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「お疲れ様、レティ」
「ディオン兄様!」
レティシアが帰宅すると、馬車の音で帰宅が分かったのかディオン兄様が広間で待っていた。
あー、落ち着く。
居心地が良いとはお世辞にも言えない我が家だけど、この顔に出迎えて貰えるだけで良いかも。
「レティ、少し休むかい?それとも約束していた⋯⋯」
「もちろん、お茶会がしたいです」
にっこりと笑うディオンの言葉に被せるように言うレティシアに、微笑まし気に眼鏡の奥が優しく細められた。
一度レティシアが部屋に戻り着替えた後、サンルームでお茶会をすることになった。
先程は何だかんだで何も食べていない気がするな⋯⋯。
目の前にお菓子が並べられると、急にお腹が空いていたことを意識させられる。
つい瞳を輝かせてしまうレティシアに、ディオンはクスクスと笑って「軽食も準備して貰う?」と聞かれ、恥ずかしく頬を染めながらもレティシアはコクンと頷く。
するとディオンは微笑ましげに更に笑みを深めた。
レティシアがクッキーを口に頬張ると、優しい甘みが口に広がる。
そして穏やかな顔でそれを眺めるディオン。
あれ、ここって天国?
さっきまでの胃がキリキリとする環境から帰ってきたレティシアにとって、この穏やかな時間こそ何よりも求めていた時間である。
そして先ほどのお茶会がどうであったかを聞かれ、レティシアはあったことを全てディオンへと伝えた。
するとディオンは眼鏡の奥の瞳を一瞬細めると、顎に手をやり思案する顔をした。
「そうか、では第二王子殿下とバリエ公爵令嬢と仲良くなったんだね」
「仲良くなったのかは分からないのですが、一緒にお茶会をしようと約束はしました」
「いいことだよ。では、早速お礼も兼ねて手紙を書くといいよ」
「手紙⋯⋯ですか?ユリウス殿下にも?」
「あぁ、そうだね。彼は婚約者もいないし、君と親しくする分には王妃様も止めないだろうから大丈夫だろう」
第二王子殿下か。
さっき会ったばかりの顔を思い出す。
愛らしい顔で王子だと言うのに何処か親しみがある様子。
⋯⋯でもグイグイ来られ過ぎて、どう対応したらいいのかわからないのよね。
それに、このディオン兄様がユリウス殿下を実際どう感じているのか。
やっぱり漫画だと接点なさそうだったし、あまり気にしなくていいのだろうか。
「ディオン兄様はユリウス殿下とお会いしたことはありますか?」
「いや、ないよ。でも太陽のような明るさと第一王子に比べては劣るが、年齢にしてはとても優秀だと聞くからね。機会があれば話してみたいとは思うよ」
「そうなのですね⋯⋯」
うーん。
これはどう受け取ればいいのだろう。
やはり王族とはあまり接触をはかって欲しくはない気がする。
それにディオン兄様に懐く作戦だった筈が、私がただただディオン兄様に本当に懐いているだけな気がする。
つまりはディオン兄様が改心したとは言えない訳で⋯⋯。
難しい。
ここはやはり仲良くなったとしても、この家に招くのは止めておいた方が良いだろう。
何通か手紙のやり取りをして、そのままフェードアウト。
よし、これだ。
そう考えるレティシアの考えなどお見通しとばかりに、ディオンからの続く言葉に、レティシアは一気に青褪める事になる。
「そうそう、お茶会の約束と言っていたね。その辺りは手伝うから安心して欲しい。
レティは友人を招くのは初めてだろう?心配な事は何でも相談して欲しい」
「いえ、でも⋯⋯」
「レティ、可愛いレティシア。私は誰よりも君の力になりたいんだ」
ディオンが眉を下げながら、心配そうにレティシアを見つめるその表情に、レティシアは一気に頬が緩むのを感じる。
何せ、今や愛する推しと言っても過言では無いディオンが自分を心配してくれているのだ。
しかも自分に向けた甘い声まで付いてくる。
それに陥落しない者はいるのだろうか。いや、いない。
レティシアには、もはや決意なんてものは何も無かった。
「ディオン兄様!」
あぁ、にこやかに微笑むそのお姿こそ、私にはとても尊いもの。
しかも少しはにかんだ笑顔。
レティシアは心の底から神という名の漫画家が創りし最高傑作を拝んだ。
そんなレティシアの頭の中は、ディオンで一気にいっぱいになり、先程のお茶会を開かないという決意はあっさりと消え去ってしまったのだ。
そんなレティシアの様子を、ディオンは眼鏡の奥で穏やかに目を細めて微笑む。
馬鹿な子ほど可愛いとは良く言ったものだ、などと彼が考えていることも、脳内で満開の花が咲いているレティシアには気づく術も無いことであった。
久しぶりにこちらの投稿です。
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まったり更新になりますが、完結させますのでお付き合い頂けると嬉しいです。