。
ただ信用はされていると思いたい。
瑠璃の荷物を使ってない部屋に置く。
「できれば一ヵ月くらいは欲しいかな。追加の調べものと実地調査くらいはしたいと思ってるの」
「実地って、まさか直接? 場所だって分からないのに?」
「おおよその見当はついてるの。私だって何も分からないなら流石に諦めるわ。無人島から見上げた夜空を覚えてる?」
「えっと、奇麗だったのは覚えてるけど」
「天体の配置と、それがどの方角で見えたかで大体の座標は分かるのよ。島にいた時はスマホが壊れていたから星の位置だけではどうにもならなかったけど、今は使える。星空もちゃんと記憶してるから、そこから割り出せばいい」
……夜空を丸暗記しているとでもいうのだろうか。
瑠璃の知識や頭の良さは規格外だと思っていたが、まさかそんな特技まであったなんて。
それが嘘でないことは彼女がすぐに証明してくれた。
オーストラリア周辺の海図を広げ、彼女が割り出した位置に丸をつける。
以前も島はどの辺だろうかと話したことがあったが、その時よりもはるかに絞り込まれていた。
これなら確かに調べに行くのも非現実的ではないのかもしれない。
「でも船とかはどうするの? 貸してくれないだろうし、免許とか必要なんじゃ」
「世の中はね、お金を払えばある程度は何とかなるものよ。幸い今の私たちはお金がたくさんある」
瑠璃が悪い笑みを浮かべる。
それが無性に似合っていてちょっと面白かった。
お腹が減ったと瑠璃が言うので、近くのスーパーに行くことにする。
一人で行くつもりだったのだが、言葉が分かる方がいいということで瑠璃もついてきた。
一緒に買い物ってなんだかドキドキする。




