11 現れた温羅
城門の向こう側は奥行きと幅が六百メートル、高さが二百メートル以上ある広い空洞になっており、地面が金色の光を放っていたが、その光が届かない壁の上側と天井は夜空のように暗くなっていた。空洞の奥側の壁全体が城塞になっていて、無数に開いた窓のような四角い穴と、高さ三十メートルの岩でできた両開きの扉があり、扉の両脇には夥しい数の屈強で凶暴そうな赤い鬼たちがこちらを睨んで並んでいた。鬼の中の一体が叫んだ。
「待ちかねたぞ! 俺たち千体の鬼が、お前らを骨一つ残さず貪り食ってやる!」
「せ、千体……? そ、そんな……」
愕然として冷や汗を流すまふゆの隣で、桃花は緊張した表情を見せた。
「ここまで辿り着くまでに時間がかかり過ぎました。温羅にこれだけの鬼を生み出す時間を与えてしまいました」
申可意兵が鬼たちに向かって息巻いた。
「温羅はどこだーっ! ビビって隠れてるんじゃねーっ!」
「温羅様は俺たちを生み出してお疲れであり、今、宇宙から霊力を集めて魔力に変換する瞑想で回復をされているのだ。お前らなど、温羅様のお手を煩わせることもない。俺たちが体中引き裂いて食らってやるさ」
「俺の回復は終わっているぞ!」
空洞を揺るがす大声が響いて城塞の扉が開くと、その中から温羅が姿を現した。その姿は身の丈が十五メートルを超え、魂の姿と同じ形状の頭部の下には筋骨隆々とした肉体があり、右胸と左脇腹、右腰部にも頭部と同じ形の顔があった。胴体や両腕、馬の後脚のような両脚の至る場所には、長さ九十センチの鋭い棘が生えていた。
「護光魔陣!」
温羅がそう叫ぶと、温羅の周囲に直径百二十センチの半透明の光の円盤が十二枚出現し、温羅から二十メートルの距離を保って浮遊した。温羅が護光魔陣と呼んだその光の円盤には、梵字に似た文字が並んでいた。
「二千百年前、俺は油断して三体の式神の捨て身の攻撃で追い詰められたが、二度と油断はせぬ。俺が新たにつくり出したこの護光魔陣は、一枚一枚に鬼百体分に相当する膨大な魔力を込めており、あらゆる攻撃を防ぎ、自らの判断で動く盾として俺を守るのだ。二千百年前のようにはいかぬぞ!」
「あ、あれが温羅……。なんて大きさだ……」
呆然とする鏡太朗の隣で、桃花が一同に注意した。
「皆さん、温羅の目を見ないでください! 温羅の目から放つ金縛り光線を目から吸収すると体が動かなくなります!」
「千体の鬼どもーっ! 奴らを食らい尽くせーっ!」
温羅の命令する声が洞窟に響くと、千体の鬼たちは鋭い牙が並ぶ口から雄叫びを上げて駆け出し、鏡太朗たちに向かって突進を始めた。鬼たちの逞しい腕の先にある五本の指からは、刃物のように鋭い爪が伸びていた。
鏡太朗たちは緊張して身構えた。
「そして、俺が新たに生み出した千体のコウモリ鬼どもーっ! 城門の外に隠れている魔物をバラバラに引き裂いて食らい、その後は地上に出て好きなだけ人間どもを食いまくるのだーっ!」
「な、何っ?」
眼前に迫る鬼の大群に身構えていた鏡太朗たちは、両目を見開いて突如騒がしくなった天井を見上げた。夜空のように見えていた天井には、コウモリの体に鬼の頭部がついた身長二メートルの黒い鬼が逆さまになって千体ぶら下がっており、畳んでいた翼を広げて甲高い声で叫び始めていた。その翼には、長さ三十センチの刃物のような鉤爪が左右に三本ずつ並んでいた。
千体のコウモリ鬼は、鏡太朗たちに迫る千体の鬼たちの上方を飛んで、開け放たれた城門に近づいていった。
「わはははははーっ! お前たちが千体の鬼どもにバラバラにされながら食われていく間に、千体のコウモリ鬼どもが、城門の外にいるお前たちの仲間と地上の人間たちを引き裂き、食らっていくのだーっ!」
「グリーンマンさん!」
鏡太朗たちは想定外の状況に愕然としながら、城門の向こう側にいるグリーンマンを見た。グリーンマンは緊張した表情でステッキを構え、コウモリ鬼の大群の来襲に備えていた。千体の鬼は鏡太朗たちのすぐ目の前まで迫っており、千体のコウモリ鬼の先頭は城門のすぐ前まで到達していた。
悪夢としか思えない絶望的な状況に、鏡太朗の心は今にもガラスのように儚く砕け散りそうになっていた。
『千体のコウモリ鬼が地上に放たれる……。もう……、お終いだ……。こんな状況……、俺に……何ができる……?』
「みんな目ぇつぶれええええええええっ!」
城門の向こう側から誰かの声が響いた。
「この声……」
その声を聞いた瞬間、鏡太朗の目に希望の光が灯った。鏡太朗は周りの仲間たちに向かって叫んだ。
「みんな、この声を信じて目をつぶって!」
「古より月を司りし月光照之命よ! その御力を宿し給え! 桂男之手招!」
洞窟の中に叫び声が響いた直後、地面が放つ光が弱まり、洞窟の中が夜のように薄暗くなって空に満月が輝くと、千体の鬼は急に足を止め、千体のコウモリ鬼も緩やかに羽ばたいてその場に滞空し、一斉に虚ろな目で満月を眺めた。満月の形が人の顔の輪郭に変化してその後ろに両腕が現れると、右手を挙げて手招きを始め、鬼とコウモリ鬼たちは手招きに引き寄せられるように、魂が抜けたかのような表情で同じ方向に向かってゆっくりと移動していった。
唐突に月の顔の両目が開くと、月の上半身が見る見る大きくなって地面まで両手を伸ばして巨大な掌で地表をさらい、千体の鬼と千体のコウモリ鬼を鏡太朗たちの右側三百メートル先の洞窟の隅に集めた。
「古より雷を司りし天翔迅雷之命よ! その御力を宿し給え! 雷光之大波!」
雷でできた大きな波が次々と現れ、どんどん大きくなりながら地面の上を走り、鬼とコウモリ鬼が集まっている場所を直撃すると、鬼とコウモリ鬼は絶叫しながら失神していった。
「みんな、目ぇ開けていーぞ!」
鏡太朗たちが目を開けると、地面が再び明るくなって満月が消えており、洞窟の隅には二千体の鬼とコウモリ鬼が山のように重なって気絶していた。いつの間にか鏡太朗たちのすぐ隣には、神主姿のもみじが笑顔で立っていた。
「もみじさん!」
「おねーちゃん!」
「待たせたな! さくらとライちゃんの帰りが遅いんで、現世之可我見で学校の様子を見てみたら、目を覚ましたさくらにまふゆが状況を説明しているところだったんだ。縦穴を降りる時に、氷の足場があって助かったぜ!」
「皆さん、一斉に温羅を攻撃しましょう!」
桃花の声を合図に、鏡太朗とライカは合体技で特大の雷玉、さくらの命令でコアちゃんがカノンビーム砲、もみじは右手から一条之稲妻、河童は水流砲、桃花は空中に書いた申の文字から稲妻、ナツは蝉時雨之破砕、まふゆは凍結之玄光、火車は火の玉の連射をそれぞれ放った。
しかし、温羅の周囲に浮遊する護光魔陣が移動して全ての攻撃を遮り、温羅には命中しなかった。
「古より雷を司りし天翔迅雷之命よ! この霹靂之大麻に宿りし御力を解き放ち給え! 霹靂之檻!」
「古より雷を司りし天翔迅雷之命よ! その御力を宿し給え! 稲妻之旋風、二連!」
鏡太朗が発した霹靂之檻で温羅を囲む二十四本の細い雷が地面から上に向かって走り、その中央の地面から大きな雷が発生して温羅の下半身を包み、もみじの両手の指先から発せられたらせん状の雷が、護光魔陣の上を走って背後にいる温羅に命中した。しかし、温羅の体中に生えている棘から四方八方へと雷が放射され、温羅は薄笑いを浮かべて平然と立っており、鏡太朗は愕然とした。
「体に当たった雷を外部に放射した! 温羅には雷が効かない!」
温羅の右胸の顔の目が光ると、開いた口からオレンジ色に光る光線が発射され、浮遊する護光魔陣の間を抜けて鏡太朗たちに向かって伸びていった。鏡太朗たちが慌てて光線を避けると、光線は地面の岩盤を深く貫いた。光線がつくった直径三十センチの穴の周囲は岩盤が溶け、穴からは煙が上がっていた。
「わははははははーっ! 俺の熱光線はどんな物質も高熱で溶かして貫くのだ! 避けられるものなら避けてみろーっ!」
温羅の胴体の三つの口から次々と熱光線が飛んで来て、鏡太朗たちは地面を駆けながら、ライカと火車、さくらを右腕に抱えたコアちゃんは、空中を飛び回ってそれを避けた。
熱光線は岩盤の壁を貫いて壁の向こう側にいるグリーンマンにも襲いかかり、グリーンマンは体中の黄色い花を輝かせながら、ステッキを構えて刻みにステップして熱光線をかわしたが、その表情には動揺の色が浮かんでいた。
「この熱光線は強力過ぎて、力喰花でエネルギーを吸収することができない!」
温羅の体に生えている棘が飛び出して護光魔陣の間を通過すると、ミサイルのように桃花を目がけて飛んで行った。桃花が棘を避けると、地面に当たった棘は爆発して岩盤の破片が飛び散り、地面には直径二メートルの穴が開いていた。温羅が棘を発射した部位からはすぐに新しい棘が生え、温羅は体中から次々と棘を発射して、鏡太朗たちは棘を避け続けた。空洞中に棘の爆発で生じた煙と岩盤の破片が漂い、その悪化した視界の中で棘と熱光線が次々と鏡太朗たちを襲った。
『みんな、温羅の攻撃を避けながら聞いてくれ』
「え? もみじさん? 心の中にもみじさんの声が聞こえる!」
『鏡太朗、そしてみんな、あたしは今みんなの心に語りかけている。みんなも心で返事してくれ。他の人には聞こえなくても、あたしだけは聞き取ることができる』
『凄い! そんな凄い術を使えるの?』
『おめぇ、まふゆだな? これは術じゃねぇんだ。この前、鴉天狗って奴と闘った時に心で会話する体験をしたんだが、その時に霊力をコントロールして心で会話する感覚がつかめたんだ。このままじゃあ直に全滅しちまう。みんなの力をバラバラに使っても温羅には勝てねぇ。作戦があるんだ。全員で力を合わせて奴をぶっ倒すぞ! いいか、作戦を伝える』