108:2次職転職祝い
「これでお前も今日から暗殺者だ。アサシンという職業だからといって、闇雲に人を殺して回るなよ。そんな事したら、衛兵に連行されちまうからな」
「……あ、あぁ」
転職NPCが職業否定しやがったぞ。いいのかそれで?
ハウスシステム実装から10日目の1月9日。
やっとレベル40になってサイノスの町にやってきたが、2次職になってしまえばもう用は無い。
なんせ町の外はレベル20台後半のモンスターしかうろついてないからな。転職後の腕試しにもなりゃしねぇ。
「さて、受付嬢は――げっ! あいつ、もうカジャールに行ってやがる」
タブレット画面に映るフレンドリストを見ると、受付嬢の所在地が待ち合わせ場所のカジャールになってやがる。正確にはソリオの店なんだが、もう到着してんのか?
ちっ。
結構良い速さでクエストクリアしたと思ったのによ。
サイノスの中央噴水エリアに向って転送装置に急ぐ。
大通りは人――プレイヤーで賑わってるな。
ここから船で渡れるサンデロっつー島にある海底ダンジョンに、レイドボスが配置されてるって情報が流れたからか。
「ま、俺には関係ない話だ」
シェアハウスは満員御礼になったが、だからって同居者とこれといってつるむ訳でもなく、ぼっち、いやペアなのは相変らずだ。
たまにパーティーを組めたりもするから、ぼっち脱却は成功しているんだとは思う。そう思いたい。
相変らず俺から声を掛けるなんてのは出来ないが。
こんな感じだし、一定数の人数確保、及び連携必須なレイドなんて攻略できすはずもない。
出来るはず、ないんだ……ちっ。
「あぁ、思い出したらむしゃくしゃする。さっさとカジャールに行って、ソルトから転職祝いをぶんどってやろう」
転送装置に触れ、表示された選択肢の中からカジャールをタップして目的地へと向った。
今俺たちが拠点にしている町は、サラーマから東に行ったセーブルという賑やかな町だ。
丁度、大陸の東側の中央にある町で、交易の中心地でもある。
だから拠点にしている訳じゃない。
単純に、町の周辺フィールドに生息するモンスターが、レベル40前後だってだけだ。
転職も済ませたし、そろそろ先に進むかなー。
そんな事を考えながらソリオの店に到着すると、案の定、受付嬢は既に店内にいた。
「あ、くそっ。俺も結構早く転職クエ終わらせたと思ったんだがなぁ」
『お疲れ様です。無事アサシンに転職なされたようで、おめでとうございます』
「お前だって無事にならず者に転職してるじゃねーか。あ……」
ふと、俺より早く転職を終わらせた理由が解った気がする。
「お前、NPCだから事前に転職クエの内容知ってたんだろ? だからこんなに早くに転職終わったんだろ? な?」
俺は小声でそう詰め寄ると、明後日の方向に視線を向けて受付嬢が一歩後退する。
やっぱりな。
NPCずるいっ!
「お、やっと来たのかカイト」
「これでも早かった方だと思うぞ。こいつはズルなんだよ」
『なんの事だかサッパリでございます』
「女に負けたからって、かっこ悪いぞ」
五月蝿い。俺は負けてなんかいないんだ。絶対!
そんな事よりもだ。
店番のソルトに、いつもやられている「何かくれ」ポーズを今日は俺が出してみせる。
「転職祝い。何かくれよ。友達だろ?」
「人に物をせびるのが友達なら、俺は友達なんかいらんっ!」
とかいいつつ、その手には布で包まれた物が握られている。大きさからすると、武器ではなさそうだ。防具――にしても小さいな。
それを無造作に店のカウンターに放り投げ、顎でもって「開けろ」と催促してくる。
やっぱお祝いじゃないですかー。
もう照れ屋なんだからぁ〜♪
包まれていたのは……鉄製の狐フィギュア?
いや、ひらぺったいし、フィギュアじゃねぇか。裏には安全ピンみたいなのが付いてるし、ブローチってやつか?
……狐のブローチ?
「ソ、ソルトさん? これはいったい……」
自分でも解る。
今、思いっきり顔が引き攣ってることが。
「おう。お守りだ」
「お守り?」
『可愛らしいですね』
「だろ? お前さんの分もあるんだぜ」
「アオイはー? アオイのはー?」
「あーはいはい。お前ぇはこれだ」
「わーい!」
受付嬢にも同じ物を渡し、アオイには俺や受付嬢のより一回り小さい狐ネックレスを渡していた。
お守りってこれ……アクセサリー扱いになるのか?
えーっと、アイテム情報は……
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【アイテム名】フォックス・ブローチ ☆☆
【装備レベル】40
【効果】AGI+10 STR+10 LUK+10 防御力+25 魔法防御力+5
名工ソルトが丹精込めて作ったブローチ。
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「おい、ブローチって書いてあんぞっ」
「俺がお守りっつったら、お守りなんだよっ!」
「ブローチじゃねーか!」
「なんでもいいだろ! いらねぇなら叩き壊すぞっ」
さっさとアイテムボックスに突っ込んで拒否する。性能で見れば、かなりのものだからな。
アクセサリーのドロップ率は比較的低い。低いのに装備箇所が『指』『腕』『耳』『頭』『胴』もある。腕は左右それぞれに、指に関しては片手3箇所も用意されてて、アクセサリー枠は合計11箇所もあるっていうね。
もちろん、俺が持ってるアクセは合計で9個も無い。
ありがたく頂戴するに決まってるだろ。
「で、これは転職祝いなんだろ? なんだよその手は」
相変らず手を伸ばして金を催促するポーズ。
「お前らのはまぁアレだ。けどな、ちび子のは別だぞ」
だったら何故アオイの分まで作るんだよ!
「アオイ、それはお店の人に返し――」
アオイのネックレスをソルトに叩き返そうと振り返るが、そこにはにっこにこ顔のアオイが……
更に俺の顔を見て、にぃーっと笑う。
「……欲しいのか?」
「おぉ〜!」
と、ガッツポーズを決めるアオイ。
くっ……ソルトめ……策士かよっ。
「っくくく、3万G、毎度ありっ」
「くっそう」
『よかったですね、アオイ。皆でお揃いですよ』
「うんっ」
「なんだなんだ、相変らず仲良し家族だな」
そう言って店の奥からおっさんが現れる。こちらも布包みを持ってるが、転職祝いではない。
おっさんとソルトには元々レベル40装備を依頼してあったからな。
集められるだけの素材を集め、デザインなんかは二人に一任してある。
受付嬢は装備を受け取ると、そのまま試着室へと入っていった。
「俺も着替えるか――と、おお、いいねいいねおっさん!」
「だろう? 俺に任せれば全て完璧よ。たとえ美男子じゃなくても、それなりに見えるだろ」
……一言余計だっつーの。
受付嬢と違い、アイテムボックスに収納してしまえば装備画面でワンクリック着替えが完了する。
今回は『アサシン』をイメージしてか、全体的に黒っぽい装備だ。
袖なしハイネックの黒いシャツ。ズボンも同じく黒。使い古した感のある赤黒い外套。どんな意味があるのかまったく解らないが、かっこよく見える赤い腰布なんか巻いちゃったりして。
腰にはやや太めのベルトが二刀流用にそれが二本、巻かれている。それ以外にも、やっぱお洒落要素なのか、ベルトがあちこちに付いている。
よく解らないが、かっこいい。
『お待たせいたしました。カイト様、どうでしょうか?』
受付嬢の声がしたので振り返ると、試着室から出てきたばかりの彼女……
赤茶色のブ、ブブ、ブ、ブブ、ブラジャー!? いやブラジャーよか布面積が圧倒的に少ないソレからは、おっぱいの谷間くっきり綺麗にオープンブラジャーッ!
はぁはぁ、お、俺は何を言っているんだ?
それよかメイド服はどうしたんだよ。
下半身だって、パンツなのかショートパンツなのか微妙な装いですよ?
絶対領域とかなんですかそれ? ってほど太ももバッチリですし、へそは出てるし、おっぱいたゆんたゆんですし。
こいつ、思った以上にでかかったんだな。
「って、俺はどこ見て何考えてんだあぁぁっ」
『ど、どこをご覧になっていらっしゃるのですか? 似合ってますか? どうなんですか?』
「それは絶対言えねええぇぇぇぇぇっ」
「胸見てるって正直に言えよ」
「あああぁぁぁぁぁぁっ何も聞えなーい。何も聞えなあぁぁーい!」
なななななななんて素晴らしい物を作りやがるんだこの親子は!
そ、そうか。ブラジャーだと思ってたが、布製じゃないんだな。あれでもブレストアーマーなのか。
ショルダーガードは?
あ、デザイン的に作ってない? そうですか。
代わりにパンツプロテクターを作った?
なんですか、そのエロい響きの防具は。
「めめめメイド服は、どうしたんだよ? 脱げないんじやなかったのかよ」
『許可を頂きました』
アッサリかよ!
『似合いませんか?』
似合う似合わないでいえば、もうそりゃ、バッチリ。Goodです。
け、けどな……
その時背後で店の扉が開き、客のプレイヤーが入って来た。
刹那――
「ぐぉっ、ま、眩しい。眩しすぎるっ」
「ス、スクショ撮っていいですかっ」
などと野郎がほざきやがった。
『あの、えーっと……』
「ダ、ダメだダメだ! スクショなんてダメに決まってるだろ! 女の子の事もちゃんと考えろよ変態ども!」
殺意を込めて睨み付けると、男二人組みの客は慌てて逃げていった。もちろん、俺の視界は警告メッセージが浮かんでいる。
ふぅー、なんとかエロ画像を撮られずに済んだな。しかし、こんなエロい装備で町中歩かせられるかってのっ。
『や、やはり似合いませんよね。す、直ぐに着替えてきます』
大声を出してしまったからか、慌てて受付嬢は試着室へと入っていった。
「おいおい、性能は良いんだぞ。ブレストアーマーはいつもみたいにメイド服の上から着れば良いし、プロテクターはスカートの下に履いてりゃいいだけだろ」
『え? でも装備と一緒に受け取った紙には、衣装を脱いで着替えろと書かれておりましたが』
「あ? 俺はそんなの書いた覚え――エロ親父!」
「がははははははは」
は?
おっさんの指示かよ!
笑いながら奥に逃げ込んで行ったおっさん。
何をしたかったんだ、マジで……。
再び試着室から出てきた受付嬢は、いつもの茶色いメイド服の上からブレストアーマーを付けていた。下半身はエプロン付きのスカートのまま。
あの下に、あのエロいプロテクターが……。
い、いかんいかん。冷静になれ。
冷静に――ん? なんかさっきまでと違うぞ。
メイド服の上から、なんかやたらとゴウジャスなジャケットを羽織ってやがる。
裾や襟部分に鳥の羽根みたいなのがあしらわれ、丈はスカートとほぼ同じ。色は白と、やたら目立つ。汚れも目立ちそうだ。
「親父が作った裁縫装備は、あのジャケットだけだぜ」
とソルトが教えてくれた。
なんか随分昔のバブル時代に流行ったって言う、ジュリアナがなんとかな衣装みてーだな。
『に、似合いますでしょうか?』
なんか……雪国バージョンのメイドさん……みたいだな。
と、もじもじする受付嬢を見て思いました。まる。




