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Episode11 来訪


「――へぇ~。じゃあ殿下って、多趣味なんですね!」

「――まぁそうだね。狩猟に文学、音楽や絵画なんかも一通り」

「――すごいです! 殿下の中で一番楽しかった趣味はあります!? オススメとか!」


 遠くでザッフェラーノ邸の使用人であるシアたちとチェレス殿下の話し声が聞こえる。

 自室で本を読んでいたエリサははぁー、とため息を吐いて本を閉じる。


 チェレス殿下がザッフェラーノ邸に来てからずっとこうだ。

 別に使用人らと話をするなとは思わない。エリサが気になるのはその声の大きさとチェレス殿下の態度だった。

 人当たりがいいと言えば聞こえはいいが、それにしてはいささか気になる点が。


「――そうだなぁ。どの趣味も楽しかったけれど、今は君たちと話していることの方が一番楽しいかな」


 それから、きゃ~、という黄色い悲鳴。

 エリサは思わず眉間を揉んだ。


 チェレス殿下の女の子をたぶらかすような発言の数々。

 それはエリサに対してだけでなく、どうやら方々の女の子に対して行っているようだ。

 誰にもいい顔を出来るということはいいことではあるが、エリサとしては軽薄な男に映る。

 とてもエリサに公開プロポーズをして愛を囁いた男とは思えない言動に、エリサは疑いの目を向けた。

 この間の発言は嘘だったのだろうか。それともエリサと結婚したいためだけの詭弁?

 本当にエリサのことが好きなのだろうか。やっぱり遊ばれているだけ?


 そこまで考えて、エリサはふとあれ? と疑問を覚えた。

 どうして自分はここまでチェレス殿下がエリサに対して向けている愛情を疑っているのだろうか。

 そもそもエリサとしてはあのプロポーズは断ったも同然だ。そしてついこの間、チェレス殿下が負傷した際の言葉に気持ちが揺れてしまい、保留にしてもらっているのが現状だ。

 遊びなら遊びだと割り切れる。不誠実だとは思うが。

 それなのに、どうして自分はこんなにも彼からの愛を疑っているのだろうか。

 そしてもしそれが本当のことだとしたら、エリサとしてはどう思う……?

 不意に思い浮かんだ疑問にエリサは嫌だと思った。

 でも、どうしてだろう?


「――じょう様。エリサお嬢様」


 思いがけずオリヴィアに話しかけられて、エリサはハッとして振り返った。

 

「オリヴィア?」

「申し訳ありません、ノックをして声を掛けたのですがお返事がなかったので」


 オリヴィアは勝手にエリサの自室に足を踏み入れたことを謝罪した。


「大丈夫、気にしてないから。何か用があったんでしょう?」


 エリサの問いにオリヴィアが頷く。


「はい。ザッフェラーノ伯爵からの先触れが先ほど届きまして、今夜じゅうにはこちらに参ると」

「……え? お父様が? どうして?」


 舞踏会前の母の来訪に続いて、急すぎるタイミングで今度は父が来訪するのだという。

 このことにエリサは首を傾げた。一体何事だろう。


「どうしてとおっしゃられましても、先触れにはエリサお嬢様からの手紙を受け取ったためだと書かれていましたが」

「え、手紙?」


 確かにエリサは父であるフランチェスコ・ザッフェラーノ伯爵宛てに手紙を書いていた。

 だがそれはあの日、朝に出そうとして机の上に置いたままだったはずだ。

 水を飲みに階下に降りたエリサは『(ファザー)』などという意味不明な事を言う人たちに襲撃されてしまったのだ。

 その後、チェレス殿下が負傷してしまったり、ここザッフェラーノ邸にエリサを保護する目的で居座ったりして、エリサが例の手紙を出したという記憶はなかった。

 エリサは慌てて机の上に視線を走らせたが、確かにそこに置いてあったはずの手紙がない。

 机の下にも目線を移動させたが、床に落ちているということでもなさそうだ。

 それにそもそも、床に落ちていたらオリヴィアなり誰かがエリサに届けてくれるだろう。スペリメンターレ王国の貴族社会に暮らす使用人はそう教育されているのが一般的だ。


「……お嬢様、出されていないのですか?」

「いや、それは……。ここ最近慌ただしかったから出したかどうかも曖昧なのよね」


 出してないような気もするし、記憶が曖昧なだけで出した様な気もする。

 首を傾げるエリサに、オリヴィアは静かに頷いてエリサに同意をした。


「確かに、ここ最近はチェレスティーノ王太子殿下のことで私どももお嬢様も手一杯でしたから。きっと、お嬢様が慌てて出したものだと思います」

「オリヴィアもそう思う? じゃあ、出したのかなぁ?」


 エリサは半信半疑に頷いた。

 だがいつ出したのか、その記憶は曖昧なままなのだった。


 ――――・――――・――――・――――・――――


 その晩、日が暮れてしばらくして夕食の時間を見計らったかのように父が遠方の領地より王都のザッフェラーノ邸へと訪れた。


「やあエリサ、久しぶりだね。冬はこごえたりしなかったかい?」

「お父様! ええ、大丈夫。ここは領地ほど底冷えしないもの」

「そうかい、そうかい。それはよかった」


 恰幅のいいエリサの父、フランチェスコ・ザッフェラーノ伯爵は二年前より皺が目立つようになった目元をくしゃりと綻ばせてエリサとの再会を喜んだ。

 エリサもまた、久しぶりに会う父に懐かしさと、エリサの手紙を読んで駆けつけてきてくれた安心感に頬が緩んだ。

 それから父の歓迎と、父がチェレス殿下との顔合わせも兼ねた晩餐がザッフェラーノ邸ですみやかに行われた。


「――はじめまして、ザッフェラーノ伯爵。私はチェレスティーノ・スペットロ。数日前からこちらでお世話になっております」

「――いやはや、めっそうもございません。申し遅れましたが(わたくし)、フランチェスコ・ザッフェラーノと申します。エリサ・ザッフェラーノの父でございます。その節におかれましては、娘のエリサを助けていただき、誠に、感謝してもしきれません」


 晩餐を前に顔を合わせるなり、そう自己紹介した父とチェレス殿下はほとんど同時と思える速度で頭を下げた。


「いえ、急を要する事態でしたので」

「ははぁ……。して、エリサからある程度の話は伺っております。ささ、ゆっくり食事でもしながらでも」


 父がはにかみながらチェレス殿下にそう言った。

 食卓に並べられていく料理の数々。トマトソースのペンネサラダに大鶏の丸焼き、小麦が香るバケットと季節の野菜がたくさん入ったチーズクリームシチュー。

 ザッフェラーノ邸のシェフが腕によりをかけて作った素朴ながらも豪勢なメニューだった。

 そして、チェレス殿下が来てからずっとそうだがいつもより少しだけいい素材を使って奮発してある。

 

 エリサは目の前の食卓に並べられていく料理を眺めながら、ちらりと父の様子を伺った。

 エリサの手紙を読んで駆けつけてくれたのなら、エリサの手助けをしてくれるかもしれない。そう思ったからだ。

 どうかおかしいと言ってくれ。未婚の女性が使用人を除いてひとりで住んでいる家に押しかけてくるなんておかしいと。

 エリサはそんな期待に満ちた眼差しで、チェレス殿下と話しながら食事を始める父を見つめた。


 

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