139:思い出したこと。
「よっしゃー! コボルトキング攻略成功!」
「おつー」
「おつかれー」
砦の最深部、コボルトキングが鎮座していた広間に今、奴は倒れデータの藻屑になろうとしていた。
これで何度目だっけか。コボルトキングを倒したのは。
「いやぁ、カイトさんが居てくれて助かりました」
「カウンターでスキルキャンセルするのも、タイミングが難しくってなかなか。カイトさんはもうばっちりですよね」
「んー、まぁ慣れだよ、慣れ」
大手ギルドでもない、寧ろギルド未所属な俺が、いや俺たちがレイドボス攻略に成功した。
とは言っても、襲撃イベントになっちまって大人数のでフルボッコだったが。
それでも、野良プレイヤーにとっては羨望の眼差しとでもいうか、そういう存在になっちまっていたらしい。
おかげであれ以来、知らない奴から声を掛けられたり、パーティーに誘われるようにもなった。
友達が欲しかったという俺の願いは、どうやら叶ったらしい。
ふ……もう俺はぼっちなんかじゃないぜ!
いやぁ、やっぱネトゲでぼっち脱却計画は成功だな。これで親父やお袋からも心配されずに……ん?
オヤジ、オフクロ?
「やっぱレイドモンスターって、リポップ毎に個体が違うんですかねぇ。ねぇ、カイトさん」
「ん? なぁ、そうだな。違うんじゃないか? なんせ最初の一匹目が――」
俺に切られた尻尾を根に持って、俺が居ないパーティーだとケモミ族を執拗に狙い、俺がいたら俺にばかりヘイトを向け――。
けど、以後にリポップするコボルトキングは普通にヘイトスキルの効果を受けている。
まぁそうなってくれなきゃ、俺はまともに家から出て狩りになんて行けなくなるけどな。
なんせ、初登場のコボルトキングが執拗にケモミ族を狙っている理由――俺が奴の尻尾を切ったからってのが、攻略スレでばらされちまったからな。
ふ……俺が調子こいて、野良パーティーでポロっと言っちまったから仕方がないんだが。
スレでは散々叩かれまくったが、実際にはレイド攻略のパーティーに声が掛かるという。ある意味炎上商法だな。
が、コボルトキング攻略もそろそろ卒業だな。
奴のレベルが45で、俺のほうは50になっちまった。
飽きたってのもあるし、それ以上にもう適性外だろう。
『お疲れ様でした、カイト様』
「そっちもおつ。なんか出たか?」
『はい。今回は素材でした』
「そうか。俺は篭手が出た。けど、装備レベル45だしなぁ。50のミドルレア装備よりちょっと良い性能だが、どうせなら50のレイドボスから欲しいよなぁ」
『そう……ですね』
どこかそっけない返事の受付嬢。これは今に限ったことじゃない。
ここ最近、受付嬢の元気が無い。何かあったのか――と尋ねても、何もありませんの一言で終わらせられてしまうし。
レイドパーティーが解散し、自宅のほうへと戻る。
明日はどこの狩場に行こうか。それとも飯を食ってすぐに出かけるか? レベル50レイドの攻略パーティー募集とか無いもんかねぇ。
そんな事を考えながら住人専用食堂へと向う。
どかっと椅子に腰を下ろすと、途端にどっと疲れが押し寄せてきた。
「ん〜。なぁ〜んか最近、思い出したかのように疲れるなぁ」
体も重い気がするし。
なんつうか、ゲーム内で肉料理メインの美味い飯ばかり食ってるから、太ったんじゃねえか?
『大丈夫ですか!? ず、頭痛などはしておりませんか?』
「んぁ? いや、そこまでは無いから大丈夫だって」
『そ、そうですか。食後はもうお休みください。最近、連日のようにレベリングやらレイド戦で、知らず知らずのうちに疲労が溜まっていらっしゃるのですよ』
「ん〜……そうなのかねぇ。疲労つっても、たかがゲームだろ。実際に体を動かしたりしてる訳でもねえし」
そうだよ。現実の俺はベッドに寝転んで――
現実の俺……
は?
「そういや俺……どのくらいログアウトしてない――んっ」
キーンっときた!
カキ氷食ってなるような、あのキーンだ。
『カイト様?』
「だい、じょうぶ……じゃないかもしれない。あぁ、こりゃあ確かに疲れてるわ。ちょっとログアウトして休んでく――」
出来ないんだった。
ちょっと待て。いつからだ? いつから俺はゲーム内に閉じ込められてんだ。いつからログアウト出来なくなってたんだ?
なんだよおい。思い出せねえよ。
そういや、コボルトキングは何回倒したんだっけ。誰とパーティー組んだんだっけ。
昨日、朝飯何食ったっけ?
思い出せない。
ボケるにはまだ早いだろ。
『カイト様!?』
受付嬢の焦ったような声が聞こえてくる。
「あれ? どうしたの?」
『ナツメ様っ。カイト様が、カイト様がっ』
「え? ちょ、大丈夫かいカイト君っ」
「ナ、ツメ。なぁ俺たち、ログアウト不可になって、どのくらい経ったんだ? なんでログアウト出来なくなっちまったんだ? 思い出せない。思い出せないんだよっ」
「なんじゃなんじゃ、どうしたというのであるか」
「カイトがナツメに擦り寄っているとは……いつからそんな仲に」
「教授、きもぃこと言わないでくれよ〜」
誰か教えてくれ。
「なんで誰も、今のこの状況に疑問を抱かないんだ!」
椅子から立ち上がって声を荒げると、集まったメンバーみんなが目を白黒させて呆然としていた。
きーんっという頭痛に襲われながらも、俺は必死に口を動かす。
俺たちは最初、普通にゲームを楽しんでいた。
だけど気が付くとログアウト出来なくなっていた。その原因は思い出せないが、とにかくログアウトできないのだ。
その証拠に、今でもログアウトすることが出来ないでいる。
ここはどこなのか。
ここは異世界か?
いや、そうじゃなく。VRMMOの『Let's Fantasy Online』の中だ。VRヘッドギアをつけてログインしているだけの、ただのゲームだ。
俺たちがゲームをプレイしている。その点についてはまごうことなき事実であり、その場にいる全員が共有する認識だった。
「あれ? そういえば、ずっとログアウトしてないよね」
「んむ。言われてみれば……何故忘れていたであるか?」
「……しまったぁ!? 会議のレポートを作成せねばっ」
「あ、教授ってリーマンだったんだぁ。それとも本当にどっかの大学の教授だったり?」
「正月からずっと寝たきりになってるんじゃなかろうか。親戚の子にお年玉やらなくて済んだのは良い事じゃが……。会社、首になっとりゃせんじゃろうか」
「うわぁー、それ今ここで言う? ボクも心配になるじゃないかぁ〜」
俺だって――俺……何日バイト休んでるんだろう……。しかも無断欠勤だぜ。
うわぁー、首だよ。絶対首になってるよ。
「「マザーテラのせいだっ――あれ?」」
俺とナツメが同時に叫ぶ。
マザー……テラ……。
「なになに? 皆して真剣な顔して、どうしたの?」
「新しいレイドボス情報ですかぁ〜?」
二階から降りてきたエリュテイアやココットがやってきて、彼女等にも今おかれている現状を説明する。
すると、少しずつだが思い出したかのように「そういえば」とか「あれ?」とか、次第に表情もくもってきた。
今まですっかり忘れていた、ログアウトするという当たり前な行為。
俺たちはどうやら、このゲームのシステムを司っている人工知能『マザーテラ』によって記憶を書き換えられていたか、もしくは消されていたらしい。
本日はあと2話どこかのタイミングで適当に更新いたします。




