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裏切りはいらない  作者: もも


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読んでいただきありがとうございます

 「かあしゃまだっこしてください」

二歳になった息子のウィルがリリに抱かれてやって来た。

「お昼寝から起きたの?おやつの時間ね。桃があるわよ」

「かあしゃまもいっしょにたべるのね」

「そうよ、甘くて美味しいものね。一緒に食べましょうね」


ぷくぷくの手がミルフィーヌめがけて伸びてきた。


ぷっくりした赤ん坊の身体をソファーに座って受け止めて匂いを噛み締める。随分重たくなった。幸せの時間だ。


ウィルフリードは髪がノアと同じ黒で瞳の色がミルフィーヌと同じ紫だった。顔がノアの赤ちゃんの時にそっくりらしく、古参の侍女長に「お小さい頃のノア様を見ているようです」と泣かれてしまった。



リリはビルと結婚してミルフィーヌより先に男児を産んだ。いつの間に仲良くなっていたのかしらと思っていたが、そういうことだったらしい。

予定通り乳母になってもらった。


離宮に部屋を与えて家族で住んでもらっている。ララは騎士の中に想い人がいるらしいが教えてはくれない。ミルフィーヌ以外は気がついているのかもしれないが。



結婚してから更に甘さが増したノアを玄関で送り出すのも、出迎えするのもミルフィーヌの大事な役割だった。


なかなか出勤しようとせずウィルを片手で抱っこしながら「今日は休もうかな、フィーヌやウィルと離れたくないよ」という旦那様を

「真剣にお仕事をされているノア様が素敵だといつも思っていましたの。ウィルも格好いいお父様が好きよね」


「とうしゃま、かっこいい、だいしゅきでしゅ」

と二人で頬にキスをして送り出している。



使用人達はこの甘々時間にすっかり慣れてしまっていた。


それに比べ出迎えは、手を広げ帰ってきたよアピールをするノアの腕の中に飛び込むだけなので楽といえば楽なのだが、初めは恥ずかしくてたまらなかった。

二人だけならともかく真面目な顔をしてずらっと並んでいる使用人がいるのだ。


なんの公開処刑?と思ったくらいだ。

「ただいま、フィーヌ。一緒にいられなくて辛かったよ。笑顔が見れて嬉しい。愛してるよ」


「お帰りなさいませ、お疲れ様でした。着替えてお茶にしませんか?ブラウニーを焼いてみましたの」


「フィーヌが焼いてくれたの?嬉しいよ、楽しみだ」


「料理長が見ていてくれたので味は保証付きですわ」



ラフなシャツとパンツに着替えたノアは眼鏡も外し、ミルフィーヌを膝の上に乗せて匂いを嗅いでいた。

「フィーヌは甘い香りがして癒される」


「ブラウニーの匂いでしょうか」


「ううん、香水はつけてないでしょ。なんだろう自然に香ってくるんだよね」


「入浴した時の薔薇のオイルの香りかもしれません」


「そうか、とってもいい香りだ。癒やされる」


ウィルが生まれ、お腹にもうひとりいるというのに、二人の世界は甘いままだ。




ノアはいつかの壊れかけた妻の痛々しい姿がやきついて頭から離れず、どうしても守らなくてはいけないと思っていた。それで安心するのなら甘い言葉は何度でも囁きたい。


フィーヌをなくすかと思ったあの足元にぽっかりと穴が開くような恐怖は、ノアに大きな衝撃を与えた。二度とあんな思いは御免だった。



休みの日にはウィルと追いかけっこやかくれんぼをして遊んでやる。

やっと走れるようになった息子は追いかけられるのが面白いらしく

「とうしゃま、もっとはしるです」

と何回も言ってくる。

飽きるとかくれんぼをせがむ。小さな体がちょこちょこと木の間を動き回っているのは可愛いとしか言えなかった。

「どこかな」と探すふりをすると木の間から身体が見えているのだ。笑いたいのを我慢して見つけられないふりをすると、しょうがないなという顔で出てくるのだ。癒しだった。


ミルフィーヌはそれを二階の部屋から見て喜んでいる。


寝る前の本の読み聞かせもノアの役割だった。

低音が耳に心地良いのか、読んでやると直ぐこっくりこっくりし始める。ミルフィーヌがノア様の声が最高の子守唄なのねと褒めるので気分が良い。

乗せられやすい性格だったのだと自覚した。但し妻限定だが。

妻は夫の扱いが上手い。






ララがワゴンに紅茶とブラウニーを載せて運んできた。丁寧に紅茶を淹れブラウニーをサーブするとお辞儀をして、さっと部屋から出ていった。


「これがフィーヌが私のために焼いてくれたブラウニーか、美味そうだ。でも無理はしなくていいよ。身体が心配だ。でも食べさせて欲しいな」


「ウィルみたいで可愛いです。お口を開けてくださいませ、あ~ん」


「ウィルと一緒にしないで。う〜ん美味しいな、フィーヌにも食べさせてあげるよ」


「夕食が食べられなくなりますので少しでいいです」


「夕食も少ししか食べないじゃないか。お腹の子のためにもしっかり食べないと。フィーヌが倒れたら大変なんだよ」


つわりの時期は終わり身体は楽になっていた。


「ウィルと一緒に午後のおやつを食べているからですわ。夕食の前にもこうして食べてますし夕食が食べられなくなってしまうのです」


「夕食前のお茶はフィーヌを補給する大切な時間だから止められない。そうだフィーヌのお菓子は小さな物にしたらどうかな」


「小さいサイズで作るのですか?」


「うん、一口くらいに小さく作ったら良いと思う。料理長なら考えてくれるだろう」


「可愛らしいですね、小さなケーキ。今度マリア様にお土産で持っていきますわ」


「仲が良くて何よりだ」


そう言ってノアは可愛くてたまらないミルフィーヌの頬を両手で挟み唇にキスをした。





ミルフィーヌは弟のクリスを責任者にして、ケーキ専門店をオープンさせた。

小さなケーキは見た目が可愛いだけでなく、色々な種類を食べてみたい女性中心に大流行した。勿論プチケーキだけではなくホールやカットでも売り出した。材料にはとことんこだわった。高級志向のお客を満足させ店は繁盛している。





離宮に来たクリスが応接間に入りソファーに座ると、侍女がお茶を淹れさっと退出した。


「姉上、怖いくらい評判が凄いです。経営手腕が素晴らしいですよ。パティシエコンクールを催して、その優勝者に店を任せるなんて思いつきませんでした」


「コンクールでやる気を出してもらうだけではもったいないもの。

そこからバックアップをしてあげないと、せっかくの腕が私達だけのものになってしまうなんて許せないでしょう。

公爵家御用達は伊達ではないと知ってもらわないとね。それに実家にお金が入るのは良いことだわ。何処で足を引っ張られるか分からないもの。このまま次期伯爵の手腕を上げていってね」


「ありがとうございます、姉上。僕も負けないよう頑張ります。来年から優勝争いが熾烈になるでしょうね。一度優勝したからといって油断は禁物ですから」


いつの間にかしっかりしたクリスを微笑ましい思いで見つめるミルフィーヌだった。

ノアがノックをして入って来た。慌てて立とうとするクリスを手で制して


「姉弟の話は終わった?私もそろそろ仲間に入れて欲しいな。お茶を持ってこさせよう。ウィルにも会っていってやって」


「勿論です。姉上が元気そうで良かったです。ケーキのアイデアは義兄上のものだそうですね、凄いです。

可愛い甥に会わないなんてありえませんから、お茶を飲んだら子供部屋に顔を出します」


ウィルはクリスに良く懐いていた。顔を見ると直ぐ抱っこをせがみ、庭で一緒に遊びたがるので、甥にでれでれになっているクリスは使用人たちから微笑ましく見られていた。





溺愛され心の傷も癒えたミルフィーヌです。

評価、ブックマークをいただき感謝しています。ありがとうございます。

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