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ノアはさり気なく
「今評判のカフェが出来たそうなんだけど一緒に行ってくれると助かるんだけどどうかな。チョコレートケーキが凄く美味しいらしいんだ。一人では行きにくくてね」
「そう言って誘うのが男性の常套句なんですけど知ってましたか?」
「知らなかった。経験があるの?」
「ええ、隣国のお花畑男に誘われたことがあるんです、侍女二人も一緒でしたけど」
ハロルドのことを苦々しく思い出したミルフィーヌは難しい顔をしていたらしい。
「じゃあ諦めるよ、嫌なことを思い出させてごめん」
「ノア様はケーキが食べたいだけなんですよね、良いですよ、付き合っても。ケーキを食べるくらいなら大したことではありませんし」
「良いのかい?チョコレートと珈琲の組み合わせに凝ってるんだ」
「体型は大丈夫なのですか?あっすみません、女性は皆様そっちを気にされるので」
それにハロルドも走ったり剣を振っていると言っていた。
「動かない仕事をしてると思われがちだけど、司書って体力を使うので身体は鍛えているんだ」
「本って重たいですものね。じゃあお休みが決まったらお知らせします、休みが合うといいです」
カフェに誘ったのは失敗だったな。最初は宮殿の庭の散歩くらいで良かったかもしれない。隣国でもナンパに遭っていたんだ。なんだか悔しい気持ちのするノアだった。
ミルフィーヌの休日に合わせて休みを入れた。ずっと休んでいなかったのでそこは自由だった。それにノアは出ても出なくても自由な立場だった。あの日はたまたまカウンターにいたのだ。運命に感謝した。
デートの日は二週間後になった。天気のいい秋の日だった。空は高く爽やかな風が吹いていた。
ノアは王太子妃宮の正門でミルフィーヌを待っていた。白いシャツに黒のジャケットとパンツである。
ミルフィーヌが紫色のデイドレスと白い帽子を被って歩いてきた。後ろにいるのが侍女だろう。なるほど殺気を隠しきれていない。
「今日は一段と綺麗だね、良く似合っている」
「ノア様も素敵です。さりげないのに上品さが出てますね」
「ありがとう、侍女の君殺気は仕舞いなさい。何もしないと約束するから」
「初めての方に殺気を出すなんてリリったら失礼よ。すみませんノア様」
「初めてだから警戒されても仕方がないよ、さあ行こうか。お手をどうぞ」
黒塗りの家紋の付いていない馬車にエスコートされて乗った。乗り心地は大使館級だった。
この方、もしかして身分がもの凄く高いのではと思った瞬間だった。
「頭を使うとチョコレートが食べたくなるんだ。今日のカフェのケーキは外国のパティシエが初めて我が国に一号店を出した記念に作ったものらしい。期間限定でね、どうしても食べたかったんだよ」
「そんな貴重なケーキでしたら誘って貰って良かったです。妃殿下に恨まれそうですわ」
「特別に注文すれば良いんじゃないかな。君が気に入ったらだけど」
「そうですね、これは味見ということで」
「妃殿下はそこまで狭量ではないだろう」
「よくご存知ですね、お知り合いでしたか」
「何回か話しただけだよ。昔は殿下と一緒に図書館に来られていたんだ」
「昔から仲がよろしかったですものね」
「あの頃から当てられっぱなしだった。周りの男を威嚇して、可愛かった」
「ノア様はご身分が高貴でいらっしゃるのでしょうか?」
「今は言えない、ごめんね」
「いいえ、構いません。ノア様はノア様ですから。私にとっては仲が良くなった図書館の司書さんですわ」
「それはそれで複雑だけど、自分のせいだから仕方がないね」
「??言われている意味がちょっとわかりませんが、これから美味しいものを頂くので考えないことにします」
カフェは石でできた重厚な造りで高級感を前面に押し出した造りだった。
一階に商品を陳列しその奥で職人が作り、カフェスペースが一階と二階にあった。ノア様は二階の個室を予約していた。
「個室だとゆっくり食べられるよね」
流石にリリは部屋の隅に控えていた。
ノア様がケーキと珈琲を頼みミルフィーヌはケーキと紅茶を頼んだ。
評判だというだけありフォークを入れると中からとろっとチョコレートが零れ出てきた。
「まあこれはここでなくては食べられないですね」
「そうだろ?だから一緒に食べたかったんだ」
そんなノア様の言葉は目の前のチョコレートケーキに夢中になっているミルフィーヌの耳には届いていなかった。
「紅茶も美味しいです。ケーキの程よい甘さを紅茶が緩和してくれて何とも言えません」
「気に入ってもらえて良かったよ」
幸せそうなミルフィーヌの食べる姿を微笑ましい思いでノアは見つめていた。
「これから用事がある?」
「一カ所寄りたい場所はありますが急いでいるわけではありませんので、行かれたいところがあればお付き合いしますわ」
「じゃあ行こうか」
連れて行かれたところは宝飾店で尻込みしそうになったミルフィーヌを
「新しいカフスボタンを見てほしくてね、どうかな、嫌?」
「私の趣味で良いのですか?」
「君に決めてほしいんだ」
店に入ると色々な石のカフスボタンが出された。ノア様の髪の色のタンザナイトにダイヤからサファイアブルーまで価格も大きさも様々だった。
「タンザナイトはどうですか?」
「髪の色で合わせやすいから結構持っているんだ」
「サファイアブルーは高すぎますか?」
「君もネックレスを着けてくれるならそれにするよ」
「私には贅沢すぎますので」
「プレゼントさせて欲しい」
「こんな高価なものいただけません。婚約者の方に差し上げるべきです」
「いないよ、君に贈りたい。二人の友情の証として」
「友情にしては高すぎます。では自分でラピスラズリのネックレスを買います」
「じゃあ僕もラピスラズリにするよ。プレゼントはさせて」
二人の会話を聞いてどうなることかと、気を揉んでいた店員はほっとしたような表情を浮かべた。
「買っていただきありがとうございました。仕事に差し支えのない形なので明日から着けますね」
「僕も明日から着けるよ。同じようなものばかりで飽きてたんだ。これどうぞ」
差し出されたのは可愛らしい薔薇の花束だった。
紳士だわ、これまで会ったことがない紳士だわ。いつ用意していたんだろう。さっきの店にいたときかしら。
「ありがとうございます。これから用事を済ませて帰りますので失礼します。今日は楽しかったです」
「うん、気をつけてね。侍女さんが強そうだから大丈夫だと思うけど今度は送らせて」
「はい、ではまた」
ミルフィーヌは楽しい気分でリラクゼーションサロンに向かった。




