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巻き込まれ少女、出会う。終章,出会う為に別れよう 2

 ――ピアが出て行った日の夕方、帰宅したノウルは、玄関で違和感に首を傾げながら、何処か元気のない星を見つめる。

「ただいま。――ああ、ピアは行ったか」

 帰宅の挨拶をしながら、ノウルは星の隣に、天敵ともいえる少女がいない事に気付き、違和感の理由を悟ると、思わずポツリと洩らす。

 その瞬間、星の眉間に皺が寄り、クシャと歪むと、泣く寸前のような表情を作り出した。

「お、ちょ、ま……っ」

 慌てるあまり、イケメン総崩れなノウルだったが、本人は星を泣かせないよう必死だ。

「泣かないから」

 あまりのノウルの慌てぶりに、逆に冷静になった星は、困ったように眉尻を下げて言うと、お帰り、と腕を広げる。

「……驚かせるな」

 心底安心したようにボソッと呟き、ノウルは腕を広げた星をギュッと抱き締め、ついでにそのまま一回転する。

「おわ、浮いたよ!?」

 ノウルに抱えられるような体勢になり、浮遊感と共に足が地面から離れ、星は楽しげな声を上げる。

「浮かせたんだ」

 くく、と同じく楽しげに笑って応じるノウルは、そのまま星を抱え上げ、屋内へと進んでいった。



「今日の夕飯は?」


「ノウルの好きな、オムライスだよ」


「久々だな、楽しみだ」


「ずっとピアに合わせた食事だったからね。でも、ピアもご飯好きになってくれたから、良かった」


「セイが嬉しいなら、俺も良かった。――今日は、一緒に寝られるな」


「もう、しょうがないな、ノウルは」


「風呂も……」


「それは駄目」


「そうか……」



 まったりとそんな会話をしながら、屋敷の奥へと向かう星とノウル。星は、ノウルに抱き上げられたままなので、楽々移動中だ。

 そんな二人の足元では、二足歩行中のラビが、ぴょんぴょんと跳ねている。だが、移動手段で跳ねている訳ではなく、ノウルから星を取り戻そうと頑張っているのだ。

 諦めないラビは、通りすがりの使い魔の獅子を捕まえ、その背に乗ると、そこからジャンプをしようとし、気付いた星に回収される。

「駄目だよ、ラビ。そんな危ない遊び方しちゃ」

 抱き上げた星に、めっ! と怒られ、ラビは前足を動かして抗議をしていたが、もふもふ、とお腹を撫でられると、満足したらしく、ドヤ顔で鼻を鳴らしている。

「ラビも、ピアがいなくなって寂しいのかな」

 ドヤ顔のラビを撫でながら、星は何処と無く寂しそうに呟きを洩らす。

 ノウルが、そんな星を慰めようと口を開きかけるが、それより早く、キリッとした表情をしたラビが、星を慰めるように、チュッチュッと可愛らしい口付けを星の顔へ贈っていく。

「ふふ、擽ったいよ」

 足を揺らして笑い声を上げる星に、安堵したノウルも、釣られて笑顔になる。

「ノウルが手洗って来たら、ご飯にしよ?」

「ああ、先に行って待っててくれ」

 ラビを抱いた星を床に着地させると、ノウルは蕩けるような笑顔と共にそう言うと、上体を屈めて、星の円やかな頬へ掠めるように口付ける。

「も、ちょ……」

 耳まで赤く染めた星は、わたわたと何かを言いかけるが、上手く言葉に出来ず、片手でペチペチと筋肉質なノウルの体をはたく。ちなみに、星の腕の中からは、ラビがゲシゲシとノウルを蹴りつけている。

「悪い悪い、じゃあ手洗って来るな」

 子猫がじゃれてくるような星の攻撃を、からかうような声音でやんわりと止めたノウルは、星の頭を軽く撫でてから、洗面所の方へと消えていく。

 その際、ラビに蹴られた辺りを擦っていたのは、地味にダメージがあったのだろう。

「……オムライス、仕上げちゃおうね」

 赤みの消えない顔のまま、ラビにそう声をかけて、星はパタパタと小走りで、キッチンの方へと消えていった。




 久しぶりの二人きりの食卓を終え、それぞれ入浴を済ませた星とノウルは、すっかり二人の共用寝室と化した、星の部屋のベッドで寛いでいた。

 ノウルはベッドに胡座をかいて座り、その中に星がちょこんと座っている。

 星が手にしているのは、ノウルの見つけてきた、この前とは違う巻き込まれが書いた本だ。そこには――。

「『不思議な事だが、『世界の愛し子』であるあの子が食べたがった物、欲しがった物は、同じ物、または代替品となる物が、しばらくすると現れる事がある。おかげで、あまり生活は苦労しないで済んでいる。出来れば、言葉も通じれば最高だが、孫の傍にいれる幸運に感謝しよう。いくら、世界に愛されていようが、知らない世界で、あの子を一人にせずに済んで、本当に良かった。儂が死ぬ前に、あの子を本当に守ってくれる相手を探そうと思う』」

 声に出してノウルとラビに読み聞かせながら、星は英語で書かれている本を自分がスラスラと読めた事に、内心首を捻っていた。

 星には知る由もないが、これも星が異世界に来た時に得た能力の副産物だった。

「孫が『世界の愛し子』で、祖父が巻き込まれらしいな」

「うん、そうみたい。最後は、こう締められてる。

『儂の願いが届くか分からないが、どうかこの世界が、あの子にとって優しいものでありますように。

最後まで、傍にいれなくて済まない。ずっと愛しているよ』

最後のは、お孫さんへのメッセージだね」

 読み終わり、うっすらと浮いた涙を手の甲で擦りながら、星は本を閉じて、背凭れなノウルへ体重を預けていく。

「私の本も、もしかしたら、次の巻き込まれが読んでくれるかも知れないね」

 眠くなってきたのか、トロンとした眼差しで机の方を見つめながら呟く星を、ノウルは無言でギュッと抱き締め、腕の中へ閉じ込める。

「次は次、セイは今ここにいる」

 迷子の子供のような不安に満ちた表情で、ノウルは一人言のように呟き、そのままベッドへと後ろ向きで倒れ込む。

 おかげで、抱えられた星は、ノウルの上に乗り上げた体勢になってしまう。が、筋肉質な体は暖かく、眠気を誘われた星は、そのまま目を閉じて寝息を立て始める。

「お休み、セイ……」

 眠る星の手から本を取り上げたノウルは、柔らかく囁きながら、枕の脇に取り上げた本を置き、自らも目を閉じる。

 部屋の明かりは、器用にも獅子がスイッチを押して消し、闇が部屋を包み込む。

 闇の中、ラビのくふ、という鼻息と、ノウルの呻き声が微かに聞こえてくるが、それもすぐに消え、部屋には寝息だけが広がっている。

 そんな穏やかな夜に、次の日の朝、何故か枕の脇に置いた本が消えているという事態が巻き起こるなど、誰も予想してはいなかった。




 それはさておき……。

 ノウルの胸板で眠る星は、深い眠りの世界を漂っていた。

 そこは、真っ白い霧に包まれた空間だった。

 夜着姿の星が、その中を裸足でペタペタと進んでいく。足の裏に感じるのは、土と草の感触。

 やがて、少しだけ霧が薄くなり、星の目に見えてきたのは、見覚えのある美しい泉。

 その畔には、霧に溶け込むように何かがいて。

『あ……』

 星は、話しかけようと口を開くが、その瞬間、ゆっくりと覚醒へと向かう。

 目覚める直前、何かと目が合った気がしたが、覚醒した星は、夢の内容すら覚えていなかった。

 そして、本が消えているという事態が発覚し、朝からドタバタしてる内に、星の中に僅かに残った夢の残滓は、あっという間に流されていった。

 ドタバタの朝を終え、星は食材の買い出しの為、獅子を連れて街へと繰り出す。もちろん、獅子の背中にはラビがドヤ顔で跨がっている。

「今日の夕飯、何にしよっか?」

 そう星が問いかける相手は、ラビと獅子なので、せいぜい返事は、くふ、と、がう、ぐらいだが、星は納得したように頷いて見せる。

「今日は、パンが良いんだね」

 何となく通じ合ったらしく、星の言葉にラビと獅子は、コクコクと頷いている。

 アウラに言われてから伸ばし始めた髪のおかげで、少女らしい外見になってきた星に、チラチラと男性からの目が集まるが、それらは優秀な護衛であるラビと獅子が、睨みを効かして、蹴散らしている。

 自分の見た目に無頓着な星が、自分を巡る、そんな争いを知る筈もなく、黒目がちの瞳で辺りを見回しながら、ラシードの店を目指して歩いて行く。

「パンなら、シチュー? あー、でも挟んじゃうのも、ありだし……」

 むぅ、と小さく唸りながら、ブツブツと夕飯のメニューを悩みながら歩いていた星は、目的地に辿り着いて足を止める。

「よう、セイさん、おはよう。今日は何にする?」

 目敏く星を見つけ、快活な笑顔で話しかけて来るのは、店主のラシードだ。

「おはよ、ラシードさん。じゃあ、それと、それと、それ。あと、お米が切れそうだから、よろしくお願いします!」

「お、さすが良い目をしてるなあ。よし、これもオマケでつけるぜ」

 豪快に笑って言いながら、ラシードが星へ差し出したのは、真っ赤に熟れた数個のリンゴだ。

「美味しそうだね、ありがと、ラシードさん」

 星はリンゴを受け取ると、黒目がちの瞳を嬉しそうに輝かせて礼を口にする。 受け取ったリンゴの一つは、早速ラビが丸かじりをし、さらにもう一つは、獅子が一口で噛み砕いている。

「こちらこそ、お買い上げ、ありがとうございます。品物は、いつも通り手配しとくな?」

「うん、助かります」

 ラビと獅子による、かなり野性的な光景を横目に、星とラシードは、のんびりと会話を続けていた。

「あ、そうだ。それで、セイさんに会わせたい相手が……。今度、新しく店員を雇ってな」

 会話の途中、何かを思いつき、ポンッと手を打ったラシードは、喋りながら店の奥へと視線を向ける。

「私に?」

 ラシードの言葉に、星は不思議そうに自らを指差しながら、ラシードの視線を辿っていく。

 そこにあったのは、店の奥へと続く扉。

 星が小首を傾げて扉を眺めていると、おもむろに扉が開く。ゆっくりと開いたそこから現れたのは――プラチナブロンドに、灰色の瞳を持つ、類い稀な美少女。

 どう見ても、先日別れたピアにしか見えなかった。

「え?」

 自分の目に映った姿が信じられず、目を見張って短く驚愕の声を洩らすと、口を開いて固まる星。すぐに、確認するように何度も瞬きを繰り返す。

 都合の良い白昼夢を見ているのかと、星は思い切り自らの頬をつねる。柔らかそうな頬は、ぐにーっ、と良く伸び、赤くなって痛々しい。

「いひゃい……」

 そんな星を、無表情ながら愛しげに見つめたピアは、ゆっくりと星との距離を詰める。

「馬鹿ね」

 しょうがない子とでも言いたげに見つめ、赤くなった星の頬を優しく撫で囁くピアは、まさに花が開くように口元を綻ばせる。

「言った筈よ? すぐ、また会える、と……」

 優しく触れる手と、花のような美しい微笑みに、はくはく、と何かを言おうと口を動かしていた星は、言葉を紡ぐ事を諦め、行動で自らの気持ちを表す事にしたらしい。

 飛びかかるような勢いで、思い切り良くピアへと抱きつく星。そのまま、ギュッと腕に力を込め、再会の喜びを伝えていく。

「私も嬉しいわ」

 そう簡潔に返すピアは、人目も気にせず、星をしっかりと抱き返した。




 そんな二人の傍らでは、二人の少女の心和むやり取りを演出したラシードが、ニコニコと笑いながら、温かく二人を見守っていた。




 その日の夜、星のノートには新たな一文が書き加えられていた。




『昨日より今日。今日より明日。明日より明後日。私は、この世界をどんどん好きになっていきます。

そして、私がこの世界で出会った人の為に出来る事を、見つけたいと心から思います。  柊星』

第二部終了しました。またここで一区切り。

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