勇者10
「え……」カナタが驚いていると赤の勇者は微かに口角を上げた。
「精度を上げると死角ができる事を話したくはなかったのであろう」
――そんな事はないが……。
以前は師であるダイに言われた通り、自分の魔法を隠さないといけないと考えていた。しかし、今は相手に手の打ちを全て知られた上で戦うのも楽しいと思っている。
「あの建物では『勇者』を作っている。妊娠した女に生の魔物を食べさせると『勇者』が生まれてくることがある。赤子の場合は魔物の血を注入すると『勇者』になることがある」
「……絶対でないのか」
「絶対できたらもっと勇者が街にあふれておる」赤の勇者は一呼吸おくと「勇者村で更に厳選される」と淡々と語った。
周りから『勇者を村に売ると一生遊べる金がもらえる』という話をよく聞くが実際にそうした人間にあったことがない。『勇者』という存在が神のように崇められているのだから自慢する輩がいても不思議ではない。現に勇者のパートナーの親は鼻を高くして豪遊している姿がある。
――なぜそれを彼女が知ってるんだ?
カナタが疑問を持つと心を悟ったように口を開いた。
「我は生まれた瞬間からの記憶が全てある」赤の勇者は再度建物を指さした。「あそこにいた記憶もある。建物について知らせた。うぬはアレをどうするつもりだ?」
赤の勇者はカナタの背中から飛び降りると、彼を見下ろした。カナタは座ると赤の勇者を見上げ首を左右にゆっくりと動かした。
「どうも」
「ほう、アレを知って気分を害したのであろう。妊婦へ無理やり魔物を食わせる様子はうぬの想像以上の酷さだぞ」
「……別に」
何があるか分からなかった時は興味があったが、知った今関心がなくなった。
「苦しんでいる妊婦や赤子を助けなくていいのか?」
「まぁ」カナタは頷いた。
見知らぬ妊婦や赤子に興味はなかった。もし、あそこにいるのが狂暴な魔物であったなら戦いに行きたかった。
「恐れか?保身か?」
「興味がない」とカナタは即答した。
もし、アオが行動おこすと言ったら同行するとはやぶさかでない。
――アイツが言うわけねぇけど。
「では、なぜ確認にきた?」
「気になったから」
カナタ答えると、赤の勇者は何も言わずにカナタを勇者仮面ごしに見た。
「気になると言えば、もう一つ俺ら勇者のパートナーも作られているのか?」
赤の勇者は馬鹿にしたように「はん」と鼻にかけたような言葉を発した。
「出来ないからぬしら一人ひとりに師をあて丁寧に育ているでおろう」赤の勇者は建物を見た。「身体になじむように魔物の血をいれないと人型を保てなくなる。そうして魔力はぬしら見たに外部に出す事は叶わぬ。自分の身体能力を高めるだけだ」
赤の勇者は自分の手を見た。
「ぬしら魔導士並みの魔力は人工的に得ることは今の段階ではできない」
カナタは赤の勇者の言葉を聞いて頷くと、彼女は小さく息を吐いた。
「魔力に耐えられなくて、三十年程度しかこの身体は持たん」
「だから、魔王を身体に取り込み勇者のパートナーがソレを散らすことで他の人間と同じ寿命になるんだよな」
カナタは期待を込めて言うと、赤の勇者は黙った。
口元が一切動かず、勇者仮面に顔を半分隠した彼女の感情をカナタは読み取ることができない。その時にカナタはふと気づいた。
「……言えないことあるか」
「うん?」赤の勇者は一瞬なんの事か分からなかったようで首を傾げた。しかし、すぐに気づき口角を上げた。「不義魔法のことか」
カナタが眉を下げて、赤の勇者を見上げていると彼女は鼻で笑った。
「我らに掛けられた不義魔法は勇者村を謀ろうとすると発動するものだ」彼女は一呼吸をおいてから言葉をつづけた。「例えば、勇者を生成していると知った上で建物を破壊するとかな」
「……」
カナタは目を細めて赤の勇者を見ながら、ユキノを連れて来なくて良かったと思った。彼女がこの事実を知ったら助けると言いかねない。
「そんな、怖い顔するな。別にうぬを陥れるようとした訳ではない。事実を伝えただけで、選択をしたのはうぬだ」
――陥れられそうになったなって思ってねぇよ。
赤の勇者を睨みつけると彼女は笑いながら、カナタへ拳が向かってきた。その速さに回避できずに両手で防御した。
彼女の拳は幸い左手に当たったために痛みがなかったが左手が半分掛けた。
「なんだそれは?」彼女は眉を寄せて、左手を見た。「魔力で作ったのか?」
カナタが黙っていると、左手がボトリと床に落ちると欠けた部分が再生した。指を下にして地面を走ると赤の勇者に向かった。
「なんだ」
左手は飛び上がると、彼女の腕にくっついた。
「なんだこれは」赤の勇者は膝をついて左手を睨みつけた。「魔力をすっているのか」
彼女は深呼吸をする拳に力込めて左手を殴りつけて大破させた。砕けた左手の破片を地面の落ちると集合して元の形に戻った。
「勇者に向かって舐めた態度をとると思ったらこれがあったから強気だったのか」
赤の勇者に睨みつけられてカナタは頭をかいた。
「舐めた態度とったつもりはねぇけど」
「その言葉遣いだ」
「あぁ、すいませんね」
カナタは地面に指をつけて向かってくる左手を見ながら謝罪した。
「俺にアオにも普通に話してたし」
「……そうか」
赤の勇者は何かを思い出したような顔をした。
「我は戻る」そう言うと赤の勇者は消えた。
これはアオもよくやる『瞬歩』という動きであり、彼らが本気で走ったら目で追うことはできない。
カナタは赤の勇者の魔力は追ったが、あっという間に村の外に出てしまった。魔力探知を最大にしたがその範囲を超えてしまったので追跡することはできない。
――行ってしまった。
赤の勇者と戦えなかったことをカナタは残念に感じながら地面にいた左手を掴んだ。
「お前がいなかったら、俺の手はなかったなぁ。ありがとうな」
左手は指をくるくる動かしてカナタにくっついた。
月の光を背にうけながら宿屋の部屋の窓を開けた。すると恐ろしい顔をしたユキノがいて、思わず窓を閉めてしまった。
「カァァナァァタァァ」
すぐに窓は開けられて、顔を出したユキノに睨まれた。
「……」カナタは頭をかきながら、部屋に入った。
「建物に行ったん?」
「うん」カナタは上着を乱暴にイスに投げ捨てた。「俺の興味がないもんだった」
そう言うと、ユキノが何か言ったがカナタは聞かずに洗浄室に行った。
中に入ると、入口のボタンを押しながらふと天井を見た。
「上着置いて来なければ良かった……」と呟きながら、天井から落ちてくる光をしばらく浴びると頭をなぜてから洗浄室を出た。
室内に戻るとベッドがふくらんでいた。
――寝たのか。
カナタは脱いだ上着を洗浄室に放りこむとボタンを押した。それから、靴を投げ捨てるように脱ぎベッドにうつ伏せに倒れこんだ。すると、隣のベッドの掛け布団が飛んだかと思うと座り込んだユキノが現れた。
「怒ってんからね」
鼻息を荒くしたユキノに睨みつけられた。
「あ〜」カナタは面倒くさそううつ伏せのまま顔だけをユキノの方に向けた。「本当は建物には大した物はなかった」
「違うわ」
怒鳴り声と共に枕が飛んできた。それを顔の前で掴むと頭の下に入れた。
「あんたの事、心配してんだよ。洗浄室から出たらいなくて……」ユキノの声が震え始めた。「宿屋中探して、外出て周囲を探したけど見つからなくて……。どんどん暗くなるし」
「泣いてんのか?」
強い感情をぶつけられてカナタは動揺した。悪意ある感情なら喜んで立ち向かったが、『心配』という今までにないモノに途方に暮れた。
「泣くわ」
今度はユキノの拳が飛んできた。カナタはそれを避けたり防いだりせずに受けた。そうしなければならないような気がした。
ユキノの拳で殴られた頬は痛み、赤くなった。頬や背中を殴られているとしならくして止まり背中に頭部に重みを感じた。
「俺、心配されるほど弱くねぇよ」
「知ってる」ユキノの強い言葉と共に、背中に衝撃を食らった。「でも、心配するわ。大切な弟だから」
「……大切」
アオに『大切なパートナー』と言われたし師であるダイにも「大切な弟子」と言われたことはあったが彼に心配されたことなどなかった。むしろ、常に高度な事を要求されて身体は傷だらけてあった。怪我するたびに『未熟だ』と怒られたのはよく覚えている。
「私はずっと、あんた事心配してんよ。そりゃ、私の方が弱し力にならんけど……」ユキノの声は最後の方小さくなった。
ユキノの言葉は強く乱暴であるが暖かいモノを感じた。
「……ごめん」気づいたら謝っていた。「もう、勝手にいなくならねぇ」
「うん」
ユキノはカナタの言葉に納得したようで、頷くと自分の布団にもぐった。そして、すぐに寝息が聞こえた。
ユキノに投げつけられた枕からは彼女の匂いがした。その匂いはカナタの気持ちを和らげて眠りに誘った。
朝日が上がると共にカナタが目を覚ますとユキノはまだベッドの中で寝息を立てていた。
カナタは服を脱ぎ洗浄室に投げ入れた。洗浄室は昨日入れた上着があったがカナタは構わずに起動した。上半身裸になったカナタは外へ行こうかと靴を見たが目を細めて視線を寝ているユキノにうつし頷いた。
床に片手を置き、垂直に体を持ちあげ逆さまになるとそのまま腕を曲げて額を床につけ離すというのを繰り返した。その回数が四桁を超えた時に手を逆にして同じように運動した。
「……汗」
突然声を掛けられたがカナタは動きを止めずに返事をした。
「かかないんだ。ずっとそれやってんよね」
布団から顔を出したユキノ言った。
「たいした運動じゃないから」
「なら、たいした方を運動すれば」
不貞腐れたようなユキノの声にカナタは困った。
――まだ、昨日勝手に出ていった事を怒ってんのかよ。
「いや、それだと外へいかねぇといけないから。けど姉貴起きねぇし」
「外……」ユキノは目を大きくした。「まさか、昨日のこと反省してん?」
「……反省つうか」カナタは床についている手をバネにして飛び上がると回転して地に足をつけた。「怒られるのヤダし……」
「素直なんね」ユキノは嬉しそうに笑うと「じゃ、行こうか」と言いベッドから出た。
「うん?」
「食材を狩りつつ運動してくれば。木を集めて焼けるようにしとくよ」
ユキノはそう言うと上着をきた。
「なら、先行くな」
カナタは鞄からコインを出すテーブルに置いた。洗浄室から服を出してきると鞄を持ち窓から出て行った。ユキノは開けっ放しになった窓を見てため息をつきながら、閉めた。そして、鞄を持つとテーブルに置かれたコインを握り部屋を出た。
「おはよう。もう出るの?」
昨日、部屋に案内をしてくれた店主が笑顔で受付台にいた。
「ええ」ユキノは頷きながら、受付台の上にコインを置いた。
「お兄さんは?」
店主はコインを数えながら言った。すると、ユキノは眉を寄せて「弟です」と即座に否定した。
「そうなの?」店主コインをしまうと、大きな腹を揺らして笑った。「落ち着いているから年上かと思ったよ」
――落ち着いている?カナタが?
『気になる』だけで夜一人で、得体のしれない場所に出かけたアホだ。そんな人間よりも劣っていると言われて腹が立った。
「金額はちょうどだよ。ありがとうね」
「いえ」
店主には色々言いたい事があったが、二度と合う事がないと思うと面倒臭くなった。
ユキノは出ていこうとすると、「待ってよ」と店主に呼び止められた。
「あんたはどこへ行くんだ?」店主ニヤニヤと笑っていた。「魔物だらけのこの世界で旅をするなんて死に行くようなもんだ」
「……」
彼の笑顔が気持ち悪く全身がゾクゾクとした。ユキノは彼を視界に入れたままゆっくりと後ろに下がった。
「昨日も言ったが勇者様が来て下さったため、余裕があるんだ。旅なんかするよりずっといい生活をさせてあげられるよ」
大きな腹を揺らしながら、店主はユキノに近づいてきた。そのたびにユキノは後ろへと下がったがとうとう壁に追いつめられた。
周囲を見たが他に客はいない。
「お兄さんじゃなくて弟だっけ?必要なら彼も一緒に過ごすといい」
「必要はありません」
父親よりも遥かに年上の男に迫られて、ユキノは吐き気がした。彼から逃げようとしたが、隙がなく戸惑った。
「照れなくても大丈夫だよ」
男の唇が近づいてきて、ユキノは寒気がした。彼の顔面に拳を食らわせると宿屋を出た。
店主が倒れる大きな音がしたがユキノは振り向かなかった。
恐怖で心臓が破裂しそうになりながら、街を出て森に入ったがそのまま走り続けた。
「はぁはぁ……」
息が切れて、足が限界を超えたところで近くの木に寄り掛かり座り込んだ。膝を立てるとそこに頭をつけて地面を見た。
店主のニヤついた顔が頭に浮かび吐き気がした。
「あぁぁぁ」
大きな声を上げると気持ちを落ち着けようとした。その時、後ろの方でうなり声が聞こえた。
「クソが」ユキノはふらふらと立ち上がると、うなり声の方向を見た。「クソ野郎」
ユキノはうなり声に向かって、走った。
「グルルルル」
すぐに近くにクマのような魔物がいた。
「あはは」
ユキノは狂ったような笑い声をあげると、自分より遥に大きい魔物を見上げた。そして、両手を脇に構えると飛び上がり魔物の顔を狙った。しかし、魔物に平手打ちを食らいユキノは飛ばされた。
「うぅ……」
背中を木に打ちつけて、跳ね返り地面に顔面を打った。
すぐ近くで、魔物のうなり声を聞いてユキノはもうダメかと思った。その時カナタに顔が思い浮かんだ。
――助けて……。
そう思った瞬間、ドサリと大きな音がした。
「え……」
ユキノが驚いて頭を上げるとクマが倒れていて、その上にカナタが座っていた。
「自分から戦い挑んで諦めてんじゃねぇよ」
カナタは大きな声を上げると、魔物の体にナイフを入れた。
「大体、感情的になりすぎて攻撃が雑」
「それは……」ユキノは座り込むと下を向いた。「さっきの宿屋で店主に襲われかけて……」
「あん?」カナタは眉を寄せた。手を止めるとユキノを見た。「人間に負けたのか?」
「そんな事ない。殴って倒して逃げてきた」
ユキノの大きな声にカナタは「ふーん」と興味なさそうに答えるとまたクマのような魔物の解体をし始めた。
「なら、問題ねぇじゃん」
「そうだけど……」
ユキノは成人した男に襲われたのに心配もしてくれないカナタに怒りと悲しみを覚えた。「男に襲われかけたんよ」
大きな声を出した瞬間、ナイフが飛んできてユキノの頬をかすめると木に刺さった。
「――ツ」ユキノは驚いて声が出なかった。
「俺に何を望んでんだ?」
カナタは鞄から新しいナイフを出すと魔物の解体を再開した。
「そもそも、なんで俺と行動してんだ?勇者を追う義務はねぇだろ」
カナタの言葉に反論できなかった。
ユキノは恥ずかしくなり、うつむいた。カナタと行くと決めたのは自分であり、その旅が危険を伴うことを知っていた。
――死も覚悟してきたはずなのに……。
カナタを守るつもりでいたのに、自身におきた事を慰めてもらおうとしていた。更に、魔物から助けてもらうという失態を犯した。
ふと、昨日の水浴びやカナタと部屋が一緒であった事に驚いた自分がいたことを思い出した。
――女を意識し過ぎてんな。
「甘えてんね」ユキノは立ち上がるとカナタの方を見た。「ごめん。私はカナタを助けるために一緒に来たんよ」
「そうか」カナタは解体した魔物の肉を持ってユキノの近くに来た。「今はまだいいが、魔王城に近づくたびに魔物は強くなる。姉貴を守ってる余裕なんてねぇと思う」
カナタは木に刺さったナイフを抜くと鞄にしまった。
ユキノは困った顔をするカナタの青い瞳をまっすぐと見た。ユキノと同じ色だが、全く違う物に見えた。
――甘えんな。自分。
「必要ない」ユキノは自身の頬を強く叩き甘えた自分に別れを告げた。「やられそうなら、容赦なく捨てていい」
「そうか」
カナタはユキノが『男に襲われた』と聞いた瞬間、宿屋に残れば良かったと思ったがそれを口にせずに、突き放した言葉を選択した。
このあたりは魔王城から距離があるため、集団にならなければ魔物討伐に苦戦することがないが今後は分からない。できれば村に戻った方がいいと考えた。しかし、彼女の選択を否定するつもりも自分の意見を強要するつもりもなかった。
「で、火は?」
「あっ」ユキノは慌てて、木に登ると枝を数本持って降りてきた。それを山のように組むと鞄から二つの石を取り出した。
「火石、持ってきたのか」
「うん」ユキノは二つの石を数回叩き合わせると枝の中に入れた。「家で使って奴拝借してきたんよ」
枝の中の石から火が出た。しばらくすると山になっていた枝が燃え始めた。それを見て、ユキノは枝を増やした。
カナタはユキノが持ってきた枝をナイフで細く削ると魔物の肉に刺した。それから火の回りの土に刺した。
「アレの残りどうするん?」
ユキノが倒れているクマの魔物を指さした。
「あ~、干し肉にするか」
カナタは鞄からナイフと布袋を取り出して魔物のもとへ行った。そこで残っている部分を全て解体すると細かくして布袋に入れると戻ってきた。
「干し肉袋なんて持ってたん?」
「勇者村からの支給品の一つ」カナタは鞄に布袋をしまいながら「姉貴いた護衛団でも使ってんじゃねぇの?」と言った。
「うん」ユキノは頷いた。「入れるだけで干し肉になるから重宝している」
カナタは「便利だよな」と言いながら、焼けた魔物の肉を食べ始めた。それを見てユキノも焼け具合を確認しながら肉にかぶりついた。
「ねぇ」
腹が満たされて、焼いた肉がなくなる頃にユキノが話しかけてきた。
「うん?」
「あのさ」
彼女の真剣な顔付きに、カナタは食べ終わった枝を集めている手を止めた。
「手合わせしてくんない?」
「はぁ?」ユキノの申し出にカナタは顔を歪ませた。「やだ。俺は魔導士。体術は専門外」
「だって、大きな魔物あっという間に倒したじゃん」
ユキノは殆ど、骨になった魔物を指さした。すると、カナタは小さく息を吐いて頭を乱暴にかいた。
「俺は力で倒してるわけじゃねぇ」
それで話を終わりにしようとした時、左手が勝手に動き出した。ソレは手の平を上に向けると、そこから黒い球体を出した。
「あ、お前勝手に」
カナタが文句を言ったが左手は言うこと聞かずに黒い球体を大きくした。それを見て、ユキノは目を細めた。
「あれ、忘れてたけどカナタの左手ってなくなったんよね」
左手をユキノに見られて、カナタは更に乱暴に頭をかいた。
「魔力で作った」
それを聞いたユキノは目を大きくした。
左手は出した魔力の塊を握りしめて投げるようなポーズを取りユキノに伝えていた。しかし、彼女はそれが理解できないようで首を傾げていた。
それに安心してその場を過ごそうとしたら次の瞬間、彼女の表情が変わった。
「なるほど、魔力の塊を魔物の核にいれるんだ。そうすると魔物が停止すんだね」
「え。コイツの言っていること分かんのか」
嬉しそうに笑うユキノに、カナタは驚いて自身の左手をじっと見た。すると、左手は魔力の塊をユキノに向かって投げつけた。魔力の塊はユキノの口に入り彼女は顔をしかめた。
「まず……」
次の瞬間、瞬きを何度も繰り返して自分の体をみた。
「どうした?」
「痛みがなくなったんよ」ユキノは立ち上がり身体を様々な方向に動かした。「木のぶつけた時から身体が痛かったんだけどさ」
カナタは左手を見ると、ソレは左右に手をひらひらと動かしていた。それはまるで自分の成果を自慢しているようであった。
――魔力の塊食べると回復するんのか?
カナタが目を細めると、左手は上に引っ張った。その力は強く、左手が取れそうになったためカナタは立ち上がった。
「……まさか、手合わせしろってこと?」
カナタの言葉に左手は反応せず動かなくなった。自由に動かせるようになった左手を見てカナタはため息をついた。
「仕方なねぇ。こいよ」
カナタが言うと、ユキノは嬉しそうに地面を蹴り向かってきた。
アオや師であるダイに比べたらゆっくりな動きであるが、体幹がいいのか攻撃の後必ず元のかまえに戻っている。
「上品だな」そう言いながらカナタは手を後ろで組んだままユキノの攻撃を避けた。「綺麗すぎるんだよなぁ。だから次の攻撃が読みやすい」
全く攻撃が当たらなくて、ユキノは焦っているらしくどんどん単調になっていった。
「感情的になりすぎ」
カナタが足払いをするとユキノはバランスを崩して転びそうになったが、地面に手をついて回転するとすぐにカナタの前に戻ってきた。
「もっと、こう……。なんつうかヒュウってできねぇ」
「わかんない」
ユキノは首を傾げながら、更にカナタに攻撃をしたがどれもカスリもしない。カナタは涼しい顔をして汗一つかいていなかった。
数時間後、ユキノの体力に限界がきたようでその場に座り込んだ。
「終わりか」
息切れをするユキノに呼吸を一切乱さないで涼しい顔をしたカナタが言った。
「あんたが強すぎ」
「俺は勇者のパートナーだからな」
一般人がここまでできるのはすごいことであるが褒めることはできない。勇者やパートナーに比べたら、アリのような実力だ。今後、魔物は強くなる。ソレらは勇者やパートナーじゃないからと手加減してはくれない。同等以上の実力が必要だ。
ユキノは大きく深呼吸をすると「まだ大丈夫」と立ち上がった。
「マジ?」カナタは驚いた。
「攻撃食らってないから。赤の勇者と手合わせした時は、血反吐はいても終わらなかった。動けなくなったらミサキ様に回復してもらってつづけた」
「げっ」ユキノの言葉を聞いて顔を歪めた。「どこの勇者様も鬼だな」
カナタはアオと手合わせをした事を思い出した。




