Episode13 真意(前編)
チュンチュンと、愛らしい小鳥の鳴き声が聞こえた。
エリサは楽し気に歌う小鳥と陽気な日の光にうんざりするように、寝そべっていたベッドの上で身を縮こませた。
「……もう、あさ……?」
結局ろくに寝られなかった……。
ぽつりと呟き、顔を上げたエリサはぼんやりとした寝ぼけまなこを手の甲で擦った。
昨晩、チェレス殿下とオリヴィアの会話を聞いてしまったエリサは自室に戻った後、結局抱えていた本を読む気になれず悶々とした気持ちで床に就いたのだ。
だが頭に思い浮かぶのは彼らの話、態度。
エリサには理解できない言葉の数々と、それでもなお伝わる、彼らが何らかの目的で動いているという事実。
考える事、分からない事ばかりでエリサは気が滅入りそうになりながらも向き合おうと足掻く。
チェレス殿下とオリヴィアはどういう関係なのか。父に続いて母という存在。そして、チェレス殿下は本当にエリサのことが好きで求婚してきたのか。
昨夜の話からエリサはチェレス殿下が何らかの目的があって動いているということが分かった。
だが、その詳細をエリサはまだ知らない。彼女とは誰を指すのか。
その答えを、エリサはどうしてだか自分自身のことではないかと感じていた。
オリヴィアが側に居る人間と言えばエリサ、シア、ミア、リアの三姉妹と料理長のジーノくらいだ。
彼らを、監視する必要性などあるのだろうか。
『――君に惹かれたんだ。他の誰でもない、君ひとりに。君じゃなければ、誰と結婚しようが意味がない』
あの日、父を師事する奴らに襲撃された次の日にチェレス殿下がエリサに対して言った言葉が揺れ動く。
あの時のチェレス殿下の目は嘘を吐いているようには見えなかった。
でも、もしそれが別の意味があって結婚という選択をチェレス殿下がしているのであれば……?
ないない、そんなわけない、とエリサは首を横に振った。
だってエリサはただの伯爵令嬢だ。おひとり様令嬢なんてあだ名は付いているものの、王家から守られるほど、監視されるほどの重要な立場の人間ではない。
でも、それじゃあチェレス殿下は一体何を目的に動いているのだろう。
昨夜立ち聞いてしまった話はエリサとは無関係の公務の話だったのだろうか。
だが、それだとしても疑問が残る。ならなぜオリヴィアに『彼女の監視と改ざんしたデータを送れ』なんて指示を出したのか。
答えのでない悶々とした感情を抱えながらベッドの上でうずくまったエリサの耳に、淡白なノックが聞こえる。
「――エリサお嬢様。お加減はいかがですか」
「……オリヴィア」
扉の向こうでエリサに声を掛けたオリヴィアに、エリサは身構えた。
昨夜立ち聞いてしまった話のことで頭がいっぱいなエリサはオリヴィアにどんな顔を合わせればいいのか分からなくなっていた。
それでも、無視するというわけにはいかない。
エリサはベッドから降りて身支度をするためのドレッサー付近へと移動する。
「……ごめんなさい。少し眠れなくて……。入っていいわよ」
「はい、失礼します」
静かに扉を開けてエリサの部屋に入ってきたオリヴィアは至っていつも通りだった。
それが、エリサにとってはより疑念を抱かせる。
身支度のためにドレッサーに備え付けてある椅子にエリサは座り、オリヴィアに髪の手入れをしてもらう。
「……珍しいですね、エリサお嬢様が寝不足だなんて」
「そう、なの……。ちょっと考え事をしていて……」
エリサはオリヴィアに昨夜の話を立ち聞いてしまったことを話そうか迷った。
誠実であるべきなら立ち聞いてしまった事を正直に話して謝るべきだろう。その上で事実確認を行うべきだ。
だが、エリサはそれをするのを躊躇った。
他人が話しているのを立ち聞くというのは失礼なことだ。
それもエリサが聞いても分かるほど重要な話だと、それがどれほどのことかエリサは重々承知していた。
だからこそ聞かなかったことにしてエリサ自身も忘れてしまった方がいいのではと考える。
「考え事、ですか?」
「うん、そう。……チェレス殿下のことで」
エリサはオリヴィアの顔色を窺うように顔を上げる。
鏡越しにオリヴィアと目線があう。
「チェレス殿下の事で、ですか……。やはりご結婚のことで悩まれているのですか?」
「それは……」
半分正解で半分は間違いだ。
言葉を濁したエリサにオリヴィアはエリサの髪を梳きながら会話を続ける。
「……王族からの突然の求婚でしたもの。お嬢様が悩まれるのも無理ありません。それに、お嬢様はチェレス殿下に助けられたという借りがありますもの」
「借り、ねぇ……。……ねぇ、オリヴィア。オリヴィアはチェレス殿下のことどう思う?」
「どう、とは?」
オリヴィアが首を傾げる。
エリサは昨夜のことには触れずに、言葉を選んでオリヴィアに問いかける。
「オリヴィアから見て、チェレス殿下はいい人だと思う? 私に求婚してきたのは本当に一目惚れだからだと思う?」
鏡越しにオリヴィアの顔を見つめる。
オリヴィアは感情が読めない表情のまま、淡々とエリサの髪を梳いて一部を結っていく。
「……そうですね。チェレス殿下は悪い人ではないと私は思います。ですが、王族という立場上、そう単純かつ短絡的な考えで動くとは思えません」
オリヴィアの言葉は静かにエリサの胸の中に落ちていった。
王族という立場上、そう単純かつ短絡的な考えでは動かない。それはやはりチェレス殿下がエリサに求婚したのには、別の理由があるということだろうか。
「オリヴィアはどうしてチェレス殿下が私に求婚したと思う? 社交界には滅多に顔を出さない、変なあだ名がついているような私に、どうして大々的に公開プロポーズなんてしたのかしら?」
淡々と編まれて結われていく髪。
片側だけ三つ編みにして右へと結わえた髪に、番紅花を模した髪飾りが差される。
「……それは、私の口からはなんとも……」
どこか戸惑ったような声色のオリヴィアに、エリサは確信した。
オリヴィアは知っているのだろう、チェレス殿下のことをエリサよりも。
その事実にエリサは歯痒いような、悔しいような、落胆したような、言い知れぬ感情を覚えた。
「……エリサお嬢様。一度、チェレス殿下と改めて話し合ってみてはどうでしょう。人が自分の感情と向き合うには、他人に話して言語化することが一番だと聞きます。私では話せないことも、チェレス殿下ならば当人ですし適任だと思います」
「……改めて、話し合う」
エリサはぽつりと呟くようにオリヴィアにそう返した。
確かに、オリヴィアの言う通りひとりで悶々と考えていても堂々巡りするだけだろうし、オリヴィアもまたこれ以上は踏み込めないと音を上げた。
残された道はチェレス殿下と話し合う。それがきっと最善の手なのだろうとエリサも腑に落ちた。
「……わかった、オリヴィア。私、ちゃんとチェレス殿下と向き合ってみる」
そう決めたエリサの言葉に、オリヴィアは静かに頷いたのだった。




