第1話―③ 戦後を生き延びた者の怒り
斎藤は、長崎で原爆投下を体験した。
それ以前には、化学・生物兵器の研究開発の過程で、731部隊や101部隊が、同じアジアの人々に対して行ってきた
凄惨な人体実験を、この目で見てきた。
さらに、大刀洗基地で、特攻要員として送り出される、まだ幼い少年兵たちに教官として接してきた畑中少尉の姿も、
忘れることができなかった。
操縦の基礎訓練だけを施され、オンボロ飛行機に五百キロ爆弾を抱え、
尊い一命を賭して飛び立っていった若者たち。
その背中を見送りながら、上官たちは、「俺たちも、必ずお前らの後に続く!」
と叫んでいたはずだった。
だが、戦争が終わった今、そう叫んでいた男たちは、何事もなかったかのような顔で戦後を生き延び、
のうのうと暮らしている。
その現実を見聞きするたび、斎藤は心の底から怒りを覚えずにはいられなかった。
生き残った朝
久しぶりに暖かな布団で熟睡した翌朝。
家も、家族も失ったという事実を、斎藤はようやく冷静に受け止め、これからのことを考え始めていた。
朝食の雑炊を食べ終えたとき、奥野が口を開いた。
「和ちゃん、お前これからどうする?職を探すにしても、こんな状況じゃ、
そう簡単には見つからんぞ。おまけに片肺で、足も不自由なんだから……
余計に難しい」
確かに、徴兵前は一応名の通った銀行で為替を担当し、英語も多少はできた。
だが、その銀行自体、戦後の混乱で機能を取り戻している様子はなく、不安の方が大きかった。
「そうだな……忠雄の言う通りかもしれん。だが、食うだけなら、何とかなるような気もするが……」
奥野は、斎藤の顔をじっと見つめて言った。「和ちゃんは、確か銀行員だったよな?」
次回予告
「銀行員だった過去」それは、斎藤にとって“沈黙”を選ぶ理由にも、
“告発”へ向かう武器にもなり得るものだった。




