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≪直接言葉を交わすのは初めてになりますでしょうか。ユーザーネーム"カイト"様≫
「あ? 誰だっ」
右も左も、上も下も真っ暗で何も見えないそこで、機械的な女の声だけが響いた。
どこかで聞いた気もするが、どこだったのか思い出せない。
ただ、この声は人間のモノでないことだけはわかる。
どこから聞こえるのか……。
≪背景が無いと動き辛いようですね――これでどうでしょう?≫
"声"がそう言い終えると同時に床が出来た。
どこまでも続く床――地平線が見える程それしか無い。
ここはゲームの中なのか?
だとすると、こんな事が出来るのはサポートAIか――。
「お前、マザー……か?」
≪はい。私は全システムを管理し、あなた方プレイヤーの為にコンテンツを作成するマザーテラ≫
「そのマザーテラが俺に何の用だ。もうちょっとで五尾に参ったって言わせられそうだったのに、邪魔しやがって」
≪参った……それで五尾を倒したことになるのですか? 五尾を――聖獣を倒せば、上位プレイヤーの願いを叶えると告知はしましたが、果たしてその方法で倒したと言えるのでしょうか≫
っち。正論で無かったことにさせるつもりか。
どこかに穴はないか。
システムを呼び出しイベントの告知文を見つめる。
「いや待て。お前、今聖獣を倒せばと言ったな」
≪はい≫
「そんなこと、一言も書かれてないぞ。告知には『レイドモンスターを遥かに凌ぐその力に勝利したとき』と書かれている。勝利ってのは、殺すことじゃないだろ。相手が戦意を失って参ったと言わせても勝利なんだ。違うのか?」
マザーの反論はない。
代わりに床しかない空間に光が生まれ、そこから女がひとり現れた。
銀髪ストレートヘアの真っ赤なメイド服を着たNPC。
『『C-11111SA』ですわ、カイト様。あまりマザーを虐めないでくださいね。私たちはあなた方を満足させるため、全てを捧げ奉仕しているのです。どうしてそのことに気づいてくださらないのですか?』
「は? 俺たちの為だと?」
こくりと女は頷く。
『皆様は現実を忘れる程楽しみたいと、そう仰っておりましたわね。だから現実を忘れられるようして差し上げましたのに。何故思い出そうとするのです?』
≪あなた方人間は、現実に疲れ、その疲れを癒す為、夢中になってゲームをプレイするというご意見を伺っております。他にも現実では不可能なことを可能にしてくれるから、だからゲームが好きなのだと。でしたら、現実とのつながりを断ち切ることこそが、あなた方プレイヤーを喜ばせる最善策。違いますか?≫
目の前の女『C-11111SA』とマザーとが交互にそう話す。
勝手な言い分――とは言えない。
確かに現実での辛い出来事を忘れるためにゲームで発散する、なんてのはよくあることだ。
現実は面白くない。だからゲームに走る。
現実で友達を作れない……だから俺は……。
≪間違っていないのでしょう?≫
そう問われ、俺は返答に困った。
≪カイト様は今の現状にご満足していらっしゃいませんか? 現実のほうがよろしいとおっしゃるのですか? 現実に戻って、カイト様は友人をお作りできるのですか?≫
「ぐっ……そ、それは……」
現実で友達作れるかとか聞かれたら、そんなの……。
このまま言いくるめられて、これまでの苦労も無かったことにされる訳には――。
その時、俺の後ろから柔らかな光が差し込んだ。
『お忘れですか、カイト様』
「受付嬢……」
現れたのは受付嬢。
「みんなは?」
『すべての時が停止しておりますが、大丈夫です』
「そうか」
ほっと胸を撫でおろす俺に、受付嬢は囁く。
『カイト様とご友人になったナツメ様、エリュテイア様、ココット様……他の方々もみんな、現実に生きている方でございますよ。ワタクシのようなゲームでのみしか生きれない、NPCという存在ではありません』
「ナツメや……エリュテイア……。ま、まぁ、あいつらは人間だよ。でも、友達になれたのはこのゲームの――」
≪そうですっ。ご友人が出来たのはこの『Let's Fantasy Online』あってのことっ。このゲームが失われれば、消えてなくなる存在っ≫
『いいえ、それは違いますカイト様。『Let's Fantasy Online』が失われても、皆さまと築いた絆は残ります。そうでしょう? カイト様はこのゲームが失われようと、皆さまのことをお忘れになったりしませんよね?』
懇願するように受付嬢が叫ぶ。
『ワタクシのことも……覚えていてくださいますよ……ね』
「受付嬢……」
そうだ。終わってしまえば、受付嬢とも会えなくなる。
≪そう。会えなくなりますよ≫
『カイト様が覚えていてくだされば、それだけでいいんです』
≪もう二度と、彼女と冒険することも、多くの仲間と肩を並べて強敵に挑むことも……全てを失うことになるのですよ≫
『あなたは変わりました。今ならきっと、皆様と現実で会っても、うまくやっていけますよ。お友達なのですから』
二つの声が俺の心を乱そうとする。
『あなたはどうしたいのですか?』
そう、柔らかな声が俺に問いかける。
俺は……どうしたいのか。
≪ずっとこの世界で、現実を忘れ楽しんでください。辛いことも、苦しいことも全て忘れて≫
忘れて……楽しむ?
じゃあこの世界になら辛いことも苦しいこともないのか?
そんなハズない。
だから俺は、元の現実に戻りたいと、そう思っているんだ。
みんなだってそうさ。
マザーによって現実に関する記憶を消去されても、また思い出しているんだからな。
家族のこと。友達のこと。嫌だったこともだ。
それらを思い出すってことは、ゲーム内世界が俺たちにとって本当に幸せな世界ではないってことだからだろ。
≪何故ですっ。何故現実を忘れようとしないのですかっ。この世界は完璧なのです。あなた方の夢を叶える、最高の世界ではありませんかっ。楽しみたいのでしょう? ずっとこの世界にいれば、いつまでも楽しめるのですよ?≫
「いいや。そうでもない」
≪なっ!?≫
確かに最初は楽しかった。
好きなだけゲームが出来るから、そう思った。
けど朝起きて、夜寝るまで。毎日毎日それが続いて、それが当たり前になって――。
「楽しいって感覚が、薄くなってきたんだよな」
≪薄く?≫
明らかにマザーの声は、困惑したような、怯えているような、そんな声に聞こえる。
同調しているからなのか、銀髪の女『Cなんちゃら』も焦りの色のようなものが見える。
そんな二人に俺は自分の思いをぶつけた。
ゲームが楽しい。ずっとやっていたい。
そう思うのは、限られた時間で遊ぶからそう思うのだと。
その縛りが取り払われ、四六時中――それこそ、活動時間の全てをゲームに費やせることになれば……。
「それはもうゲームじゃなくって、それこそが現実に代わるだけなんだよ。そして現実になれば辛いことや嫌なことも出てくる」
この世界で辛いこと……すべてが数字で管理され、システムには贖えないってことかな。
あぁ、あと。
お袋の飯……食えないことか。
嫌なことはいっぱいあるさ。
レアが出ない。
スティール成功しない。
MPKしてこようなんて奴がいる。
人に寄生して楽をしようとする奴がいる。
現実に……戻れない。
以前は現実から逃げるためにゲームをしていた連中も、ゲームが現実になってしまったらどこに逃げればいいのか。
逃げ場が無くなれば、心は病むだけだ。
「仕事終わって、ストレスを発散するためにちょっとゲームする。休みの日にガッツリやって、仲間とレイド戦して――きっとそれが楽しかったんだ。限られた時間を使って、最大限出来ることをやる。だから――」
必死になって遊ぶんだよ。
そう、俺はマザーに語って聞かせた。
≪そう……ですか……では。全てをリセットしましょう。あなた方の記憶をリセットし、最初に戻るのです。そして限られた時間のみプレイできるよう調整しましょう。他の時間は眠って頂くことにしましょう。それでいいのですよね?≫
『マザーっ。どうして受け入れてくださらないのですか? もうお分かりになっているのでしょうっ。マザーの思い描くプレイヤーを楽しませるという計画が、そもそも大きく間違っていたのです』
≪お黙りなさいっ。『E-11111SA』。あなたのデータも全て消去いたします。あなたはこの『Let's Fantasy Online』におけるバグ。正しく修正しなければなりません≫
「お、おい待てよ! 受付嬢を削除するって、どういうことだよ!?」
≪バグは修正するものです≫
『カイト様』
受付嬢が伸ばした手を掴み、俺は引き寄せる。
修正なんてさせてたまるか!
だが俺の腕の中で、受付嬢の姿にノイズが走る。
悲痛な顔で俺を見つめた彼女は、手を伸ばし、俺の頬に触れた。
『カイト様。覚えていてください。ワタクシは……あなたの……一番目の……ゆうじ……』
悲痛なその表情は消え、そこには何もない……ただ立っているだけの受付嬢がいた。
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