116:起立。
玄関ホールという名のリビング兼住民用食堂で、集まった面々がいつもの指定席に腰を下ろす。
住民総数35人。このうち12人は料理人で、細工技能メインのカナリアも合わせて13人が非戦闘員になる。
レイド攻略は3パーティーで挑める仕様だ。もちろんそれ以下でも攻略できるが、そんなのは圧倒的な格下ボス相手でもないと無理だろう。
「パーティーの人数は6人だし、かける3ってことは18人か」
「5人余っちゃうね」
「ダイナ山や海底ダンジョンのレイドマップの事を考えると、内部はMO専用になっているからな。パーティーメンバー以外は同一エリアに入れないだろう」
「え? 待ってよ。じゃーレイド用の3パーティーも別々になるんじゃないの?」
「良い所に気が付いたなエリュテイア君。恐らくレイド専用エリアだと、入場する際に何か設定があると思うのだがね」
「誰か『サンダーボルト連隊』に知り合いいないっす? 聞いてみたらいいんじゃないっすか?」
「あ、ボクそこのギルマスと知り合いだから、ちょっと聞いてみるよ」
なんか……みんな……レイド攻略する気満々に見えるのは、気のせいですか?
ナツメが知り合いだというギルドのギルマス――『サンダーボルト連隊』のギルマスっていえば、サンダーボルト、だよな?
そういや、前に別ゲーで大手ギルドのレイドボス攻略に混ぜて貰ってたって言ってたな。そのギルマスがギルド結成前からの知り合いだったとかで。
サンダーボルトだったのか。
暫くナツメがフレンドチャットらしき口パクをした後、
「うん。やっぱり教授の言う通り、入場する際に複合パーティーを結成しますかっていう選択肢が出るんだって。
結成を選択すると、複合パーティーに入れたいパーティーのリーダーに要請送る形になるんだってさ」
「つまり、入場しようとするのはどこか一つのパーティーでいいのだな」
「だね。最初は知らなくて皆一斉に入ろうとしたら、3つのパーティーリーダー全員に選択肢出て、お互いにパーティー要請するもんだからエラーメッセージ出たんだってさ」
なるほど。パーティーは予め結成しておいて、専用エリアにはどこか1つのパーティーでいいのか。
遠くにいても問題ないのかな?
「ん〜、でもでもですよぉ。コボルトキングさんは、カジャール近くの森にいるようには思えないんですけど」
「俺が見た限りだと、南西に向ってたのはチワワだけっすね。20匹ぐらいだったっすけど」
「そう、ね。チワワは、カジャールの北、森に向ってるみたいだけど。キングは、カイト、見たんでしょ? ダンジョン、入場口、あったの?」
「へ? ……あ、そういや、無かった気がする」
ダンジョンだと、今までの経験からして入り口にワープホールみたいなのがあるはず。そういうのは無かった。
ただ、砦の中まではわからない。
「じゃあ、その砦の中が専用エリアかも?」
「んむ。その可能性はあるな」
「明日早速調べに行くっすよ」
「まてまてもっすん。コボルトキングのレベルは45であるぞ。お主、レベルは幾つであるか」
「……すみません。42です」
すみません。俺なんて41です。
最高レベルのみかんが44。教授や鋼のおっさん、ナツメは43だ。他、ハンターのもっすん、破壊僧クィント、司祭の美樹が42、俺、受付嬢41と2次職に転職しているのはこのメンバーだけだった。
はっきり言って、ここの住民達でレイド攻略するにはレベルが足りない。
せめて全員が2次職にならなきゃな。
転職すればそれでいいってもんでもない。スキルがまだ一つしか無いんだしな。
「やっぱ、奴と同じレベルまでは上げなきゃ無理だよな」
俺の呟きにナツメがその回答を述べる。
「サンダーボルトの話だと、向こうのレイドボスもレベル45で、攻略参加メンバーの平均レベルは46だったらしいよ」
「うっはー。ボスより高かったっすかぁ」
あと……5……。
俺たちがレベルを上げるまで、奴は待っててくれるのか?
いや、他のプレイヤーに狩られてしまう可能性も――
「レイド攻略する気があるなら、まずは未転職者の2次転職。それからレベリングだな」
「え? や、やるのか?」
教授の言葉に、俺は尋ねる。
本当は俺だってやりたい。やりたいが、経験が無い。経験者は教授とナツメの二人だ。それ以外は誰もレイド攻略なんてした事が無い。
無理なんじゃね?
というのが正直な感想。
でも――
『カイト様は、レイド攻略をしてみたいとはお思いになりませんか? ワタクシは……やってみたいです』
「え……受付嬢……で、でも、レイド攻略は簡単じゃないんだぜ?」
『左様でございますね。簡単でしたら、このようにプレイヤーの皆様が高揚する事もございませんし』
「こう、よう……」
周囲を見渡すと、ネトゲ初心者であるはずのエリュテイアやココットまでも、まるで遠足を控えた子供のようにはしゃいでいる。
「攻略……出来なかったら……」
「何度でも挑めば良い。それが出来るのがゲームだろう?」
「そうそう。レイドなんてさ、2桁回数は余裕で死ぬもんだよ。死ぬのが普通。死んで死んで、死にながらレイドボスの行動パターンを分析していくんだよ」
「しかしこのゲーム。蘇生アイテムは『月光水』10本が、所持の限界数であるからのぉ。プリになったら蘇生魔法覚えるのであるか?」
「ありますよ。プリーストに転職した時点で『リザレクション』がスキルツリーにありました」
「ハイハーイ。モンクのスキルには『リターン・リバイヴァル』という、事前に使用すると、効果時間中に死亡しても自動復活できるスキルがあるデスよー」
「モンクにも蘇生魔法あったのか。そりゃ助かるな」
皆、やる気満々な訳ね。
ナツメの「死んで死んで、死にながら」という言葉に安堵感を覚えた。
よく考えたら俺、ぼっちでダンジョン攻略してた時にやってたじゃん。初めて挑むダンジョンボスなんかは、蘇生アイテム使いまくって攻略法を自分なりに見つけ、そして倒してた。
あの時とやる事は同じなんだよ。
違うのは――
「よぉーし。では、レイド攻略に賛成な住民は挙手!」
「はーい」
「ハーイ」
「もちろんである」
「ネットゲーム初心者だけど、いいかな?」
「むろん」
「はぁ〜い。プリに転職して皆さんに『リザレクション』しま〜す」
「ココット、それ、私達に、死ね、って事ね」
「え? み、みかんさん、ち、違いますよぉ」
次々に皆が手を上げていく。
ふと隣を見ると、受付嬢がにっこり笑って手を上げていた。そのまま俺のほうを見て、頷く。
攻略したい。
その気持ちが見透かされてるようだった。
深呼吸一つ。
ゆっくり立ち上がって――
「ダ、ダンジョンソロ攻略が得意なだけの、レイド未経験者、です。俺……レイド攻略を……憧れてたんだ」
ぼっちには出来ないコンテンツ。
だから、憧れがあった。
同時に、ぼっちには出来ないんだからと、恨めしく思うコンテンツでもあった。
俺――レイドを攻略するぜっ!
「ガッツポーズを決めているところ申し訳ないが、挙手であって起立ではないのだが?」
「あ、はい、すんません」
一同、爆笑するのであった。




