106:正月福袋
「あん? どうしたんだ、その浴衣?」
『お似合いです』
「浴衣じゃないですよぉ。振袖ですぅ〜」
恐怖のVIT祭り翌日の1月2日。
朝飯を終わらせ狩りに出ようとしたところへ、ココットが派手な浴衣――訂正、振袖を着て登場した。隣のエリュテイアはいつもの『普段着』だ。『普段着』ってのは、鎧を脱いだ服装ってだけで、ソリオのおっさん産装備である事に違いはない。防御力もしっかりある。
「今日の分のBポイントを貰いに行ったんですけど、ポイントでお正月の福袋販売が行われてたんですぅ」
「ほほぉ。福袋から振袖か?」
っと、興味津々な様子で教授が現れた。こいつは完全装備で、今から狩りに行くぜといった様子だな。
「1Bポイントで一袋なんですよぉ。今日受け取ったポイントで、もう合計40ポイントになってたし、10ポイント分だけ福袋買っちゃったぁ」
「1Bで一袋か。なかなかお手軽だな。で、中身は振袖以外、何が出たんだ?」
「えーっとですねぇ」
俺や教授が興味深そうにしている中、隣のエリュテイアはやや不機嫌なご様子。
どうやら振袖欲しさにこいつも福袋を買ったが、出なかった――こんなところだろう。
ココットの話だと、振袖以外にも紋付袴や髪、衣装の染料、装備にステータスを付与させるアイテム、それにポーションが入っていたという。
「ハズレはポーションっぽいな」
「こんなところでポーションを量産されたら、俺の商売に響くんだが……」
NPCによるポーション販売は、需要に対して供給が間に合わないという設定から、1日10本しか購入できない。だからこそ、プレイヤーが販売するポーションが馬鹿売れするのだ。まぁそのせいでボッタクリ価格の露店も多いけどな。
なのに福袋から量産されるとなると、ちょっと問題だなぁ。
「その点なら大丈夫である」
と、玄関から現れた髭のおっさんが高らかに言う。
……髭?
こいつ、誰だ?
鼻から顎にかけて、茶色のもさもさした髭を蓄えた樽のような体型のおっさん。口調は鋼のおっさんに似ているが、髭はなかったぞ?
「っは! まさか!?」
「ふはーっはっはっは! そのまさかであーる! 儂が待ち望んだ髭が実装されたのであーる!」
「って、キャラメイクで髭未実装だったのかよ」
「んむ……。しかしこたび、福袋から髭がでるという噂を聞きつけてな。朝から40袋交換して、見事にゲットしたであるよ!」
といっておっさんがアイテムボックスから髭を取り出す。
え?
2個目かよ。
「こちらはドワーフ然とした髭で、こっちはダンディーな口髭である」
手に持っているのはダンディーなほう。
その日の気分次第で変えるのだという。
肝心のポーションはといえば……
「CTが違うのである。お主が作るポーションやNPCが販売するポーションは同じCT扱いで、1本飲めば10秒は次のポーションを飲めんじゃろう。
福袋から出る『ライフポーションB』もCTは10秒じゃが、前途の物とはCTが別になっておった」
「ほほぉ。ではカイト産ポーションを飲んだ直後に、そのポーションBを飲めるという事か」
「んむである。まぁCTは10秒同士なので、ガブ飲みは結局出来ないのであるがな」
ポーションBにも『ライフ』と『エナジー』の両方があり、ついでにレベルは開封者のレベルに依存という話だ。
一袋10本セット。高確率でこのポーションが出る仕様。
「どうせ……7袋からポーションが出たわよ……」
「私は4袋分しか出なかったのに、おかしいよねぇ?」
「おかしいのはココット殿の運である……儂は40袋開封して30袋はポーションであったぞ」
「そ、そうよね! ココットがおかしいのよっ」
髭ドワーフの言葉を聞いて少しは元気を取り戻したエリュテイア。
なんて運の持ち主なんだ、ココットは。
福袋のアイテムは他にも『リターンストーン』という、一度使うと消えてなくなる帰還専用石があった。それは便利そうだな。
「よし、では……本日は福袋大会をするぞっ!」
「はい?」
教授の一言で、何故か支援協会に行くはめになった。
俺は早くレベルを上げたいんだがなぁ。
全員が福袋10袋と交換。
あれ?
今の時点だと40ポイントちょっと持ってるのが最高じゃね?
髭のドワーフおっさんは、もう既に40袋開封しただろう。
「ん? 儂であるか? お主、コボルトキング戦のあと、カウンター嬢と会話はしたかの?」
「カウンター嬢? もしかして職員スタッフのNPCか?」
「んむ」
受付嬢にカウンター嬢。サポートAIも随分いろんな呼ばれ方をされてるな。
「どうやらあのイベントも突発的なクエスト扱いのようでの、あれに関わったプレイヤーには、Bポイントが10ポイント付与されるのである」
「マジか! 貰ってこようぜ」
『はい』
「ほほぉ。ラッキーだな」
カウンターに並んで順番が回ってくると、鋼ドワーフの言う通り、10ポイントが付与された。
なんでも、コボルトキングを村から撃退した事による貢献報酬だとか。撃退じゃなく倒せていたらどうなるんだと尋ねると――
『あの時点ではどのプレイヤーも倒せませんから』
と、胸に『イシュタル』という名札をつけたスタッフが、ケロっとした態度で言う。
今、物凄い事をぶっちゃけられた気がする。
深く考えるのは止めよう。
そのまま福袋10袋を交換。
全員が福袋を手にすると、まずは迷惑にならないよう建物を出る。
支援ギルドの外は同じように福袋を持ったプレイヤーがわんさかといた。
プレイヤータウンが出来ても、支援ギルドはNPCの町の中にしかないので、結局NPCの町にもプレイヤーは溢れるんだな。
福袋を開封しながら絶叫する連中があちこちに見られる。
少し離れた所で、俺、受付嬢、教授、ココット、エリュテイア、鋼の6人がパーティーを組んだ状態で福袋を開封していく。
俺の足元ではアオイが楽しそうに尻尾を振っていた。
一袋目……『ライフポーションB:LV2』10本獲得。
「っち。一発目はポーションか。まぁ想定内だ」
「やったぁ〜。振袖用の真っ白なショールが出ましたぁ」
「あ……振袖じゃないけど、女物の袴が出た……わぁ、嬉しい」
「私はポーションか。っち」
「んむ。ポーションである」
『……はぁ……』
女子二人のリアルラック恐るべし。そして溜息をついてる受付嬢はどうしたというのだ?
「ウケ、どうしたぉ?」
心配そうに覗き込むアオイに、受付嬢はそっと福袋の中身をアオイに見せた。
覗いたアオイも「あぁ……」という一言の後に、なんとも微妙な顔をする。
何が入っているんだ?
「受付嬢さん、どうしたの?」
「何が入ってたの?」
遠慮しない女子が覗きに行くと、やっぱり「あぁ……」といって微妙な顔。
気になるじゃねーか。
「そ、そうだ。受付嬢さん、これあげる。これで染色すれば、色違いになっていいかも?」
『いえ、それならいっそ、これをココット様がお受け取りください』
「えぇ! い、いいよぉ。勿体ないよぉ」
気になる……。
「押しつけあうぐらいなら、俺が貰ってやってもいいんだ――」
ここまで喋った時、受付嬢がアイテムボックスからそれを取り出すところだった。
言わなきゃ良かった……。
受付嬢が手に持ったのは、彼女自身が着ているメイド服だった罠。カラーまで同じバージョンだ。
アオイが、エリュテイアが、ココットが微妙そうな顔する訳だ。
『受け取って頂けるのですか?』
「いや、その……」
「着るの?」
「いや、あの……」
「サイズ合いますかねぇ?」
「いや、ちょ……」
「お店屋さんするときに、着るんだおねぇ?」
「……ごめんなさい。貰おうなんて思った俺が悪かったです」
何故か物凄く惨めな気持ちになりました。
「……で、10個開封して『ライフポーションB』セットが…・・・10個……だと?」
「おめ」
「おめである」
くそう!
教授も鋼のおっさんも、ステータス付与アイテムやら石やらが出てるってのに!
なんで俺だけ……俺だけ……
「くそうっ! こうなったら追加で10袋だ!」
「嵌ったな」
「嵌ったであるな」
教授とおっさんの声を背中で聞きながら、支援ギルドの建物内へと入る俺であった。
「……おい、どうなってるんだ?」
「どうとは?」
「リアルラックの差である」
「差とかいう問題か、これは?」
10袋開封して『ライフポーションB』セット4個、『エナジーポーションB』セット6個をゲット。
あまりにも悔しいので更に追加で10袋を交換すると『ライフポーションB』セット5個、『エナジーポーションB』セット3個、そしてBポイント4ポイントをゲットした。
おいおい、福袋からBポイントってなんだよ。1袋につき2ポイント入っていたので地味に増えてはいるけどよぉ。
ここで終われない。終わる訳にはいかない!
「これでラストだ!」
そして俺は再び支援ギルドへと以下略。
数分後……
「おめ」
「おめである」
「あら、アバターでたじゃない」
「よかったですね、カイトさん」
『……あの、これは、その……おめでとうでよろしいのでしょうか?』
「よろしいのだよ」
「よいのである」
『はぁ……それでは、おめでとうございます』
「カイトの袋からカイトの耳が出てきたお?」
福袋の中身は――狐耳のヘアバンド。だった。
コボルトキングの事件で貰ったBポイントや年末年始特別ポイントやらを含め、計52ポイントが一瞬のうちに残り12ポイントとなった。
ヤベェ。つい調子に乗って使っちまったが、Bポイントを溜める目的すっかり忘れちまってたぞ。
支援ギルドに居るうちに、名前変更券のポイント確認しとかねーとな。
福袋大会解散後、こそこそと一人、支援ギルドに引き返して交換アイテム一覧を確認。
一覧を見るだけなら、施設内の壁際に設置された端末からも見れるようになっていた。それを自分のタブレット側にダウンロードも出来る。
えーっと、名前変更券は――
「……ガチャとかもうぜってぇやらねえぞっと」
一人そう呟いて、俺は家に戻るのであった。
普通にクエストをクリアしても、1、2ポイントしか貰えないうえに、ポイントが発生しないクエストだってある。
ソレ考えたら何ヶ月かかるんだよ、このポイント集めるのに……。
これ、名前変えさせる気ねぇだろっ。
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『名前変更チケット』
キャラクター登録名を一度だけ変更できるチケットです。
交換ポイント:500ポイント
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何かの記念日だからと、通常価格より少し安くなったりする福袋ガチャをやって、
数個買ってもゴミアイテムしか出ず、安いんだし追加で――と数個買ってゴミアイテムしか出ず。
気が付くと2~3000円分買っていたりする。
毎月2000円の課金まではいいやーと決めていたのにオーバーしていることも。
でも他のプレイヤーの中には万単位でつぎ込む人もいるし、それを考えれば可愛いものだ。
うん。
もちろん、レアなんて出した事ありませんが?




