オルタビア:管理センター:螺旋階段
非常階段というのは名ばかりで、その見た目は普通の階段だと錯覚してしまうほどだった。壁面は完全に密閉されていて、よくある非常用の外階段とは天と地の差だった。階段の外壁はコンクリートや金属ではない更に強度な物質が使われ、情報棟内と同じカラーリングで統一されていた。手すりや段差も精密に整えられ、劣化や歪みの兆候はどこにもなかった。
そして――明かり。階段の縁に沿って設置されたライン照明が、途切れることなく連なっている。その光は常に安定しており、明滅もノイズもなかった。ただ規則正しく、この空間を照らし続けていた。
「……情報棟は非常階段さえもこの出来なのか」
「ここまで状態がいいとは想定してませんでした。外部環境の影響をほとんど受けていない閉鎖区画のため、ここまで維持ができた可能性があります。また、内部の維持機構が現在も機能している可能性が高いです」
階段へ一歩、足を踏み入れると足元から乾いた音が、鳴った。その音は少し反響した後、すぐに消えていった。
「防音壁だったのか…」
「防音、もしくは音響制御構造の可能性がありますね」
背後で、扉がぱたりと静かに閉じる。外との繋がりが、完全に断たれた。振り返ることはしなかった。ここから先は、もう『外の都市』ではない。今の常識が通用していない過去が残っている場所。
螺旋階段はエレベーターホールを囲むように作られているため下は見渡せずただ長い通路が永遠に続いているように思えてしまう。
「これをずっと降り続けるのか?」
「現状では、このルートが最も安全かつ最速です。他の経路――例えば外壁を伝っての降下も理論上は可能ですが、気象条件と構造劣化を考慮すると推奨できません」
「やめておくことにするよ。このまま降り続ける」
短くそう言い、再び足を動かす。階段は、どの階層においても変わらなかった。
同じ角度、同じ段差、同じ幅。縁に走る光のラインも、寸分違わず一定の間隔で配置されている。
違っているのは、階層を降りていっているというあいまいな確信だけだった。それすら、いつしか意識の外へと押し出されていった。
「……景色に一切変化がないな。あまりに殺風景で単調すぎる」
「この階段は情報棟の中央軸に配置されています。そのため構造上、このようになってしまった可能性があります」
「これも情報を守るための方法なのか……」
小さく繰り返す。確かに理にかなっている。だが、人は同じような場所を歩き続けることは出来ない。
「ここをずっと歩いていたら、いつか発狂してしまうかもな」
苦笑混じりにそう呟いた。だがその言葉は、冗談として完全に割り切れるものでもなかった。
一段、また一段と下りていく。景色は変わらない。どれだけ進んでも、同じ景色が続く。視界に入る情報は一定で、変化がない。だからこそ、どれだけ進んだのか。どれだけ経ったのか…感覚がすべて曖昧になっていった。
いつから下り始めたのか。今どれだけの距離を進んだのか。考えようとすると、逆に分からなくなる。ただ、足を動かしているという事実だけが、かろうじて前進していることを示す証明だった。
「Alpha、今何階なんだ?」
「推定で780F付近です。誤差は±3フロアです」
「……まだそんなもんか」
思わず、息が漏れる。数字として見れば確かに進んでいる。だが体感としては、ほとんど変わっていない。そしてまだ同じかそれ以上の階層が待っていた。ここまでくるともう300フロア近くの階層を降りていたことに驚きを覚えたほどだった。
「Alpha、ここで少し休憩いていいか」
「了解しました」
階段を降りる足を止め、壁に背を預ける。そのまま、ゆっくりと体を滑らせて座り込む。壁の感触は冷たい。だが、その壁は外気に触れてないせいかそこまで冷えていなかった。汗をかいているはずなのに、不快感が少ない。
「……環境まで別世界なのか」
誰にともなく呟く。呼吸を整えながら、視線を前へ向ける。同じ階段、同じ光、同じ構造。それが、上にも下にも続いている。どちらの方向にも終わりは見えなかった。
ここからのルートを再確認するために視界にルートを表示させる。ホログラムの経路は、相変わらず階段をなぞり続けていた。
だが――ある一点で、明確に変化がある。
階段から外れ、横方向へ。
「……ここか」
そのフロアで、ルートは初めて入口のフロアと螺旋階段以外の場所に出た。そこから先は、複数の通路を経由しながら、目的地へと収束していた。
「もう少しで、この単調な階段とも終わりか」
「はい。推定到達まで、残り約230フロアです」
「……全然少しって距離じゃないな」
苦く笑い、立ち上がる。足の感覚を確かめるように、一歩踏み出す。わずかに重い。だが、アシストシューズは歩き始めるのをスタートするかのように動いていた。




