104:新年
息抜き話です。
この章は3話しかございません。
「「かんぱぁーい!」」
「新年明けましておめでとうございま〜すっ」
「おめでとうっ」
「あけおめー」
知った顔、知らない顔。いろんな奴がコップを打ち鳴らす。
その様子を、俺は玄関ホール兼リビングの隅で見ていた。
隣に立つ受付嬢がコップを見て首を傾げている。
「あー、なにかお祝いがあるときにはな、ああやってコップ同士を軽く触れ合わせて乾杯するんだよ」
『そうなのですか。では、カイト様――』
差し出された彼女のコップを見て、なんだか恥ずかしくなる。
なんで恥ずかしくなるんだよ……た、ただの乾杯じゃねーか。
「か、乾杯」
『はい。乾杯』
カンッという音の後に、中身――100%リンゴジュースを口に含む。
「い、いやぁ、よかったよなぁ。新年を新居で迎えられて」
『完成したのは新年を迎えた、午前3時24分15秒でしたが』
……こまけぇーんだよ。
コボルトキングとの戦闘後、何故かみかんや鋼のおっさん、神官の美樹が加わってサラーマに戻ると、そのまま住宅の建設設定に着手。
秀さんや博子さん料理人も加わり、あれよあれよと人が増えて満員御礼になった。
集まったのはそれぞれの知人顔見知りばかりで、ついでに全員はソロプレイヤーという。
まぁ、それ自体は別にいいんだ。
建設費用も割り勘できて出費がかなり抑えられたしな。
問題なのは――
「あ、大家さんがいたぁ。もうこんな隅っこで寂しいじゃなぁい」
「大家さん、ほんっとうにケモミ族なんっすね!」
「尻尾の手入れしてますかー?」
「住む家をありがとう。ありがとう。ありがとうっ」
秀さんやナツメ、教授あたりが連れて来た知らない人達が俺を囲う。
大家さんってなんだ?
ここは賃貸じゃないんだぞ?
いや、それよりもだ――数十人から視線を浴びせられて、もう、もうっ。
「おお、おめえたでございまーっす……」
『おめでとうございます。ですか?』
上ずって高音領域になった俺の声。受付嬢が通訳してくれ、それに対して必死に頷く。
囲っていた連中の頭にクエスチョンマークが浮かんだ、ように思う。
「あ、ああ。新年あけましておめでとう。ってこと?」
「さっきあけおめやったじゃん」
ああぁぁぁっ。
もう、俺ってタイミング悪ぃーっ。
「なんだ、またか」
「カイトのその喋り方は、暫くすれば消えると思うから」
「カイトさん、ずっとぼっちだったんです! 皆さん温かく見守ってあげてください」
エリュテイアとココットが、フォローになっているようなないような事を言っている。
全員が「なるほど」と納得したように頷いてから、じぃーっと俺を見つめる。
何故だ?
やめろ。こっち見んなっ。見ないでさしあげてっ。
『カイト様。皆様からの温かいまなざしですよ、よかったですね』
そう言って微笑む受付嬢。
これは温かいんじゃなく、生温かいって言うんだぜ……。
無意識のうちにリビングの隅に身を置いている俺。
向こうの方ではキャッキャウフフといった様子で、皆が談笑を続けている。中には酒も入って、テンションの上がってきた連中なんかもいた。
「ふぇ〜ん。私もお酒飲みたかったですぅ〜」
「未成年者は酒を味わえないシステムなのだからな、仕方がなかろう」
愚痴るココットに教授が説明している。
アカウント登録時に生年月日も記入するんだが、ここで嘘情報書いても審査段階でバレてしまうんだよな。
昔と違ってVR時代になってからは、アカウント登録も簡単ではなくなった。
サイトで登録して本人確認がされて、それからアカウント情報は郵送で送られてくる仕組みになっている。
未成年だとゲーム内のNPCから酒を購入できない、というのは定番だ。他にも未成年者への酒の取引ができないとか、飲んでも水になっているとか。
『レッツ』ではどうなってるんだ?
そろーりとココット等の所に歩いていき、聞き耳を立てる。
「でもこれ、ちょっと面白いシステムよね。お酒を口に含むたびに味が違う飲み物になるんだもん」
「そうなんデスか? オレは21なんで、飲んでもお酒のままデース」
「未成年だと、お酒から、別の液体に、強制的に変更される仕様。液体の種類は、ランダムで、飲むたびに変更される、のね」
「さっき私、コーンポタージュでしたぁ〜」
「普通の炭酸ジュースやフルーツジュースなんかはいいんだけど、明らかにジュース系じゃないときもあるから……」
何それ楽しそう。
一種の罰ゲームみたいなものか。未成年なんだから酒飲むんじゃねーっていう、開発の意図なのか。それとも酒の飲めない未成年に対して、可愛そうだから楽しませてあげようという意図なのか。
どっちにしろ……
未成年じゃなくても酒飲まない大人にも何か楽しみをください。
「お酒、飲みたかったなぁ〜」
「ココットちゃんが酒好きってのは、意外だなぁ」
「酒乱だったりしてな」
「えぇ〜、そんな事ないですよぉ〜。お酒飲んだら楽しくなるし、美味しいし、それだけですよぉ〜」
ココットは酒乱っと、メモメモ。
『お酒……酔うと楽しいものですか?』
唐突に受付嬢が言う。
「楽しいですよぉ」
「まぁ、好きな人なら楽しいかも?」
「受付嬢さんはお酒、飲めるの?」
問われた受付嬢は首を傾げて返答に困っている様子だった。
そりゃそうだろうな。あいつは酒なんか飲んだことも無ければ飲めない訳だし。NPCだから。
ゲーム内の酒がアルコールをどう表現しているのか知らないが、所詮は『状態異常』の変異版でしかない。
「もうっ。飲めるかどうか確認するってことは、年齢確認にもなるでしょ! 女の子の年齢なんて、聞いちゃダメです! ップンプン」
「プンプンって……美樹さん、顔真っ赤ですよ」
「あれはもう出来上がってるな」
「出来上がってませ〜ん。プンプン!」
清楚な感じの美樹が……飲兵衛だったとは。
だが地味に可愛い。
「酒飲んで悪酔いする女の子はドン引きするが、ぷんぷんとか言われたらちょっと萌えるな」
「いつもとは違う面が見れるのも、アルコールの魔力デス」
『いつもと違う自分を曝け出す……酔うというのはそういう事なのですね』
いや、なんか違うと思うぞ?
隅っこに戻った俺は、料理人メルさんの作ったおぞうにをがっついていた。
餅があるのは嬉しい。あとで砂糖しょうゆ付けて食おう。
『む。カイト様、ここなのですねぇ』
「んあ?」
餅を頬張っているところへ受付嬢がやってきた。
なんか、様子がおかしいぞ?
顔が赤いし、目が……すわっている?
『カイト様! 一人で美味しい物召し上がっていますねっ。ずるいですよっ。ワタクシも食べたい食べたい食べたい食べたいぃ〜』
ずいっと顔を寄せてきて、お椀の中身をガン見してくる。
こいつ……『酔う』事を学習しやがったのか。
『た・べ・た・いぃ〜』
上目使いで熱っぽく呟いてきやがる。
……ごくり。
っは!
いやいやいやいやいや、生唾とか飲んでる場合じゃないからっ。
こいつはNPC。
こいつはNPC。
『ほいひぃほいひぃ〜』
「あ?」
オレが自制心と共闘している間に、どうやらお椀を奪われたようだ。
あぁ、そうだな。
確かにいつもと違う受付嬢を曝け出しているな。
「誰だよこいつに酒飲ませたのは……ちゃんと面倒見ろっての」
『んふふぅ。お酒はワタクシが飲みましたぁ〜。カイト様ぁ、面倒みせくださいねぇ。はい、あ〜ん』
「あ?」
びろーんと伸びた餅を箸で掴み、俺に向けて差し出してくる受付嬢。
あ、あーんしろって……それどこのカップルですか?
周囲の目を気にしつつ、それでも俺は欲望に負けて口を開く。
あ、あーん……
目を閉じ口を開けて待つ。
が、餅は一向に口内へと入ってこない。
うっすら目を開けると、そこには美味そうに餅を食う受付嬢がいた。
『嘘ぴょん』
うふふと笑う彼女を見て、これが女の本性なのかとガクブルするのであった。
受付嬢のレベルが上がった。
受付嬢は『酔っ払い』を覚えた。




