102:忘れていたもの。
九尾が去った後の荒れ果てたサマナ村。
再び聖なる獣が村を守ってくれたと沸き立つ村人を他所に、俺たちはちょっとした虚脱感に襲われていた。
「レベル差があるから仕方ないんだろうけどさ……でも、あそこまで何も出来ないと、悔しいってのを通り越して、自分が情けなく思うね」
ナツメの一言で、全員が溜息を吐き捨てる。
鋼のおっさんなんて鉄壁を完成する為になんちゃらとか、一人でブツブツ言ってるし。
ご機嫌なのはアオイだけだ。
アオイは――。うん、強かった。
かーちゃんの助太刀があったとはいえ、しっかりコボルトキングに食らいついていたし。
タイマンで勝っちゃったりしてな。
っはははは……。
「はぁー……俺、弱過ぎだな」
「ボク等もね」
空気が重い。
「し、仕方ねーよ。俺らさ、レイド戦なんて初めて、だよな?」
教授とナツメ以外が頷く。
「私は一度だけ。野良のレイド募集で経験がある。まぁ3時間掛けて全滅の繰り返し。クリアできなかったがな」
「だ、だよな? 即興パーティーでレイド戦なんてさ、無理があるんだよ。攻略できる訳ねーよ。な?」
「そう……かもしれぬであるが」
鋼のおっさんが苦虫を潰したような顔で、低く、そして静かに呟いたのが聞えた。
ほら、皆そう思ってんだろ?
「私、レイドってのが何なのかまだ解らないし、他のゲームの事も知らないわ。でも……負けて悔しいって事に変わりは無いと思う」
悔しいなんて言うなよエリュテイア。そんな風に言われたら、俺だって――
ぐぎゅるるるるるぅぅぅぅぅっ。
「は?」
「ちょ、今の音なに!?」
「すっごい音……カイトの方から聞えたわよ」
「え? ちょ、ちがっ」
「っぷ」
全員の視線が俺に注がれる。
違う。断じて違うっ!
「はにゅ〜。アオイのお腹、ぺっこぺこだぉ〜」
「犯人はこいつです! お、俺じゃないですっ!」
座り込んだ俺の膝の上で盛大な腹の虫を鳴らしたのはアオイだった。
この瞬間、再び腹の虫が鳴る。
今度はアオイではないし、俺でも無い。
「っぷ。私」
「みかんかよ」
だがまたもや鳴る腹の虫。
おいおい、次は誰だ?
「失敬。私だ」
「儂もじゃ」
え……教授に鋼のおっさん?
「やだ……恥ずかしい」
「ご、ごめんなさい皆さん」
エリュテイアと美樹も?
「oh。ソーリー」
「あはは。お腹すいたねぇ」
クィントとナツメもかよっ。
「って、空腹ゲージ点滅キタコレっ!」
『あら、ワタクシも点滅いたしました』
あぁ、そういやコボルトキングに遭遇したのって、既に日暮れ時だったもんな。
すっかり薄暗くなった景色を眺めて納得。
辺りを見渡すと、ぽつぽつと明かりの灯った家々が見える。
なんつーか、あんな化け物モンスターに襲われたってのに、NPCは逞しいな。
もっと悲壮感漂ってても良さそうなのに。
「俺たちも帰るか」
『そうですね。まずは食事にしましょう』
「いいねぇ。今日は自棄酒しようよ」
「ナツメ、お前、成人してんのか?」
「そういうカイトこそ」
「ゲームなのだからして、年齢など気にしてはいかんであーる!」
「っふ。安物の酒など飲めぬよ。高級ワインを所望するっ!」
「あー、オレはジュースでいいデスよ」
「私はケーキのどか食いするわ」
「お付き合いしますよ、エリュテイアさん」
「ありがとう美樹さ〜ん」
「太る、わよ」
「「ぎくっ」」
「じゃ、行くデース」
クィントが『リターン』を唱えてワープ光を作り出す。
その中に一人、また一人と飛び込んでいく。
俺はアオイを肩車し、その光へと飛び込んだ。
「あ……家の事、すっかり忘れてた」
その夜、彼らはNPCの経営する宿に向うのであった。




