119:お花、買ってください。
夕刻。
なんとかギリギリでレベルを一つ上げた俺と受付嬢に対し、クィントともっすんのレベルはギリギリで上がらなかった。
夜の狩りで上がるだろう。
一旦プレイヤータウンに戻り、晩飯を食って夜食を貰い、それから追加メンバーを募集してダンジョンアタックに挑む予定だ。
「クィント、カジャール行きの『リターン』にしてくれないか。45装備の相談してくるからさ」
「OKOK。じゃ出すヨ」
「うっす」
魔法陣に乗って瞬間移動すると、見慣れた教会の中に出た。
俺とアオイはソルトの店に。受付嬢はポーションの在庫が少なくなってきたので、栽培エリアで採取をするという。帰ったら即行でポーションを作らねーとな。
クィントもっすんも家に直行だ。
三人と別れてソルトの店に行くと、相変らず狭い店が客で溢れていた。
「相変らず繁盛してんな。感謝しろよ」
「感謝するお〜」
「ん? カイトか。ここが繁盛しているのは実力だ」
ソルトの奴、何ドヤ顔で言ってやがんだ。俺がスクショ撮って宣伝してやったからだろう。
まぁ確かにデザインセンスはいいし?
技能レベルも高いから失敗率も低いし?
良いステータス補正付けてくれるし?
生産者ぐらいしか通らないような場所に店を構えてたもんだから、客足も少なかったうえに、店番させてたのが妖怪ばばあだったからなぁ。
最初からまともな店番を立たせてれば、こうなってたのかも?
「いやいや、やっぱ俺のお陰だって。感謝しろ」
「あーはいはい。どうもありがとうございましたー」
マジ棒読みしやがって。しかも別の客を見ながらだしよ。
ソルトの接客が終わるのを待っている間に、店の奥からソルトのかーちゃんがやって来た。
相変らず美人だな。なんで熊みたいなおっさんと結婚なんか……。
いや、NPCなんだし、そこに感情なんてものは無いか。
「あら、カイト君にアオイちゃん。今日は受付嬢さんとご一緒じゃないのね?」
「あ、ああ。あいつは薬草の採取に行ってて」
「まぁ。カイト君の為に、なのね。うふふ」
いや、俺のためっつー訳でもないと思うが。
楽しそうなかーちゃんに代わり、接客を終えたソルトがやってくる。
「で、新しい装備の相談か?」
「話が早くて助かる。ちょっと気合入れてレベリングしててな。45目前なんだ。動物型のモンスターに有効なのとか、そんな武器は無いか?」
「随分と的を絞った武器だな」
「まぁな」
狙うはコボルトキング。『犬特化武器』なんてあれば一番いいんだろうが、他のネトゲでもそんなのは聞いた事ないし、存在しないだろう。
あぁあ、コボルトキングが何属性のモンスターか調べておけばよかったな。教授とみかんがいたんだし、属性魔法のダメージ量で判断できたはずだ。
「動物特化なぁ……アンデットや悪魔タイプに特化ってなら、銀製の武器が有効ではあるんだが。他のタイプだと、特に有効ってのは無いな。狙ってる獲物の属性は?」
「いやそれが……」
「調べてないのか。っち」
舌打ちされてしまった。
まぁ仕方が無い。一度戦闘しておきながら、初のレイド戦だと思って興奮して大事な作業を忘れてしまっていたのは俺なんだから。
本当ならダンジョンボス攻略同様、相手がどういう属性で、どういう行動して来るかとは、調べなきゃいけなかったんだ。
「だったら――可能性として高そうなのは土属性だが、動物型の中には同じ種族内で違う属性を持つ奴もいるからな……火と土、水の3本あればなんとかなるだろう。あと無属性だな」
「火は土に強く、土は風に強く、水は火に強い。ってのを考えると、同じ種族で土、火、水属性のモンスターがいるのかよ。範囲魔法で殲滅しようと思ったら、へたすると一部は回復させちまうんじゃねえか?」
範囲魔法の代名詞といえば炎系の魔法だろう。
火属性が混じってると気づかずぶっぱなすと、HPを回復させる恐れがあるな。
「そうだな。特にそのモンスターは群れる習性があるから、魔法使いなら属性に気をつけなきゃならないだろうが……お前、アサシンだろ?」
「まぁそうなんだが」
「気にしなくてもいいだろう? 範囲攻撃するときには無属性の武器に持ち替えればいい」
簡単に言ってくれるな。持ち替えの動作だって、VRだと命取りになる事もあるんだ。
利き手は無属性を装備するのが無難かな。
「ちなみに、その属性違いが混在しているモンスターってのは?」
今後の参考までに聞いておこう。糞面倒そうなのと無駄に戦わずに済むならそれに越した事はない。
「ん? 犬みたいな姿のコボルトだぜ。あいつら火属性だったり風だったり地だったりするんだよ――ん? どうした?」
よりにもよってコボルトかよっ!
がっくりと肩を落としながらソルトの店を出て、転移装置のある工房へと向う。
その道すがら、見慣れた姿を発見した。
エリュテイアとココット、みかん。それと、あれは確か……えーっと、モスじゃなくってケンタじゃなくって……
「マックさんのお部屋にも、お花飾りましょうよ」
「い、いや、僕はその……花なんか飾っても枯らすだろうし」
ココットに花を勧められて苦笑いをしている男エルフの、そう、マックだ!
弓職の2次だが、ハンターではなくレンジャーをチョイスしている。弓だけじゃなく、罠とかを使った攻撃スキルもあるんだっけか。
濃い青の髪と薄紫色の目をしたエルフで、もちろんイケメンだ。髪の毛なんて短いくせにサラッサラだしな。
まぁ俺の尻尾のふさふさ具合には負けるが。
……今物凄い敗北感を味わった気がする。
いやそんな事よりも、何してんだあいつら?
なんか中心に小さな子供が見えるが。
「お花だおぉ。かわいいねぇ〜」
「花?」
頭の上からアオイの声がしてよく見てみると、取り囲まれた子供が花の入ったカゴを持っていた。
花屋か? マッチじゃないのか。
「おーい、お前等。いたいけな子供を取り囲んでかつあげとは、感心しないな」
「ち、違います――って、カイトじゃない。かつあげなんかしてないわよ」
「あは。カイトさんだ〜。カイトさんもお花買いましょうよ〜」
「あ、大家さん。こんばんは」
大家じゃないっつーの。
「で、なんで花屋の子供を取り囲んでんだ?」
「花を買うためよ」
「あ、あの、お花、いかがですか?」
9歳か10歳、そのぐらいの女の子が、手にした花を俺に向けて差し出す。これがお決まりのセリフなのだろう。
薄茶色の髪の毛をおさげにして、そばかすのある顔はいかにも田舎娘ですという印象。まぁもちろん可愛い子ではあるが。
ただ、なんとなく幸薄そうな感じがする。
「お花、かぁいいねぇ〜」
「アオイちゃんも気に入ったようですよ。お父さんとしてはプレゼントしてあげなきゃ!」
「誰が誰のお父さんだって?」
「ととぉ〜、お花買ってぇ〜」
ココットの言葉に悪ノリしたアオイが、俺の肩から降りると、花屋の女の子の隣に立ってお願いポーズを取っている。
「どうせ飾るのは受付嬢さんの部屋なんだし、いいじゃない」
「受付嬢の部屋に飾る花を、俺が買わなきゃいけないのか?」
エリュテイアが頷き、ココットが頷き、みかんが鼻で笑いながら頷き、マックが3人を見てから頷く。
「この子のお母さんがね、病気なんだって。だからお金が必要なのよ」
「おい、どっかで聞いたような設定だな。その金で薬を買うっていうんだろ? お決まりじゃねーか。もう少し捻りとかねーのかよ」
「あの、そのお金で…………」
ん? お子様の動きが止まったぞ。
これはつまり、学習タイムか?
数秒後、瞬きをして動き出したお子様は、
「お金を貯めて、母の病気に効く薬草を栽培する畑を買うんですっ!」
と答えた。
学習して……捻った、のか……。
「薬草を栽培するねぇー……ん?」
独り言のように呟く俺の横で、エリュテイアとココットの目がらんらんと輝いている。
まさかこいつら。
「畑なら余ってるわよっ」
「お薬だって、このお兄さんが作ってくれるよぉ〜」
「「私達のお家においでよ」」
おい、そこっ!
演出用のNPCに感情移入してんじゃねーよっ。
「で、でも……ご迷惑をお掛けしては……コホッコホッ」
幸薄そうな女の子が急に咳き込み、苦しそうな表情を見せる。
よく見れば薄着じゃねーか。一応今は1月なんだぜ? 寒いだろ。
えーっと、寒いのかな?
気温は……今まで気にしたことも無かったが、寒いとも暑いとも思わない。
まぁ寒かろうが暑かろうが、風邪をひくときはひく。
ようやく咳が止まり、息を整えると無理をして笑顔を作ろうとする。営業マンとしては完璧だな。
けど、10歳かそこらの女の子にこんな顔されると、こう……なんだ……罪悪感? そんなものを抱いてしまう。
「だ、大丈夫です。私が頑張らなきゃ、お母さんの為に薬草を栽培できないし」
「さ、栽培したって、その薬草をどうやって製薬するんだ? お前、【製薬】技能でも持ってるのか?」
女の子の動きがピタリと止まり、再び学習モードに入る。
「――技能は持っていないので、どなたかに頼む事になります。あ……依頼料が必要になりますね。あぁ……もっとたくさん働かないと……」
だんだんと泣きそうになる女の子に変わって、既に泣いている女子が3人。エリュテイアとココットと、そして頭上のアオイ。
「ガイドぉ〜かぁ〜いぞうだぉ〜。アオイもははさまが病気になっだら、お薬ほじいぃお〜」
「カイトさん、この子のお母さんにお薬作ってあげてくださいよぉ〜」
「こんなにっ、こんなに頑張ってるのよこの子! 助けてあげてよっ」
どうして女ってのはこう……情に流されやすいんだ。
横目で幸薄そうな女の子を見て俺は――




