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よろしくお願いします。

誤字報告ありがとうございます!

 ミルフィーヌの目の前で、婚約者のレイモンドがその美しい(かんばせ)を申し訳なさそうに陰らせて言った。

「すまないが婚約を破棄してもらえないだろうか、好きな人ができたんだ」


言われた途端ミルフィーヌは心臓をぎゅっと乱暴に掴まれた気がして気持ちが沈んだ。

「何故ですか?私に至らない点がありましたでしょうか?」


「君に落ち度はないよ、僕の問題なんだ。慰謝料は払う」


これでまともな縁談は無くなった。ミルフィーヌは傷物として普通の嫁入り市場から転げ落ちたも同然になったのだ。

この男は自分の都合で一人の女性の人生を弄んだのを自覚しているのだろうか。


ミルフィーヌは胸に込み上げて来る熱いものを我慢しながらなんとか言葉を続けた。

「その方とはいつからですか?」


「僕は小さい頃気管が弱くて夜になると咳が酷くて眠れないことが度々あった。領地で乳母とその子供と一緒に療養してたんだ。母上や父上が恋しくて泣いてしまうこともあった。

乳母は夫に先立たれていてね、仕事を辞める訳にはいかなかったから、領地まで付いてきてくれて本当の母の様に可愛がってくれた。

彼女は乳母の娘なんだ。あっちにいた時、乳母は異国の商人に見初められて結婚をすることになった。それで僕の病気がある程度良くなると一緒に外国へ行ってしまった。病気はそれから直ぐ良くなり、僕も王都に帰り乳母とはそれきりになった」


つまり初恋か、何故今になってとミルフィーヌは真っ白になった頭で思った。






「それでいつ再会されたのですか?」



なんとか泣かないように声が震えないように、レイモンドの胸の辺りを見ながらミルフィーヌは言葉にした。テーブルの上のお茶はすっかり冷めていたが却って飲みやすかった。


「三年前くらいに屋敷にその商人が異国の珍しい物を持ってやって来たんだ。乳母のことを聞くと元気に過ごしていると言う。ついでに娘のことも聞いたらうちの国に留学していると教えて貰った。貴族学院ではなく平民も通う王立学院に特待生で」


「それで会いに行かれたのですか?」


「ああ、久しぶりに乳母の話がしたくて」


随分な嘘を吐く人だったのだなあと今更ながら思った。きっと小さい頃から一緒にいて好ましく思っていたのだ。

何故初恋の君への想いを貫いてくれなかったのだろう。形だけの脆い婚約が相手をどれだけ傷つけるか自覚はなかったのだろうか。それも今頃になって。


十六歳では殆どの貴族の令嬢令息は婚約者が決まっている。政略だろうが恋愛だろうが関係なく。



「お会いになった時に婚約を破棄してくださればまだ間に合いましたのに。三年前なら婚約者のいない令息様もまだいると思われませんでしたか?」

ミルフィーヌはこれくらいならと棘を含ませて返した。

「あっ、すまない」

レイモンドの顔が真っ青になった。


ミルフィーヌのこれから受ける立場を漸く理解をした顔だった。


何をやらせても完璧令息と評判だったし、ミルフィーヌもそう思っていた。

恋愛脳は恐いと思った瞬間だった。ミルフィーヌはレイモンドのことが好きだったがこれはないと思う。婚約していたのに浮気していたのだ。すっと気持ちが冷めた。それにそこまで好きなら仕方がない、諦めよう。


「婚約破棄は了承いたしました。詳しい話し合いはお父様の方へお願いします。ビル、ヘインズ侯爵令息様がお帰りよ、玄関まで送って差し上げて」


漸く自分が何をしたのか実感したのだろう覚束ない足取りでレイモンドが出て行った。


ミルフィーヌは頭の中がぐちゃぐちゃだったが、どうにか平静を保って父に報告に行った。

「お父様婚約破棄されました。申し訳ございません」


父の伯爵はミルフィーヌを抱きしめ

「侯爵家から申し込んできた縁談だと理解していなかったのか、あの小倅め。目にもの見せてくれるわ」


「こんな役に立たない娘でも良いのですか?」


「そんなことのために育てたのではないよ、可愛い娘だ。ミルフィーヌとクリスは私たちの宝ものだ」


「お父様、ありがとうございます」


父の胸で泣いている所へ母のキャロラインが入って来た。


「貴方だけずるいわ、私にもミルフィーヌを抱きしめさせて」


「お母様・・・」


ミルフィーヌは子供のように声をあげて泣いた。







✠✠✠



ミルフィーヌとレイモンドの出会いは一応侯爵家のお茶会だということになっている。着飾った令嬢が多く人見知りなミルフィーヌは主役が何処にいるのかさえ分からない状態だった。母に連れられて来たは良いものの、誰一人知り合いはいなかった。


大人は大人の社交があるらしく、母はお菓子に近いテーブルにミルフィーヌを座らせると家から連れてきた侍女に後を頼み、心配そうにすぐ戻るからと言って離れていった。




侯爵家のお菓子は美味しいなとメイドにサーブされながら一人で食べていたら、活発な女の子が話かけてきた。

「そんなに美味しいの?さっきから食べてばかりね」


「だってとても美味しいの。あなたも召し上がれ」


「自分のお菓子みたいな言い方ね。面白いわ、お友達になりましょう」


それが親友マリアとの出会いだった。

彼女は公爵令嬢でミルフィーヌと同じ八歳だった。

「今日はお母様に連れられて仕方なく来たの。あなたもでしょう?大人の付き合いがあるのですって」


「そうなの、こんなところ来たの初めてよ。主役の令息様がどこにいるのか、どんな人なのかも分からないわ。でもあなたに会えたから良かった。あっ私はミルフィーヌ・バルモアよ。あなたは?」


「マリア・セレンフォードよ」


「公爵令嬢様?私ったらなんて失礼なことを」


「友だちでしょう?これからもよろしくね」


「こちらこそよろしく」

二人は顔を見合わせて笑った。


早速お読みくださりありがとうございます。執筆の励みになります。

毎日更新しますので良ければ続けて読んでくださると嬉しいです。

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