142:餅つけ。
レベリングを終え帰宅すると、同じタイミングで戻ってきた連中と一緒に飯を食う。
全員無事、記憶は改ざんもされていなければ失ってもいない。
「そういえばカイトさん。アオイちゃんは里帰りからまだ戻ってきてないんですか?」
「んぁ? あぁ、まだだな。このままかーちゃん所に残ったりして。俺はどっちでもいいけど」
アオイは一昨日からかーちゃんの所に戻っている。
俺たちが帰りたいだのなんだの話していたのを聞いていたせいか、どうやらホームシックになったらしい。
夜中に突然起きて「ははさまぁ〜」と泣き出したから、月光の森まで夜中に連れて行くハメになり、そのまま暫くかーちゃんに甘えさせることにしたんだ。
「どっちでもいいとか、ロリコンにとって許されない言葉だね」
「ナツメ、お前ロリコンだったのか」
「ボクは違うよ〜ん」
よ〜ん、じゃねえよ。
ったく。
飯を食い終えると、今度は製薬だ。
「リリカ、溜まってるか?」
「あ、カイトさん。薬草ですね。お母さんと一緒に、たぁ〜っくさん集めましたよぉ」
「そうか、サンキューな」
最近はリリカのかあちゃんも元気になったもんだ。
とはいえ、定期的に薬を飲んでなきゃ、また直ぐに体調を崩すだろうな。
そういや……俺らがログアウトできるようになったとして、次にログインするまでにゲーム内じゃあ数日も経ってたりするよな。
ログアウト不可なんて事態を起したんだ、暫くサービス停止なんてこともあり得るだろう。寧ろサービスしゅ……い、いや、それはダメだ。それだけは絶対にっ。
とにかく今は出来る事をやるっ。
リリカのかあちゃんのためにも、薬を大量生産しておくかな。出来れば薬のレシピをケモミ族のオタル氏に渡して、定期的に製薬してくれるよう頼んでおくかな。
日中の間にリリカとかあちゃんが採取してくれた薬草が無くなるまで、加工を受付嬢が、製薬を俺がやって大量のポーション類をゲット。
「ふぅ〜。じゃあ、半分を販売用に、残りはここの連中で分けて使って貰うか」
『お疲れ様ですカイト様。加工だけしかやっておりませんが、ワタクシも製薬レベルがとうとう15になりました』
「毎晩のように大量加工して貰ってるからなぁ。俺も30超えちまったよ」
製薬レベルがあがると、ステータス強化ポーションも作れるようになる。
こっちのポーションは対ラスボス戦用に、使わずにずっと取ってある。
まだラスボス要望が通った訳じゃないが、通ると信じて備えているのだ。
しかし、要望出してから何日も経ってるってのに、何の反応もないあたり、却下されちまっただろうか?
『カイト様?』
「んぉ、すまねぇ。ちょっと考え事」
『ご要望の件ですか?』
こいつ、エスパーかよ。
まさにその事を考えていた訳だが。あ、もしかしてこいつの所になにかしらの情報が来てるとか?
だが尋ねてみたが首を横に振るだけで、何も届いていないと言う。
表情からすると、嘘ではないらしいな。なんせこいつ、うっかりさんだから簡単に見抜けるっていうね。
「要望第二段を考えなきゃならないかねぇ」
『そうでございますね。また違うアプローチを考えるのもよろしいかと』
階段を上りそれぞれの部屋へと向う途中、玄関の扉が物凄い勢いで開け放たれた。
扉の向こうにはもっすんとクィント、それにマックの男三人組が立っていた。
「もう夜も遅ぇーんだぞ。静かに帰ってこいよ」
『お帰りなさいませ。お風呂のお湯はまだ残っていますよ』
階段の上から俺たちが声を掛けると、存在に気づいた三人がこちらを向いて三者三様に叫びだした。
「お狐様「ちゃんのマム「が東の「大暴れで「でも尻尾の数が「え? そうだったデスか?「絶対あればラスボスっすよ!」
……。
お前ら餅付け。
じゃなくって落ち着け。
『Let's Fantasy Online』の舞台になっている大陸の東側、俺たちが狩り場にしている樹海からもうちょい東のところに大きな町がある。
クィントたちの拠点がまさにその町――ミゼットだ。
「ミゼットから狩り場に移動している最中に見たのデス」
「町の北東にある森から無数の鳥が飛び立って、なんだろうと思って見たっすよ」
「そしたら、森の木々より遥かに大きな動物がにょきっと現れたんだ」
「にょきっとデース」
生えてきたのかよ。
それで、その動物ってのが――
「五尾の狐だったっす」
「ご……はぁ?」
『あの、カイト様――』
五尾ってことは尻尾が五本だよな。
森の木より遥かにでかい狐って……はぁ?
「アオイちゃんのマムの尻尾は九本でしたヨーネ?」
「お、おう。あっちは九尾だ」
「尻尾の数が合わないっすね。コボルトキングみたいに、四本切られたとか、そういうオチは無いっすかね?」
「無いだろ。アオイのかあちゃんの尻尾を切れるプレイヤーなんて、今の時点じゃ存在しないだろ」
『カイト様』
「ちょっと待っててくれ、受付嬢」
『あ……は、はい』
俺的にはアオイのかあちゃんは現時点最強だと思っているからな。
まぁあの人がラスボスにされたりしたら、俺たちに勝ち目は無いだろうなぁ。
「ふーむ。新しいレイドっすかねぇ」
「それにしては、今まで確認されているレイドモンスターと比べても、サイズが大きすぎマスね〜」
「そんなにでかいのか?」
俺の問いに三人が頷く。
「なんせその森ってのが、巨大樹の森って命名されているぐらいですから」
「木の大きさだけでも二十メートル以上あるっすよ」
「にょっき。にょっきっ」
にょっきにょっき五月蝿ぇよクィント。
二十メートル超えの木より、更にでかい狐……って、え?
俺にとって見慣れたレイドモンスター・コボルトキングだって五メートルか、もうちょい大きいぐらいだぞ。
他のレイドも掲示板の情報を見る限りだと、似たり寄ったりなサイズだ。
二十メートル超えって、でかすぎね?
え……まさか?
ぎょっとして俺は三人を見つめる。
その三人も同じことを思って、慌てて帰ってきたらしい。
「アオイちゃんはどこっすか?」
「彼女なら知っているカモしれまセーン」
「アオイなら――」
『カイト様っ』
それまで後ろでじっとしていた受付嬢が、大きな声を出して割って入って来た。
さっきから何を言おうとしてんだ?
『サマーラのタウン転送担当職員の元にアオイが――』
「アオイが来ているのか!? ってかなんで職員のところに」
『アオイ一人ではこちらに来れませんから』
あ……すっかり忘れていた。
あいつはNPCだからプレイヤーにくっついてないと転送されないんだったな。
「迎えにいってくるから、クィント達は皆を集めてくれ」
そう伝えると、俺は受付嬢と一緒にサマーラの町へと向った。
タウンのNPCにサマーラへと転送して貰うと、すぐ目の前に困惑した表情の職員NPCと、泣きじゃくるアオイの姿が。
俺を見つけるなり、ダダダダダーッと走ってくるアオイ。
「どどざまがねぇ、いだのぉ。でもねぇ゛、ががざまがねぇ、会いにいっぢゃあだめあっえ゛いう゛のぉ。うわあぁぁ〜ん」
だから皆落ち着けって。
涙と鼻水まみれのアオイは必死に何か喋っているが、要点がまったく掴めない。
どどざまぁ?
ドドって奴にざまぁしたのか?
うーん、解らん。
『アオイ。あなたのお父様の尻尾は、五本ですか?』
「う゛ん。ぞうだお゛ぅ」
は?
五尾の……狐ぇっ!?




