勇者14
聞いた事のある名前に、アオは夢中で読んだ。
『永逝魔法とは体内に入った魔力に魔力をぶつけ破壊する魔法である。魔力は体内の組織に絡みついている。そのため、魔力を破壊する時に身体組織も一緒に壊してしまう』
アオはそこまで読んで眉を寄せたが、とめることなく続きを読み始めた。
『永逝魔法を魔物に使用。永逝魔法は発動せず。魔力と魔力をぶつけて相殺するためには周囲が相当な魔力で充満している必要があった。永逝魔法は魔導士の魔力だけではなく周囲の魔力も使い、体内に入った魔力を消している』
そこまで読むとアオは本を閉じて元の場所に戻した。
――魔王を取り込んだ勇者をパートナーが魔王ごと殺すってことか。
アオは深呼吸をした。扉の外からはカナタの笑い声がした。それを聞くと気持ちが温かくなった。
――僕を殺した後、カナタ……。
ふと、ダイと勇者がうつっている写真が目に入った。写真の中の若いダイは満面の笑みの笑顔を浮かべている。
その時、カナタがダイの事を『表情筋が死滅している人』と言ったのを思い出した。あの時は笑い飛ばしたが今はその意味を重く感じた。
同時にカナタのくるくると変わる表情が脳裏に浮かんだ。
アオはゆっくりと深呼吸をすると、部屋にあった書物全てに目を通した。
「ちょっと待って下さい」
話の途中で、女が声をあげ不快に感じたが言葉止めて彼女を見た。
「あの、お師匠様なら魔道士ですよね。青の勇者様が入室した時点で分かっているのでは?」
「当たり前ですよ」アオは当然の事を聞くつまらない女のだと思いながら返事をした。「事実を伝えるために泳がしたに決まっています」
「うん?」女は首を傾げた。「伝えたいなら直接言えばいいじゃないですか」
アオは女の感の悪さにため息をついた。それに、彼女がびくついたので心を落ち着かせて笑顔を作った。
今は彼女に逃げられる訳には行かなった。
「不義魔法です。勇者村に損害を与える行為を行うと発動します」
「その魔法を知っていますが、発動するとどうなるのですか?」
「さぁ」アオは肩をすくめた。「未知なものは怖いですよね」
女は目を細めて、黒いフードを両手でぎゅっと握った。
「話を戻します。不義魔法があるから、永逝魔法使用後に勇者が死ぬことは伝えられません。それによって勇者が逃げたり、パートナーが魔法を使う事を拒否したりする可能性がありますので『損害を与える行為』に該当します」
そこまで話すと、アオは一呼吸置いて、人差し指を立てた。
「ただし、魔法の研究は厳密に管理されれば問題はないとされています。勝手に忍びこまれ意図していない所で知れたら魔導士には責任がありません。たまたま知ってしまったとしても『勇者の義務』を全うするなら『損害』にはならないわけです」
「……勇者の義務。魔王討伐ですか?」女は小さく息をはいた。「つまり青の勇者様はパートナーを人殺しにせず勇者の義務を全うしたいのですね。だから私を利用したという話ですか」
「そうです」やっと意味が通じで、アオは安心した。「勇者の末路を知ってしまった僕は魔王討伐から逃げれば不義魔法が発動する可能性があります。なら、カナタに魔王のいない世界で暮らしてほしいですよね」
「今、私知ってしまいましたよ」
女は不安そうな顔をした。
「このまま魔王討伐すれば問題ありません。知ることになる話ですから」
「魔王城からでれば発動する可能性があるということですね」
「わかりません」アオは肩をすくめた。「でも君とっても悪い話ではありませんよね」
アオは口元のあった人差し指で唇を軽く叩いた。
「赤の勇者を殺さずに魔王のいない世界を手に入れられるのですから」
「……」女は目を細めて考え込んだ。
アオはさっさと魔王討伐に行きたかった。しかし、女が納得するまで待った。彼女を利用することに失敗したら残るは緑の勇者のパートナーしかいない。
アオは女の尻ばかり追いかけているあの男が嫌いであった。
女はゆっくりとアオを見た。
「一つ聞きたいのですが、森に倒れていたのは私を得るための罠ですか」
「そうですね」アオはゆっくりと頷いた。「で君を待っていました。魔王討伐は僕一人では出来ませんので」
「アカを生かすために」女は自分の手を見た。「殺人者になる」
彼女の目が光りアオはゾクゾクした。
さっきまで、魔王城に怯え自分に怯えていた女から殺気を感じ楽しくなった。
――流石、赤の勇者のパートナー。
彼女が赤の勇者を守ろうと立ち向かってきた時の事を思い出した。
女は目を閉じてゆっくりと深呼吸をし、しばらく動かなかった。そんな彼女をアオは何も言わずに見ていた。
「それが真実である保証はありますか?」
目を開けてアオの顔を見た彼女は言った。するとアオは鼻で笑った。
「不義魔法は勇者も掛けられています。ですので、嘘がつけないのはパートナーと同じですよ」
「わかりました」彼女は頷くと立ち上がった。「今から、数時間程度ですが傷がついた瞬間癒される状態にします。それで魔王の所まで突破できるはずです」
「そんなことができるのですか」アオは素直に感心した。
回復しかできない彼女を守りながら魔王の所へ行くのは大変だと思っていた。
「それに集中するので魔力探知はしません」
「構いません」
魔物の攻撃を避けなくていいならかなり楽に進める。彼女を守りながらだとしても余裕がある。
「世間話は終わりです」
アオが立ち上がると「はい」言って彼女も立った。
魔王城に連れてきた時とは気迫が違い頼もしく思えた。
「君名前は?」
「ミサキです」
アオは頷くと「ミサキ行きましょうか」と言い足を踏み出した。名前を呼ばれたことに驚いたようで目を大きくしたがすぐに顔を引き締めてアオの後をついて行った。
柱の陰から一歩出ると、オオカミの大群がいた。アオが剣を構えた瞬間身体があつくなった。横目でミサキの方を見ると彼女は手のひらを向けていた。
アオは剣を握りしめると、オオカミは大きな口を開けてアオを向かってきた。いつもならそれをかわすが、ミサキを信じて剣をオオカミの口の中に刺した。腕にオオカミの牙が食い込み、出血した。気にせず剣を動かしオオカミを切った。内臓がぶちまけられて床に血をまき散らしてオオカミは倒れた。
ちらりと腕を見ると傷はなく出血した血で赤く染まっているだけであった。
アオはそれに感心してニヤリと笑うと周りにいた数十頭のオオカミを切り刻んだ。
オオカミと自身の血で、全身が赤く染まったが傷はない。
――いいねぇ。
ニヤリと笑い、駆け出した。
少し進んでミサキの事を思い出し振り向くとついてきているため安心して走った。
入り口の正面にある階段を上がると、踊り場があり左右に分かれて階段があった。アオは迷わずに左に進むと背後からオオカミが追ってきた。
アオは飛び上がり、剣を真下に向けるとオオカミの脳みそを差した。剣を抜くと、オオカミは大量の血を噴水のように噴き出して倒れた。アオはそれを浴びでまた赤くなった。
「ミサキ」
アオの声に、階段の上で戦いを呆然と見ていたミサキが返事をした。
「君は、身体能力強化もできるのですね」
「え……」ミサキは不思議な顔をした。「そうなんですか?」
「強化されてますよ。そもそも、この回復魔法ってどうやっているのですか?細胞再生ですか?状態を過去に戻しているのですか?何かの力を強化してます?」
「えーと」
ミサキは分かっていないようで、目と口を開けて固まった。
その間に、階段上からカラスのような魔物が飛んできた。背後にいる魔物にミサキは気づいていないようあった。
「分からないならいいです」
アオは床を蹴り、ミサキの横をもうスピードで通り抜けると剣をふりあげカラスを下から切りつけた。続けてカラスが何頭か来たので全て叩き切った。二つに割れたカラスは床に落ち血だまりが出来た。
周囲に魔物がいなくなると、自身の身体を見た。
カナタの強化魔法よりも弱いが問題はなかった。彼に全力で魔法を掛けられたらおそらく城がなくなる。以前、森の一部を吹き飛ばしたのをアオは思い出した。
「何を笑っているのですか?」ミサキに指摘されて始めて自分の表情に気づいた。「ずいぶん優しい口元されるのですね」
「……」
アオは不愉快になり無言で階段を上がった。ミサキは何を思ったのかニヤツキながら追ってくるので余計に不快になった。
階段を上がりきると、大きな扉があった。
それを見てアオは深呼吸した。彼はこれ以上先に進んだことがなかった。いつも手前のオオカミやカラスあたりで引き返していた。
アオは気合を入れて扉を押したが開かなかった。
「うーん」
扉から手を離すと口元を手で隠して考え込んだ。人差し指で軽く鼻を叩くとミサキの方を見た。彼女はじっと扉の上の方を見ていた。
「何かありますか?」
「……上の方だけ黒い靄があります」
ミサキが指を差したがアオに見えなかった。
アオは剣の先端を靄があると言われた場所に向けると投げた。
「え……」ミサキは声を上げて驚いた。「刺さった。あれ、魔力ですから見えないですよね」
「そうですね」
アオは口角を上げて、刺さった剣を見た。剣は左右に揺れると落下し、大きな音がなった。
アオは剣を拾うと、扉を押した。すると、さっきびくともしなかったのが嘘のようにスムーズに開いた。
アオは中の様子を確認しながら、部屋の中に入っていった。
広間の中心には赤いカーペットが敷かれその先には玉座があったが誰もいかなかった。
静まり返り、魔物もいない。
オオカミやカラスなど城の外より大きく強力だったから、更に強敵がいかと思っていたため拍子抜けした。
振り向くとミサキが入口から入ってこない。
真っ青な顔をして玉座を見ているがアオには何も見えなかった。
「ミサキ」
「あ……はい」
彼女は玉座から目を話さず返事をした。
「何かいるのですか?」
「はい。玉座を中心に魔力の靄もがあります。多分、ソレが魔王」
アオは目を細めて、玉座がみたがやはり何も見えない。剣を握りしめて、玉座に向かって走った。
玉座に剣を突き刺そうした瞬間、弾かれた。
――これが魔王。厄介だね。
何も感じなのに額から汗が流れて、手が湿っているのを感じた。
心臓の音が速くなり、足がすくんだ。
青の勇者となりカナタと大蛇と出会った時や得体のしれない洞窟に入った時と同じ感覚があった。
本能が危険を知らせている。
――しかしひくわけにいかない。
アオは剣を握り直し、玉座の中心を刺したが強い力でおしかえされる。アオは全力で押した。
すると、足に痛みが走った。
「――ッ」
次の瞬間、バランスが保てなくなりその場に倒れた。
――え……?
痛みはすぐ消えたが状況が理解出来なかった。
倒れたまま周囲を見ると玉座の前の左足だけがあった。
――切られた?
自分の左足があった場所を見ると、なくなっていた。切り口に血がついていたがすでに止まり傷口もなかった。
足を取りに行こうと手で前進すると、足は切り刻まれ肉の破片なると床に散らばった。
魔王は強いというより戦っている感覚がない。
ただ、一方的やられている。
――封印ってどうやるのさ。
アオがちらりと扉の方を見るとミサキがいた場所に血だまりがあった。肉の破片らしきものが転がっているのが見えた。
さっきまで身体にあった熱がなくなっている事に気づくと、絶望を感じた。
――クソ。
動くにも床を這うしかない。
その時、頬の上に何かが乗った。
「うん?」
瞳を動かして、頬を見ると魔力人間が踊っていた。
「カ、カナ……」
アオの言葉反応するように、魔力人間は頷いた。
「もう、ダメみたい……」
弱々しく言うと、魔力人間はアオの頬に抱き着いた。
「カナ。助けてくれるの?」
魔力人間は立ち上がると両手でガッズボーズとった。その姿が可愛らしくて気持ちが暖かくなった。
魔力人間はよたよたと歩き、なくなった足の断面に触れた。すると、魔力人間はぐにゃぐにゃと動き次第に足の形になった。
「カナ」
くっついた黒い足はアオ意志とは関係なしに動きはじめた。足の関節をまげて立とうとしたためアオはそれに従った。
「カナ。勝てる?」立ち上がると真っ黒な足を見た。すると、足は地団駄を踏んだ。「あ〜、愚問だったね」
玉座の方を見ると黒い靄や霧のようなものが漂っているのが見えた。アオが足を見るとソレは指先を動かした。
「アハハ」アオは口を開けて笑うと右足には履いているブーツや靴下を投げ捨てた。更にズボンを捲り左足と同じだけあげた。「この方がバランスいいでしょ」
左足は嬉しいのかグルリと足先を回した。
「床、冷たくて気持ちいいね」
にこりと笑うと、剣を拾った。その時、靄が束になり無数の棘になると、鋭く先端がアオに向かってきた。
「なるほど」
アオはソレを軽く除けた。棘は壁に刺さると靄になり玉座に戻った。
「見えると問題ないね」
すると、靄は大きな刃物を作り出した。それは、部屋いっぱいに広がった。
「あらら」
避けるにしても逃げる場所がない。
アオは床を蹴り扉に向かった。しかし、扉まで着くと目の前で閉まった。
ちらりと背後を見ると刃物が重いためか棘のような速さはない。しかし、このままで確実に扉と刃に挟まれて細切れになる。
剣で扉を叩いたが、跳ね返りびくともしない。
「どうするかなぁ」
下を見ると、ミサキの血溜まりと肉の破片があった。
「……ミサキって魔道士だよね。身体には僕以上の魔力があるんだよねえ」そこまで言って頭をふった。「何を考えているんだ。僕は」
深呼吸をして、扉みつめた。
「よし」
気合いを入れると、剣を握り、扉を叩き切ろうとした。その瞬間、身体が何かに包まれる感触があった。
その感覚をアオよく知っていた。
アオの剣を扉にぶつかると大きな音を立てて開き、彼は部屋の外に転げ出た。
「――ッ」
床に全身を打ち、痛みを感じた。
顔を上げると見たことのある青いブーツが目に入った。
立ち上がると、目の前にいたのは涙目になっているカナタだった。
「俺はお前から離れねぇぞ」
カナタがそういった瞬間、鼓膜がやぶれるかと思うほどの音がなった。振り返ると刃が扉にあたった。その反動で扉がしまった。
「アオ」
怒鳴りつけるカナタをみると所々血で赤く染まっていた。
彼の後ろには赤の勇者がいた。彼女が口角をあげて笑っている所を見て、カナタが勇者の末路を知っているのだと悟った。
「俺はお前を殺す気なんてねぇ。それを誰かにやらせるつもりはねぇ」
「他の人にやらせるもなにも……」
アオは扉の下に広がっている血溜まりと肉の破片を見た。
それを見たカナタはまるでそれを知っていたかのように小さく頷いた。
赤の勇者はすぐにミサキに駆け寄った。
「ミサキ」叫びなら、膝をつくと肉の破片を手にした。
「そうなのか?」
カナタに見られて、アオは小さく頷いた。
「ミサキ、ミサキ」
赤の勇者は何度も名前を呼び肉の破片を見つめた。
その姿は痛々しく、かける言葉は見つからない。
「ミサキ」
彼女は微笑むと、持っていた肉の破片を口にいれた。
「え……?」アオは驚愕した。
赤の勇者は次々と肉の破片を体内に入れていった。すると、次第に赤の勇者の身体が黒ずんできた。
アオが止めようと足を踏み出すと、目の前に首をふったカナタがいた。
「あれ、マズイでしよ」
「まぁ、作戦の一つだから」
「はぁ?」頭を無造作にかくカナタにアオは大きな声を上げた。「あんなん暴走したらどうすんだよ。馬鹿なの?」
「そん時は俺が倒すよ」
「お前、魔道士だろ」
自信満々のカナタの頭を思いっきり叩いた。
久々に会ったが、『馬鹿』は健在であったとアオはため息を着いた。
肉の破片を食べ尽くした赤の勇者の身体は真っ黒になり勇者仮面が割れて床に落ちていた。
真っ赤な目は血走り、魔物のようであった。
「グルルル」
唸りを上げる彼女にアオは構えた。しかし、彼女はアオとカナタを襲う事なく扉を素手で叩き出した。大きな音がなり砕けた扉の破片が床に落ちた。その衝撃で、床にひびができ穴が開いた。
アオは呆然と立ち尽くしたが、カナタは頷き満足げであった。
「なんだ、その顔は。赤の勇者が魔物化してんだよ」
「カッコイイな」カナタは大きく頷いた。「魔力を取り入れてパワーアップだなぁ」
「はぁ?」アオは楽しそうなカナタに眉を寄せた。
赤の勇者は広間に入ると、すぐに玉座に向かった。すると、黒い靄はアオに出した物と同じ広間の端から端からまである大きな刃を出した。
避けることが出来ない刃が赤の勇者を襲った。しかし、彼女は逃げるどころかそれに立ち向かって行った。
「え?」
アオは刃が赤の勇者の腹部にぶつかりそうになると眉を潜めた。しかし、アオの予想に反して赤の勇者は無傷であった。
彼女と接触した刃が細かい粒子になって消えた。
「なにあれ?」
「お前魔力見えねぇんじゃねぇの?」
カナタは首を傾げたがアオの足を見てすぐに頷いた。
「足が関係してるのか?まぁ、見えなければさっきの刃から逃げられねぇもんな」
カナタがケラケラと笑うとアオは未熟さを感じ落ち込んだ。
「見えなかったから足をなくしたんだ」
「あ〜」カナタにじっくりと左足を見られた。彼は何度か頷いた。「俺があげた人形か」
その時、赤の勇者の方で大きな音がしたため、アオとカナタは音の方をみた。
玉座に大きな穴が開き、黒い靄がすくなくなっていた。
赤の勇者はそれを好機と見たのか、靄を何度も殴りつけた。靄が減り玉座の背もたれに穴が開いた。
その時、玉座の後ろから今まで以上に濃い靄が現れると赤の勇者を包んだ。
彼女は呼吸ができないようで暴れている。
「カナタ」
アオは名前を呼ぶと駆け出した。するとすぐに全身が熱くなりカナタの魔力で全身を覆われた。いつもは感じるだけであったが今は彼の魔力に包まれていることがハッキリと見えた。
アオは剣を握りしめて、赤の勇者を包んでいる靄を切った。すると、中から赤の勇者の顔がでてきた。彼女は靄から這い出ると、その靄を殴りつけて粒子にした。そんな彼女の顔には表情がなく、まるで機械のようであった。
しばらく攻撃をしていると、靄がほとんどなくなった。
――封印必要ないじゃん
安堵した時、赤の勇者が悲鳴を上げた。その大きさにアオもカナタは耳をふさいだ。
叫びながら転げ回っている彼女の身体の穴から黒い靄が出ていた。靄はすこしずつ集まりはじめた。
「アオ、勇者の印だせ」
後ろからカナタの怒鳴り声が聞こえた。
アオは、彼の指示に従いマントと上着を脱ぎシャツになると二の腕にある勇者の印を出した。
『――……』
カナタは人差し指と中指を立てると顔に前に持ってきた。そして人語とはかけ離れた音を出した。それが始まると勇者の印が赤くなり熱くなった。
「うぅぅ」焼かれるような傷みに膝を付きそうになったが、『カッコ悪い』と思い足に力を入れた。
周囲にあった黒い靄がスーッと勇者の印の中に吸い込まれていった。黒い靄が身体に入ると視界がぼやけてきた。身体の自由がきかなくなり、足がふらついた。左足が地について動かなったのでなんとか立っていられた。
部屋の黒い靄が見えなくなった頃、身体に力が入らず後に倒れた。
「大丈夫か?」
カナタに受け止められて、床に寝かせられた。
「……」ぼんやりとする頭で自分の身体を見た。手足が赤の勇者のように黒ずんでいるのが見えた。
頭がぼうっとして何も考えられなかった。
「じっと、してろよ」
そう言われたが、動く事ができない。
勇者の印があった場所に触れられている感覚はあった。
寝起きの感覚をずっと続いているようであった。
「終わった」という声が聞こえるとカナタに担がれた。
床に赤の勇者だったと思わしき塊があった。黒くはなかったが、肉の塊のようになり人形を保っていない。
部屋を後にして、廊下、階段と運ばれた。来る時はあんなにいた魔物の影も形もない。
少しずつ、意識がはっきりとしてきた。
魔王城から出ると、近くの木の下に転がされた。
「お前、細いのに重いな」
カナタが横に座り悪態をついた。
「そりゃ」自分の言葉がはっきりと出ている事に安心しニヤリと笑った。「お前よりも二十センチ以上高いからな」
「おっ、元気そうで良かった」
カナタは目を大きくして満面の笑みを浮かべた。その表情が幼い頃にように鮮明に見えた。
「え……。鮮明?」
アオは自分の顔に手をやり勇者仮面がなくなっていることに気づいた。
「あぁ仮面?」カナタに顔をじっと見られた。「捨てた」
「はぁ?」
目を大きくして、カナタを見ると彼は変わらず楽しそうに笑っていた。
「魔王倒したんだ」
カナタにそう言われて、アオは勇者の印があった手をみた。そこにはもう何もなかった。
「勇者不要だろ」
ニッと笑うカナタにアオは頷いた。それから、自身の身体を見た。意識が朦朧としている時は真っ黒だった身体を元の色になっていた。
ただ、魔力で作られた足だけは黒いままだ。
「説明しろよ」
カナタを見ると彼は面倒くさそうな顔をして頭をかいた。
「赤の勇者の攻撃で弱った黒い靄つうか、アレが魔王なんだけど。赤の勇者に入り彼女の魔力と合体しようとしたぽいんだよね」
カナタは頭をかき考えながら話しているようであった。
「でも魔力オーバーで、身体が使えなくなって出てきた所をお前の身体に封じた」
アオは黒い靄が勇者の印に入り、身体が黒くなったのを思い出した。
「それが」カナタは自分の左手とアオの黒い左足を指さした。「魔王の魔力を吸収した。ついでに赤の勇者の魔力も吸収してたな」
「あ、赤の勇者は?」
アオは周囲を見たが、カナタ以外だれもおらす木々が風にゆれていた。目の前にあったはずの大きな魔王城も消えていた。
「肉の塊見たろ」カナタは肩をすくめた。「彼女が魔王を終わらせきゃ封印はできなかった。あの靄はすぐ武器になるからな」
「そうか」アオは頷いた。
赤の勇者と親しいわけではなかったが、もう会えないとなると寂しさを感じた。
「そういう約束だ」とカナタはつぶやいた。
「約束?」
カナタはその場に転がると空をみた。暗かった空が次第に明るくなってきていた。
「お前、なんのために赤の勇者のパートナーを魔王城に連れてきた?」
彼の言葉にアオはバツの悪そうな顔をした。何も答えずにいるとカナタは言葉を続けた。
「皆、知っていると思ったんだけどさ。パートナー以外の永逝魔法は効果ねぇーよ」
「え?」アオは驚いてカナタの顔を見た。
「魔力の波長が合う勇者とパートナー組むんだ。俺さぁ、その波長でお前を探したんだ」
――波長。
アオはミサキとその話をしたのを思い出した。
「カナタは魔力で人間を識別できるの?」
「当たり前だろ」さも当然というような顔をカナタはした。「魔力の波長は全員違うだろ」
「そうか.」
カナタは目をきょろきょろ動かした後、口を開いた。
「赤の勇者はミサキを取り戻したかったらしい。戦力として俺を連れて魔王城に来たんだ」
カナタは魔王城があった場所に見ながら話し始めた。
「我がミサキと共に魔王討伐を行う」
禍々しい魔王城の前にまで来ると、アカはカナタをじっと見た。
「えー」カナタは不満であることを全面に出した。「死にたくないねぇてやつか?」
赤の勇者はゆっくりと首をふり、少し考えて込むと魔王城を見た。
「逆だ。魔王を体内に封印して永逝魔法を掛けると勇者は死ぬ」
「うん?」
カナタは眉を寄せて考え込んだ。
「魔物倒す時と同じか。魔力を魔力にぶつけると魔力に絡んでるモンも破壊されるのか」
「……」アカは口を経の字に曲げてカナタを見上げた。「うぬが戦闘している姿を見ると忘れしまうが、魔道士なのだな」
「おう」カナタは頷いて魔力の塊を手のひらに出した。「だから、魔力で倒すって言ってんじゃねぇーか」
カナタは後を振り向くと無数のネズミの形をした真っ黒な魔物めがけて魔力の塊を次々と出し叩き込んだ。するとあっという間にネズミは動かなくなった。
カナタは周囲の魔力を確認すると魔王城の壁に寄り掛かり座った。
「あ、アオ奴に魔王の部屋に入ったみたいだなぁ」
「そんな事も分かるのか?」
「魔道士なら普通だろ。で、どうすんだ?」
「え……」
アカは驚いて黙り込んだ。それにカナタは目を細めた。
アオなら目的地についた瞬間、適格な指示が出た。だから、『勇者』とはそういった能力に長けているのかと思っていたため残念に感じた。
「だーから、ゆーしゃさまの作戦は?」
「いや……」アカは黙り下をむいた。「どうあがいても、我か青の勇者が死ぬ道しかない」
彼女は黙った理由が理解できた。
普通に考えればそうだ。
体を震わせながら片手を抑えて下を向く、アカがとても小さく見えた。実際小さい。常に堂々とした態度をとっているがカナタよりもずっと年下だ。
自分と同い年のアオと比較するのは酷だった。カナタは頭をかきながら、永逝魔法について整理した。
永逝魔法とは勇者の体内に封印した魔王を倒すモノ。魔王とは魔力だ。
永逝魔法は二回使う。一回目は勇者の印に魔王を吸収する。その後、勇者に周囲の魔力を吸収させて体内ある魔王と戦わせる。
永逝魔法の効果は魔力吸収。
そこまで考えるとカナタは立ち上がり、アカを見た。彼女は驚いて彼を上げるときょとんとした。
「おい、アレだ。永逝魔法は魔力吸収。存在が魔力な魔王を吸収した勇者から全部吸えばいんだ」
そう言って、カナタは自分の左手を見せた。
「なるほど」アカは頷いた。「勇者と通さずに直接魔王を左手に封印できないのか?」
アカの言葉にカナタは頭をかいて左手を見た。
「コイツ、空気中からの魔力を吸えねぇみたいなんだよな。生物からは積極的なのにさ」
アカは納得したようで頷いた。
「だが、魔王を吸収するために弱らす必要があるな。そんな簡単に封印できるならもう他の勇者がやっている」
「そだなぁ」カナタは頭をかいた。「魔王が魔力ということは魔導士しか見えねぇじゃねぇか?」
「ふむ」アカは腕を組んで首を傾げた。「魔力吸収にはぬしの左手が必要だ。勇者が死なずにすむなら永逝魔法は任せよう」
アカがそう言った時、カナタは目を細めた。
「どうした?」
カナタはアカの問いにすぐに答えられずに黙っていた。
「城の中で何か異変があったのだな」
アカの言葉にカナタは頷いた。
「ミサキが死んだ」
「……」
アカは口を強く結んだ。彼女の勇者仮面の隙間から涙がこぼれた。
しばらくすると、アカはカナタを見た。
「我がミサキの肉を食べ彼女の魔力を体内にいれて戦おう」
「マジ?」カナタは驚いた。
「それで魔力が見えるようになる。しかし、魔力の量が多すぎるから短時間しか身体もたん」
「いいのか?」
「ミサキのいない世界で生きたくはない」
アカの勇者仮面にはめこまれた赤い石がカナタを真っ直ぐ見た。
「あぁ」
パートナーがいない世界にいたくない気持ちをカナタは痛いほどよくわかっていた。




