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誕生日会はご馳走が並べられ母からは紫水晶のパリュールを父からは華奢なダイヤモンドの時計を、クリスからは普段使い出来る金のチェーンにアメジストのトップの付いたネックレスを、そしてマリア様からサファイアの髪飾りが贈られてきた。リリとララからは紫色に金の刺繍の入ったリボンがビルからは紫陽花の花束が贈られた。
嬉しくてミルフィーヌは熱いものがポロポロと零れてくるのが我慢できなかった。
母様が抱きしめてくださった。
「嬉しくても涙って出るものですね。こんな素敵な誕生日ありがとうございます」
「ここにいる皆にとって、ミルフィーヌが幸せなのが一番なの。忘れないでね」
「はい、一生の宝物です。大切にしますね」
「じゃあ、皆でご馳走を頂きましょうか」
それからは大騒ぎの誕生日になった。父様達がクリスのピアノでダンスを踊ったり、双子の面白いダンスを見て大笑いしたり、ビルの剣舞を見て盛り上がったり、私の下手な歌まで褒めてもらったりした。
とても記念に残る日になった。
父様達が湖にデートに出かけ、部屋でお茶を飲んでいる時クリスが真面目な顔で聞いてきた。
「姉さま辛いの楽になった?」
「ありがとう。もう大丈夫、姉さま外交官になろうかしら。今どき夫がいないと生きていけないなんておかしくない?女性が声を上げてもいい時代にしたいわ」
「理想はそうだけど無理はしないで。姉さまには笑っていてほしいんだ。王太子妃様の専属侍女は辞めるの?」
「うーん、権力を手に入れて、クリスの継ぐ我が伯爵家を大きくする夢も捨てがたいのよね。マリア様良い方だし。今でも勉強は続けているのよ、父様ほどではないけど八カ国語は話せるの。外交官にも向いてると思うのよね」
「悪い顔をしてるよ、でも前を向けるようになって良かった。僕はまだ五ヶ国語しか話せないよ」
「クリスくらいの時は四ヶ国語くらいだったわ。追い抜かれてしまうわね、それも頼もしくて良いけど」
「姉さまが泣いてなくて嬉しいよ、こっちに来て良かったね」
弟は随分優しい男の子に育っていた。姉は嬉しい。けれど腹黒くもならなくてはいけないのだ。次期伯爵家当主としては。でなければ舐められる。
そこの部分は父様と母様にお任せしよう。
避暑地から帰り母様と弟は帰ってしまった。母様は仕事があり弟は領地経営の仕事を少しずつ教えてもらいながら、友達の別荘に招待されているそうだ。
クリスの婚約者は、私のことがありギリギリまで待つ方針に切り替えたらしい。
好きな人ができたらで良いと。二十代前半までに良い子を捕まえるのだ、弟よ。
寂しいが仕方がない。しゅんとしていたら父様が演劇に誘ってくださった。こういう時にパートナーがいないのは厳しい。
大使権限でいい席が取れたらしい。高位貴族のロイヤルボックスだった。母様と行きたかっただろうに気の毒だ。
演目はコメディだった。良かった、悲恋じゃなくて。沢山笑って気分が良くなった。帰りに素敵なレストランに連れて行ってもらった。
父様ってイケオジだわ。我が父ながら渋いわ。家族思いで優しくて良い人で、うちの男たち最高じゃない。
どこぞに落ちていないかなこんな人。食事のお酒でちょっといい気分になりました。
「ミルフィーヌ、外で酒は駄目だぞ」
「はい、父様」
※※※
外交官同士のパーティーが宮殿で開かれることになった。勿論この国の王族もいらっしゃる。
ミルフィーヌも出来るだけ大人っぽいドレスで参加することにした。お父様の側で笑っているだけになるだろうけど。メンツが凄すぎる。海千山千の強者だらけだ。誰だ外交官になりたいって言ってた奴。ピリピリした空気が耐えられない。
どんな会話になっても答えられるように書類は準備したし、統計も取った。
この前は貿易の話だったけど今日はなんなのだろう。あっ、各国の名産の話になった。やはり貿易の話か。和平の話だとトップ会談が必要になる。何処かの国の王子様とお姫様を結婚させて仲良くしようみたいな。そんなことこんな場所で話さないだろうけど。
「ミルフィーヌ様お久しぶりです」
後ろから聞き慣れた声がした。
「ハロルド様ごきげんよう。今日も引っ張り出されたのですか」
「そうです、この空気凄いですね、バルコニーに出ませんか」
「胃が痛くなっていたので助かります。父に言ってきますので先に出ていてください」
「わかりました。待ってますね」
急いでバルコニーに行こうと思っていたのにこの国の宰相に呼び止められた。何故私?余計に胃が痛くなってきた。
息子さんがいるそうでどうかという話だった。父には釣り書を渡してあるのだが断られているそうだ。父のお眼鏡にかなわなかったということなのだろう。
「父に任せておりますので」と言ってその場を去り父にバルコニーで休憩をしてくるからと言ってやっとバルコニーに近づいた。
ハロルド様と誰かの声がした。どうも話の相手はご友人のようだ。
「ハロルドもとうとう年貢の納め時になったか。綺麗な令嬢じゃないか。大使のお嬢様か、良いな身分も釣り合う」
「そんなんじゃないよ。子供の頃に助けに行くからと約束した子がいるんだ。破れないよ」
「その子がまだお前を待っていると思っているのか?」
「商売のためにあちこちの屋敷に連れて行かれて辛そうだったんだ。助けてあげるって約束したんだよ」
「仕事出来るのにそういうことはぽんこつだな。いつまでも引きずるなよ。幸せが逃げてから悔やんでも遅いんだ。きっと何処かの金持ちのぼんぼんを捕まえてるよ」
「そんな子じゃ無いよ」
何なのそれ、いつ私が好きだと言いました?何とも思っていなかったのに振られたような気持ちになったミルフィーヌは怒りが湧き、もう二度と近づかないでおこうと思った。
待たれても困るので給仕に「用事が出来たので帰ります」と伝言してもらった。父には「気分が悪くなったので先に帰ります」と言って大使館の馬車で帰った。
父の迎えにはもう一度大使館の馬車に行ってもらった。
なんなのだろう、男って頭に綿でも入っているのかしら。初恋、初恋って。
現実に気付きなさいよ。相手の人が言っていたようにとっくにお金持ちと結婚してるわよ。小さい時に商売で貴族の屋敷に連れて行かれていたなら、もう引っ掛けてるわね、自分だって引っ掛かっているのに王子様を気取って可笑しいったらないわ。
ミルフィーヌは腹立たしくて今度こそ関わり合いになるのは止めようと決心した。
その相手がレイモンドの初恋と同じ相手だとはこの時のミルフィーヌに分かるはずもなかった。
悪い偶然にも程がありますね。
誤字報告ありがとうございます!




