13 鏡太朗の決意
もみじに迫った温羅の右手が何かに弾き飛ばされた。もみじが視線を右に向けると、全身を葉っぱで覆われてステッキを構えた者がいた。
「グリーンマン!」
グリーンマンともみじの周囲に赤い花粉が漂ったが、温羅の右手は真っ直ぐもみじに襲いかかり、グリーンマンがステッキで弾き返した。
「この手には惑わせ花の幻が効かない。この手は意思を持っておらず、温羅が操っているのだ! その証拠に、温羅からの熱光線と棘の攻撃が止んでいる! 温羅は今、この右手を操ることに集中しているのだろう!」
温羅の右手の爪が何度ももみじに迫ったが、グリーンマンが全ての攻撃をステッキで防いだ。グリーンマンが温羅の右手を大きく弾き飛ばし、右手が再び動き出す直前の一瞬の隙を突いて、まふゆが玄色の光を当てて凍らせ、そこにナツが大音量のセミの声を当てると、右手は激しく振動して無数のヒビが入っていった。最後にグリーンマンが全力でステッキを振り当てると、温羅の右手は粉々に砕け散った。
再び温羅から熱光線と棘が飛来し、まふゆは熱光線を迎撃しながらグリーンマンに向かって叫んだ。
「グリーンマン、あなたは隠れてて!」
「私はここでもみじさんを守るよ」
「あなたに何かあったら……」
「私は二人が私を守ってくれると信じているよ」
「……わかったわ! 絶対にあたしたちがあなたを守ってあげる! 鏡太朗も河童も桃花も申可意兵も、みんなあたしが必ず守ってみせる!」
まふゆの瞳には、強い想いと決意が漲っていた。
まふゆとナツが温羅の熱光線と棘を迎撃する中、鏡太朗たちはもみじたちの近くまで無事に辿り着いたが、鏡太朗は俯きながら、ずっと何かを考えていた。
『このままだと、ここにいるみんなも、地上にいる人々と魔物たちも、大勢の命が温羅の犠牲になる。それを止めるには……、やっぱり俺が命を懸けるしかない! 絶対に温羅を止めるんだ! たとえ俺の命が引き換えになったとしても!』
鏡太朗は覚悟を決め、煙の向こう側の温羅のシルエットを力強い眼差しで睨んだ。
「うわあああああああああああああっ!」
突然もみじが苦しみながら叫び声を上げ、鏡太朗は慌ててもみじに駆け寄った。
「もみじさん! 何があったの?」
『み……、みんな、ここに集まってくれ……、あたしはもうダメだ……。体が耐えられる限界を超えちまった』
宙に浮くライカたちは、目を見開いて地上のもみじを見た。
鏡太朗たちはもみじを囲んで立ち、ライカと火車、天女姿のさくらの魂も、もみじの前で浮遊していた。もみじの月下之草原の術は解かれ、空に二つ浮かんでいた満月は一つになっており、地面は草原から光る岩盤に戻っていた。飛んで来る棘と熱光線はナツとまふゆが迎撃していた。
「もみじさん……。体が耐えられる限界って……、足が痺れたの……?」
鏡太朗が冷ややかな表情で言うと、もみじは涙がいっぱいに溜まった目で鏡太朗を見上げ、崩した脚をさすりながら答えた。
「鏡太朗、しょーがねーだろ? 正座なんて十年振りくらいだから、足が痺れて動けねぇんだ! もうダメだああああああああああっ! ……ん?」
もみじは、鏡太朗が真剣な表情で自分を見つめていることに気づいた。
『もみじさん、聞こえる? もみじさんに心で話しかけてるんだ』
『あー、聞こえてるぜ。何だ? コソコソと』
『もみじさん、温羅を倒すには、俺が十万体の悪霊を開放して、最終形態で悪霊たちに温羅を食い尽くさせるしか方法がないよ。俺が第一形態になって温羅と闘っていれば、途中で俺の心を乗っ取った悪霊たちは、温羅と闘うことになるはず。温羅は必ず第二形態に攻撃を仕掛けるからね。だから、まずは第一形態に変身して温羅と闘うよ』
『ダメだ! おめぇ、最終形態どころか、第一形態の段階で温羅に殺されるかもしれねーんだぞ! それに、さくらとライちゃんに聞いた話から考えると、悪霊たちは最終形態になる度に確実に強くなっている。恐らく、最終形態の体や能力を段々使いこなせるようになっているんだろう。だから、最終形態になって悪霊たちが温羅を食い尽したとしても、その後で悪霊たちを封印できる可能性が低過ぎる。おめぇを死なせる訳にはいかねぇ』
『でも、温羅を倒せる方法って他にある?』
『……いや、……今考えるから、ちょっと待て』
『もみじさんが反対しても、俺はやるよ。温羅を倒すことができる可能性がある切り札は、俺しか持っていないんだ。それなのに、それを使わないで誰かが温羅の犠牲になったとしたら……、俺にはそんなの耐えられない!』
もみじは鏡太朗に返す言葉が見つからず、沈痛な面持ちで鏡太朗を見つめた。
『もみじさんにお願いがあるんだ。お札を預かってもらえないかな? そして、温羅を倒すまでは絶対にお札を使わないで欲しいんだ。たとえ、俺が悪霊たちに体も魂も食い尽くされることになったとしても。
ライちゃんと河童くんは、お札を持ったら力が出なくなって魔力が使えなくなる。まふゆさんたちは事情を知らない。さくらは……、さくらは優しいから、きっと温羅を倒すことよりも俺を守ることを優先すると思う。だから、これはもみじさんにしか頼めないんだ』
『……わかったよ。だけどな、おめぇが犠牲になったら、たくさんの命は救えたとしても、さくらも、ライちゃんも、あたしも、一生苦しみ続けるんだぞ。ぜってーに、あたしたちにそんな想いをさせねぇでくれ。頼むからよ』
『ごめん。俺にもどうなるかわからないんだ』
『おめぇ、嘘でもいいから気休めを言ってくれよ』
『ごめん……』
鏡太朗がYシャツのボタンを外し始めたことに気づいたさくらとライカは、目を見張った。
「きょ、鏡ちゃん……。まさか……」
「鏡太朗、止めるんじゃ! 今度こそ悪霊に食い尽くされるんじゃ!」
「さくら、ライちゃん、安心しろ。あたしがぜってーに鏡太朗を守ってみせる。鏡太朗、お札はあたしが預かるぜ」
もみじは立ち上がって左手で懐からスマートフォンを取り出すと、鏡太朗に右手を差し出した。
『胸がいてぇ……。あたしは嘘つきだ。ちくしょう!』
『俺は絶対にみんなを守ってみせる。たとえ、俺の命がここで終わることになったとしても……』
Tシャツを脱ぎ捨てて上半身裸になった鏡太朗は、腹からお札を剥がすと、もみじに笑顔で手渡した。
「もみじさん、頼んだよ」
もみじは険しい表情でお札を受け取った。
『ちくしょう! 笑えねぇ! あたしはつくり笑いもできねぇのか!』
「うわあああああああああああああああっ!」
鏡太朗は体から滲み出た黒い雲に包まれて叫び声を上げ、もみじはストップウォッチのアプリを起動させた。鏡太朗の絶叫を耳にしたまふゆとナツ、桃花、申可意兵は、唖然として黒い雲に包まれた鏡太朗を見つめ、黒い雲が消えた時に姿を現した第一形態に変身した鏡太朗の姿を見て驚愕した。鏡太朗の姿は肌が青黒く、銀色の髪が伸びて下顎には銀色のひげが生え、両目は黒一色になり、耳はコウモリの翼の形になり、大きく広がった口には牙が並んでいた。
第一形態の鏡太朗は、長さ六メートルの龍雷が伸びている長さ四十五センチの霹靂之大麻を右手で地面から拾った。
「ぎゃははははーっ! 力が漲ってくるぜーっ! 龍雷よ! 伸びろーっ!」
龍雷は地面に垂れ下がったまま、全く反応がなかった。
「呪いの力が肉体を支配している俺の指示には従えねぇってか? まあいいさ! 俺の指示通りに動かなくても、丁度いい武器になるぜ! 俺が温羅をぶっ倒す! お前らはそこで見物してろ! ぎゃはははははーっ!」
第一形態の鏡太朗は霹靂之大麻を右手で握り、地面に龍雷を引きずって駆け出すと、熱光線と棘を避けて走り続け、温羅の前面を守る護光魔陣に近づいていった。
『鏡太朗……』
もみじとライカは、不安な表情で第一形態の鏡太朗の後ろ姿を見つめていた。
鏡太朗が、温羅の前面に集まっている護光魔陣の手前十五メートルに到達した時、温羅の腹に生えた棘が、護光魔陣の隙間から鏡太朗を狙って発射された。その瞬間、上方から伸びてきた領巾の左右の端が、護光魔陣の隙間を塞いで重なり、領巾に命中した棘が爆発して周辺の護光魔陣四枚を粉砕した。
鏡太朗が見上げると、天女姿のさくらの魂が、先端が千切れた領巾をなびかせて三十メートル上に浮遊しており、鏡太朗は爆発して広がった護光魔陣の隙間を跳んで潜り抜けた。
「さくら、ありがとよーっ! 俺の中から悪霊どもが出てきたら、お前を食おうとする! 早く俺から離れてくれ!」
さくらは不安な表情に微かな笑みを浮かべた後、もみじの方へ飛んで行こうとしたが、後ろ髪を引かれるように振り返ると、祈るような目で鏡太朗を見つめた。
『鏡ちゃん……。お願いだから無事でいて……』
「おのれ! 人間の女め!」
温羅がさくらの魂に棘を発射すると、第一形態の鏡太朗が跳び上がりながら、龍雷を鞭のように振って棘を天井へ叩きつけた。爆発が起こった天井から岩盤の破片が降る中、鏡太朗は龍雷を垂らして温羅の十メートル前に立った。
「ぎゃははははーっ! 温羅よ、俺と差しで勝負しようぜ!」
「お前は何者だ? お前は変身する前、肉体を破壊する俺の舌に触れても破壊されることなく魂の俺を倒した。そして、今度は禍々しい姿に変身した。お前は魔物だったのか?」
「ぎゃははははーっ! 俺は呪いの力に体を支配された人間さ! 俺の呪いの力とお前の魔力のどっちが強いか勝負しようぜ!」
「面白い! お前は面白いぞ! お前は俺がこの手で引き裂いて食らいたくなったぞ!」
温羅からの熱光線と棘の飛来が止み、もみじたちが固唾を呑んで煙の奥に見える鏡太朗と温羅のシルエットを見つめていると、三体の得体の知れない獣の雄叫びが洞窟に響き渡り、もみじたちが驚いて声の方に目を向けると、立ち込める煙の向こう側に、洞窟の隅に立つ三つの人影があった。次第に煙が薄くなって露わになったその姿は、紫色の光に包まれているもみじとまふゆとナツの三人であり、ともに凶悪な目で薄笑いを浮かべていた。そして、三人の足元は一面血の海になっていた。
「あの場所は、あたしが二千体の鬼を気絶させていた場所じゃねーか! 何なんだあいつら? あたしたちにそっくりじゃねーか!」
もみじの疑問に、桃花が強張った顔で答えた。
「あれは鬼が変異した姿です。恐らく先に目を覚ました三体の鬼が、他の鬼を食べて魔力を飛躍的に高めてあの姿に変異したのでしょう……。恐らく、とんでもなく強いはずです。さっき私たちが苦戦した鬼たちよりも遥かに……」
紫色の光が消えると、もみじの姿の鬼が笑いながら叫んだ。
「俺たちは気絶している鬼どもを食らい続けて魔力を高め、まずは噛みついた他の鬼の体を小指ほどの大きさに変える能力を手に入れたのさ。その後は、鬼どもを片っ端から小さくしながら食らってさらに魔力を高め、最後にこの姿に変異したのさ。人間どもに紛れ込んで人間を食らっていくのなら、人間の姿が一番便利だろう? そして、溢れるほどに高まった魔力で、こんな能力も手に入れたのさ!」
もみじの姿の鬼はもみじに右掌を向けると、掌から雷を発射し、もみじは慌てて雷をかわした。
「俺たちは鬼どもを食らう前も、食らっている間も、ずっとお前たちの闘いを見ていた。そして、高まった魔力でお前たちの術と同じ能力を身につけたのさ」
もみじは冷や汗を流しながら、心の中でナツとまふゆに話しかけた。
『ナツ、まふゆ、今のうちに武器を出しておけ』
もみじが素手で身構える隣で、ナツは灼熱之槍を、まふゆは氷結之薙刀を出現させた。
まふゆの姿の鬼がニヤリと笑った。
「俺たちが身につけた能力を早速試させてもらうぞ」
まふゆの姿の鬼は、離れた距離を一瞬で移動してグリーンマンの前に立つと、指先から玄色の光線を出してグリーンマンを凍らせた。
「凍った体は粉々に砕けるものなのか、試してやるぜええええっ!」
「させるかああああああああっ!」
ナツはまふゆの姿の鬼がグリーンマンに放った蹴りを槍で払った後、目を見張った。
『この鬼、凄いパワーだ! だが、絶対にグリーンマンを守るんだ! グリーンマンは、あんなにひどいことを言って、暴力まで振るった俺を許して脚を治してくれた! 俺の全てを懸けてグリーンマンを守る!』
まふゆの姿の鬼は凶悪な表情で笑いながら、グリーンマンに向けて拳の連打を放ち、ナツはその攻撃を必死に槍で払い、隙を突いて槍の先をまふゆの姿の鬼に向けた。その時、まふゆの姿の鬼は目に涙を溜めて、悲しい顔でナツに言った。
「どうしてあたしを刺そうとするの?」
動揺したナツの持つ槍が止まり、その脳裏に、河童の『まふゆさんが魔物に生まれ変わったとしても、魔物だという理由だけでまふゆさんを消し去るだきゃ?』という言葉が蘇った。
『俺はまふゆが魔物になったとしても……、魔物がまふゆの姿だとしたら……攻撃は……できない……』
ナツが持つ槍の先が下がり、その瞬間にまふゆの姿の鬼は再び凶悪な顔に戻って薄ら笑いを浮かべながら、ナツに向けて指先から玄色の光線を発射した。
「危ないだきゃああああああっ!」
河童がナツを押し飛ばし、玄色の光に包まれて凍りついた。
「河童!」
「ははは、こいつを粉々にしてやるぜええええっ!」
まふゆの姿の鬼の右掌の中心から紫色に光るもう一つの大きな手が出現し、凍った河童を鋭い爪で突き壊そうとした。
「うっ!」
ナツが河童をかばい、その背中に爪が深々と突き刺さって血が飛び散った。
『グリーンマンと河童だけは、絶対にこの身に代えても守るんだ!』
「ナツーッ!」
まふゆの姿の鬼の背後からまふゆが薙刀を振り下ろしたが、まふゆの姿の鬼の左掌の中心から紫色に光るもう一つの手が出現し、薙刀の刃を受け止めた。
「俺がぶっ倒してやるぜーっ!」
申可意兵がまふゆの姿の鬼に正面から迫り、白く光る左右の拳を連続して放ったが、まふゆの姿の鬼は瞬く間に十メートル後退してまふゆと申可意兵に玄色の光を発射し、まふゆと申可意兵はぎりぎりでそれをかわした。その直後、まふゆの姿の鬼は申可意兵の背後に回り込み、鋭い爪で申可意兵の背中に五本の深い斜めの切傷をつくった。
「ぐわあああああああっ!」
申可意兵は傷から血は出なかったが、激痛で叫び声を上げた。まふゆの姿の鬼が紫色に光る指先を申可意兵に向け、その指先に玄色の光が輝いた瞬間、ナツがまふゆの姿の鬼の両腕に渾身の力で体当たりし、玄色の光は地面に当たってその周辺の地面が凍りついた。
『河童、すまない。俺の気の迷いのせいで、お前を凍らせてしまった。だが、もう迷わない! 俺はこの凶悪な鬼を絶対に許さない!』
ナツは怒りが燃え上がる目で、まふゆの姿の鬼を睨んだ。
もみじの姿の鬼を狙って火車が火の玉を、ライカが雷玉を次々と発射したが、もみじの姿の鬼は高速で駆け回ってそれらを避けていた。さくらが、先端がボロボロになっている領巾を伸ばしてもみじの姿の鬼の前後を塞ぐと、もみじの姿の鬼は両掌の中心から紫色に光る手を出現させながら、一瞬でさくらの前まで移動した。もみじの姿の鬼は左手の鋭い爪でさくらを斜めに切り裂いたが、爪はさくらの体を通り抜けた。
「何っ! お前の体は実体がないのか?」
もみじの姿の鬼が驚いた瞬間、背後から火車が炎のしっぽを水平に振って首を狙った。しかし、もみじの姿の鬼は紫色に光る右手で炎のしっぽを受け止め、間髪入れずに、ライカが地面すれすれを飛びながら三日月鋏でもみじの姿の鬼の右アキレス腱を狙ったが、もみじの姿の鬼が履いている雪駄を突き破って鋭い爪が並ぶ紫色に光る左右の足が出現し、その右足の裏が三日月鋏を受け止めた。もみじの姿の鬼は火車に向けて左掌から雷を放ったが、さくらが領巾を伸ばしてそれを受けると、雷は飛沫になって弾け飛んだ。
「コアちゃん! レーザービーム!」
さくらの声が響き、右腕でさくらの体を抱えて地上三十メートルで滞空していたコアちゃんが、目からピンク色の光線を発射してもみじの姿の鬼を上から狙った。しかし、もみじの姿の鬼は容易くそれを避けて右掌から雷を放ち、コアちゃんがそれをかわすと、雷は天井の岩盤に命中した。
さくらの魂は上昇しながら制服姿に戻り、空に輝いていた満月と夜空が消えた。
「みんなが危ないの! コアちゃん、あいつをやっつけて!」
さくらの魂は肉体に戻り、コアちゃんは降下してさくらを地面に下ろすと、両手に竹節鋼鞭を出現させ、もみじの姿の鬼の前まで一瞬で飛び込んだ。
「このコアちゃん様がお前をぶっ倒してやるぜーっ!」
コアちゃんは高速で前進しながら竹節鋼鞭で連打し、もみじの姿の鬼は薄ら笑いを浮かべてコアちゃんと同じスピードで後退しながら、紫色の左手だけでコアちゃんの攻撃を訳なく防いだ。
火車がもみじの姿の鬼の背後から炎のしっぽを首に巻きつけ、同時にライカが三日月鋏を飛ばしてもみじの姿の鬼の胸を貫くと、もみじの姿の鬼の体に雷が走り、その全身が炎で包まれた。
「やったんじゃああああっ! な、何じゃ?」
炎に包まれていたもみじの姿の鬼の姿が突然消え去った。もみじの姿の鬼は冷酷な笑みを浮かべてコアちゃんの背後に立っており、コアちゃんの背中を蹴ると、コアちゃんは二十メートル吹き飛んだ。
「この鬼、おねーちゃんの幻視之術まで使えるんだ!」
離れた場所でさくらが叫び、ライカと火車は驚愕して目を剥いた。
もみじの姿の鬼は凄いスピードで地面を駆け、さくらに迫った。
ナツの姿の鬼は両掌から出現させた紫色に光る手の爪と、スニーカーを突き破って出現させた紫色に光る足の爪でもみじを高速で連打し、時折左右の手から大音量のセミの鳴き声を発射していたが、もみじは流れるような足さばきでそれを避け続け、大音量のセミの鳴き声は離れた岩盤の壁を破壊していった。
もみじはナツの姿の鬼の右斜め前に移動しながら右掌で鬼の右肘を押さえ、右足で鬼の右膝の外側を踏んで体勢を崩すと、右足を大きく前に踏み込みながら、左掌で鬼の肋骨の下を打った。ナツの姿の鬼は三メートルほど吹き飛んだが、何事もなかったかのように再びもみじに襲いかかり、桃花が枝の連打でそれを阻止した。しかし、ナツの姿の鬼は桃花の攻撃を紫色の両手で防ぎ、もみじが放った一条之稲妻も簡単にかわした。
『ダメだ。この鬼は動きが速くて雷は当てられねぇ。しかも、あたしのパワーじゃあ、この鬼には白兵戦ではダメージを与えられねぇ。どうしたらいい?』
もみじは、自分たちが絶体絶命の状況に追い込まれていることを理解し、冷や汗を流していた。




