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僕は望んでもいいのでしょうか

 シズは乱暴に放り込まれて、放り込んだ兵を睨みつけると笑いながらそいつは去っていった。


「痛たたっ、酷いなもう」


 尻餅をついたシズは、頬を膨らませてからふうと溜息をついた。

 エルフィンはあの場に残されて、シズだけここに再び戻されたのだ。

 けれど何時までも床に座っているのもなんなので、シズは立ち上がるベットに転がった。


「エルフィン、大丈夫かな」


 と、呟く。

 随分無理をしているように見えた。

 妖艶な魅了する微笑には、病みが隠れ、取り繕った仮面は今にも崩れ落ちてしまいそうだった。

 少なくともオルウェルを嬉々と追い詰めて振り回すエルフィンのあのはつらつさは何処にもない。

 ここにいるしかないのだと言ったエルフィン。

 全て奪われているのだというエルフィン。

 でも。


「エルフィンはオルウェルと一緒にいるのが一番良いよ。それはエルフィンも望んでいる事。大体僕にフィンとくっつくようにしておいて自分は好きな人から逃げるなんて虫が良すぎるよ」


 シズだって頑張ったのだから。……まだ抱かれていないが。

 それでも体に触れられるなら、フィエンドでないとシズは嫌だ。

 それはエルフィンだってそう。

 シズは昔のエルフィンを知らないけれど、どちらにいたほうがエルフィンがエルフィンらしくいられるのかを知っている。


「だから、帰るんだ。そしてオルウェルを脅してでもエルフィンを捕まえておいて貰わないとね」


 あのいつも余裕なエルフィンが泣いたのだ。

 無理をしすぎれば壊れてしまう。

 せっかく上手くいっていたのに、邪魔をしてとエルフィンを取り巻く黒い影に呟くシズ。

 そしてフィエンドを巻き込むようなことを言っていた事を思い出して、


「フィンに何かしたら許さない」


 聞いたものがぞっとするような声音で呟く。

 一目見れるだけで良かった。

 それでも抱きしめて求めてくれた。

 だから僕も求めても良いのだと、欲しいとシズは思って。

 愛しい、好き、大好き。


 だからシズはフィエンドを守る、それがシズの信条にそぐわなくともどんな手を使ってでも。

 その時のシズの雰囲気は、いつもと違い、神秘的な目を離せなくなるような美しさをたたえていた。

 けれど同時にその圧倒的な魅力とその威圧感に恐れを抱いてしまいそうな、そんな近寄りがたい雰囲気をも醸し出していた。

 そこでシズははっとして、周りをきょろきょろと見回して、大きく深呼吸する。


「すー、はー、すー、はー……よし、これで大丈夫」


 そうして、少しの間左右にベットの上をごろごろと転がってからぴたっと動きを止める。

 この場所の、いやな黒い気配がシズの近くにやってくるのだ。

 ただのそういった気配だけだが、これが魔物の元でもあるんだよなと思って、けれど今は苛立つだけだからと気だるげにシズはぺしっろその黒い触手のような影を払った。

 それだけで、その黒い気配は小さくぷるぷると震えているだけのようだったのだが……そこでくわっとシズの方を向いたかと思うと、すぐにどこかに引っ込んでいってしまう。

 いつものことだなとぼんやり思いながらシズはまぶたを閉じる。

 そしてしばらくしてまた沢山の気配を感じてぼんやりと瞳を開けると……先ほどの黒い影の触手がシズの周りを十本ほど取り囲んでいた。


「え……待て、話し合おう」


 とシズが呟くと、それらが一斉にシズに襲い掛かってきた。

 とりあえず何本か払うけれど、気づけば手足が拘束されている。

 この黒い気配は実体を持つことも出来るらしい。

 とはいえ勝手に触れるなと魔法で振り払おうとした所で、シズの口に触手が入り込む。


「んんっ」


 口の中を巧みに犯されて、シズは動けなくなってしまう。

 その間に服の裾からシズの体を這うように触手が入り込む。

 その気持ち悪さにじたばたもがくもその触手は止めようとはしない。

 まるでシズを味わおうとでもするかの様に手を伸ばすが、フィエンド以外とされたくないとシズが思って、だから……力を使って跳ね除ける。


「……僕にさわるな」


 そう告げると、黒い影たちはすごすごと引き返していく。

 もともとあいつらはそういった意味で素直だよなとシズは思う。

 そう思って、前にあれらと会った事があったっけと思って……はっとする。

 違う。


「僕は、“シズ”だ。それ以外の何者でもないし、平凡な人間だ」


 そう、自身に思いこませるように呟いて、眠気に苛まれて瞳を閉じたのだった。





。" ゜☆,。・:*:・゜★+★,。・:*:・☆゜"





 気配を感じて、男らしい精悍な輝く美貌のその男は振り返る。


「どうかされましたかな?」

「いや? 懐かしい気配がしたように感じて。それよりもオルトネイ、お前は、“維持の神”の子をぞんざいに扱ってはいないというのだな?」

「はい、もちろんでございます」

「そして、私の子にも危害を加えるつもりはないと?」

「はい」


 低姿勢のオルトネイに、この嘘つきがとその男は嗤う。

 全部見ていたのだから。

 見守っていたのだから。

 手を差し伸べることも出来ず、見るだけしか出来ないその男はずっと見ながら歯軋りして後悔をして……けれど。


「まあいい。暫く滞在するからそのつもりで」

「はい、かしこまりました」


 答えるオルトネイは、そう一礼をして部屋を後にする。

 そして、その男のいる部屋を振り向き睨みつけて、


「こんな時に面倒な……だが、変更はない」


 そう呟き、この溜飲を何処で下げようかと考えて嗤う。


「ああ、エルフィンは戻ってきたのだな、私の元に」


 そしてオルトネイは足早にその場を去っていく。

 一方部屋の中の男といえば、深々と嘆息して、


「人の世界にはあまり干渉すると怒られるからな、あいつに」


 懐かしい気配を思い出してその男は目を細める。

 早く戻って気て欲しい、そしてもう一人もそうなのは山々なのだが。


「選んだのだから、もう少し様子見か。あいつは大概の事は、上手く何とかするだろう」


 とはいえ、求められれば手助けの一つや二つはするつもりだった。

 さてどうするかとその男は考えて、あいつが動くのを待つかと面白そうに笑ったのだった。






。" ゜☆,。・:*:・゜★+★,。・:*:・☆゜"





 仮眠を取ったシズはふっと瞳を開いた。


「エル、泣いてる」


 夢うつつの中でシズはエルフィンの声を聞いた。

 オルウェルが好きだと、強く名前を一度呼んで聞こえなくなってしまったが。

 その悲痛な慟哭とも言える声無き声に、シズは胸を締め付けられる。

 そこでシズはベットから体を起こして、ぼんやりと呟く。


「……帰ろう、皆の所に。でないと……。それにフィンも、守らないと。フィンは渡さない……僕のものだから」


 少しだけ躊躇してフィエンドを僕のものだと呟いたシズ。

 けれど呟いてみて、愛おしさが零れて微笑む。

 ただ名前を呟くだけで酷き満たされて温かさに包まれて、守られている気持ちになれる。

 そこでシズはエルフィンも同じ気持ちなのだろうかと思い、俯き一度瞳を閉じて。

 そうすると気づけば心は決まっていて。


「行こう」


 小さく呟いてシズは歩き出す。

 そこで靴がない事に気づいたが、途中で借りれば良いかと歩いて行って鉄格子にシズは触れて力をこめる。

 誰にも気づかれないように。

 すぐにその鉄格子は柔らかく曲がり、シズ一人が抜け出せるような入り口が出来る。

 否、柔らかく作り変えられてしまったのだ。


「切ったりして音が出ると問題だからね。ここで元に戻しておいて……僕、怪力にみえるかな……まあいっか」


 曲げられた鉄格子を見て、シズは深く考えないようにしようと頷いて、そのままぺたぺたと歩いていったのだった。



。" ゜☆,。・:*:・゜★+★,。・:*:・☆゜"



 エルフィンは体を洗っていた。


「頑張ってご機嫌をとらなければ、でないと……オルトネイは恐ろしい人だから。僕の居場所はここだけなのだから」


 うん、とエルフィンは頷いてから、体を拭いて、服を着替える。

 そして部屋の外に出ると、椅子にシズが座っていた。


「……」


 しばし沈黙してから、エルフィンは寝ぼけているのかなと目をごしごしと擦り再びシズを見て、


「……僕は夢を見ているのでしょうか。そうですよね、何重にも警備やら異常を知らせる魔法が張り巡らされているのに、ここにシズがいるわけありませんよね」

「うん、きっとそうだよ」

「ですよね。しかも受け答えが出来るのも凄いですね、幻覚って」

「そうだね。……何で僕の手を掴むの? エル」

「随分肉質感のある幻覚ですね。だったら……」

「え! ま、待って、何でベットに押し倒して、僕、幻覚じゃな……」


 じたばたと暴れだすシズをベットに押し倒して、シズの足を割って体を密着させるエルフィン。

 そのままシズの片手をエルフィンは捕まえてベットに押し付ける。

 そしてシズを見下ろしながら妖艶な笑みを浮かべて、


「こんな所に、こんな時間にシズが来るなんてね。ふふ、では早速美味しく頂いてしまいましょう」

「ち、違うよ、だから、逃げるために迎えに来て……」

「嘘ですね。もっと色々して……僕に犯して欲しいんでしょう?」

「エ、エル、違うよ……」

「シズは僕の大事なお友達ですから、とびきり気持ちよくしてあげますね?」

「エル、どうしてノリノリなの?」


 それは不思議そうに問いかけるのではなく、何処か責めるような響きを持っていた。

 きっとシズは、先程とは違ってエルフィンが体を繋ごうとしているのに気づいたから。

 けれど、逃げる事のできない苦しみに苛まれたエルフィンは、それを少しでも慰めて欲しくて、だから、エルフィンはシズに甘えるように、


「シズ……僕を気持ちよくしてください。きっと貴方ならそれが出来るから」


 お気に入りの親友。

 だからきっとこの肌に纏わりつく気持ち悪さも、シズなら取り除いてくれる。

 そう思っていたのに、そこでシズは辛そうにエルフィンを見て、片方の手でエルフィンをぎゅっと抱きしめる。

 まさかシズからそうされるとは思えずエルフィンは驚いて目を見張り、けれどその後になだめるように背中をぽんぽんと軽く叩かれて……そうしている内に、気づけばエルフィンの瞳から涙が零れていた。

 呻くように泣くエルフィンをシズは優しく抱きしめて背を撫ぜる。

 この時になってエルフィンは、初めて自分が相当無理をしていた事に気づいた。


「……うううぁあ……やだぁあ、もう嫌ぁあ……オルウェル……」


 一度愛おしい人の名を零してしまえば、エルフィンはもう駄目だった。

 堰を切ったように、感情が雪崩れ込む。

 この時エルフィンは初めて自分がこんなにも心を奪われて、そして“弱く”なっている事を知る。

 酷い、と思うのに、オルウェルに出会わなければ良かったなんて思えなくて、自分とは正反対で自分の持っていないものを持っているオルウェルを思いだして、好き、という感情が溢れる。

 こんなにも溺れさせられているなんて、溺れて、なのに手に入らなくて、息も詰まるほどに苦しくて。

 苦しい、欲しい……でも駄目、好きだから駄目、でも欲しい、苦しい。


 そんな泣くエルフィンをなだめるようにシズは抱きしめながら、シズはエルフィンを思う存分泣かせる。

 エルフィンが無理をしていて、きっとそれはエルフィンが心が“強い”からだと分ったから。

 けれど、“強い”からといって折れないわけではないのだ。

 だからシズはその感情を少しでも吐き出させてしまおうと無言で優しく抱きしめる。

 そして、ひとしきり泣いてようやく少し落ち着いてきた所でシズは、


「エル、行こう」

「何処へ?」

「皆の所へ。僕ももう帰らないと、フィンが……」

「駄目です。それにいずれフィエンドもここに来ます」

「来ないよ。ここはそんなに長くないから」

「シズ……逃げたら酷い目に遭いますよ。あの方は逆らうものに容赦しません」

「ここは、“闇”が深いから。呼び寄せたのは自業自得だけれど」

「でもあの方の恐ろしさがシズには分らないのですか? あの威圧感も」


 そこでシズはふっと嗤う。愚かしいものを嘲笑うかのように。


「もっと怖い人達は、エルの傍に何人もいたでしょう?」

「シズ?」

「そして、もっと優しい人達だったでしょう?」


 面白そうに笑うシズ。エルフィンには分らない。どうしてシズが笑うのかが。


「あの方は怖い方です」

「エル、エルは……そっか。そんなにまで全部、支配されているんだ」

「……シズは、何もわかっていません。だから僕はここで足止めします。誰かが気づくまで」

「どうやって?」

「シズを押し倒します」


 真剣な表情でエルフィンが告げると、シズはエルフィンを感情の読めない表情で見つめる。

 怪我させないでシズを捕らえるなら、この方法が一番良くて、シズもエルフィンも気持ち良くなれるとエルフィンは思ったからなのだが。

 なのに、シズの茶色い瞳に様々な色が見えて、エルフィンは微動だにできなくなる。

 全てを見透かすように、シズはエルフィンを見ていて、そして、


「エル、行こう」

「駄目です。ここでないと……」

「じゃあ仕方がないな」

「諦めて、僕に襲われてくれると?」

「エル……怖がる事なんて何もないんだよ?」

「でも、僕は……」

「エルの心を守って癒せるのは、オルウェルだけだよ。僕じゃない」

「そんなの……」

「大丈夫。エル、怖い事なんて何もない。皆がついてる」


 そこでシズは包み込むような温かい微笑を浮かべる。

 それを見てエルフィンは、酷く自分が安心する事に気づいた。

 この陽だまりのような温かさ、フィエンドが惹かれた、忘れられなかったシズという少年。


 エルフィンでは代わりにならないといったフィエンドの言葉をエルフィンはふと思い出した。

 そんなシズの笑顔を見ているだけで壊れて気力のなくなった心が、動き出す。

 ほんの少しだけ。

 夢を見ても良いのだろうか。

 こんな自分でも。

 こうされるのが当たり前だったけれど、誰か一人を求めても良いのだろうか。


「……僕は、欲しがっても良いのですか?」

「うん」

「何もないのに、心しかあげられないのに? 隠す事しか出来ない心だけ」


 そこで、シズはエルフィンに本当に優しげに微笑んだ。


「全部あげたいの? エルは」


 その問いかけに、エルフィンは躊躇して、けれど、嘘をつくことに耐え切れなくて。


「……うん」

「それを決めるのはエルフィンだよ」

「でも、僕は」

「エルフィンはエルフィンのものだよ。だから、幾らでも選ぶことが出来る。エルフィンが望む限り。だから、行こう」


 その響きはとても甘美で、心地よくて。

 駄目だと思うのに、ふらふらと引き寄せられて。

 違う、そうエルフィンは気づいた。

 エルフィンは、もうずっと前からオルウェルに囚われて逃げられなかったのだ。

 全部きっと、時間の問題。

 遅いか早いか、ただそれだけの事。

 ならばとエルフィンはシズに微笑み返して、


「信じて、良いのですか?」

「うん。前だってオルウェルの元に戻れたでしょう?」


 そこでエルフィンは思い出す。

 それはオルウェルに再び抱いてもらえた、その前に言われたシズの言葉。

 あの時エルフィンは、半信半疑ながらも信じてしまいそうだと本心から言った。

 そして再びに抱いてもらえた。

 シズは約束を守る。だから、エルフィンは、


「もう一度、シズを信じてみようと思います」


 そう、シズの手を取って、そこから逃げ出したのだった。



。" ゜☆,。・:*:・゜★+★,。・:*:・☆゜"



「シズが、エルフィンを連れて逃げただと?」


 報告を聞いたオルトネイは、すぐさま捕らえるよう指示を出す。

 そして、エルフィンを連れ去ろうとするシズに怒りが湧く。

 例えあれがそいう者であったとしても、オルトネイに逆らうあの様はただの子供にしか見えない。

 そう分別のわきまえていない子供だ。


「子供には躾が必要だな」


 そうオルトネイは酷薄に嗤う。

 シズにはエルフィンを連れ出して逃げようとした罰を与えなければならない。

 フィエンドが大切にしているらしいシズを、傷つけたなら彼はどう思うだろうとオルトネイは楽しくて仕方がない。

 今だオルトネイはフィエンドがエルフィンが好きだと誤解して、嫉妬に狂っていた。

 だから少しでも恋敵である若い男に苦痛を与えてやろうと嗤う。

 そしてあのシズもたまには使ってやっても良いかもしれない、見た目はそこそこ良いのだから。


「私の可愛いエルフィン。逃がしはしない」


 うっとりと呟くオルトネイ。

 判断力も無くし、妄執のようにエルフィンをただ求めるオルトネイ。

 真実ですらももうオルトネイには入ってこない。

 煌びやかに作られた虚構はいずれ終わる。

 けれどこの虚構の王はまだそれに気づかない。

 そして、最後まで気づかないのだと思わせるほどに、傲慢だった。

 そんな、オルトネイを護衛の兵士達は無表情に傍に仕えていたのだった。




。" ゜☆,。・:*:・゜★+★,。・:*:・☆゜"




 シズは、エルフィンの手を引いて逃げ回っていた。


「この建物なんでこんなに入り組んでいるんだろう」

「外的が迷うように、というのもあります」


 そうエルフィンが答えるのを聞きながらシズは舌打ちしたい気持ちになる。

 魔法攻撃やらなにやらは簡単に防げるのだが、追い詰めてくる人が多い。

 彼らを怪我させずに排除しないとならないのだ、シズは。

 だから彼らがいない道ばかりを選びながら走っていたのだが、気づけば地下数階にまで潜っている。

 道を間違えたかもと思いながらも、何処か惹かれる気配があってこちらに来てしまった部分もシズにはある。

 何処か、フィエンドやエルフィンに似た気配。

 そこでエルフィンが立ち止まる。


「……やっぱり、逃げるのなんて無理です。シズ一人で逃げてください。僕が時間を稼ぎますから」

「エルフィン、待って、駄目だよ」

「もう随分足音がして……ここは行き止まりの部屋です」

「その部屋に隠れよう!」

「その部屋は、神々の仮住まい。入ることは許されません」

「だったらその神様にお願いしよう。僕達を匿って下さい!」

「シズ、そんな事をいっても今まで、この部屋に僕が知っている限り神々は……」


 そこでエルフィンは言葉を切る。

 その部屋から、一人の男が現れたからだ。

 彼はとても美しい男で、鮮やかな赤い髪に、茶色の瞳をした逞しい男だった。

 けれどそれ以上に彼の纏う威圧感という……圧倒される神々しさとも言うべきものに、エルフィンは息を飲む。


 直視できない。

 オルトネイも恐ろしい人物だったが、エルフィンはこの目の前にいる彼に微動だにできないほどに、格の違いを感じてしまう。

 “王”という表現では物足りない圧倒的な上位存在。

 彼がふっとエルフィンを見て微笑む。


 その笑みにエルフィンは何処か懐かしさと愛おしさが溢れてきて驚く。

 彼に会った事はない。

 けれど知っているような血がざわめく感覚を覚える。

 そこでエルフィンはぎゅっとシズに手を握られて正気に戻るも、そこでシズが、


「僕達を匿ってください」

「ちょ、ちょっと、シズ……」


 エルフィンは焦る。目の前の彼はもしかすると……。

 けれど、臆することなく彼に向かってお願いするシズに、彼は面白そうに唇の端を上げて、


「いいとも」


 そう答えたのだった。



。" ゜☆,。・:*:・゜★+★,。・:*:・☆゜"



 部屋の中は、装飾が施された豪華絢爛な様だった。


「エル、あのベットの下に隠れよう。もしかしたならここを見に来るかもしれないから」

「で、でも」

「早く、気配が近づいているから!」


 ちらりとエルフィンが彼を見ると、良いよというように微笑まれる。

 だからシズと一緒にエルフィンは隠れる。

 隠れていると足音と、話し声がして。


「ここにいたが気づかなかったが?」

「失礼いたしました!」


 去っていく足音。それにシズとエルフィンは同時に安堵の息を吐いてから、


「良かった。上手くやり過ごせた」

「お礼を言わないといけませんね」

「……そうだね」


 ちょっとだけ躊躇したシズに、エルフィンは疑問を覚えるもそこで、


「もう大丈夫だから出て来い」


 そう言われてベットの下から出る。

 目の前の彼は相変わらず美しい。

 そして彼が本当は何者なのか、エルフィンは思い当たりながら聞くことが出来ないでいると、そこでシズが、


「“破壊の神”ですね?」

「疑問符があるあたり不完全だな。ともあれ、そうだ。……しかし相変わらずちっちゃいな」

「……僕は初対面です。貴方に出会った事はありません」

「……まあいい、人間だという点も多めに見て、うん。フィエンドの“彼女”だからな、お前は」

「……フィンとどのようなご関係なんですか?」


 そこで始めて不安そうな顔をするシズに、“破壊の神”はにやにや笑って、


「フィエンドのもう一人の父だ」

「……このヤリチン野郎」


 その言葉に即座にシズが反応して言う。

 エルフィンは何て事を言うんですかシズと言おうとした所で、“破壊の神”は半眼になり、


「……お前、本当は覚えているだろう」

「なんだか貴方と話していると後頭部が痛い気がするのですが、気のせいですかね?」


 と、シズが問いかければ“破壊の神”は目を泳がせて、話題をそらそうと別の事を言う。


「だが、フィエンドを選んだんだろう? お前は」

「選んだじゃなくて……お互い好きになったんです。一方的じゃない!」

「そうだな。うんうん……フィエンドを守ってくれてありがとうな」


 その意味に気付いて、シズが違うというように首を振る。


「お礼を言われる筋合いはないよ。僕は……フィンが好きだから、そうしただけ」

「そうかそうか。所で、助けたお礼を貰って良いか?」


 そこで“破壊の神”はシズにそう告げると、シズは少し警戒するように“破壊の神”を見て、


「息子の恋人に何をする気なんですか、この下半身別生物の獣」

「否定はしないが、流石にそれは弁えているよ。髪を少し欲しいんだ。それさえあれば……手軽にこちらに来れるからね」

「……分りました」


 シズが頷くと同時に髪が少し切り取られて、ひゅうっという風を切る音がして、“破壊の神”の手にシズの黒い髪が握られる。

 それを見ながら“破壊の神”は笑う。


「これでまた前よりもこちら側に来れる。もう一人も、来たがっていたから、あいつにも渡さないと。色々怒っていたからな。自力でどうにか来れたのが、俺は今だから……」


 それ以上“破壊の神”は言うのを止める。

 本当はシズを連れ帰ることも目的の一つではあったのだが、まだシズはシズという人間でいたいようだった。

 それにシズは、“破壊の神”の息子に当たるフィエンドを好いていて、そしてフィエンドも夢中なようだった。まだ危うい関係だが、それでもお互いが想い合っているのは確かなようで、それを引き裂く真似を“破壊の神”はしたくなかった。だから、


「フィエンドの事をよろしく頼む」

「頼まれる以前に……僕が離れられないよ」


 その答えに“破壊の神”は面白そうに笑ってから、次に顔をシズの軽口に蒼白にしているエルフィンに目移して、


「俺の子の、末裔、か?」

「……はい、予知能力者である神子で、“姫”であるエルフィンと申します」

「何故お前が、“姫”なのだ?」


 そこで初めて“破壊の神”は不快そうにエルフィンに告げる。

 その声にエルフィンは、自分の不誠実さに関して言われているのかと思い、俯く。

 そこでぎゅっとシズがエルフィンの手を握り、それにエルフィンははっとしたようにシズを見ると、


「エルの事、この人は否定していないよ。そうだよね?」

「ああ、悪かった。そうとも捉えられるな……本来、“姫”は、神々や神殿の高官を慰める存在でしかないはずだった」

「ですから僕が……」

「俺の末裔を慰み者にして、許されると思っているのか?」


 “破壊の神”が目を細め、同時に殺気と怒りが彼の体から零れる。

 けれどその殺気はエルフィンには恐ろしくて気が狂いそうなほどで、けれどそんなエルフィンの前にシズが立ちその気配が治まる。

 エルフィンが落ち着いた様子を横目で見やりながら、シズは責めるような瞳で“破壊の神”に、


「エルを怯えさせないで下さい」

「……すまない。つい苛立ってしまった。だが、何時からそんな風になった? 俺がこちら側に来れないでいたから、だから?」


 そこでエルフィンをじっと見つめて、一言。


「美しいな」


 その声に、嬉しさを覚えてエルフィンは頬を染める。けれどそこでシズが半眼で、


「……自分の子供の子孫に手を出さないで下さい、変態」

「だから……本当は覚えているだろう、お前」

「知りません。なんだか口から勝手に出てくるんです。警戒しろって」

「そう言われるだけの自覚があるから、言い返さないが……でもこれだけはいっておく。俺は、自分の血を引く子供達を、親として愛している」


 “破壊の神”がはっきりと告げる。

 エルフィンはどきりとする。

 だってエルフィンは孤児で、親など知らなくて、だから……。

 それにシズはほんの少しだけ優しげに目を細めて、


「知っています、そんな事」


 シズを凝視する“破壊の神”。

 けれどそれ以上は何も言わず、代わりにエルフィンに、


「すまなかった。俺がこちらに来れない事で、お前に苦しい思いをさせてしまった。だから、これからは好きにして良い。望むがままに。……俺が手を貸そう」


 エルフィンは、はっとして見上げる。

 “破壊の神”が直接手を貸してくれるのならば、自分は、逃げて、欲しい人を求められる。

 それを読み取ったのか“破壊の神”はにいっと残酷な笑みを浮かべ、


「誰を消して欲しい?」


 と、問いかける。

 だが、そこでシズが飛び上がり軽く“破壊の神”の頭をはたく。


「この世界に、大きく干渉するなと言ったでしょう!」

「く、中途半端に覚えているから面倒だな……」

「それに、エルフィンを繋ぎとめている鎖は、もうすぐ自滅するから良いでしょう!」

「そうなのか? ……お前が言うからそうなんだろうな。良かったな、エルフィン」


 じゃあ俺が手を下すまでもないなと“破壊の神”が頷き、シズも顔を上下させている。

 エルフィンは、今の話を聞きながら、なんだか色々な事がばかばかしくなって。

 そして酷く安堵してして。

 くすくすと笑い出す。

 それにつられてシズも笑って、ひとしきり笑ってから。


「また会おう、二人とも」


 その言葉に頷いて、シズとエルフィンは再びその部屋から駆け出したのだった。



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