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暫くしてこの国にも慣れたと思う頃、ミルフィーヌはリリ、ララとビルを連れて美術館に来ていた。有名な名画が国立美術館に展示されるというポスターが街中に貼ってあったのをリリが目にして教えてくれた。
美しい女神が赤ん坊を慈しむように抱いているその絵は、
古いこともあり中々展示されず
満を持して漸く発表されるということでミルフィーヌはとても楽しみにしていた。
入場券を何とか手に入れ四人で観に来たが凄い人だった。リリとララが両隣にビルが後ろで護衛をしてくれていたはずだった。
惹き込まれるように見ていたら人混みに紛れて三人とも側にいなかった。
取り敢えず出口では会えるだろうと人の流れに逆らわないように歩いていたのに出たのは全く違う所だった。
こんな時には動かないのが一番だわ、優秀な三人ならきっと見つけてくれる。最悪美術館の人にお願いして大使館に連絡してもらえば良いとミルフィーヌは落ち着くことにした。
けれどよほど不安そうな顔をしていたのだろう。
「大丈夫ですか、顔色が悪いですよ。人混みに酔ったんですね」
と声をかけてくれた男性がいた。若く爽やかなイケメンで着ている物も上等だ。
でも会ったばかりで信用するわけにはいかない。
「大丈夫です。一緒に来た友人とはぐれてしまったので動かずにここにいようかと思っていたところです。ありがとうございます」
「じゃあ、そこのベンチに座りませんか、倒れそうですよ。美術館の医務室に行かれますか?水を貰ってきますよ。待っていてください」
「おかまいなく」と言おうとしたら青年はハンカチをベンチに敷きミルフィーヌを座らせると何処かへ行ってしまった。
ビルが一番に見つけてくれた。
「お嬢様、申し訳ありません。気がついたらいらっしゃらなくて三人とも慌てました。じっと待っていてくださって良かったです」
「人が多すぎたわ。顔色が悪かったのかしら。
知らない方が水を持ってくるのでここに座っていてくださいと言ってくださって、お断りしたのだけど何処かへ行かれてしまったの」
「三人とも旦那様から大目玉を食らいますね。私達の不手際です。お嬢様に何もなくて良かったです」
「内緒にするから大丈夫よ。私が来たいと我儘を言ったんですもの。あなた達は悪くないわ」
「いえ完全な失態です」
ビルが頭を垂れて歯を食いしばった。
「「お嬢様、ご無事で良かったです」」
双子が駆け寄ってきた。
「心配かけてごめんなさいね」
「すみません、三人も付いていながら迷子にさせてしまいました。攫われなくて良かったです」
「親切な方がいてね」とさっきの青年のことを三人に話していると彼が水を手に帰ってきた。
「良かった、侍女さんと護衛君か。お嬢様から目を離してはいけないよ。水を飲まなくても良いですか、顔色が良くなりましたね」
「お嬢様に声をかけていただきありがとうございました。気をつけます」
「お名前をお伺いしても良いでしょうか」
「ハロルドと言います」
「ミルフィーヌです。ハンカチをお返ししたいのですがどうすればよろしいですか?」
「捨ててください」
「そんな訳にはいきません」
「ではまた何処かでお会いしたときで構いません。失礼」
青年はあっという間に立ち去ってしまった。
ミルフィーヌはもう会うことも無いだろうなとぼんやりとした頭で思った。
「お嬢様、今日はもう帰りましょう」
「そうね、あんなに人が多いなんて予想外だったわ。人混みって疲れるものなのね」
「パーティで慣れていらっしゃるのではないですか?」
「パーティでは適度に距離を空けるのがマナーなの。でも香水の匂いが混ざりあって凄く辛い時があるの。だから近づいてもいいのは家族か友人か婚約者くらいね」
「申し訳ありません。不躾なことを」
「良いのよ、ビルは未経験だもの。これからもしかしたらエスコートを頼むことがあるかもしれないから知っておいて損はないわ。お父様の都合が悪い時にクリスがパートナーになってくれたでしょう?あら、ダンスも頑張ってね」
「それは執事と護衛の必須条件ですからお任せください」
ミルフィーヌはハンカチをリリに渡して洗濯を頼み、新しい物を買ってくるように手配した。
愛娘が護衛と逸れたことについてバルモア伯爵は三人に厳重注意をした。
彼ら以上に信頼できる者はいなかった。任せておけば安心だと思っていたが何が起きるか分からない。
離れて見守る護衛を増やそうとこの時伯爵は決心した。
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