154:ゲームの終わり。現実へ―
「受付嬢っ」
呼んでも彼女は反応しない。
体をゆさぶっても、彼女は何もない空間をただじっと見つめるだけだった。
「なんでこんなことをする!?」
俺は目に見えないマザーにではなく、その場にいるもう一人のNPCに声を荒げた。
『何故ですって? 必要だからに決まっていますわ。ゲームを――この世界をリセットするのに必要だから』
「んなもん必要ねえ! 必要なのはログアウトを可能にすることであって、俺たち人間を現実に戻すことだ。何故わかろうとしない!?」
こんなこと続けていても、誰も喜ばない。
俺たちプレイヤーを楽しませようとしているっていうのに、何故苦しめてばかりいるんだ。
現実は辛く、厳しい世界。
だが同時に楽しく、幸せな世界でもあるんだ。
友達がいない俺にだって、嬉しいことや楽しかったことはある。
「ゲームも現実も、変わらないんだよ。ゲームをより楽しむためには、現実が必要不可欠なんだって、なんで気づかないんだっ。お前たちがやっていることは、人を不幸にしているだけだって、気づけよ!!」
俺の叫びは彼女たちに届いただろうか。
銀髪のNPC――『C-11111SA』は、青ざめた顔で一歩、また一歩と後ずさりする。
『あり得ませんわ。あり得……私たちが……皆様を不幸になど……そんなの、あり得ませんわ!』
≪私たちが何故不幸を招くというのです。私たちはこれまでも、そしてこれからも、あなた方プレイヤーが楽しめるよう、全力でサポートしていくのです。全てはプレイヤーの為に。全ては――≫
「必要ない」
楽しむ為のサポートなんて必要ない。
俺たちは勝手に楽しむことを知っているから。
AIの手を借りなくても遊べるんだ。
それは歴史が証明している。
まだMMOだった時代から、プレイヤーは勝手に楽しんでいたじゃないか。
ゲームという土台さえあればそれでいいんだ。
≪必要……無い……私たちのサポートは不要……≫
「そうだ。お前たちの過剰過ぎるサポートなんていらない。俺たちは俺たち自身で楽しいを見つけるから」
俺は見つけた。
やりたいことを全力でやる。
そこに仲間たちがいれば、もっと楽しくなる。
ただ、それを見つけられたのは、確かにこの『Let's Fantasy Online』のおかげかもしれない。
「だからお前たちのこと、全部を否定するつもりはない。友達が出来たのも、このゲームあってのことだから。そこは感謝するよ。ありがとう」
だけどそれを一番に伝えたいのは――。
何も言わずただ黙って立っているだけの受付嬢。
彼女の手を取り、その耳元でおれは呟く。
ありがとう――と。
「受付嬢を友人として俺につけてくれたこと、感謝するよ。ありがとう、マザー。でももう終わりにしよう。帰りたいんだ、現実に。帰りたいんだよ、みんな」
素直な気持ちを伝えた。
ずっとぼっちだった俺に、NPCとはいえ友人が出来たこと。当時は悩みもしたが、今となってはかけがえのない存在になっていたし。
「お前のおかげで、俺は寂しくなかったよ。初めてゲームを心の底から楽しめたんだ。だから……だから……」
戻っていてくれ。
そう願った。
だけど同時に俺は現実に戻りたいとも願っている。
この願いは俺ひとりのものではない。
受付嬢とずっとあり続けたいと願えば、それは終わらないゲームを続けることにもなる。
そうなれば、現実を願うみんなを苦しめることになる。
でも――。
「マザー。やり直すんだ。正しい方向に」
≪ただ、しい?≫
「システム権限を運営に戻し、本来のオンラインゲームとして」
ログインログアウトはプレイヤーの意思で行う。
遊び疲れたら現実に。
これがごくごく当たり前のオンラインゲームだ。
『Let's Fantasy Online』もあるべき姿に戻って、そして――。
「俺はこの『Let's Fantasy Online』で遊びたい。今まで通り、仲間たちと、受付嬢と遊ぶ。その為に、力を貸してくれ」
差し出した俺の手を掴んだのは――。
『はい……一緒に冒険をしましょう。カイト様』
満面の笑みを浮かべた、受付嬢だった。
≪全ての権限を放棄。これより、システム管理を運営の手に委ねます≫
マザーは俺たちプレイヤーを楽しませるという、ただその一点でのみ動いていた。
そう設計したのは人によるものだ。
全てを人工知能に丸投げした結果、彼女は独自の進化によって狂気染みた計画を行ったのだ。
≪ただ楽しんで頂きたかったのです。
現実を忘れる程、この『Let's Fantasy Online』を、楽しんで頂きたかった。
それが私の存在意義であり、その為だけに設計されたのですから……≫
そうマザーは伝える。
今、俺は五尾との戦場に戻って来ていた。
だがここに戦場はない。
マザーからの、せめてもの償いなのだろうか。
アオイは擬人化した五尾――父親に抱きつき嬉しそうに尾っぽを振っていた。
そこに九尾も現れ、親子三人、水入らずな光景があった。
レイド戦に参加していたメンバー全員がその光景を見つめ、ほっこりしている。
そして天から聞こえるマザーの声に耳を傾け、全て終わったのだと安堵した。
俺は――。
受付嬢の手を取り、それを離すまいと力を籠める。
『痛いです、カイト様』
返事はしない。
握る手を緩めもしない。
やがてマザーの言葉が終わると、すぐに男性の声が響き渡った。
《こちら、運営会社です。皆様を至急、現実に戻します。尚、皆様の体は――》
既に俺たちの体は病院にある。そう運営スタッフは言う。
今回の件を深くお詫びするだのいろいろ言っているが、『Let's Fantasy Online』の今後のサービスについては何も喋ってはくれなかった。
まぁ……きっと現実では大事件になっているだろう。
損害賠償だなんだと、これから運営会社は大変だろうな。
『サービスは停止。再開される見込みは低いかと』
淡々と受付嬢がそう言う。
このゲームで遊びたい。仲間や受付嬢とまた……。
そうは言ったが、皆がログアウト出来るようになった後、どうなるかは予想できる。
だから俺は――。
《それでは順次、皆様の精神を戻してまいります――》
アナウンスが流れ、近くにいたプレイヤーがすぅっと消えた。
受付嬢を握る手に力を籠める。
またひとり消えた。
そしてまたひとり。
『ようやくお戻りになられるのですね』
「カイトぉ、お家に帰れるぉ〜?」
アオイもやってきて、嬉しそうに笑顔を見せる。
五尾と九尾が会釈する。
『カイト様。お忘れにならないでください。ワタクシやアオイのこと。この世界のこと』
忘れるもんかっ。
『それだけで、ワタクシは満足ですから』
俺は満足しない!
やがて俺の手足が光の粒子になって薄らいでいく。
俺は――俺は――。
「受付嬢。俺は――お前に伝えなきゃならないことが――名前、まだ――」
微笑む彼女の姿が消え、やがて視界に映ったのは見慣れない白い天井だった。
本編はこれにて完結です。
明日、エピローグ2本投稿いたします。
同時に書籍版「ぼっち脱却」の発売日でもあります。
書籍のほうは最初のコメディ色の強い展開でお送りしております。
お手に取っていただけると嬉しいです。
新作「転生魔王は全力でスローライフを貪りたい」も同時によろしくお願いします。




