サステル:『PG-01 PowerGrid MK-2』
都市区画の喧騒が徐々に遠ざかる。代わりに聞こえてくるのは、変圧器の低い駆動音と、風力発電機の回転音だけだった。
研究棟へ戻ると、中から金属音が聞こえてきた。場所を動くことなく祐はまだ作業を続けていた。机の周囲には工具と分解されたパーツが散乱していた。モニターには複数の制御画面が開かれ、コードが高速で流れていた。
俺が戻ってきたことに気付くと、祐はようやく手を止める。
「調整終わったぞ」
そう言いながら、机の上に置かれていたアシストシューズを軽く叩いた。
「これで多少狂った地形でも走破できるはずだ。ただし――」
祐は真剣な顔になる。
「バッテリー管理だけは絶対にミスるな。こいつらは優秀な代わりに、電力を笑えないレベルで食う。ここでも追加を買ったんだろうが、それでもリソース管理は怠るな」
俺は差し出されたシューズを受け取る。見た目はほとんど変わっていない。だが、内部構造は別物になっているのが分かった。微かに増えた重量。内部から伝わる低い振動。昨日までの靴とは明らかに違う。
「NL-01 Reflex Linkで神経反応をアシストしてくれる。AX-03 GravShiftは二重分散や、数秒なら重力変更を行える」
祐は説明を続ける。
「普通ならパワードスーツ無しの人体側が先に耐えられなくなるが……お前の場合はAlphaの補助制御がある。理論上は、相当無茶な機動でも何とか生きれるように制御できるはずだ」
「理論上、か」
「そもそも、安全性を実証しきれていない研究段階のモジュールたちだ。そんなモジュールの安全性を担保できてたまるか」
祐は苦笑した。
「まあ、俺が少し改造も加えてる。扱いは多少難しくなってるが、性能は保証する」
そして少しだけ視線を落とす。
「……こんだけやったんだ。絶対に死ぬなよ」
「ああ」
俺は短く頷いた。
「そんなこと分かってる」
そう言いながら、バックパックの奥へ手を入れる。そして、保護ケースに入れていたモジュールを取り出した。元々、祐に渡すつもりで使わず取っておいたモジュールだ。俺自身には使い道は無い。だが――この都市には必要なものだ。
「俺からは、これを…」
ケースを机へ置く。ケースの金属音が机に響いた。
「オルタビアの管理センターで見つけた。俺には使えないが都市維持には役立つはずだ」
祐はそのケースへ手を伸ばした。だが、中身を見た瞬間――その動きが止まる。
「……おい」
祐の声がわずかに掠れる。彼はまるで壊れ物を扱うように、ゆっくりとモジュールを持ち上げた。震える指先で、表面のシリアルコードをなぞる。
「これ……まさか……」
祐は目を見開いた。そこに記されているのは『PG-01 PowerGrid MK-2』という印字だった。
『PG-01 PowerGrid MK-2』
それは最高性能を誇る電力制御用追加チップ。崩壊した今ではほぼ現存しない超高性能制御モジュールだった。
「壮士、お前……これが何か、本当に分かって持ってきたのか?」
「一応な。俺だって、科学者だ。モジュールの詳細は分からなくとも概要くらいは把握している。それにAlphaがいるしな」
祐はしばらく言葉を失っていた。やがて、ゆっくりと息を吐く。
「これがあれば……風力発電側からの電力ロスを半分以下まで抑えられる」
祐の声が、少しずつ熱を帯びていく。
「今のサステルはな、発電量そのものより制御効率が限界だったんだ。発電できても送電がキャパオーバー…昔の送電網は断線して使い物にならなかった。負荷分散も限界寸前だ。だから常にどこかを切り捨てながらギリギリで運営してる」
祐はモジュールを握り締める。
「居住区の暖房を優先すれば工業区画が止まる。浄水設備を安定させれば研究棟側が落ちる。そんな綱渡りをここ数年ずっと続けてた」
その言葉には疲労が滲んでいた。数年間。俺が旅を始めて移動をし始めているあの頃から…この男は一人で、この街の電力網を延命し続けてきたのだ。
「ほんとはな……」
祐は俯いたまま、小さく呟く。
「この都市を維持するのは、あと四か月が限界だった」
部屋の空気が静まる。
「全部もう限界だったんだよ。発電機も、送電網も、変圧器も。修理して、バイパス通して、流用して……それでももう保たなかった。電線はどうにかすることができる。だけど、制御モジュールが死にかけていることに気付いたんだ」
祐は乾いた笑いを漏らした。
「ここ最近は毎日、今日はどこを止めるかだけを考えてた」
その言葉はあまりにも重かった。都市を維持するというのは、こういうことなのだ。何を生かして、何を切り捨てるか。それを毎日選び続けること。それもたった一人で…
祐は再びモジュールを見る。その目には、研究者としての光が戻っていた。
「だが……これがあれば違う」
祐は静かに言う。
「送電制御を組み直せる。電力損失を抑えられる。核融合プラント側の不安定な出力も再制御できるはずだ。すべてのバランスをこいつが調整してくれる」
少しずつ、祐の声に実感が混じっていく。
「サステルは、まだ生き延びられる」
そして、ほんの少しだけ笑った。
「……相変わらずだな、お前は」
その声は震えていた。
「自分はボロボロの装備で死地へ向かおうとしてるくせに、人にはこんなもん置いていく」
祐はモジュールを大事そうに机へ置く。
「今日初めて来た街のために、そこまでする奴なんて普通いねえよ」
そして真っ直ぐこちらを見る。
「俺が命に代えても、この街は維持してみせる」
その言葉に迷いは無かった。研究者としてではない。それはこの街を支える技術者としての覚悟だった。だがその外側には、これまでと同じように廃れた都市があった…




