第15話 斎藤なりの「守り方」 ――善意は、罪になりうるか――
囚人の監視役を務めていたのは、斎藤和男中尉だった。
誠実で、融通が利かないほど真面目な男。彼は、西村少佐に進言した。
「力で抑え込むのではなく…… 自由時間を与え、 “生きる希望”を持たせるべきです」
西村少佐は、斎藤の性格をよく見抜いていた。そこで監視役は、斎藤に一任された。
斎藤の管理
それ以来――囚人たちは、雨の日を除き、午前と午後の2回、外へ出されるようになった。
体操のあと、小さな池——鯛尾池のほとりで、2時間ほど、自由に過ごすことが許された。
監視は、銃を携えた兵士6名。
だが斎藤は、囚人と兵士の会話すら、制限しなかった。
やがて、紅葉が山を染める頃。不思議な連帯感が、その場に生まれていた。
脱走は、なくなった。
斎藤の評価は、部隊内で、さらに高まっていった。
「土産」
冬支度のため、部隊は12月までに、大量の食糧を搬入していた。
ある日。遠征から戻ったトラックに、日本人女性が4名、同乗していた。
斎藤が問いただすと、天野少尉は、耳元で笑いながら囁いた。
「上官殿への“土産”ですよ」 意味は、あまりにも明白だった。
翌年4月。
夕刻の警備中、斎藤の耳に、鋭い叫び声が飛び込んできた。
「オンマ! トワジュセヨ!」――お母さん、助けて!
駆けつけた先にいたのは、12歳の少女。李成鎮一家の末娘だった。
少女は地面に押し倒され、身体を小刻みに震わせている。相手は、崎山上等兵。
斎藤は、怒鳴った「やめろ!」
崎山は、薄ら笑いを浮かべて言った。「向こうが、誘ってきたんですよ」
そう言い残し、何事もなかったかのように立ち去った。
斎藤は、覚えたての朝鮮語で、少女に言った。「もう、大丈夫だ」、「安心しなさい」
少女は、何度も、何度も、「ありがとうございます」と繰り返した。
斎藤は、静かに告げた。「このことは…… 誰にも言ってはいけない。 母親にも、だ」
そして、部下たちにも命じた。「今、見たことは、忘れろ」それが――彼にできる、唯一の「守り方」だった。
次回 「守れた命と、守れなかった真実」
善意の沈黙は、やがて――取り返しのつかない“罪”へと姿を変える。




