よし、更地にしよう
「……ここへ来るのも、随分と久しぶりですね」
エルフィンは、いつもと変わらない笑顔でふふっと笑う。
ここは神殿内部。
その中でも……最も古く恐ろしい長老の住処。
昔はここに入り浸りになっていた、いえ、入り浸りにさせられたとエルフィンは思いなおす。
“姫”であり予知の神子として、そしてそれ以上に寵愛を受ける者としてここにいた。
そしてそれが当り前で、嫉妬に曝されて、そして予知を外して追い落とされて。
それが、あの時は悔しさや悲しさを覚えたけれど、結果としてオルウェルに会えたのだからそれで良いと思える。
そしてオルウェルを守れるならばなんだってエルフィンはする。
始めてこれほどまでに人を好きになったのだ。
もう二度と会う事が出来なかったとしても、オルウェルが危険に曝されなければそれで良いのだ。
この、全てが敵のような、悪意の坩堝のこの場所で、エルフィンはこれからも生きていく。
やがて凝った装飾の施された道を抜けて大きな扉の前へとエルフィンはやってくる。
そこで案内役の少年が苦々しそうにエルフィンを見て、
「お前さえいなければ……」
憎しみのこもった瞳でエルフィンを見る。
この部屋の主の寵愛を受けられなかった神子が、逆恨みをしているのだろうと分ったエルフィンは、その少年に微笑みかけて唇を重ねる。
そのエルフィンの微笑みの妖艶さと美しさに少年は目を離せず、硬直し、そしてキスされて放せと抵抗をする。
「貴方も可愛いですね」
そう微笑めば怒りだけではない感情に少年の瞳は揺れる。
けれど少年はそれを認めたくないのか、すぐにその場を走り去ってしまう。
「なんだ、随分んと初心ですね」
くすくすとエルフィンは病んだように笑う。
そして部屋の扉を軽く叩いて、呼ばれる。
「待っていたぞ、エルフィン」
「お久しぶりです。オルトネイ様」
目の前の年老いた長老にエルフィンは微笑みながら答えたのだった。
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シズは目を覚ました。
「んんっ、いきなり痛いよ。……ここは?」
そこはそこそこ広い白い部屋だった。
牢屋のように鉄格子がはめ込まれているが中にはベット、扉が二つ。
ためしにその扉を開けると、シャワールームとトイレだった。
「攫われて閉じ込められているらしい事は分ってたけれど、どうしようかな」
シズはそう呟いて、気絶する前の出来事を思い出す。
エルフィンに誘われて外にでて、“神殿”の者達に囚われたのだ。
首筋にスコーンとされて気絶なんて、本当に僕って捕まえるのは簡単だよなとシズは自己嫌悪に陥る。
そして再び辺りを見回す。
ここはおそらく“神殿”の一角で、あまり良く無い気がする気配を感じる場所だ。
しかしどれくらい眠っていたのだろう。
そしてエルフィンは。
「……エル、随分無理をしていたみたいだから、大丈夫かな」
そうシズが呟くと同時に、足音が聞こえてきたのだった。
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現れた人影はエルフィンだった。
変わった刺繍の施された神子の服を着て、お盆に食事を載せている。
そしてシズの牢屋の前で立ち止まり、いつものように微笑みながらエルフィンがシズに、
「こんにちは、シズ。ようやく起きたみたいですね、さっき見たときはまだ眠っていましたから」
「そうなんだ、所で今何時ごろなのかな。僕、どれくらい眠っていたかな?」
「半日近くですね。所で食事をもってきたので食べますか?」
「うん、お腹がそういえば空いた気がするかも」
「ではこちらの小さな窓口から入れますので、受け取ってもらえますか。もちろん、何も入っていません」
「そうなんだ、分った、エル」
そう受け取ってあっさりと食事に手を付けるシズ。
そしてまずはスープを飲んで、わぁ、美味しい! と微笑む。
そのままパクパクと食べるシズに、笑みを浮かべながらうっすらと冷や汗を浮かべたエルフィンが、
「あの、シズ。もう少し警戒心を持って……?」
「え? 何か入っているの? これ」
「……塩や砂糖ですね」
「じゃあ大丈夫じゃん。ぱくぱく」
美味しいと連呼しながら食べるシズは小動物のようで可愛らしい。
確かに、半日寝たままなのでお腹は空いていると思うのだが……エルフィンはそこで始めて嘆息した。
「シズ、僕に何か言う事はありませんか?」
「んー、ご飯が美味しいね」
「いえ、ですから……例えばこの牢屋とか」
「これ牢屋の意味がなしてないんだ、僕にとって」
パンを口に放り込みながらシズは、あ、このパン胡桃とぶどうが入っていると目を輝かせる。
けれどエルフィンは逆に体を硬直させて、
「シズ、ここから無理に出ようとしないでくださいね? ここは、とても恐ろしい配下なのですから」
「そうなんだ。所でその人はエルとどういう関係なの?」
食べていた手を休めて、ふっと全てを見透かすようなあの美しい表情でシズはエルフィンを見た。
それを見てエルフィンは、全てを気づかれているような錯覚を覚えて、けれど……神殿内の予知の神子としての顔で、見るものを虜にする微笑を浮かべながら、
「素晴らしいお方ですよ。僕も彼の寵愛を受けているのです。一番愛されているといっても過言ではありません」
「エル……」
「その方は僕のことを片時も放したくないようで、またすぐに行かないといけないのですよ」
「エル」
「それに若い子……フィエンドよりも良いだろうとお比べになって。あの方の方が良いし、僕の全てだというのに嫉妬していらっしゃるようで、本当に困ってしまいます」
くすくす笑うエルフィン。
もしかしたならエルフィンは、シズに軽蔑されたかったのかもしれない。
友達をこんな場所に連れ去って、あまつさえ彼の恋人を危険に曝して。
でも、エルフィンには初めから何もないのだ。
エルフィンの全てが自分のものではないのだ。
何一つ、本当の自由なんてないのだ、それこそシズ以上に自分には何もない。
奪われたままといえばそれまでだが、エルフィンはそういう存在だ。
そこで、食べる手を止めたシズが真っ直ぐにエルフィンを見据えた。
その瞳と表情と美しさと……威圧感にエルフィンは悲鳴を上げる事もできずに固まってしまう。
怖い怖い怖い怖い。
狂うような恐怖が体を支配して、微動だにできない。
そこで……シズがしまったという顔をして、すまなそうな表情をする。
「帰ろう、エルフィン。皆のいる場所へ」
シズが愛称でなく名前を呼ぶとエルフィンは一瞬何を言われているのか分らなかった。
けれどそれは、エルフィンだけでなくシズを含めた全てが幸せになるためには必要な事だった。
相変わらず歪に絡まり、黒々とした気配がエルフィンをがんじがらめにしているのがシズには分る。
けれどエルフィンは先ほどのような惑わす美しさを放ちながら、
「無理です。それに僕はここが良い」
「その人は、小物であり、追い落とされる王なのに?」
「シズ! 言って良い事と悪い事が……」
「事実だよ。蜜月はそう長くないよ、エル。それに、エルは自分から手を伸ばして欲しい物を捕まえたくないの?」
あえてオルウェルの名前をださないシズ。
エルフィンの立場では、ここではその名前を口に事すら許されないとシズは気づいたから。
それにエルフィンはようやく、その表情を崩して……代わりに泣き出した。
「だって、もう無理です。僕は初めから何も手に入れられない、奪われるだけなんです」
「そんな事ないよ。エルが望めば何時だって、エルの望むものが手に入るよ」
「……想いだけでは、どうにもならないんです。だから、これが良いんです」
諦めたのだと力なく笑うエルフィン。
それを見ながら、シズは強情だなと嘆息して、
「エル、分った」
「分っていただけましたか」
「後で迎えにいくから、そうしたら一緒に帰ろうね」
「……ですから……」
「それに、せっかく学園に受かったのに、授業を休むと授業料が……」
「もう戻る事もありませんし、ここで反抗しても……」
「じゃあここを更地にすれば良いのかな」
「……」
「……」
「流石にそれはまずいと思うんです。やりすぎです」
「でも出来るよ?」
「……」
「……」
「……とりあえず、下手な事をしないでくださいね。現にシズは捕まる程度に無防備なんですから。下手をすると意識のない状態にされてしまうかもしれませんよ?」
「……分った。じゃあまた後で迎えに行くから」
「シズ……」
エルフィンはどうして分ってくれないんだろうと困ってしまう。そもそも、
「僕は予知の神子です。ここ以外に居場所なんて、ないんですよ?」
そう、シズに告げたのだった。
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「なんで? 予知の神子だからここにしか居場所がないの?」
シズは首をかしげる。
それにエルフィンは、そこからお話しないといけないんですねと少し考えてから……ここでシズも同じように“飼われる”とはいえ、このシズならば本当に逃げ出してしまうかもしれない。
なので、話す内容は少しだけにするとエルフィンは決める。
「予知は……普通の人間が持っているのではありません。この力の元は、“血”によるのです」
「“血”?」
「ええ……“破壊の神”の」
その答えにシズはじっとエルフィンを見て、何かを言おうとして止める。代わりに、
「“破壊の神”の血を引いているからってエルはエルでしょう?」
「……ここは神殿ですから、神を崇める場所ですから、ここは自然とそういった血を引くものが集められるのです。僕もそれで、孤児院にいたのですがこちらに連れてこられました」
「そうなんだ……」
「もともとそういった力も使えましたから。そして、力を持つといっても、それ故にここで囲われないといけないのです。僕達のとりえは、それだけですから」
「そんな事ないよ」
「そうですね、ちなみに神々の血を引くものは特に美形が多いそうです。その影響を僕は受けている、だから、僕は寵愛されているのです」
「エル……」
「そしてその予知をどれだけ取り込むかで、力関係が変わってくるのです。そして僕を寵愛している方が、ここで一番力を持っている。大きな勢力である“神殿”の長老の中でも一番恐ろしい……」
「でも、その人はもうそう長くないよ?」
そこでエルフィンはさあっと顔を青ざめさせて、
「止めて下さい! 誰が聞いているか分らないのですよ!」
「エル、帰ろうよ。ここは良くない」
「ですから、僕も……そしてシズも、もうここから逃げられないのです。シズ、貴方には力があります、僕と違って。それもどうやら予知を壊す以外の何かがあるようです。それが……長老の目に留まってしまったのですが」
俯くエルフィン。
シズは自分は普通であったはずなのに、普通であろうとしたはずなのに気づかれてしまったのだと、自身の失敗を認める。
フィエンドに会えて嬉しすぎて、取り繕うのを失敗したのかと思って、それから……それがフィエンドにまで及ばないかを不安に思っていると、エルフィンが優しげに、
「それにシズ、すぐにフィエンドもこちらに来ることになります。彼もまたこちら側の人間だそうですから」
「……フィンに手を出すの?」
「……そうなりますね。不安ですか? 確かに彼の家は神殿と仲が悪いですが、大切に扱われると……」
「フィンに手出しはさせないよ? フィンは、僕が守る」
シズがまっすぐにエルフィンを見る。そこに意思の強さと、それによる不安を感じたエルフィンは、
「シズ、一体どうする気ですか?」
「とりあえずここを更地にしておくのが確実かなって」
シズがにっこりと無邪気に告げる。
だが、その笑顔の先に燃えさかる神殿が見えた気がして、エルフィンは冷や汗をたらす。
そしてシズが立ち上がり、
「よーしそうと決まれば早速……」
「止めて下さいシズ! そんな事をしては……」
焦るエルフィンがシズを止めようとする。そんなエルフィンに、
「エルフィンは何処にだっていけるよ。そして欲しいものは手に入る」
「シズ、そんなのは気休めです」
「……どうしてエルフィンはそんなに自信がないの? 何時だって……」
「だって僕には、僕のものは何一つとしてないのに。全部奪われて、何もないのに」
「なら奪い返せば良い。といっても、僕は……エルフィンの心のありようだと思うけれど」
「そんなに簡単ではないのです!」
「……エルフィンを奪って良いのは、ただ一人だよ?」
「シズ! もうこれ以上言わないでください! 僕は……」
声を荒げるエルフィンをシズは見つめる。
エルフィンは強くて、けれどとても脆い。
その弱さを埋められるのは、きっとただ一人だけ。
そう思ってシズはエルフィンに声をかけようとして、そこでエルフィンは誰かに呼ばれて……すぐにシズの元に戻ってくると、
「シズ、オルトネイ様がお呼びです」
「それはここの偉い人?」
「そうです。いいですか? 先ほどのような事をもう言ってはいけませんからね?」
「……心配ありがとう、エル」
にこっと笑うシズに、エルフィンは不安を覚える。
けれど、王者であるオルトネイを前にして、暗殺者すらもひと睨みされれば震え上がり動けなくなるようなあの方に逆らえるはずがないとエルフィンは思い、シズをその牢から連れ出したのだった。
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「エル、こんなに着飾る必要があるの?」
「……命令ですから」
そうシズに答えるエルフィンは不安を覚える。
シズには手を出さないはずだ。
なのに、こんなに着飾らせてどうするつもりなのだろうとエルフィンは不安を覚える。
かの方の性癖を熟知しているからこそ、エルフィンは不安を覚えざるおえないのだ。
ここに囲われてしまうのは仕方がないし、本当のところエルフィンはシズという友人がこちらにいるのは嬉しい部分もある。
そして結果としてフィエンドが来るのだから、シズはフィエンドと一緒にいられるのだ。
貴族や平民といった溝に翻弄される事も無く。
「……言い訳ですね、僕の」
「? どうしたの? フィン」
「いえ、友達なんていなくても平気だったのに……シズに嫌われたくないなって」
「本当! 嬉しいな」
「……本気ですか?」
「うん。都市には凄く綺麗な神子がいるって聞いていたけれど、そんな神子であるエルフィンが友達でいたいって言ってくれたのは嬉しいよ?」
「シズ……今だけはこの見かけに感謝、ですね」
うんうんと一人頷くエルフィン。
そして二人の会話に案内役の少年と兵は、何処か毒気を抜かれたような雰囲気になっていた。
一応逃げ出そうとしたならば足を切りつけるよう兵は指示を出されていたので、この見目麗しい少年達がそんなそぶりを見せない事に彼らはほっとしていた。
やがて大きな部屋の扉の前に連れてこられて、軽くドアを叩くと声がする。
「行きましょう、シズ」
「うん」
ふわりと妖艶に、これまで見たこともないような蕩かす微笑をエルフィンは作り上げてみせるも、シズはこれまでと代わらない柔らかな日差しのような微笑をエルフィンに見せる。
それに一瞬エルフィンは表情を崩し、何処か呆然としたような、悲しげな表情をするもすぐに作り上げたものに変わる。
中にいたのは老人と、護衛の兵が数人だった。
その老人は、品定めをするようにシズを見て、
「……私のエルフィンの方が美しいな」
「エルフィンはお前のものじゃない」
ざくっと攻撃的な声音でシズが言い返して、エルフィンが焦る。
「シズ、この方は……」
「エル、エルは……エル自身だけのものだよ? 誰のものでもない。そして、あげたいと思う相手に、エルは上げれば良い」
「シズ、止めて下さい、僕は本当にオルトネイ様を愛しています」
「……分った、僕はあの人と話をする」
「止めて下さい! シズ!」
そうシズを宥めようとするエルフィン。
そんなエルフィンを見た事の無かったオルトネイは目を細めて、先ほどのシズの言った言葉を思い出して、にやりと気色の悪い笑みを浮かべる。
「面白いな、お前は……さすがというべきか」
「お前じゃない。僕にはシズという名があります」
「本当の名前ではないのに?」
「僕の名前はそれです」
そう答えてシズは、真っ直ぐにオルトネイを見据えた。
物怖じしない性質なのだろうかと思いながら、それは無知なのだとオルトネイは嗤い、
「そうか。だが、エルフィンは私のものだ。私の“姫”だ」
「エルフィンは違う、そして僕の親友です!」
「ほう……そうなのか? エルフィン」
その問いかけにエルフィンはびくりと肩を震わせる。
こんな時オルトネイは何時だってエルフィンに無体な事を強いてきた。
けれど、嘘をつく事はエルフィンには出来ず、
「はい。シズは僕の、親友です」
「そうか。そしてお前は私のものだな? 私のいう事を何でも聞く、愛でられる存在だ」
「はい」
それにシズは何かを言おうとして……そこで、部屋のドアが大きく叩かれて、
「オルトネイ様! 内密にお話が!」
「今取り込み中だ! 下がれ」
「それが……2柱の内のお一方が……」
「なんだと……分った、すぐに行く」
オルトネイは立ち上がり、そしてエルフィン達に目をやり、
「……シズは再び牢屋に閉じ込めておけ。そして、エルフィンは後で私の所に来るように」
「はい」
人形のように頷くエルフィンに、満足したようにオルトネイは部屋を出て行く。
後に残されたシズとエルフィンはといえば、
「うう、助かった。エルフィン?」
「シズ……僕がどれだけ肝を冷やしたと思っているんですか! そんなシズにはお仕置きです!」
「ま、待って……エルフィン?」
そこでぎゅうとシズがエルフィンに抱きつく。
その肩が小刻みに震えていて、だから、シズはエルフィンの背中を優しく撫ぜながら、
「大丈夫だから」
けれどそれには答えないエルフィン。
そんな弱りきったエルフィンを見ながら、シズは、エルフィンを連れて必ずあの場所に戻ると決めたのだった。
。" ゜☆,。・:*:・゜★+★,。・:*:・☆゜"
シズが連れ攫われたと聞いた時のフィエンドは、思いの他大人しいようにオルウェルは思った。
すぐに指示を出して情報集めをして、オルウェル自身もエルフィンの動向も含めて探っていったが。
「……エルフィンは、“神殿”に戻ったらしい」
そう告げたフィエンドの言葉に一瞬オルウェルは、何を言われたか分らなかった。
「馬鹿な、そんなはずは……」
「事実だ。受け止めろ」
淡々と告げられるフィエンドの声に、オルウェルは掴みかかって嘘だ!と叫びたい衝動に駆られた。
あれほど幸せそうで、嬉々としてエルフィンはオルウェルを攻め立てたというのに。
確かに無体な事を要求するなと思っていたが、それはオルウェルに心を開いてくれたのだと思っていた。
現にオルウェルを求めるように懐いてきて。
それがオルウェルには嬉しくてたまらなくて。
あの時から……別れをずっとエルフィンは分っていて、だから、ああいう風にオルウェルを求めたと?。
捨てたくせに今更拾って奪いにきたというのか? 神殿は。
苛立ちが募るオルウェル。そして同じように奪われた立場だというのに、フィエンドには動揺の欠片も見えない。
そう思いながらオルウェルは改めてフィエンドの様子を見る。
フィエンドの瞳も表情もまったく動じることなく……恐ろしいほどに平静で冷徹な表情、否、無感情な表情をしていた。
それこそ、シズが来る前のフィエンドであったかのように。
そう、シズが来る前はこんな風に恐ろしく理性的で平静なで無感情な男だったとオルウェルは思い出す。
そして情報もオルウェルよりも遥かに早い。
けれどその情報の集め方に処理に指示……その手際の良さは、明らかにオルウェルよりも上だ。
その格の違いにオルウェルは舌打ちをしたくなりながらも、こんな時でも取り乱さないフィエンドに微かな安堵をオルウェルは覚える。
悔しいが、頼もしいと思えるだけの人間だとはオルウェルも思う。
特にフィエンドはあれだけシズを溺愛していたのだ。
シズを中心に世界が回っていたといって良いほど、あまり他のものに関心を示さない
そこで、フィエンドが口を開いた。
「エルフィンは、確かに予知をはずして追い落とされるようにここに来たが、以前、他の神子か予知を外した事で痛み分けといった話になったらしい。そして、現在寵愛されている長老の元に身を寄せているそうだ」
「……諦めていなかったのか?」
「エルフィンに執着しているらしい。あの美貌に才知……人を惑わすには十分だと、お前も知っているだろう?」
それにオルウェルは答えられなかった。
確かにフィエンドの言うとおり、エルフィンは魔性だ。
けれど確かに見かけに一目惚れしたオルウェルが言うのもなんではあるが、エルフィンの中身にオルウェルはほれ込んでしまっていた。
一見意地っ張りで女王様気質の中に寂しさをにじませて……ああみえて、エルフィンは孤独だったようだった。
それを埋める事が出来たならと思っていたのも、オルウェルにとっては事実だ。
心までオルウェルで埋め尽くしてしまえばもうエルフィンは何処にも行かないような気持ちになれたから。
けれどこのざまを見ればそれが錯覚だと分る。
ここにもうエルフィンはいないのだから。と、
「そしてエルフィンはシズを連れて行ったらしい」
その言葉にオルウェルは冷水を浴びせられたように、はっと鬱々とした感覚から引き戻されてフィエンドを見た。
フィエンドに責めるような表情は見当たらない。けれど、
「……エルフィンを、見殺しにすると?」
「いや現時点では俺の同室者でもある。シズを連れて行かれたのも俺の監視が不十分だからだ」
「……私が言うのもなんではあるが、お前だって出来る限り人をつけたし、あの学園長も人を付けたのだろう? それを出し抜かれた」
「出し抜かれた時点でその意味はない。俺が甘かった、それだけだ」
言い切ってしまうフィエンド。
けれどその顔には何の表情も浮かんでいない。
確かに結果論だけ見ればそうだが、それを冷静に見つめているあたり、このフィエンドという男は侮れない恐ろしさがあると、オルウェルは思う。
だがこれだけ強かに物事を考えられるのならば、誰がどう見ても溺愛していたシズを連れ攫われたとしても狂うことがないから安心だとオルウェルは思っていると、そこでフィエンドが立ち上がった。
「……出かけてくる」
その散歩をしてくるような言い回しに、頭を冷やしたいのか、それとも誰かと接触するのかと思いながらも、オルウェルは虫の知らせのような不安を感じて、
「まだ情報が足りないのか? こちらでも……」
「神殿を更地にしてくる」
「……」
「……」
「落ち着け、フィエンド。流石にそれはまずい」
「何がだ? ああ、エルフィンは連れてくるから安心しろ。俺の同室者だしシズの仲の良い友達だからな。安心しろ」
「安心できない! そんな事をすれば……」
「すれば、なんだ? 逆らうものは押さえつけ、踏みにじれば良い。シズに手を出すものは許さない」
淡々と告げるフィエンドに、冗談を言っているのだろうという期待をオルウェルは持っていた。
けれどそんな人間でないことは、オルウェル自身が一番よく知っているはずだった。
そしてここでフィエンドを止めなければならないとオルウェルは思う。
確かに神殿は敵ではあるが、あまりにも規模が大きすぎる。
そして神殿は、ここ暫く見かけないとはいえ、神々の仮住まいでもあり崇める場所である人々の心のよりどころでもある。
それを……更地にしたらどうなるか。
というか一人で更地で出来るのかと妙な事をオルウェルは考えて、フィエンドならやりかねないと瞬時に思ってから、
「待て、落ち着け、フィエンド。今時分が何を言っているのかもう一度復唱してくれ」
「シズを攫った神殿を更地にして、シズとエルフィンを連れ帰る」
「……分った、お前が平静でないのが分った。まずは落ち着くまで椅子に座るんだ。おい、お茶か何かをもってこい」
そのオルウェルの指示に顔を真っ青にした取り巻きが、焦ったようにお茶を入れに走っていく。
けれどそれを見送りながら、
「……神殿にシズがいて、あの好色ジジイ共に手を出されたらと思うと……ああ、やはり今すぐ」
「待て、待つんだ。それにシズは平凡だ。お前の色眼鏡に惑わされるな」
「シズは綺麗だ。とても美しくて可愛くて、鮮やかな日差しのようなシズが……あんな薄汚い連中に穢されるなんて俺は耐えられない」
「落ち着け。落ち着くんだ」
そうなだめながらも相変わらず表情がフィエンドは変わらず、気持ちが読み取れない。
そこでオルウェルはある可能性に気づいた。つまり、フィエンドは怒りすぎて無表情になっているのではないかと。
こんなのを抑えるのは私だけでは荷が重いぞと思っていると、そこで一人の人物が姿を現した。
「シズがいなくなってフィンが寂しいだろうからお兄ちゃんが来たぞ!」
そこに現れたのは、フィエンドの兄であるリードだった。
フィエンドを大人にさせたような彼に、フィエンドは面倒な人が来たとここで初めて少し嫌そうな顔をして、
「……リード兄さん何か用ですか?」
「フィンが無茶しないように、ね。兄のクロウは別件で忙しいからね、私がここにいる事はアースレイ学園長の許可も取っている。そして後の指示はこれから私が出すからフィンはゆっくりしていなさい」
「……俺に聞かせたくない話があるのですか?」
「シズがらみではないが、そうだね。だから良い子にしていると良い、いいね」
有無を言わせぬように告げるリード。けれどそこでフィエンドは抵抗するように、
「でも、リード兄さん!」
「これは父様の命令でもあるからね。それに今回は優しいフィンには荷が重いかもしれないからね」
「俺は、優しい人間ではありません!」
「わかったわかった。だが、フィエンドにはここにいてもらう。そして私もここにいさせてもらう。かまわないね? オルウェル君」
名指しで言われ、オルウェルは、即座に頷く。
このフィエンドを押さえるのは一人では難しかったので好都合ではあったのだが、
「……オルウェル、覚えていろ」
「逆恨みは止めてくれないか? 冷静でないお前は、私にとっても不都合だ。私だって、エルフィンがいなくなって……取り戻したいと思っているのだから」
「……何もしないでいては気が狂いそうだ。ゲームの相手でもしろ。どうせ今は暇なのだろうオルウェル」
「分った」
これならば、暫くフィエンドを留めておけるし、気をそらせて、かつ勝てるかもしれないという所までオルウェルは計算する。
それにそうしていればオルウェルもまたエルフィンが何故自分の元を自ら離れたのかと悩まなくて済むから都合が良かった。
そうやってオルウェルが仕掛けるとはいえ、競い合う二人を見てリードもフィエンドが思いとどまってくれてほっとしている。
神殿の要求に、フィエンドも含まれていたのだから今回こうなったのだから。
けれどそれをフィエンドにはまだ言うつもりのないリードは、弟の様子を見る。
随分と落ち込んでいるのが分り、嘆息する。
それほどまでにシズという少年が大事なら、“かごの鳥”にでもしておいた方が良いのではと思いながら、それを一番望まないのは、シズを求めるフィエンド自身なのだと考えて……今はその話はおいておこうとリード思う。
今は、フィエンドを守り、暴走を食い止める事の方が先決だった。
フィエンドにはそれだけの力が、“血”も含めてあるのだから。
そうやって、フィエンド側がリードによって治められた頃、シズは再び牢屋へと放り込まれていたのだった。




