112:ぼっち。
寒い空気から逃げるように、飯のあとはさっさと家を出た。
わざわざ家を玄関から出て表に回り、店舗側入り口から食堂に向って昼食の弁当を受け取る。
店舗はほとんど自動露店機能を使って営業しているが、カナリアっつー【細工】技能持ちの女子プレイヤーだけは生産メインの子だ。レベルは25と低く、このまま生産メインでやっていくつもりらしい。
その彼女だけが、店舗内カウンターで常に店番をして、他の技能アイテムの要望なんかも受け付けてくれている。
といっても、この時間はまだ営業外の時間だ。開いているのは食堂側だけ。
「お、カイト君に受付嬢さん、おはよう。今日の弁当は何にする?」
「正月にこってりしたもの。明けからアッサリしたものと極端だったからなぁ。そろそろ肉っぽいのも欲しいかな」
正月の三日間、チキンだの豚の丸焼きだの、なかなか豪華にこってりした物が続いた。半分以上は「試作メニュー」といって、味見要員にさせられていただけだったが。
胃が重くなってきたところで、じゃー次はあっさりした女性に人気でそうなメニューね! といって、これまた味見要員。
俺たち住民の協力(?)もあって、今じゃすっかり人気の食堂になってるけどな。
「アオイねぇ、アオイはねぇ、から揚げカレー!」
「うんうん。そう言うだろうと思って、アオイちゃんの分はもう用意してあるからね」
「さすが秀さん……」
「いや、アオイちゃんがから揚げから離れないだけだから」
とはいうものの、から揚げだけじゃなく、カレーも備わったんだから成長しているだろう。
そう思いたい。
アオイが秀さん特製カレーを注文したので、俺も同じくカレーを昼飯にチョイス。ただしから揚げではなく、トンカツだ。
勝つ! カレー! ってやつだな。
誰と戦うんだ俺は。
「受付嬢、おまえはどうするんだ?」
『はい。メル様が新しいおにぎりを作ったと仰ってましたので、それを頂こうかと』
「は〜い。お待たせぇ。きっとカイト君やアオイちゃんも気に入ると思うの」
メルが朝から元気にやってきて、受付嬢に包みを手渡す。
俺やアオイが気に入る、だと?
アオイといえばもうから揚げしか思い浮かばないんだが。具がから揚げなのか?
俺とアオイも秀さんからカレーの入った容器を受け取る。石焼ビビンバならぬ、石焼カレーなんだが、これがゲーム内では一番汁物の持ち運びに適しているんだよな。
重さなんてアイテムボックスに入れてしまえば関係ないし。
まぁアイテムボックスに入れれば、中身が傾く事も漏れる事もないから入れ物なんてなんでも良さそうなんだけども。
「じゃ、行ってきます」
「いってらっしゃい」
「新しい食材ゲットしたらよろしくっ」
『いってまいります』
「いってくるぉ〜」
軽く会釈をして、プレイヤーで溢れかえる食堂の隅をそそくさと移動していく。
どこから知れ渡ったのか、この240坪豪邸の大家であることは常連客は周知していた。そのせいなのか、やたらじろじろ見られる。
急ぎ足で家を出ると、次に向うのは道向こうの公園だ。
今日も朝から大勢が公園に詰掛けている。目的は町への移動だったり、野良パーティー探しだったり。
『カイト様。たまには見知らぬ方とパーティーを組んでみますか?』
「え? い、いい、いや、あ、ああの」
な、何を突然に!
いくら最近人に慣れてきたからって、野良デビューはまだ……
「い、いやほら、転職したばっかりじゃん? 転職後、まだ一度も戦闘してねーし。あ、そうだ。教授が言ってたけどさ、戦闘中の行動で2次職のスキルツリーが出てくるっぽいんだよ」
『あー、はい。そういうシステムになっておりますね』
「あ、やっぱそうなのか。だからさ、まずは自分に合ったプレイスタイルでのスキル獲得を目指さないか?
パーティーやってたらさ、いつも通りの戦闘って訳にもいかないし。ほら、タンクいたらヘイト取らないように火力調整しなきゃならないだろ?」
『……確かにそうですね。火力を抑えていたら、補助系スキルが発生しやすくなるやもしれません』
ほほぉ。それはそれでいいかもしれんな。
というか、支援職はパーティー組んでたほうが良さそうだな。タンクをメインにする剣士系もか。
っとなればまぁ、暫くはパーティーを控えてペア狩りだろうなぁ。
『解りました。カイト様、ここは思い切ってお互いソロで狩りをしませんか?』
「え……」
「じゃあ、じゃあ、アオイもははさまと修行するぉ!」
「え?」
こうして俺は、ぼっちになった。
セーブルの町から西に行けばサラーマが。南に行けば大きな森が。北に行けば砂漠があり、その手前に小さな町がある。
といっても、森も砂漠もまだ行ったことないけどな。
さて、ぼっちになったがどこに行こう。
レベル41……森は確か適正45で、砂漠は更に高くて48だと掲示板にあった。今だとまだ極少数のプレイヤーしかまともにレベリングなんか出来ない狩場だろう。
ダイナ山は南の森を抜けたところだし、遠すぎる。いや、別にレイド見たさとかそんなんじゃないからっ。
「とりあえず、南の森の入り口付近でこそこそするか」
奥に入りすぎたら囲まれやすいし、手前の方でレベリングしてよう。
よぉし、受付嬢の奴よりEXP稼ぐぞっ!
まずはアイテムボックスから『ライドホイッスル』を取り出し、ボールペンサイズの細長い笛を軽く吹き鳴らす。
すると、どこからともなく狼が走ってきた。
どこからの『どこ』は、ライドを飼育している専用エリア、牧場なんだけどな。
笛を鳴らすと瞬間移動してくる仕様っていうね。便利なもんだ。
《ウォンッ》
「よしよし、ファング。あの森までひとっ走り頼むな」
《ウォォン》
嬉しそう(だと思う)に吠えた狼――ファングに跨ると、そのまま風のように走り出す。
騎乗用ライドペットはいろんな種類の動物がいるが、狼はオーソドックスながら人気が高い。真っ白な狼や逆に真っ黒だとか、青み掛かった銀色の毛並みもいて比較的そっちの方が人気が高い。
なので俺は「普通」の毛並みである灰色をチョイス。案外、この毛並みを選んだプレイヤーのほうが少なかったりする。
ファングと名付けて可愛がっているが、住民全員から「なんで狐ライドにしなかったんだ」と抗議されたもんだ。
なんでってそりゃー。
狐ライドがいなかったからだろうがっ!
いても選ばないけどな。
ファングの背で風を感じること10分。
徒歩だと30分以上は掛かる道のりを、あっという間に移動完了。
ライドに乗ってる間もモンスターに襲われたりするが、ライドそのものが攻撃を受けない限り戦闘には突入しなくて済む。
というか、無視して振り切ってるだけなんだがな。
が、レベリング目的なので、ここはファングから降りて獲物を探すとするか。
「ファングご苦労さん。サンキューな。帰りにまた呼ぶから、お前は好きな所で遊んでていいぜ」
《ウォン!(絶対だよっ――と言っている気がする)》
一吠えすると、ファングは草原のほうに向かって走っていった。
森の手前、鬱蒼と生い茂った木々で中は薄暗いのが解る。
蔦みたいなのもあちこちぶら下がってて、イメージ的にはアンデット系でも出てきそうな雰囲気。
だが、そこから現れたのは、赤黒いエリマキトカゲのような姿をした『レッドレッサードラゴン』が3匹。サイズは俺の背丈よりやや低め。
奴等のレベルは41なので、回避は余裕だな。寧ろこの前のコボルトキング戦で派生した【神速】技能のお陰で、回避率とAGIは更に上乗せボーナスが付いている。
いやぁ、下位技能と上位技能、更に今回の特上位技能ってのは、ステータスボーナスが全部加算されていく仕組みだって受付嬢から聞いてるし、マジ有り難いわ。
俺の場合、下位技能は無いんだけどな。
更にこの【神速】――
ズバババッ――っと、物凄い効果音が鳴って、可視化されたダメージ数値が六つ浮かぶ。
「よっしゃ! トリプルアタック発生っ。やりぃー♪」
【神速】
通常攻撃が80%の確率で2回攻撃となる。盗賊のパッシブスキル『ダブルアタツク』修得時には、最大で100%となり、25%の確率で3回攻撃が発生する。
これにAGI、回避率が+1されるのが技能効果だ。
「ダブルアタックをスキルMAXまで取ってて良かったぜ」
そう呟きながら、2匹目のレッドレッサードラゴンに切りかかる。
雑魚戦はヘタすると、二刀流の通常攻撃だけで戦闘するほうが効率が良いかもしれん。
ただ、二本の短剣で攻撃しているから、モーションが大振りなんだよな。そのモーションを短縮化させるのに、スキル攻撃ってのも効果がある。
長期戦になるようなときには、スキルを挟みつつってのがベストだろう。
MPが節約されるっていう点では嬉しい限りだ。
レッドレッサードラゴンをいともアッサリ撃破し、更に森の中へと進む。
「うーん、なんか薄気味悪い森だな……」
太陽に向って真っ直ぐ伸びた木――ではなく、うねうねと歪んだ木が多い。そんな木々に蔦が絡み、苔が生え、木のうろが目や口に見えたり見えなかったり……
おばけ樹木のモンスターってのも、わりと定番だよなぁ。
なーんて思っていると、遠くから犬の遠吠えが聞えてくるのだった。
おばけ樹木じゃねーのかよっ!




