144:雷の容器。
月光の森ダンジョン入り口前に到着すると、丁度先客が出てきたところだった。
「お? ナツメと、それにカイト君ではないか」
頬に雷マークのような傷を持つ男……えーっと、こいつは確か――
「あれ、サンダーじゃん。どうしたの?」
そうそうサンダーだ。サンダー……ボトル?
親しげにナツメがサンダーボトルと会話を始める。
「昨夜の告知にあった新しく実装されるモンスター名に、聖獣とあっただろ。ギルメンが聖獣なら月光の森の裏ボスもそうだと言うんでね。情報を知らないか尋ねに来てみたのさ」
「え? アオイちゃんのお母さん――九尾って裏ボス扱いなの?」
え? 俺もそんな事知らないぞ。そもそも九尾と直接会った事のあるプレイヤーって、俺と最初のコボルトキング戦の時にいた連中だけじゃね?
「なんだ知らないのか。森の中で低確率で出会える九尾の子狐を保護してやると、ダンジョン最深部で九尾に会えるんだぞ。間違って子狐に悪戯でもしようものなら、その場に九尾が現れて一撃で噛殺されるがな」
「「え」」
ぎょっとなって皆がアオイに視線を送る。
そういやこいつ、最近はよくこっちに帰ってきてたもんな。それ以外でもごくたまーに……。
そんときに偶然他のプレイヤーがこいつを見つけて、ある者は親切に親元まで送り届け、ある者は幼女可愛いペロペロしようとして噛殺され……か。
しかしなんで裏ボスなんだ。
「九尾が裏ボスって、戦闘でもできるの?」
「噛殺された連中なら、一瞬だろうが戦闘状態にはなってるだろうな。まぁ当分は相手にならなさそうだよ、はは」
サンダーボトルがそう言うと、後ろにいた奴のギルメンどもが血相を変えて抗議しはじめた。
「馬鹿ギルマスが九尾を怒らせるからっ」
「女心ってものがぜんっぜん解ってない!」
「高度なAIが仕込んであるんだから、もっとデリカシーある言い方ってのを心がけなさいよっ」
「死ぬかと思った。本当の意味で死ぬかと思った」
「あれ無理ゲー過ぎるだろ」
「一瞬で噛殺される方がまだマシだぜ……」
「人妻怖い人妻怖い人妻怖い」
何があったのか想像も出来ねえが、解るのは……こいつらかあちゃん怒らせたなって事。
その元凶はギルマスであるサンダーボトルらしい。
俺たちも今からかあちゃん所に行くってときに、何怒らせてんだよ糞。
「どうする? サンダーボトルたちのあとから入って、かあちゃんのご機嫌がまだ悪かったら聞きたいことも聞けやしねえよな?」
「うん。でもこっちにはアオイちゃんがいるし、何よりカイトとは仲良しだろ?」
『そうでございますね。カイト様は九尾様と仲良しですし。ところでカイ――』
「なんだその仲良しって。まぁいいや。聖獣・五尾の情報は必要だしな。待ってろサンダーボトル。俺たちがしっかり情報を掴んできてやるぜ」
彼らを元気付けてやろうとガッツポーズまで見せてやったんだが、なかなかウケがよかったようだ。
サンダーボトルだけは引き攣った顔をしているが、他の連中の顔には笑顔が戻っている。
だが、ちょっと励まし過ぎたか?
中には腹を抱えて笑いだす奴も現れた。
『カイト様。その方はサンダーボトル様ではなく、サンダーボルト様です。ボトルは容器であり、雷の容器になってしまいますよ』
「ぶわっはっはっは。ちょ、マジ解説やめてくれっ」
「ボ、ボトルうぅぅ」
「うちのギルマス、容器でいいよ。っぷくく」
「雷の容器っ。ちょ、かっこいいじゃねえか」
……え?
「サンダー……ボルト?」
傷のある男が涙目で頷く。
「今日からうちのギルマスはサンダーボトル決定〜。賛成者は挙手っ」
誰かがそう叫ぶと、サンダーボト――ボルト以外全員が手を上げた。
「カイト君の命名センスが光ってたねぇ」
「止めろっ」
「ボトルとかだっさい名前、誰が付けるっていうのよ。普通に考えたらサンダーボルトだって解るようなものを」
「カイト、でしょ。ふふ、ふふふ」
「私も直接お会いするのは始めてでしたけど、ちゃんとお名前知ってましたよぉ〜」
「止めてさしあげろっ。俺がかわいそうだろっ」
『ご自分でご自分がかわいそうだなんて……ご安心くださいカイト様。誰もカイト様がかわいそうだなんて思っておりませんわ』
「お前っ。俺に止めを刺す気かっ!」
「サンダ〜ボトルゥ〜♪」
「人の頭の上で歌うなっ」
俺の頭をペチペチ叩きつつ、アオイは嬉しそうに歌を歌っていた。
サンダーボルトたちの話だと、五尾と九尾は夫婦の関係――つまりアオイの親父で間違いなかった。
そこからどうやってかあちゃんを怒らせたのか、それは聞かないでくれと本人に言われ、奴のギルドメンバーから、
「旦那を倒す方法を教えてくれ。とボトルが単刀直入に聞いちゃってね」
「普通、自分の夫を殺すための方法教えてくれる嫁とか、いると思う?」
とアッサリ教えてくれたもんだ。
そのせいで恐ろしい目に会ったらしい。
そこまでは詳しく聞かなかったが、全員が大きな溜息を吐きながら森から帰還していった。
月光の森のダンジョン。
通常のMOダンジョン仕様なので、中に入ると六人パーティーになってしまう。
森に来ているメンバーは、俺、受付嬢、ナツメ、エリュテイア、ココット、みかん、教授、クィント。そしてアオイだ。
まぁアオイは人数にカウントされねえが、どっちにしても人数オーバーになる。
なのでダンジョンには入らず、アオイにかあちゃんを呼んで貰おうって算段だ。
「機嫌が悪いと、呼び出しに応じてくれるかだなぁ」
「最初はアオイ君をネタにして、プレイヤータウンではどうとか、彼女の新しい技か何かはあるのかとか、とにかくアオイ君を中心に話題を振っていこう」
という教授の提案を実行する事にしよう。
「ははさま来るぉ〜」
森をじっと見つめていたアオイが振り向いて教えてくれる。随分と嬉しそうな顔しやがって。やっぱかあちゃんと一緒の方がいいんじゃねえか。
程なくして森から金髪碧眼のナイス過ぎるバディな女が現れた。
当たり前だが着物の裾からは、九本の尻尾が見えている。
『またアオイを連れて来てくれたのかえ。よう来たよう来た。それで、わざわざ我を呼んだのは何故かえ?』
ごくり。
かあちゃんを怒らせないように、まずはアオイの話題でも――
「あのねははさまっ。カイトたちがととさまの事知りたいんだって」
『なん、じゃ――と』
地雷踏みがここにいやがったっ!




