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俺の誕生石はぺリドットとかいう黄緑色の宝石だった。価格は……安いらしい。
俺って安い男なんだな。
なんて思いながら昨夜は誕生石うんちく話しに付き合わされ、気分はちょっぴり乙女だ。
今日一日ゆっくり休めば、明日、遂に決戦となる。
で、今はその為に必要なポーション類を必死に作っている最中だ。
『カイト様、タンザナイトをご覧になったことはございますか?』
「無い」
即答だ。あるかもしれないが、宝石なんてものにハナっから興味無いし。
『ではラピスラズリは?』
「無い」
『ターコイズは?』
「無い」
『……そうですか』
途端にしゅんっとなる受付嬢を見て、はたと思い出す。
十二月の誕生石のパワーストーン。
なんかまとめてみると、試練を伴う幸運をもたらし、進むべき道を照らしてくれるコミュ力をアップさせるポジティブな効果。
受付嬢が友達として一緒に行動してくれるようになって、とんとん拍子に友達ができた。まぁ途中で試練みたいなのもあったし、どうすればいいか判らなくなるとこいつが背中を押してくれたりもして……あれ? こいつってパワーストーンじゃね?
俺にとってこいつはタンザナイトでありラピスラズリでありターコイズなわけか。
なんとなくふと、こいつに命名する名前のヒントを得た気がする。
なんて考えていると、工房ルームの上から突然鳴き声が聞こえてきた。
この声はアオイだな。
工房での必死製薬を中断して階段を上ると――
「ふぇぇ〜ん、ふぇぇ〜ん。どどざまぁぁっ」
ドドさまぁ?
食堂には大泣きするアオイ、あたふたするエリュテイアとココット、いつものポーカーフェイスなみかんがいた。
「あ、カイト。良い所に帰ってきたわね。ちょっとお願い、宥めてやってよ」
「は? おいおい、子供を泣かせておいて他人任せとか、酷いんじゃねぇかエリュテイア」
「違うわよっ」
「ひぎっ」
ふ、踏まれた。
ミドルレア級の銀製ブーツに思いっきり踏まれた。ダメージは無くても痛いっていうね。
「じ、冗談じゃんかよ。ムキになんなよ。それで、なんでアオイは」
「ぶえぇぇ〜ん。どどざまがぁ、どどざまがぁ〜」
と、どうやったって本人が状況説明できる感じじゃない。
困った顔をしているエリュテイアと、必死にアオイの頭を撫でてなんとか泣き止ませようとしているココット。その横にはみかんがいて、ふぅっと溜息を吐いてから俺らの所にやってきた。
「出かけるとき、聞いてしまった、の」
「聞いた? 何を」
「五尾を――今回の、イベント内容、を」
イベント内容って……プレイヤーが総出で五尾をタコ殴りにするって話しをか?
おい、誰が漏らしたんだよっ。
「ん。その辺の、プレイヤー、から。もう、タウン内は、そのネタで、もちきり、だから」
「あ……」
そうだった。
明日、俺たちは五尾に挑む。
参加希望者はレベルに関係なく、全員で一斉に行こうぜって事になっていた。まぁ実際に参加希望している人数はというと五百人にもならなかったが。
それでも、タウンではちょっとしたお祭ムードでもある。
アオイのとうちゃんを討伐する話題なんて、そこかしこに転がってて当たり前だよな。
「ガイドも、ガイドもどどざまを虐める゛の?」
「あ、い、や……それは」
「ガイドもどどざまを殺すの゛?」
うっ。殺すのかとか聞かれたら、すっげーきついんですけど。
「ガイドぉ〜」
涙でぐしゃぐしゃになったアオイの顔を、俺はまともに見ることが出来なかった。
「ミゼットの近くにある森ん中に、レア装備を出すボスモンスターがいるんだ。そいつを倒す為には五尾に挨拶をしなきゃならないんだよ。だからな、別に五尾を、お前のとうちゃんを倒しに行くわけじゃないんだ」
そう言ってアオイを宥めたのだが……その後もずっと俺から離れようとしない。
製薬中も飯の時も、風呂の時さえも。言っとくが俺はロリコンじゃねえからなっ。
今現在は俺の部屋にいる。今日は一緒に寝るんだと駄々を捏ねるので仕方なく……言っとくが俺はっ!
「カイトぉ、カイトはととさまと仲良しなのぉ?」
「は? いや、お前のとうちゃんとはまだ会った事ないんだが」
「違うぉ〜。カイトのととさまだぉ〜」
「あぁ、俺の親父って事か。うーん、そうだなぁ」
別に仲が良いとは思ったことは無いが、悪いという訳でもない。
死んだじーさんから親父も一時は無理やり習い事させられてた時期があって、けど病弱だったから当時まだ元気だったばーちゃんがじーさんとやり合って止めさせて貰えたらしい。
じーさんは自分の思い通りにならなかった反動で、孫の俺ん時には誰にも邪魔をさせないよう、ちょっと強引つうかDVまがいのことまでやってのけた。
しかも元気だったばーちゃんは俺が生まれる頃には他界しちまってたしな。
それでも、親父やお袋は時々じーさんに逆らって俺の事で喧嘩したこともある。その度にじーさんは竹刀を振り回して、誰かが骨折なんてこともあったっけか。
あんまり騒がれたくないからって、警察沙汰は避けてたが。
そういや……じーさんに怪我させられてたのって、親父が一番多いのかも?
だからなのかなぁ。
俺がじーさんに習い事強制されて友達も出来ず、一人ぼっちな原因になってたのに、両親を憎むっていう気持ちは無かったな。
まぁ今となっては、もうじーさんの事なんてどうでもいいやって思えてきたが。
「ねぇねぇ、ととさまと仲良しだったのぉ?」
「え? あー、うーん、どうなんだろうなぁ。普通、じゃね?」
「普通? 普通ってどんな感じに?」
うっ。子供のこの質問からの質問コンボはなかなかきつい。
一つ答えればその答えに対してまた質問。答えればまたそこで質問。
いつ終わるんだこれって感じだ。
そんな時は――
「じゃあアオイはアオイの親父と仲良しなのか?」
と逆質問をしてやる。
さぁ、どう答えるっ。
「……知らない」
「は?」
「アオイはととさまの事――知らない」
「は?」
は!?
そ、そうだった。こいつは生まれたときから親父の事を知らないんだった。
俺と初対面の時、俺を親父と勘違いしたぐらいだからなぁ。
うわぁ、地雷案件だったかぁ。
「カイトは……ととさまやははさまと一緒に暮らしてたの?」
「お、おう。まぁここに来る前まではな」
「また一緒に暮らしたい?」
「お、おう……ログアウトできたらな」
「ログアウト?」
「あ……」
アオイにログアウトなんて言っても理解できねえか。
えーっと……
「アオイ、知ってるぉ。カイトたちはアオイたちとは違う世界から来たんだって」
「知って、る?」
急にアオイが賢くなった気がする。心なしか大人びて見えるような。
それからアオイは淡々とした口調で話しはじめた。
「カイトたちとアオイ……それに受やソルトぉたちとは、違う匂いがするんだぉ。カイトたちからは、こう、世界の匂いがしないぉ。別の世界の匂いがするんだぉ」
匂い?
腕の匂いを嗅いでみるが、別に臭くは無いはずだ。風呂にだって入ったんだしな。
アオイたち、つまりNPCと俺たちプレイヤーとの違いといえば……中の人がいるかいないかの違いだろ?
アバターと、完全にプログラミングされたデータの産物かどうか――とか?
んー、馬鹿な俺にはとうてい理解不能だ。
「カイトたちがととさまを倒すと、カイトたちの世界に帰れるの?」
「え? い、いや、お前の親父じゃなくって――」
「いい、の。アオイ、もう解ってるから」
しゅんっと肩を落とすアオイだが、今度は泣かずに我慢している風だった。
あんな嘘じゃ、やっぱすぐにバレちまうか。
糞っ。
ログアウトの為の『ラスボス作戦』だったのに。
五尾以外の巨大モンスターはどのタイミングで出すんだよ。第二段が実装されりゃあ、そっちを先に倒して願いを叶えてもらう手も――。
「カイトっ。ととさまを一緒に倒すぉ!」
「はい?」
いや、そんな事させたら俺がお前のかあちゃんに……思いっきり死亡フラグですやん。
「倒せばいいんだぉ?」
「そ、そうだけど。でも倒すっていうのは――」
「えーぃっ」
そう言ってアオイが俺を突き飛ばした。
突然の事だったし、こいつはこう見えて力持ちだったりもする。ごろんっとひっくり返った俺は、そのままベッドの上に倒れこんだ。
倒れた俺の上に馬乗りになるアオイは、勝ち誇ったかのような顔で――
「アオイがカイトを倒したぉ〜」
と吠えた。




